ご注意ください!

この作品はバンダイナムコゲームスより発売された
PSP専用ソフト「涼宮ハルヒの約束」
をもとに妄想された作品です
ネタバレは激しくありませんが、若干、プレイされないと分からない表現などが含まれます
ネタバレが嫌な方や未プレイの方はご注意くださいますようよろしくお願いします


またこの作品は朝比奈みくるの妄想の産物と言う設定であり、
一部キャラクターの性格および設定の捏造
がありますので
それについてもご注意ください



エスパー少年と俺 Vol.2
  守る者守られる者
   Written by ミクル



中途半端な時期に転校してきた古泉一樹という名の転校生は、容姿端麗、成績優秀、当意即妙と実に美々しい四字熟語が並べられるような奴だ。
しかしながら、その正体を知ってしまった俺としてはそこに、荒唐無稽な超能力者という言葉も加えてやりたいくらいである。
さらにこいつはどうやら俺のことが好きらしい。
古泉が転校してきてからというもの、平々凡々だったはずの俺の生活は一変したと言っても過言ではない。
命は狙われるわ、男には好かれるわ、運命の女神様とやらは俺に一体どうしろって言いたいんだ?
全く、とため息を吐いて見上げた空は底抜けに明るく青く、地球温暖化なんてものとは無関係に暑い太陽が輝いていた。
夏休みの第一日目、俺はどういうわけかフェリーに乗せられていた。

きっかけは、いつも何かと言っては面白いことを捜し求めて東奔西走しては辺りをしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回して、反省の色の欠片もない我等が部長の発言だった。
「夏休みはやっぱり合宿よね」
普通のことはつまらないと言うくせに、ベタなイベントも外せないらしいワガママ女、ハルヒはそう呟いて部室にいた部員を睥睨した。
一年先輩の朝比奈さんは怯えた様子で小さく悲鳴を上げて身を竦ませ、窓際で本を読んでいた正しい――これは行動がというよりもむしろハルヒによって占拠される以前からいたという意味であり、ひたすら本を読むという行動が文芸部員として正しいのかどうかは俺にもよく分からん――文芸部員、長門は本から顔を上げもしない。
俺は胡散臭い眼差しをハルヒに向けるのみであり、残った古泉は仕方なく口を開いただけだろうに、そうとは見えない口調で、
「合宿、ですか」
とハルヒの話を聞く姿勢を見せた。
寝言でとはいえ俺のことを好きだと言った割には、古泉はハルヒの機嫌を取ろうとする。
それはどうやら、この部室内の力関係を見て取っての結果のようではあるのだが、やめてもらいたい。
別に俺が気に食わないからとかそういうわけじゃない。
ただ、ハルヒをおだてたり乗せたりすれば後で必ず厄介なことになるに違いないからだ。
俺は被害を被りたくない。
「そう、合宿よ合宿! 高校生の男女がどこか怪しげな洋館を借りて合宿をしたらそこに事件はやってくるってもんでしょ?」
お前は推理小説の読みすぎだ。
というか、そんなパターンはもはやチープすぎないか。
「なるほど、涼宮さんはミステリもお好きなんですね」
そこ、笑顔で迎合しない。
「古泉くんも?」
「ええ。僕の親類にもかなりのミステリ好きがいまして、趣味が高じて孤島に別荘を建ててしまったと言っていましたよ」
あ、コノヤロウ、わざわざフラグ立てに行きやがったな。
しかも乱立だ。
立てるなら立てるでもう少し控えめにしてくれ。
そうしたら俺が問答無用で叩き折ってやれるからな。
などと一瞬のうちに思った俺は、どうやら間違っていなかったらしい。
ハルヒは爛々と目を輝かせながら、予想通りの一言を発した。
「ねえ、その人の別荘に合宿させてもらえないかしら!」
後のことは説明するまでもない。
1+1の答えを出すより簡単に、俺たちの合宿は決定され、俺はこうして船に乗せられているわけだ。
「憂鬱そうですね」
俺の隣りに実は先ほどからずっと立っていた超能力少年は、俺同様にデッキの手すりにもたれ、爽やか過ぎる海と空の青を眼球に染み渡らせていたのだが、気が付けば、その青にも負けないほど爽やかで、かつ胡散臭い笑みを俺に向けていた。
対する俺は全く逆といえば丁度いいだろう。
うんざりするような雨、しかもいっそすっきりするような土砂降りではなく、外に出て行くことを躊躇ってしまう程度の小降りの雨空だ。
「…誰のせいだと思ってやがるんだ」
唸るようにそう言えば、古泉は困ったような苦笑を見せた。
「すみません。…旅行はやっぱりお嫌でしたか?」
俺がお前のせいでくさくさした気分になってるのはこの旅行のせいだけじゃなく、お前の寝言が原因だ。
――とは流石に言いかねて、俺は渋面を作りながら口を開いた。
「別に」
素っ気無い返事になったのは咎めないでもらおう。
これでも限界だ。
俺は古泉みたいに無駄な愛想を振りまけるようなキャラはしてないんでな。
俺の返事と態度をどう解釈したのか、古泉はそっとため息を吐き、
「すみません」
ともう一度繰り返した。
「そう何度も謝るってことは、ハルヒが合宿を企てたのに乗じて、わざと目的地なんかを誘導したんだな?」
答えは肯定の頷きだった。
「こう言うとあなたの機嫌を損ねるだけかもしれないのですが、」
と、自信のない前置きをした上で古泉は言った。
「この数日間、あなたの身に危険が及ぶ可能性が高いと予見した仲間がいるんです。あなたを守る立場にある僕としては、出来ればその間、あなたから離れたくなかったんです。ですから、こういう手段を取らせてもらいました」
「お前な……」
俺は呆れながらため息を吐いた。
「んなこと言われたら余計に楽しめなくなるだろうが」
「すみません。でも、大丈夫ですよ」
と古泉は笑うと、
「あなたが案じなくてもいいよう、万全の体制を整えたつもりです。心置きなく旅行を楽しんでください」
「……それは、お前の仲間も関わってんのか?」
「ええ」
「…なあ、前々から思ってたんだが、」
「なんでしょうか?」
「なんでお前等は俺を守ろうとするんだ?」
俺はずっと考えていた疑問を口にした。
今しか聞くことは出来ないと思ったからだったのだが、もしかするとこの緊張含みどころか危険だらけにも思える旅行には相応しくない質問だったかもしれない。
古泉の顔は一瞬強張り、それから困ったような作り笑いに変わったからな。
「――いけませんか?」
いけないとは言わないさ。
こっちは守ってもらってる身だからな。
だが、何で俺が狙われてるのか、また何で守られてるのか分からないのは少々気分が悪い。
当事者でありながら全くの部外者みたいな扱いだからな。
大体、俺のどこに命を狙われるような要素があるというんだ。
「あなたは十分に魅力的な方だと思いますが」
「空世辞は要らん」
「そんなことは…」
と言葉を濁した古泉は、手すりに軽く背中を預けながら、
「――放っておけば命を落としてしまうかもしれない人がいて、自分達にはその人を助けられる術がある。ただの欺瞞や独り善がりな行為に過ぎないかもしれませんが、そうであればその人を助けようとするというのは、そんなに不自然なことでしょうか」
そう言われると答えようがない。
俺はどこかまだ隠されている気持ちが抜けないまま、
「分かった。追及は諦めるとしよう」
と吐息と共に吐き出して、
「……ありがとな」
「いいえ」
照れくさそうに笑った古泉に、俺が抱いたのはちょっとした悪戯心だった。
俺にもどうやら、少なからず意地の悪い部分があるらしい。
「で、お前自身はどうして俺を守ってくれてるんだ?」
「…え」
絶句した古泉にわざとらしく顔を近づけてやり、
「それも、わざわざ転校してきたりして。他の超能力者仲間とやらとは違って、俺に接触もしてきてるよな。それに理由はあるのか?」
この時俺が考えていたのは、俺に好意を持っていながらそれをひた隠しにしている古泉に対してこういう悪戯を仕掛けたなら、一体どんな反応をするかということだけだった。
うろたえるのか、それとも平然と誤魔化すのか、はたまた、と。
全く、残酷にも程がある。
だが、古泉の答えは俺の期待に答えるどころか、空振りもいいところの最悪なものだった。
いつにも増して完璧な作り笑いで、古泉はこう言った。
「たまたま僕があなたと同じ年齢で、転校してきても不都合がなかったからですよ。僕が意図してのものではありません。もし、僕以外に適応者がいたなら、その方があなたと接触したでしょうね。他の能力者が接触しようとしないのは、極力、影ながらあなたを守りたいと考えているからです。――それから、僕があなたを守りたいと思うのは、他の能力者と同じです。守れるだけの力があるから守る。それだけです。他に変な意味はありません」
とな。
その言葉のどこが気に食わなかったかなんてことは挙げ連ねてやる必要もないだろう。
あえて言うことがあるとするならば古泉のその自分を殺しきったような顔が嫌だったということくらいだ。
「…変な意味ってのは何だ」
押し殺しきれない苛立ちが声に乗ったが、構うことなど出来なかった。
寝言とはいえ俺のことを好きだと言ったくせに、それを変な意味と言い切るのかこいつは。
それなら、それに翻弄された俺も変なのか。
いや、まともでないことくらいは分かる。
だが、そうして先に言っちまった方の口からそんなことを言われると、腹の中から焼けるような何かが込み上げてくるのが感じられた。
「あ、の……?」
失敗したと書いてあるのが見えるような顔で古泉が俺を見る。
俺はそのまま古泉から離れようとし、俺を引きとめようとしてか伸ばされた古泉の手を振り払った。
「目的地には他の超能力者もいるんだろ。だったら、お前が俺に付きっ切りになって俺を守る必要もないはずだ」
いくらか遠回しな拒絶は、察しのよすぎる古泉には十分に届いたらしい。
「分かり…ました…。あなたに、近づき過ぎないように、します」
いつになくたどたどしく紡がれた言葉にも何も返さず、俺は船内へ続くドアへと向かった。
視界の端に一瞬だけ、古泉の絶望したような顔が見えた気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。

フェリーからクルーザーに乗り換え、孤島とやらに向かう間も、それから島についてからも、俺は古泉と一言も口を聞かなかった。
距離も取り、あえて長門や朝比奈さんと話していれば特に違和感もなかったのだろう。
ハルヒに咎められることもなかった。
なにしろ、ハルヒというのは日頃は傍若無人なくせに、妙なところでお節介なのだ。
部員同士がケンカした、なんてことを知ったらそれこそ有り余る人並以上の能力や人脈なんかの全てを使ってでも仲直りさせようとするに違いない。
それはある意味助かるものでもあるのかもしれないが、とりあえず当分は仲直りなんてことは出来ない気分だ。
長門や朝比奈さんと一緒になって泳いだり、ビーチバレーなんぞして楽しむのは、本当に楽しいことだった。
無理なんてしていない、はずだ。
しかし、長門が無表情なりにいささか心配そうに見えなくもない顔で俺の顔をのぞきこんできた時はどきりとした。
「…大丈夫?」
「何がだ?」
「調子が悪そうに見えるから」
「……別に、体調はいいと思うんだが…」
「……そう」
頷いた長門はそれ以上何も言わず、俺の隣りに腰を下ろした。
俺をこのまま座らせておくことが目的であるかのように、泳ぎに誘ったりもしないで。
俺は長門にも聞こえないようにため息未満の吐息を吐き出すと、憎たらしくも青い空と海を目を眇めて見つめた。
こうしていれば、世界はいつだって同じように見える。
俺の心情にも何もお構いなしに過ぎ行くだけだ。
それなのにどうして、俺の命なんかを狙う一派があり、逆に俺を守ろうとする人間がいたりするんだろうな。
俺に何か特殊な力でもあるならともかく、別にそういうわけでもないはずだ。
それなのに、なんで。
そういえば、クルーザーで迎えに来てくれた執事の新川さんとメイドの森さん、それから古泉の親類だという多丸さん兄弟のうち、誰が古泉の超能力者仲間なんだろうな。
まさか全部がそうだなんてことはないと思うのだが。
「ふわぁ…」
どことなく思考が分散すると思ったら、どうやら俺は眠いらしい。
あくびをしてしまうとそれが自覚され、俺は、
「悪い、ちょっと寝させてもらう」
と長門に断った上で、ビニールシートの上に横になった。
暑いんだから一度宿泊場所であるところの館に戻ればよかっただろうに、それも出来ないくらい眠い。
なんでだ、と思うこともなく、俺は眠りに落ちた。
だからこれは、俺の見た夢に過ぎないと思う。
そうだと思いたい。
真っ暗な夢なんて、気分がいいものじゃない。
しかもその真っ暗な中に登場したのは、これまでにあったこともないような女性だったからな。
長い、軽くウェーブのかかった髪を垂らした女性は20代半ばくらいに見えた。
背はさほど高くもないが低くもなく、どこか幼い顔には不似合いな豊満な胸と、悲壮感漂う表情をしていた。
「キョンくん、」
とその人は俺を呼んだ。
ということは俺の知り合いなのだろうか。
しかし俺はそんな人にあったことなどない。
しかも彼女は俺を呼んだ後、
「お願い、」
と俺に向かってやけに鋭利でゴツイ外見のアーミーナイフを振りかざし、
「死んでください」
「な…っ……!?」
一体何なんだ。
夢にしても酷すぎる展開だ。
訳が分からない。
超展開にも程があるぞ。
こんな脚本を書いたのは誰だ。
「ごめんね。でも、そうしないと、私たちは……」
それ以上は言えないとでも言うように彼女は表情を歪めた。
「だから、死んでください…っ!」
泣きそうに言った彼女が、ナイフを俺に向けたままこちらへ走ってきた。
いや、正確に言うならば走ってこようとした、だろうか。
何故ならそれは果たされることなく、強引に参入した第三者の手で止められたからだ。
俺の体は背後に弾き飛ばされ、ナイフはその第三者の手で止められていた。
女性は一度古泉にその体を支えられた後、慌てて体勢を立て直していたが、ナイフは持ったままでいた。
「古泉…!?」
「遅くなってしまってすみません」
赤い光を纏い、素手でナイフを掴んだまま、古泉はそう言った。
「怖い思いをさせてしまいましたね」
「んなこたどうでもいい! お前、血が……」
「平気です」
ナイフを握った手から滴る血は、とても平気と言えそうなものではない。
「これくらい、どうってことはありませんよ。それより、すみません。約束を破ってしまいました」
それこそ、どうでもいいことだ。
約束なんて大したものじゃない。
「…古泉くん……」
息を呑むように、同時に悲しげに呟いたのは、俺を襲ってきた女性だった。
泣き出しそうな顔のまま、無理矢理に怖い顔を作ろうとして失敗しながら、彼女は言った。
「…キョンくんじゃなくて、あなたでもいいんです。死ぬのは」
「……どういうことです? あなたは一体…」
「答えられません」
そこだけきっぱりと言った彼女は、しどろもどろになりながら、
「あたしに言えるのは、古泉くんかキョンくん、どちらかに死んでもらわないといけないってことです。古泉くん、」
彼女はナイフを手放さないまま、至近距離から古泉に持ちかけた。
「あたしは役目を果たさなければなりません。あなたも、キョンくんを守りたいって思ってる。それなら、お互いに妥協出来ませんか」
何を言い出すんだ、と問うことも出来なかった。
唖然としたままの俺とは違い、古泉はすぐにそれを理解したらしい。
一度ちらりと俺を見ると、
「いくつか質問させてください。――彼を狙っているのはあなた方だけなんですね?」
「そうです。あたしたちはあなたとキョンくん、どちらかに死んでもらわないと困るんです。でも、あなたは超能力者だから、何の力も持たないキョンくんに、死んでもらおうと考えたんです」
「では、僕が死ねば彼を狙う理由はなくなると」
「そうです…」
「……約束は、してもらえますか?」
「勿論です。あたしたちは余計な人の命まで奪いたくありません。だから……」
「分かりました」
俺には全く何も分からないのに、古泉はそう言った。
その手がナイフを放し、体から赤い光が消える。
息を整えながらナイフを構えなおす女性を前に、古泉は俺を振り返って、こともあろうに幸せそうに微笑みやがった。
「これで、あなたは一生安全です」
「なに…言って……」
ガチガチと歯が音を立てた。
体が震えてどうしようもない。
それくらい、俺は怖かった。
突然襲われたことがでなく、この闇みたいな世界がでもなく、古泉がそうやってあっさりと命を棄てようとすることが。
「あなたは気持ち悪いと思われるのでしょうけれど、」
俺の言葉も聞かないまま、俺の心を読もうともせず、古泉は笑って言った。
「…あなたが、好きでした」
そう言って古泉は俺に背を向けた。
これ以上何も言わないとでも言うように。
「…っ、過去形で、言うな、馬鹿野郎…!」
俺は無理矢理起き上がり、古泉の背中に抱きついた。
「……!?」
驚いているのか声も発しない古泉に、俺はまくし立てる。
「お前が俺を好きなんてことはとっくの昔に知ってたんだ。なのに俺は、お前に好かれてるのが嫌じゃなくて、むしろ、嬉しくて、だから自分なりに覚悟も決めようとしたし、あれこれ考えたりもしてたんだ。それなのにてめぇが変な意味だのなんだの言い出しやがるから、俺も、頭に来て、…っ、ごめん。頼むから、死なないでくれ。お前が…好き、なんだ…」
支離滅裂もいいところの言葉に、古泉はしばし沈黙した。
襲撃者も何も言わない。
ただ、ナイフを持ったまま、困った顔をしていた。
古泉はそっと俺の腕を解くと、こちらを向いた。
これまでに見たことがないくらい幸せそうに笑って、
「ありがとうございます。嬉しいですよ。でも…すみません」
古泉の顔が近づいてきた、と思うと唇に何かが触れた。
それが何かなんてことは考えるまでもない。
真っ赤になった俺に、古泉は優しく、
「……最後だけでも、かっこつけさせてください」
と言って俺を突き飛ばした。
突き飛ばされた割に、俺の体は大した衝撃も受けずに地面に転がった。
「な…っ」
慌てて起き上がろうにも体が動かない。
古泉が超能力を使っているのだろう。
古泉は真剣な表情で襲撃者に向き直ると、
「待ってくださってありがとうございます。…どうぞ、僕を殺してください」
「…分かりました」
緊張しているのだろう、かすかに震える声で彼女はそう言って、今度こそナイフを構えた。
「い…やだ、やめろ、やめてくれ――…っ!」
形振り構わず、俺が叫んだ瞬間だった。
真っ暗だった世界に、不意に光が弾けた。
超新星爆発とか、そんな感じの強い光だ。
「きゃあっ!?」
「これは……」
世界が真っ白に染まる。
痛そうな悲鳴を上げる彼女とは対照的に、古泉は驚きの声を小さく上げただけだった。
その唇が動いたのだけがかすかに見えたが、俺はそれ以上何も言えないまま、意識を失った。

夢の中で意識を失うと、現実に戻るらしい。
そんなことを思いながら俺が目を開けると、見覚えのない天井が見えた。
「キョン!」
ハルヒが心配そうに俺の顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫なの!?」
「大丈夫って……何が…」
「あんた熱中症で倒れたのよ。これから病院に運ぼうかって言ってたところだったのよ」
熱中症? 俺が?
それは何かの間違いだろうとは言いかねた。
体を起こし、室内を見回せば、心配そうな朝比奈さんと長門のほかに、困惑気味の古泉が見えた。
古泉が小さく頷いたのに目で答え、俺はハルヒに話を合わせることにした。
「すまん…」
「全くもう…」
目尻に滲みかけた涙らしきものを無理矢理拭ったハルヒは、虚勢を張るように怒った顔を作ると、
「あたしたちの旅行を台無しにしたらいくらあんたでも許さないんだからね! 今回は無事だったから許してあげるけど……雑用係の地位は不動のものだと思いなさい!」
はいはい。
「ハルヒ、」
「何よ」
「…朝比奈さんも、長門も、……古泉も、心配掛けて悪かったな」
「…分かればいいのよ。さ、あんたはもうちょっと寝なさい。水とか、そこにあるから、しっかり飲むのよ」
そう言ってハルヒは長門と朝比奈さんを連れて出て行った。
古泉は軽く手を振って退室を拒んだ後、俺に近づいてきて言った。
「……大丈夫ですか?」
「ああ」
「頭が痛んだりすることも…」
「ない。というか、古泉……あれは、夢じゃないんだよな?」
「夢ではありますよ。一応」
古泉はそう答え、
「あなたが見ていた夢にあの何者とも知れない襲撃者が介入してきたわけですから。更に僕まで乱入させてもらったので、そもそもの夢を見ていたあなたに悪影響を及ぼしていないかということが心配だったのですが」
「それは全然平気だ」
「それなら何よりです」
そう微笑んだ古泉を、俺はじっと見つめた。
「…なんですか?」
分かってるだろうにそう聞いてくる古泉に、俺は不貞腐れながら、
「……死ぬなよ」
「……」
「俺のために死なれても、迷惑だ。嬉しくもなんともない。大体、普段からかっこつけてるくせに、何が最後だけでもだ」
「…すみません」
「それに、」
と俺は古泉を睨みつけ、
「……お前が死んだら、誰が俺を守るんだよ。お前が俺を守ってくれるんじゃなかったのか?」
「それは、そうですけど……でも、僕ではダメなんだと、思ったんです」
まだ言うのかこいつは。
「あなたのこととなると、僕はとてもじゃないけれど冷静ではいられません。それなのに、どうして僕にあなたが守れますか? 今日も、あなたに守ってもらって……」
俺が守った?
どういうことだ。
「……自覚しておられないんですか? あの白い光は、あなたの力でしょう?」
「知らん。俺はただの一般人だぞ」
てっきりお前が何かしたんだとばかり思ったんだが。
「あなたの力だと思いますよ。はっきりしたことは、僕にもうまく言えませんが」
「たとえそうだったとしても、だからなんだって言うんだ? 俺は別に俺のことだけを完璧に守ってくれるヒーローを欲しがった覚えなんてない。かっこつけるような奴よりも、見っとも無かろうが最後までちゃんと生きようとしてくれる方がよっぽどいい。だから、」
「……でも…いくらあなたに拒絶されたとはいえ、あんな事態になるまで気づかなかったことを思うと、やはり僕にはあなたを守る資格もないとしか思えません…。あと少し遅れていたらと思うと、ぞっとします…」
まだぐずぐず言うってことは、こいつは俺が思っている以上に参っているらしい。
「古泉、」
俺は古泉を呼び寄せ、ふらふらとどこか頼りない足取りで近づいてきた古泉の胸を掴み、一息に引き倒した。
「うわ…っ!?」
らしくもなく声を上げた古泉は、いきなり引っ張られたにしてはうまく手をつき、俺の上に倒れこむことはなかった。
「な、なんですか!?」
うろたえる古泉には構わず、俺は至近距離から古泉を睨み上げ、
「確かに、お前が来るのがあと一瞬でも遅れてたら、俺は今ここにいなかっただろうな」
夢の中で刺されたら現実ではどうなるのかは分からんが、ただでは済まなかっただろうということくらいは分かる。
「でも、お前は来てくれただろ」
言いながら、古泉を抱きしめる。
その顔が見えなくなるのは嫌だったが仕方がない。
こういうぐずぐず言ってる子供は抱きしめるに限るからな。
「それにお前はちゃんと俺を助けてくれたじゃないか」
これからも、守ってくれるんだろ?
「……本当に…僕でいいんですか…?」
怖々と問い返す古泉に、俺は頷き、
「お前じゃなきゃ嫌なんだ」
意味は問うなよ、と念を押せば、古泉に顔をのぞきこまれた。
しかし、顔をのぞきこむということはつまりのぞきこんだ方の顔も相手にばっちり見えるわけで、俺にははっきりと古泉の泣きだしそうな情けない顔が見えた。
「…情けない顔だな」
思ったままを口にすると、泣いてるような声で、
「ほっといてください」
と言われた。
「それよりだな、」
俺は極力顔を背けながら言った。
「…俺はまだ、面と向かってちゃんと、お前に好きだと言われてない気がするんだが?」
このままだと俺は言っただけ損したような気分にもなりかねん。
なかったことにした方がいいのなら、そうしてやってもいいが。
「いえ、」
無理矢理苦笑を作った古泉は、
「……本当に、僕のことを…好きで、いて、くださるんですか…?」
とたどたどしく問うたが、俺は堪えず、ただ唇を引き結んだ。
これ以上俺にばかり言わせるつもりなら、発言内容が180度転換される可能性も高いぞ。
「すみません、」
俺の表情から察したのだろう。
古泉はそう謝ってから、数度の深呼吸で呼吸を整えると、滅多に見せないような真顔で、
「……あなたが好きです。出会った時から、いえ、それよりも前から、あなたが好きです。あなたしか、見えないほどに…」
顔が赤くなるのが、立ち上る熱で分かる。
胸は恥ずかしいくらい高鳴るし、一体どこの乙女なんだと自分で自分を笑ってやりたいのに、それも出来なくなる。
ああ畜生、
「…嬉しいのが悔しい」
「どうしてです?」
少しばかり余裕を取り戻した笑みでそう問われ、俺は唇を尖らせた。
「それくらい聞かなくても分かれよ、超能力者」
「すみません。心を読まないようにしているものですから…今の僕はあなたと大差ない、ただの人間も同然ですよ」
「…それって、さっき力を使ったからか?」
「それもありますが……ああ、そう辛そうな顔をしないでください。力くらい、大人しく寝ていればすぐに回復しますよ」
「…なら、」
と俺は古泉を抱きしめ直しながら、
「お前も一緒に寝ろ。……俺の近くにいたら、少しは回復が早いんだろ?」
それともあれはあの時だけのことなんだろうか。
「いえ、あの時だけじゃありませんよ。今も、あなたにこうして触れているだけで力が溢れてくるのが分かるんです。……あなたは普通の人だとばかり思っていましたが、今日のことといい、やっぱり特別な人なのかもしれませんね」
「たとえそうだとしても、お前だけに特別ならそれはそれで悪くないんじゃないか?」
「…あなたって人は、」
笑いながらベッドに潜りこんだ古泉は、俺の頬に軽く触れると、
「本当に、困った人ですね」
「俺のどこが。お前の方がよっぽど困った奴だろ」
「どうでしょう」
そう言った古泉の指が頬から滑り、俺の唇を掠めた。
その喉が、かすかに鳴ったのが聞こえた気がした。
「…あの、」
「…なんだよ」
「……キスしても……いいですか?」
古泉の顔が赤くなってるのを確認しながら、俺は小さく声を立てて笑った。
「さっきは何も言わずにしたくせに」
そう指摘してやると、古泉は余計に頬の赤味を増しながら、
「さっきは、ああいう状況でしたから。…そういじめないでくださいよ」
「お前が恥ずかしいことをわざわざ聞いてくるから悪い」
そう言ってから目を閉じてやると、ちゃんと意味が通じたらしく、唇に柔らかいものが触れるのが分かった。
それが離れた後も俺は目を開かず、そのまま小さく、
「…おやすみ、古泉」
「おやすみなさい」
嬉しそうに言った古泉に、俺の身代わりになって死ぬより一緒にいた方が幸せだろ、と言ってやろうかと思ったが流石にやめてやった。
咎める機会だってこれからまだ何度もあるだろう。
俺も古泉も、生きてるんだからな。