改めて言うことではないと思うのだが、あえて言わせてもらいたい。 俺は、身体能力も頭も顔も平々凡々とした冴えないただの平均的男子高校生である。 超能力が使えるわけでもなければ魔法が使えるわけでもなく、未来人でも異世界人でも地底人でも宇宙人でもない。 だから、というのも少々おかしいかもしれない。 そんな肩書きなんて関係なく、青春を謳歌している奴も多いんだろうからな。 だが、俺からしてみれば、そんな面白味のかけらもないような俺が、色恋沙汰に巻き込まれるなんてのは、それこそ予想だにしていないことであり、ましてや告白されるなんてことは少しも考えてみたこともなかったのだ。 いや、正直に言おう。 俺だって、誰かに告白されたら、なんて甘酸っぱく、同時に痛々しいことを思ったことが一度もないわけじゃないとも。 ただ、そんな風に淡い夢を描けていたのも精々中学に上がるくらいまでのことで、その後の俺はというと、そんなことあるわけねー、と諦観さえ抱いていたのだ。 加えて、高校に上がって早々のあれやこれやのやりとりのおかげで、典型的告白のシチュエーションという奴は鬼門に成り果てた。 靴箱の中の手紙は朝比奈さんからのものでなければ危機感すら抱かせてくれる。 放課後の教室はトラウマものだし、本に伝言を挟みこむのは長門くらいだ。 屋上や校舎裏といった人気のない場所は俺にとって、ハルヒに連れ込まれ脅迫紛いの行為にさらされる場所か、あるいはハルヒのよからぬことをする手伝いをさせられる場所である。 そんな風に、すっかり歪められた認識の中に置かれた俺が、思いがけず告白なんてされたのは、放課後の帰り道のことだった。 ハルヒが長門と朝比奈さんを連れて、すたこらさっさと帰っちまった後、俺は古泉と一緒に広げていたオセロを片付け、部室を出た。 ハルヒの厄介さについて俺が文句を言い、古泉がそれに曖昧な笑みを返すというような状態を保ちながら坂道を下り始めたところで、不意に言われたのだ。 「あなたは、本当に涼宮さんに対して恋愛感情を抱かないのですか?」 「…はぁ?」 と俺が聞き返したのは、そんなもん、今更言われるようなことじゃないと思っていたからだ。 「んなもん、持つわけないだろうが」 「そうですか? 一般的に考えると、彼女は大変魅力的な方だと思いますが」 「そりゃ、ハルヒのことを知らない奴の言うことだろ。俺はあいつにこれだけ振り回されてるんだぞ」 「それでも、とは思わないんですね」 そう笑った古泉は、 「あなたには、恋愛感情が欠落してるんじゃないかと、時々思いますよ」 「失礼な奴だな」 俺にだって、恋愛感情くらいあるし、惚れた腫れたのひとつやふたつ、ないわけでもない。 「すみません。でもあなたは、……なんと言えばいいんでしょうか…」 と古泉は考え込んだ後、小さく笑って口にした。 「…たとえば好きな相手がいたところで、自分でもそれに気付いていなさそうなところがありますよね」 「お前な…」 何なんだ今日は。 俺をからかって遊びたいのか? 「そういうわけではないんですけど…」 「じゃあ何だ」 「考えてみているだけですよ。あなたはどの程度人の心の機微に敏感なのか、あるいは鈍いのか、ということを」 そう言って、古泉は曖昧に笑い、 「もしかして、鈍くないと自分では思ってらっしゃいますか?」 それはつまり何か、俺は鈍いと言いたいんだな? 「実際、そうでしょう? あなたは自分に誰かが片思いをしているなんてことを少しも思わないんでしょうから」 思うわけがないだろ。 誰でもお前みたいにもてると思うなよ。 「……本当に、鈍いですね」 呆れるように言って、古泉は俺に顔を近づけると、 「そういうところも好きですけど、もう少し気づいて下さってもいいんじゃありませんか?」 「……は…?」 今、こいつは何と言った? 俺の気のせいだろう? そうでなければ、別にそういう意味じゃなく友人としてなんだと思いたい。 「好きですよ。あなたのことが。友人としてでなく。…愛してます、と言えば鈍いあなたにも通じますか?」 「俺を、からかってんだろ」 思わず口を吐いて出た言葉こそ、俺の本心だと思った。 「心外ですね。本当ですよ。あなたを愛しています」 さらりと言う唇が憎らしい。 「嘘吐け」 そう睨み上げてやると、古泉はやはり唇を弧の形に歪めていた。 そんな顔でそんなことを言われたところで、誰が信じられるものか。 「嘘じゃありませんよ」 「それこそ大嘘だ」 「酷いですね。…僕はそんなに信用なりませんか?」 俺ははっきりと頷き、 「当たり前だ。仮面みたいな顔で、作り物の言葉で言われて、誰が信じられるか」 「……ああ、なるほど、そういうことでしたか」 納得した、とばかりに頷いた古泉は、声を更に潜めて、悪戯っぽく笑った。 「内緒に、していただけますか?」 「何をだ」 今のお前のふざけた発言の数々のことか? 「それも…そうですね、言いふらされては困りますが、これから言うことは、それ以上に内緒にしていただきたいことなんです。約束していただけますか? 誰にも言わない、と」 「まあ……構わんが…」 一体何を言うつもりなんだ? 首を傾げる俺に、古泉は笑顔のまま、 「あなたもお分かりのように、僕のこの言動は大半が、そうであるようにと強制された結果です。作り物と言っても間違いではないでしょう。そうである以上、僕にも本来の話し方というものがあり、伝えたいこともあるわけです。それを、あなたにちゃんと伝えたいと思いまして。……構いませんか?」 「あ…ああ」 「では、」 と言った古泉は、辺りを見回した。 警戒するように、ただし、ややオーバーに。 そうしておいて、 「驚かないでくださいね」 ともう一度念を押し、息を吸った。 その口から何が飛び出すのかと、怖い物見たさにも似た気持ちでじっと見つめていると、いきなり手を掴まれ、細い路地に引っ張り込まれた。 「なっ……」 そのままそこで抱きしめられ、体が竦む。 一体なんだ、なんなんだ。 ここは往来で、路地に引きずり込まれたところで見えないわけじゃない。 それなのに、何をするんだこいつは。 軽くパニックを起こしかけた俺の耳元で、古泉が囁いた。 「…好きなんだ。あんたが」 いつもより少しだけだが低い声。 乱雑な口調。 それなのに、なんでだか分かったのは、これが古泉の本気で、本当の言葉なんだということだった。 「あんたが好きだ」 繰り返される言葉と共に、子供のように頭を肩へすり寄せられる。 それが、くすぐったくて、暖かい。 「好き、なんだ。ずっと、好きだった。ずっと、こうやって抱きしめたいっって思ってたんだ。…我慢するのに、どれだけ苦労したと思う?」 「し、るか…」 身を捩ると、古泉の腕が更に強く俺を抱きしめた。 「逃げるなよ」 「っ、放せ…!」 「やだ」 子供みたいに言って、古泉は俺の耳を甘噛みした。 「う、わっ…!」 何しやがるんだ。 「返事、くれねぇの?」 拗ねる子供のように、古泉が囁く。 「返事、って…」 「俺はあんたが好き。あんたがいいなら付き合いたいって思ってる。付き合うって意味、分かる? 今みたいに、抱きしめたり、一緒に飯食ったり、出かけたり、もちろん、それ以上のこともするってことだよ?」 その言葉に、どきりと胸が騒いだ。 というか、さっきから心臓は挙動不審に陥ったままだ。 どうしようもなくドキドキして止まらないのは、古泉がいつもとあまりに違い過ぎるせいだ。 「なあ、返事。…くれねぇと、いつまでもこのまま、放さないよ?」 と言われても、どう言えって言うんだ。 上手く言葉を見つけられないでいると、古泉は俺の耳に唇を触れさせたまま、くすりと笑った。 「それとも、放して欲しくない?」 「そんな……訳じゃ……」 「別に、あんたにも好きって言って欲しいなんて言わねえよ? 俺。そんなわがまま言わない。ただ、知って欲しかったんだ。本当の……優等生でもなんでもない、ただの俺のことを、あんたに知ってもらいたかった。あんたのことが好きな俺を知って欲しい。そのうえで、あんたの気持ちが知りたかったんだ」 古泉の手が、俺の背中を探るようになぞる。 くすぐったさとは違う何かに、体が震えそうになった。 「俺は全部あんたにカードを見せた。俺自身としては、もう何も隠してなんかない。今度は、あんたがカードを見せてくれる番じゃねぇの?」 そう言った古泉の声は自信満々に聞こえる。 しかし、俺の体に触れる手も腕も不安に震えていて、頼りなくさえ思えた。 それだけに、古泉が本気で言ってくれているんだと分かり、無性に嬉しく感じた。 ああ、俺の負けだな。 俺はため息を吐き、毒づくように言った。 「…お前、ずるい……」 「どこが? あんたのがよっぽどずるいじゃん。ここまでしないと俺が本気だとも思ってくれない、なんてさ」 「絶対、お前のがずるいだろ。そんな……ギャップを見せつけたりして…」 「……ははぁん…」 と古泉は鼻を鳴らして笑った。 「あんた、ポニテ萌えだけじゃなくてギャップ萌えもすんの?」 「なっ、ぎゃ、ギャップ萌えとか言うな!」 「耳まで真っ赤になってるぜ?」 からかうように笑いながら、古泉は言う。 「それであんたが俺を好きになってくれるんだったら、窮屈な演技も悪くなかったってことかな」 「誰も、好きとは…」 「言ったようなもんだろ。それとも違う? はっきり言ってくれたっていいんだぜ? 俺はホモなんかじゃない、お前なんか大ッ嫌いだ、…ってさ」 そんな風に言う古泉は本当にずるい。 だから俺は軽く古泉を抱きしめ返し、 「…言わなくても、分かったんだろ……」 とだけ口にした。 「そりゃ、ずっと近くで見てきたあんたのことだから、それくらいはな」 やっと腕を緩めた古泉は、俺の真っ赤になった顔を覗き込んで、 「キス、してもいい?」 「っ…!?」 いきなり何を言い出すんだこいつは。 というか、どんな急展開だ、それは! 「スゲェ、したいんだ。それでもって、あんたが許してくれたんだってこと、俺に分からせて?」 そう言った古泉の目は熱っぽい光りを帯びていた。 本当にしたくてたまらないと言うような瞳に負けて、俺は目を閉じる。 「…愛してる」 そう囁いて、古泉は俺の唇に自分のそれを重ねた。 触れるだけで、意外とあっけなく離れていったそれに俺が軽く戸惑いながら目を開くと、古泉は悪戯っぽく笑い、 「足りないかも知んねぇけど、今はこれくらいでな。そうじゃねぇと、止まれなくなっちまいそうだから」 と言いやがったのだった。 |