※この作品には敬語を使わず常体で喋る古泉が出ています
一人称は俺、二人称はあんた、というとんでもなく口の悪い古泉です
そんな古泉は古泉じゃない!
そんな古泉みたくない!
…という方は読まないでくださいませー



































口の悪いカレ



機関に報告するための書類を作らなければならないとかで、さっきまでパソコン用眼鏡を掛けてじっとパソコンに向かっていた古泉だったのだが、不意に眼鏡を外すと、パソコンデスクに叩きつけるように置いた。
そうして、手にしていた報告書類作成用のメモを床に投げ出すと、大きく伸びをする。
「あー、疲れたっ!」
という言葉と共に。
「お前、そんな風にするから部屋がどんどん散らかってくんだろうが」
呆れてそう小言を言いながら、いくら言ったところで拾うはずもない古泉に代わり、俺が散らばったメモを拾い集める。
こんなもん、本当は俺に見せちゃまずいんじゃないか?
……大丈夫なんだろうか。
出来るだけ見ないようにするべきか?
俺がそんなことを考えていると分かっているのかいないのか、
「別に、ちょっとくらい散らかったっていいだろ。あんたが片付けてくれるんだし」
ふてぶてしくもそう笑った古泉が、事務椅子の背をわざわざ限界まで反らせて手を伸ばし、俺の丸まった背中をぺろんと撫でた。
「やめんか」
「いいじゃん、これくらい」
と古泉は謝りもせず、
「細くて白くて大好きなんだよね、あんたの背中。もちろん、他のところも好きなんだけど」
ああそうかい。
それで俺の背中は毎度無惨な状態にされ、日の目を見ることが出来ないというわけだな。
「無惨ってのは酷くねぇ? こんなに愛してるのに」
「やかましい」
家で風呂に入るたび、妹の襲撃に怯えねばならん俺の気持ちがお前に分かって堪るか。
「いいね、そういうの。頑張ってキスマークつけたら、側にいなくてもあんたのことを独占出来るんだ?」
どこをどうしたらそういう結論に至れるのか、説明してもらいたいもんだな。
「簡単だろ。恥ずかしくて見せられないくらいキスマークを付けといたら、他の誰にも見られないようにあんたが必死になってくれるってことは、側に俺がいなくてもあんたを独占出来るってことじゃん」
「ばーか」
俺はそう言ってさっきから背中を触っていた古泉の手を払い除けた。
「そんなもんなくても、お前は十分俺を独占してるだろ」
「だな」
にやっと笑った古泉は、
「こうやって、たまの休日に出不精のあんたがわざわざ会いに来てくれるくらいなんだからさ」
と言って椅子から立ち上がった。
「そのお礼に、ってんでもないけどさ、晩飯、何がいい? 何でも好きなもん作ってやるよ?」
と、言われてもな…。
俺は別に食べるものにこだわりがあるわけじゃないし、そもそもここの家の冷蔵庫に何が入ってるかも知れない以上、リクエストなんてし辛いんだが。
だからと俺は、
「なんでもいいぞ」
と言ったのだが、そんな返事は古泉の気にいるものではなかったらしい。
「あーあ」
嘆かわしげに呟いたかと思うと、
「その返事、一番嫌なんだよな。すっげぇやる気が失せる。せっかく聞いてるんだから、いっそめんどくさい料理でも言やいいのにさ」
と拗ねた口調で言われちまった。
俺は苦笑して、
「そりゃ悪かったな。これでも気を遣ったつもりだったんだが」
「別に今更気を遣う必要なんてないだろ。俺とあんたの関係なんだし」
「かもな。…けど、疲れてるんだろ? それなのに、いいのか?」
「いいに決まってんだろ。あんたのためなんだから」
そう言ってにこにこと笑う古泉の顔は、外でのそれとほとんど同じに見え、あの笑顔は割とデフォルトなんだよな、と思った。
実際、古泉はよく笑う。
テレビが面白かったといっては馬鹿笑いし、ちょっと気の利いたギャグを耳にすれば吹き出し、時には何かを思い出してにやにやしていたりするくらいだ。
だから、外での笑顔も大して苦じゃないんだろうな。
そこには元々の楽天的な性格も影響してるのかもしれないが。
「んで、何が食いたい?」
嬉しそうな顔でそう聞いてきた古泉に、俺はしばらく考え込んだ後、
「じゃあ、ポテトサラダとサンドイッチのうまいのが食いたい」
と答えると、
「うまいの、ってのは余計。俺の料理でまずいのなんて、今まで一度もなかっただろ?」
大した自信だが、実際その通りなので文句は言えない。
「そんじゃ、買出しにでも行くか」
それさえ楽しいことであるかのように笑って、古泉は着替えを探しにクローゼットに向かった。
そうして、しゃれたシャツとパンツ、それから薄手のジャケットを着た古泉は、正直言って、さっきまでダサい漢字Tシャツ――何を考えてるんだか、黒地に白で「唐揚」と大書されていた――と油や薄力粉で汚れっぱなしのジャージを着たまま、だらだらとパソコンに向かっていた男には見えん。
「スーパーに行くだけにしては、やりすぎじゃないか?」
やっかみ半分でそう言うと、古泉は外出用の笑顔で、
「僕もそう思いますけどね。これが機関の方針ですから」
……毎度のことながら、恐ろしい切り替えだ。
早さも落差も恐ろしい。
それでも俺が平気でいられるのは多分、古泉が表面に現れるものしか変えていないと分かるからなんだろうな。
古泉と二人で向かったスーパーは時々妙な食材を置いてあることもあって古泉が気に入っている店だった。
そこで、レタスだのきゅうりだのを異常なほど慎重に吟味する古泉を野菜売り場に放置して、俺は適当に店内をぶらつく。
別に古泉の側にいてもいいのだが、同じ野菜ばかり見てても飽きるからな。
今日は何か面白いものがないか、と見ていると、中華粥のレトルトパックが目に入った。
あまり見ないメーカーだな。
美味いんだろうか。
美味いなら今度お袋に買ってくれと頼んでもいいんだが。
そんなことを思いながら見ていると、
「それが食べたいんですか?」
と聞かれた。
「ちょっとな」
「それくらいなら、わざわざレトルトなんて買わなくても、僕が作りますよ?」
「作れるのか?」
素直な驚きのまま口にすると、古泉は心外そうに眉を下げた。
「僕のこと、見くびってませんか?」
「う、あ…すまん。自分では全然作れんもんだから、つい……」
そう謝ると古泉は小さくため息を吐き、
「いいですけどね。悪い意味じゃなかったようですし。それに、あなたはある程度ご自分で料理が出来るからこそ、料理が難しいものだと思うんじゃありませんか?」
「そうか?」
「きっとそうですよ。……料理は、あなたが思っているほど難しいものじゃないんです。手間さえ惜しまなければ、どんな料理だって出来ますよ。それから、愛情を込めればいくらだって美味しくなります」
ぬけぬけとそんなことを言った古泉に、俺は顔を赤らめながら、
「…ばか」
と毒づくのが精一杯だ。
「ふふ、照れなくてもいいんですよ?」
「照れてねえよ」
そんな風に、古泉が少々態度を変えても同じようにじゃれていられるのはやっぱり、古泉の本質的な部分を知っているからなんだろうな。
だから俺は、古泉が少しばかり冷たい態度を取ろうが、俺に秘密を作ろうが、大して振り回されることもなく信じ続けられるんだろう。
古泉の部屋に帰り、いそいそと料理に励む古泉の背中を眺めながら、そんなことを考えた。
それだけで、幸せに思う。
古泉が楽しそうだからかもしれないが、料理を待つ時間がこんなに楽しくなるとは以前は少しも思わなかった。
出来るだけ側で見ていたいような気持ちにさせられるものだとも。
手間さえ惜しまなければ、と言った言葉通り、古泉の料理は手間を惜しまない分時間がかかる。
それでも、それが少しも苦にならなかった。
出来上がった料理も、待たされた時間に相応しく、素晴らしい出来映えだったからかも知れないが。
「ん、うまい」
いつものことながら、夢中になって口に運ぶ。
ポテトサラダは少し芋の塊が残っているくらいが好きだとか、サンドイッチには辛子が多めに入っているのが好きだとか、俺が前に口にしたちょっとした好みを覚えていて、何も言わずにきちんとそれに合わせてくれることに、軽い感動すら覚える。
古泉は俺のために料理をしてくれるようになったその初めの頃からそんな感じで、俺の味の好みなんかを事細かに聞きながら作ってくれた。
一番最初に食べた時は驚いたとも。
卵焼きも酢の物も、完璧に俺好みに作ってくれたからな。
それこそ、うちのお袋以上だった。
最近では、初めて作る料理でも、俺にあれこれ聞いたりしない。
それを寂しく思わないでもないのだが、出来上がる料理はどれもこれも俺の好みに合致する味で、その理由が古泉が俺の好みを完璧に把握したからだと思うと余計に嬉しくなる。
せっせと食べていると、古泉は本当に幸せそうに微笑み、
「あんたがそうやってうまそうに食ってくれるから、俺も幸せなんだ」
と言った。
毒づくことも出来なかったのは、口の中がいっぱいになってたからだ。
そうして粗方食べ終えたところで、俺はあることに気がついた。
「…あれ? デザートは? 今日はないのか?」
いつもならフルコースの如く揃えるくせに珍しい。
「別に必要ないだろ? …あんたがいるんだから」
「は……恥ずかしいこと言うな」
真っ赤になってそう言うと、古泉はにやりと笑い、
「真っ赤になっちゃって……りんごかさくらんぼみてぇでうまそう」
とテーブルの上に身を乗り出すと、俺の頬にちゅっと音を立ててキスをした。
「っ…」
驚きながら逃げ出すことも出来なくなっている俺に、古泉は柔らかな笑みを向け、
「な、食っちゃだめ?」
「だっ……………だめに、決まってんだろ」
「えー。本当に? 絶対? だめ?」
子供みたいに言う古泉から、俺はふいっと顔を背け、
「……デザートって言うなら、全部食い終わってから言え」
「…ああ、そうだったな」
嬉しそうに笑った古泉は、残っていた蒸し鶏のサンドイッチを口に放り込み、紅茶を飲み干した。
「それじゃ、いただきます」
俺を抱きしめて甘ったるいキスを寄越した古泉に、俺はそっと、
「…残さず食えよ」
と囁いた。