ご注意ください!
この作品は朝比奈みくるの妄想の産物と言う設定であり、
一部キャラクターの性格および設定の捏造があります
エスパー少年と俺 Vol.5
最後の説得
Written by ミクル
冬休み明けのその日、いつも通りに何気なく自分の靴箱を開けた俺は、そこにメモが置かれていることに気がついた。 可愛らしいひよこ柄のメモ用紙には小さく丸っこい文字で、 『放課後、あなたのクラスでお待ちします。 古泉くんと一緒に、来てください』 とだけ、記されていた。 なんだこれは。 新手の告白イベントか? それとも俺と古泉のことを知っていて脅そうってのか? 訳が分からん。 訝しみながら俺は放課後、部室にやってきた古泉をとっ捕まえて、部室棟の屋上に上がった。 「こんなところで何の話ですか?」 「心配するな。別れ話とかじゃないからな」 「では、一安心ですね」 冗談を言い交わしながら、俺たちは身を寄せ合う。 内緒話がどうと言うより、単純に寒かったのだ。 こんな場所に呼んだのは大きな間違いだったかも知れん。 しかしながら、校内で内密な話をしようと思ったらこんな場所しかないんだから仕方がない。 とっとと終らせるまでだ。 「それで、一体どうなさったんですか?」 「こういう手紙が来た」 鼻先に突き出してやったそれにざっと目を走らせた古泉は、情けなくもハの字に眉を下げると、 「ラブレター…に見えなくもないですし、あるいは脅しの手紙にも見えなくもないですね。僕とあなたの関係を知っている、という」 「だよな」 「もっとも、吹聴されたところで、僕としては構わないんですけどね」 しれっとした顔で言った古泉が俺を柔らかく抱き締める。 一応もがくフリなどして見せるのは、もし誰かに見られていたらと思うからなのだが、見られていて、古泉との関係が知れ渡ったならどうなるのか、なんてことはろくに考えていない自分には苦笑するしかない。 多分、どうとでもなる。 古泉は、今更世間体なんぞ気にしないだろうし、俺だって、世間体を全く気にしないと言えるほどには開き直っちゃいないが、世間体なんぞのために古泉を手放すつもりなどさらさらないんだからな。 「あなたは僕の大切な人だと、知らしめたいですからね。僕は。…それであなたに不利益が及ぶ可能性があるから、黙っているだけです」 耳元でそう囁いておいて、古泉は言った。 「それで、どうします? 呼び出しに応じますか?」 「そうした方がいいだろ? 相手を確かめた方がいいだろうし、どういうつもりなのか知っとかないと対処も出来んだろ」 「そうですね…。あなたひとりならともかく、僕が一緒なら、少々のことくらい平気ですから」 「頼りにしてるぞ、エスパー少年?」 からかうように言ってやったってのに、古泉はくすりと笑うと、 「あなたが頼ってくださるなら、どんな敵にも立ち向かえそうですね」 とキザったらしく言ってのけた。 それから、俺たちは一応部室に戻り、部長が特に指示もよこさないままの、つまりはいつも通りの時間を過ごした。 向かい合ってボードゲームなんぞをしながら、俺も古泉もあの手紙のことなどおくびにも出さない。 もし部長に気付かれでもしたら面倒なことになること間違いなし、だからな。 そうして、誤魔化すような、そのくせいつもと大して変わらないような時間を過ごした後、俺たちは連れ立って俺の教室に戻った。 夕日に染まったその部屋には、誰もいない。 念のため中まで入り、教卓の影やらカーテンの後ろやらを見て回ったものの、誰の姿もなかった。 待ちくたびれさせたのか、それともただの悪戯だったのか、と首を傾げ掛けた時、かたん、とかすかな音が背後から響いた。 古泉は俺の隣りにいる。 背後にあるのは教卓くらいのものだ。 反射的に身構えた古泉から数テンポ遅れて俺も振り返ると、教卓の向こうに、見覚えのある女性が立っていた。 忘れもしない、あの夏の合宿旅行の日、俺の夢に現れ、俺と古泉の命を狙ってきたあの人だ。 あの時と同じように、悲しげな瞳を俺たちに向け、 「…お久しぶりですね」 と呟くように言った。 古泉は鋭く彼女を睨みつけ、 「あなたでしたか。一体どういうつもりです?」 「あなたももう、知っているんでしょう? あたしが未来から来た人間だってことを」 なんだって? 戸惑う俺をよそに、古泉はかすかに頷いた。 「そのような報告を受けましたね。俄かには信じがたいことでしたが、僕のような人間がいることからすると、未来人がいても不思議ではないと思いました。ただ、あなたからそう名乗るとは思いませんでしたが」 「状況が変わりつつあるんです」 そう言って彼女はじっと俺を見つめた。 「これまで私たちは、何度もあなたたちの命を狙い、あるいはあなたたちに別れてもらおうとしてきました。でも、やっぱりダメみたい。所詮未来から直接介入したって、過去は変えられないんですね。どうせなら、あなたたちと同じ時空平面上の誰かに、殺してくれるよう頼むべきだったのかな」 恐ろしげなことを言いながらも、彼女は本当にそうしたかったというような感じではなかった。 まるで、それが台本に書いてあるからと口にするような調子の響きだった。 「これなら、と思って他の世界に送ってみたりもしたのに、だめでしたね。本当に、強い繋がりなんですね」 そう言ってどこか儚げに微笑んだ彼女にも、古泉は容赦なく詰問した。 「あなたの目的は、いえ、あなたたちの目的は何ですか。どうして、彼の命を狙ったりしたんです」 命を狙われたのはお前もだろうが、と思い、眉を寄せる俺に、彼女は静かな笑みを向けた。 「……あなたたち二人は、世界のバランスを崩してしまうんです。二人の間に、子供が生まれることで」 ……なんですと? ぽかんとする俺に向かって、さっきまでの真面目な表情をすっかり忘れたようなのほほんとした顔で、 「それは嬉しいですね」 などとほざく輩には、 「黙れ馬鹿」 と軽く拳を入れて黙らせる。 「本当ですか?」 俺が問うと、彼女は頷いた。 「それだけなら、まだよかったんです。でも、それだけじゃないの。…あなたたちの子供は、男性同士での妊娠及び出産メカニズムを作り出してしまったんです。そのために、あたしたちの暮らす時間平面上では、様々な問題が発生しているんです」 そう言って彼女は目を伏せた。 「あたしたちの使命は、彼女の誕生、あるいはあなたたちの交際を妨げることなんです。お願いですから、交際、あるいは出産を、やめてはくださいませんか」 彼女自身、それが理不尽だと分かっているかのような口調で告げ、それこそ彼女の本心なのだろう言葉を呟いた。 「……あなたたちを…殺したくは、ないんです…」 その様子を見れば、彼女も決して悪い人ではないんだろうと思えた。 ほだされなかったと言えば嘘になるだろう。 だが、 「…悪いが、聞けません」 俺の言葉に、古泉も頷く。 「僕も同じです。そんなことを了承出来るはずがないでしょう」 「たとえ殺されても?」 「させませんから」 はっきりと告げた古泉に胸を熱くしながら、俺も言い添える。 「俺は、古泉と別れたくない。それに、本当に授かるものなら、…その子を産み育てたい。なんとしてでも。それこそ、自分の命に代えてでもです」 これまでは、命を狙われるのは、正直怖かった。 だがそれは、理由も相手も分からなかったからだ。 それが分かった以上、もう何も怖くない。 俺は自分の子供と、自分の幸せを守るためなら、命を狙われたって平気だ。 それくらい、大切であり、愛しいものがあるんだからな。 「させない、と言ったでしょう?」 と古泉は優しく微笑んだ。 「あなたを殺させたりなんてしませんし、僕も死にません。まだ発生すらしていない我が子も、守ってみせます」 決然と言う古泉に、うっかり見惚れた。 「…交渉は決裂、ということですね。……でも、それでよかったのかも」 まるで俺たちを祝福するかのように小さく笑った彼女は、 「あたしは、この任務から外されてしまいました。だから、あたしがあなたたちの命を狙ったりするのはこれでおしまい。でも、覚えていて? あなたたちの命を狙ったり、あるいはあなたたちの子供の命を狙ったり、それとも全然違う方法で、あなたたちに介入しようとするのはあたしだけではありません。勿論、あたしの属する組織だけでもないの。全然違う方向に、あなたたちの将来を動かそうとする人たちだって、いるかもしれません」 「それがなんだって言うんです? どんな人たちがどのようなことを仕掛けてこようとも、僕は、僕たちは、自分のしたいように生きるだけです」 古泉がはっきりと言うと、彼女は小さく頷いた。 「うん、きっとそれでいいんです。……さようなら。それから、ごめんなさい」 そう言って、彼女はそのまま消え失せてしまった。 未来に帰って行ったのか、それとも別の時間とやらに行ったのかは分からない。 ただ、わざわざあんなことを言いに来たと言うことは、本当に、なんらかの理由で当分俺たちのことをこれまでのように付けねらえないということなんだろう。 彼女に出来るのは、彼女の言う他の組織とやらのいいように、俺たちの未来が動かされないよう、俺たちに警戒を呼びかけることくらいだったのかもしれない。 そんなのはいささか楽天的過ぎるか、と思ったところで、古泉に抱き寄せられた。 「凄い未来を教えてもらってしまいましたね」 浮かれきった声で囁くこいつの方がよっぽど浮かれている。 それでも俺は苦笑しながら、 「そうだな」 と返すしかない。 古泉はそんな俺の反応に不満も見せず、俺を強く抱きしめて告げた。 「―― 一生、大事にします。あなたを、守り通しますから、側に、いさせてください」 「…ん。いきなりいなくなろうとしたり、死のうとしたりしたら、今度こそ許さんからな。ちゃんと、約束しろよ」 そして、約束は守るもんだ。 「分かってます」 そう微笑んで、古泉は誓うようなキスを寄越した。 「僕の子供を、産んでくださいますか」 「さっき言っただろ」 「もう一度、ほかの誰かにではなくて、僕に、言ってください」 誓いを求めるように言う古泉に、俺は照れ臭さから目をそらしたくなるのをぐっと堪えつつ、じっとその目を見つめ返して答える。 「…産んでやる。一人でも二人でも、可能な限り産んでやるから、ちゃんと養ってくれよ?」 「はい、喜んで」 そう言って、古泉は本当に喜色満面とでも言ったらいいような笑みを見せる。 幸せそうに。 実際、幸せなんだろう。 そのことが嬉しくて、俺も微笑む。 浮かれきった頭が、馬鹿げたことを囁いた。 あの女性は、本当は天使だったんじゃないか、なんてことを。 |