ご注意ください!
この作品はバンダイナムコゲームスより発売された
PSP専用ソフト「涼宮ハルヒの約束」
をもとに妄想された作品です
ネタバレは激しくありませんが、若干、プレイされないと分からない表現などが含まれます
ネタバレが嫌な方や未プレイの方はご注意くださいますようよろしくお願いします
「………さん、起きてください」 今朝もまた、そんな言葉が俺の眠りを妨げた。 柔らかな声ではあっても所詮男の声である。 つまり俺はこの日も、大して愉快な気分にもなれずに、何回目なのか数えるのも嫌になるような、何回目かの文化祭前日の朝を迎えた。 というかなんでこう毎朝毎朝こいつに新妻のごとく叩き起こされねばならんのだ。 俺が一体何をした。 「新妻とはまた……随分褒めていただけるものですね」 そんな台詞を古泉は皮肉っぽくでなく極自然に呟いた。 前々から言おう言おうと思っていたのだが、この際だ。 はっきりと言ってやろう。 「気色悪い」 「前にも言われましたよ、それ」 なのにお前の耳には届いてないわけだな。 呆れながらため息を吐いた俺に古泉は笑って、 「それより、そろそろ起きて作業を始められた方がよろしいのではありませんか?」 「お前、他人事だと思って…」 そんなに言うならお前が手伝え。 「ええ、そう思いまして……」 「何?」 まさかと驚く俺の前に、古泉はがさがさと音を立てながら購買の袋を置いた。 「……なんだこれは」 「朝食にと思って、メロンパンと焼きそばパンとコーヒー牛乳を買ってきたんですけど、他のものがよかったですか?」 「まさかとは思うが、これだけで協力したなんて言う気じゃないだろうな?」 俺の問いに古泉は明るい笑い声を立て、 「だめでしたか」 だめに決まってるだろう。 「そうですね。協力したと言いたいなら、本当は僕が朝食をお作りするべきだったとは思ったのですが、材料を勝手に拝借するのは流石に気が引けまして」 たとえ手料理だったとしてもそんなものを協力として認めてやるつもりは毛頭ないからその辺をよく理解しろ。 手伝うなら手伝うで素直に編集作業を手伝え。 というか、 「お前、料理なんて出来たのか」 「出来ますよ。ちゃんと自炊してますから」 「へー…」 「なんですか? 僕が全く自炊もせずに半年ばかり暮らしているとでも思われていたんですか?」 「いや」 と口ごもった俺だったがどうやら誤魔化せないらしい。 古泉は情けなく眉尻を下げて、 「自炊くらいしますよ。第一、出来合いのものばかり食べていたりしたら飽きるでしょう?」 それはそうかもな。 つうか古泉よ、 「はい?」 「もしかして、惣菜とかに飽きて自炊を始めたとかじゃあないだろうな」 俺の問いに古泉はさりげなく目をそらした。 …お前な。 「それより、食べないんですか?」 「食べるが…お前のおごりか?」 「ええ。…いけませんか?」 「……まあ、いいか」 本当なら理由もなく人にものをおごられるのは好きじゃないのだが、この場合は構わんだろう。 何せ、俺ひとり編集作業に従事させられているばかりか、このループを脱出するためのあれやそれやも考えねばならんらしいからな。 後者については一応協力は得られるものの、だからと言って大して楽になるというわけでもない。 そういうわけで俺はありがたく朝食を頂戴した。 …もうループに気付いてるんだ。 昨日と違うものを用意してくれたっていいだろうに、気が利かない男だな。 俺が厚かましくもそんなことを考えているとも知らず、古泉は何が楽しいんだかにたにたしながら俺が食事を終えるまでそれを見守っていた。 「いつまで見てるんだ?」 「ああ、これは失礼しました」 そう言って如才ない笑みを見せた古泉は、 「僕もそろそろ行ってきます。何か変わっているかもしれませんからね」 と部室を出て行った。 段々人数が少なくなっていっている校内を、一応原因が分かっているとはいえよく物怖じせずにひとりで歩きまわれるもんだ。 …いや、別に俺がひとりで歩くのが怖いというわけじゃないんだぞ。 ただ、あいつが何を考えてそうしているのかと思うと、眉間に皺が寄りそうになるだけだ。 ここが閉鎖空間だってだけで、変に責任感や使命感なんかを感じてなきゃいいんだが。 昼過ぎになっても俺は相変わらずせっせと編集作業に精を出していた。 そうしなけりゃどうしようもないかもしれない、と言うんだから仕方がないだろう。 それにしてもあまり楽しくない作業である。 朝に続いて俺に昼飯を貢ぎに来た古泉はそのまま居座り、いそいそとお茶なんぞ淹れている。 そんなことするくらいなら、いっそ朝比奈さんを呼んできてくれ。 その方がよっぽど体力気力共に回復するだろうから。 そんなことを俺が考えているというのに、古泉はどこまでもにこやかだ。 俺の手元に、しかし邪魔にならないような場所へと湯飲みを置いた古泉が、 「進んでますか?」 「一応な。…だが、色々と手間がかかってな」 嘆息しながら俺は室内を見回し目当てのものを探す。 そうしておいて、 「古泉、そこのそれ取ってくれ」 「はい」 軽く返事をした古泉が、まるでそれが舞台での演技の練習であるかのごとき軽やかな仕草で手を伸ばし、長机の上に放り出されていたハルヒの命令書を取り上げ、恭しく俺に差し出した。 俺は難しい顔になりながらそれを睨み、 「…やっぱり、これは無理じゃないのか?」 「そこをなんとかするのがあなたの役割ですよ」 と言ってもなぁ……。 俺は動画編集なんて生まれて初めての経験であり、いまだにソフトをぎこちなく使うのがやっとという有様なのだが。 いっそお前が変わりにやってくれ、と俺が言い出すより早く、古泉は柔らかく微笑み、 「期待してますから、頑張ってくださいね」 「んー……」 そう言われても唸るしかないのだが。 これ以上ここにいては何か押し付けられるとやっと悟ったらしい古泉は、 「それでは、あなたの邪魔になってしまってはいけませんから、僕はこれで」 と言ってドアの方へ向かいかけて足を止めた。 そうしてちょっと振り向き、 「あの、夕食はどうされるおつもりですか?」 「……全く当てはないが、まあ、なんとかなるだろ」 俺はまだ命令書を睨みつつそうおざなりに言い捨てた。 それから、独り言のように、 「出来れば温かいものが食いたいが、それは難しいんだろうな…」 と呟いたのだが、古泉はなにやら真剣に、 「…温かいもの、ですか」 と復唱した。 が、安心しろ。 お前には全く期待しとらんから。 「酷いですね」 そう笑っておいて、古泉はそれ以上何も言わずに出て行き、俺は残された部室でひとり唸り続けることになったのだった。 それから夜までのなんと長くて短かったことか。 退屈とはまた違うのだが、自らの好まざる作業をしなければならん時ってのは、どうしてああも時間の経過が遅いのかね。 おまけに、時間の経過は遅いくせに作業の進捗状況からすると全く時間が足りないと来た。 嫌気がさすとしか言いようのない状況である。 長門がちょっとした現状報告に来てくれた時には多少気が休まったし、朝比奈さんが労いのために、つまりは俺ひとりのためだけにお茶を淹れに来てくださった時には非常に気力が回復したものだが、正直焼け石に水と言うほかのない状況だった。 ついでに言うと、焼け石を更に加熱しようと熱湯をぶっかけに来るようなハルヒというやつもいたからな。 余計な注文を更に命令書に書き足され、俺は空腹を抱えたまま過ごした。 もはや夕食をとる余裕もないのではないだろうか。 というか、夕食を探しにいく余裕がない。 空きっ腹を抱えたまま、また夜が明けて今日が来たらその時俺の腹の具合はどうなっているのだろうなどと、埒もないばかりか現実逃避でしかないことを考えるのはつまり、糖分の不足及び眼精疲労による頭痛肩凝り、更には集中力の限界にぶち当たっているということである。 椅子が転倒するギリギリくらいまで体を反らせたところで、ドアをノックする音がした。 「どうぞ」 投槍に答えた俺に対して、古泉はわざわざ微笑を浮かべて入ってきた。 「夕食はまだですよね?」 「ああ、そうだが……」 「それはよかった」 そう言った古泉が俺の目の前に差し出したのは、紙皿に乗せられラップを掛けられた、熱々の焼きそばだった。 「鶴屋さんか朝比奈さんにでももらったのか?」 俺の問いに古泉は意味深に目を細め、 「そんなところです」 「食っていいのか?」 「悪ければ持ってきませんよ。僕はもう先にいただいてしまいましたので、全部召し上がってください」 「おう」 キーボードを横によけて、俺は焼きそばを目の前に引き寄せた。 古泉は丁寧にラップを外して、俺に割り箸を差し出す。 それを受け取って、俺は簡単に手を合わせ、 「いただきます」 と唱えた。 古泉は何を思ったか楽しげに微笑んで、 「どうぞ、召し上がってください」 正直、文化祭で売るような焼きそばに期待はしていない。 温かいというだけでも今の俺にとってはご馳走である。 少なからず失礼なことを考えながら一口飲み込んだ俺は、驚きに目を見開いた。 「ん、うまい」 本気で驚かされたくらいうまい。 これは温かいという効果だけによるものではないはずだ。 「それは何よりです」 がっつくような勢いで食べ始めた俺に、古泉は妙に楽しそうに言った。 何でそう楽しそうなんだと俺は横目で古泉を睨みつつ、あっという間にそれを食べ終えた。 本当に、うまい焼きそばだった。 これならたとえ朝比奈さんが給仕してくれるのでなかったとしても、金を取られて怒る奴はいないだろう。 「ごちそうさん」 ぱしりと手を合わせる音もいくらか元気を取り戻した明るさを持っていた。 古泉は満足気に微笑みながら、 「綺麗に食べてくださいましたね」 「そりゃあな」 「そんなに美味しかったですか?」 「お前も食べたんなら分かるだろうが」 なに言ってんだ? 「……実はですね、」 そう言って古泉は意味ありげに顔を近づけてくると、内緒話でもするような囁き声で、 「今の焼きそば、僕が作ったんです。……と言ったらどうしますか?」 「……有り得ん冗談だな」 「それは酷くありません?」 そう言いながらも古泉は大して傷ついた風もなく笑った。 その手が俺の肩に触れているのにやっと気がついたかのように目をやった古泉は、 「随分凝ってますね」 「そりゃな」 「お疲れ様です。少しでよければ揉みますよ?」 「あー…じゃあ、頼む」 正直我慢ならんくらい肩凝りと目の疲労が酷いんだと俺が呟くと、古泉は小さく笑って、 「これくらいしか僕にはお手伝いできませんから、遠慮なくどうぞ。目が疲れているのでしたら、マッサージの間だけでも目を閉じていた方がいいかもしれませんよ」 「そうだな」 俺は素直に目を閉じ、体を弛緩させた。 俺のそれよりいくらか大きく力強い古泉の手が俺の肩に触れ、状態を確かめるように、少し力を込めつつ表面を撫でる。 「ちょっと失礼しますね」 そう言った古泉の手が肩を離れ、シャツのボタンに掛かる。 「襟をもう少し寛げますよ」 「ああ…」 このまま寝ちまいたい、と思いながら答えた俺に、古泉の苦笑が掛かる。 「まだ寝ないでくださいね。作業も残っているんでしょう?」 「寝たら、起こせ…」 「…仕方ありませんね」 その間に古泉の手が首の後ろに回り、そこから服の中へと軽く入り込む。 肩甲骨の間から首を通って後頭部まで親指で押し上げられると、少しばかり痛いのだが同時に気持ちがよかった。 本気で凝っているらしい。 「本当に、凄いですね」 「…と言うかお前、手慣れてるな」 「それはまあ……時々、頼まれるんですよ」 誰にと言わなかったのは言い辛いからだろう。 だから俺もそれ以上は聞かずに、 「あー…そのまま、そこ、押してくれ…」 と要求する。 すると古泉はほっとしたような声で、 「ここですね」 と後頭部を押し上げた。 「痛くありませんか?」 「いや…ちょっと痛いくらいだが気持ちいい」 「痛かったら言ってくださいね」 そう言いながらも力加減をちゃんと調節しているんだろう。 実に絶妙な力加減で今度は首の横を左右いっぺんに押していく。 それが肩まで達し、軽く肩を回される。 それから、痛くない程度に力を込めて肩を揉まれると、気持ちよくて本当に寝そうになった。 実際、少しの間眠っていたんだろう。 「これくらいでどうですか?」 と古泉に肩を軽く叩かれるまで、記憶が飛んでいるからな。 「ん…ああ」 目を開けた俺は軽く首を回した。 随分軽くなっている。 「それが分かるほど凝ってたんですから大したものですよ」 苦笑混じりに言った古泉が、 「忙しくても時々は休憩して肩や首を動かしたり、目を休ませた方がいいですよ」 「分かってるんだけどな」 なかなかし辛いんだ、と苦笑いした俺だったのだが、ふと思いついたことがあった。 「…なあ、古泉」 「なんです?」 「何で今日はそんな風に妙に甲斐甲斐しいんだ?」 俺が聞くと、古泉は薄く笑った。 何と言うか……やっと気付いたんですか、とでも言いたげな顔である。 「あなたが言ったんでしょう? 『新妻のごとく』と。それなら、お疲れのご様子のあなたを労う意味も兼ねてその通りにしてみてもいいかと思いまして」 ちょっとした悪戯のつもりだったとでも言うような古泉に俺は思い切り顔をしかめた。 「やめてくれ」 うっかり甘受してしまったが、そう言われると非常に気持ちが悪い。 「では、明日は止めておきましょう」 そう笑った古泉だったが、ややあって、声を立てて笑い出した。 思い出し笑いにしては派手だな。 一体なんだ。 「いえ、……あなたは意外と亭主関白タイプなんだなと思っただけです」 「は!?」 「だって、そうでしょう?」 そう言われて、俺は今日一日の行動を思い出した。 古泉に朝飯の用意をさせ、昼飯を貢がせ、茶を注がせ、指示代名詞と命令語のみで古泉を使い、夕食を運ばせ、マッサージをさせ………。 「違いますか?」 古泉の笑いを含んだ言葉に何一つ反論も出来なかった俺は虚しく机に突っ伏すしかなかった。 |