ご注意ください!
この作品はバンダイナムコゲームスより発売された
PSP専用ソフト「涼宮ハルヒの約束」
をもとに妄想された作品です
ネタバレは激しくありませんが、若干、プレイされないと分からない表現などが含まれます
ネタバレが嫌な方や未プレイの方はご注意くださいますようよろしくお願いします
またこの作品は朝比奈みくるの妄想の産物と言う設定であり、
一部キャラクターの性格および設定の捏造がありますので
それについてもご注意ください
エスパー少年と俺 Vol.1
謎の転校生
Written by ミクル
うちの高校は何の変哲もない、それこそ何処にでもありそうな県立高校である。 普通の階級に生まれ、普通に育っただろう連中が中心の、極普通の高校だ。 しかしそんな普通の高校であるにもかかわらず、例えば何か一芸に秀でた妙な連中ばかりを集めた特殊が高校であったとしても、ひたすらに目立ったであろう、名物女がひとりいる。 名前を涼宮ハルヒと言うその女は、黙っていれば誰もが目を向けるような美人なのだが、口を開けばマシンガンの如き勢いで、お前頭おかしいんじゃないかと聞きたくなるような突拍子もないことを言い、目をきらきら輝かせたかと思うととんでもないことをしでかしてくれるという、とんでもない奴なのだ。 何を気に入られたのかも分からないまま、そんなハルヒに振り回されることになっちまった不幸な一般人が、俺である。 入学早々ハルヒに気に入られ、文芸部の乗っ取りや上級生の拉致および強制入部、さらにはその上級生を犠牲にしてのパソコン強奪など、犯罪一歩手前どころか間違いなく犯罪だと判断していいようなことにつき合わされてきた。 我ながら付き合いがいいとしか言いようがないが、有無を言わせぬ迫力がハルヒにはあるのだ。 そんなハルヒが何を望んでいるかというとそれは、「この世の不思議を見つけ出すこと」だというのだが、俺としては眉唾もんだと思っている。 要するにハルヒは、何か面白いこと、普通でないことがあればいいと思っているに違いないからな。 そんなに普通が嫌なら、こんな普通の高校に来なくてもよかっただろうし、いたって平々凡々とした俺を仲間に引っ張り込む必要もなかっただろうによ。 つい昨日も、ハルヒは訳の分からないことを言い出してくれた。 「キョン、謎の転校生が必要だと思わない?」 「…何が必要だって?」 ああ、ちなみにキョンって言うのは俺のあだ名だ。 誰が言い出したかは忘れたが、妹が気に入り、何処でもかまわず言いまくってくれたおかげで、中学校の時には俺のあだ名として定着してしまった。 高校にも同じ中学の奴等がいるから、自然とそのまま引き継がれちまったわけだ。 どうせならもう少しまともな呼び方をしてもらいたいもんだが、どちらにしろ、ハルヒに呼ばれてはロクな目に遭わないことは目に見えている。 「謎の転校生よ!」 「だから、何だそれは」 「謎の転校生は謎の転校生に決まってるでしょ。それ以上でもそれ以下でもないわ」 こういう、小学生みたいな口を聞くのがハルヒという女なのだ。 俺はそれ以上の論理的な説明を求めることを諦めて、 「何で必要なんだ?」 と聞いてみた。 「だって、そうじゃないと面白くないじゃない。萌えキャラがいて、無口な眼鏡っ子もいるんだから、ここは謎の転校生が欲しいわ。出来れば、ちょっと怪しげな雰囲気の男子なんかいいわね」 アニメか漫画の観すぎだ、と呆れるしかない。 ハルヒの言う萌えキャラとは拉致された上強制的に入部させられた上級生の女性、朝比奈さんのことだし、無口な眼鏡っ子というのは元から文芸部にいた唯一正当なる文芸部員、長門のことだ。 どちらも巻き込んだ上、更に場を盛り上げるための妙な要員が必要とは、本当にこいつは自分を中心に世界を回すことしか考えてないな。 俺はやれやれとため息を吐きながらも、 「転校生なんてのはどうしようもないだろ。精々来てくれるよう祈っておけ」 「そこなのよね…」 とハルヒは真剣な表情で腕を組み、 「転校生の誘致ってどうすれば出来ると思う?」 ……知るか。 俺はハルヒとの会話を放棄することに決め、顔を背けた。 ――のだが、その翌日、つまり今日、いきなりうちのクラスに転校生がやってきた。 今は5月の半ば過ぎで、なんて中途半端な時期の転校なんだろうと思ったが、うちのクラスからもつい一週間ばかり前に女生徒が一人転校して行ったばかりだから、そんなこともあるのだろう。 それに、だからこそうちのクラスに転校してくるというのは、一応納得の行くものだった。 出来れば転校していってしまったマドンナの如き彼女の代わりとなるような美少女を、とクラスの大抵の男子は願ったに違いない。 だがしかし、転校してきたのは、多くの男子生徒の期待を裏切って、男だった。 それも、腹が立つくらいハンサムな奴だった。 「古泉一樹です。こちらに引っ越してきたばかりでまだ町のこともよく分かっていませんが、よろしくご教授いただけるとありがたいです」 如才ない笑みでそれだけ言ったそいつは、自己紹介にありがちな趣味や特技なんかは一切口にしなかった。 だが、愛想がないというのではなく、野郎の自己紹介なんてどうでもいいという男共の考えを見抜いていたようにも見えた。 ただ、分からないのは、そいつがぐるっとクラスを見回した後、俺の方に目を向け、小さく微笑んだことだった。 俺に向かってとは思いたくない。 おそらく、俺のすぐ後ろの席にいるハルヒに対して微笑んだのだろう。 さっきも言ったように、ハルヒは黙っていれば美人だし、特に今は熱望していた謎の転校生――ハルヒ曰く、こんな中途半端な時期の転校生とは須らく謎の転校生なんだそうだ――の登場に顔中きらきらと輝かせていたからな。 そんなハルヒに関心を持っても不思議はあるまい。 古泉の席は俺やハルヒからは少しばかり離れた場所になり、あっという間に女子に囲まれていた。 が、そんなものに構うハルヒではない。 わざわざ俺まで引っ張ってその集団に割って入る、趣味を聞かれてボードゲームを少々、なんて答えてる古泉に向かって、 「まだ部活は決めてないわよね?」 「ええ、そうですが…あなた方は?」 頼むから俺とこいつを同列に並べんでくれ、という俺の祈りも虚しく、古泉は俺とハルヒをセットと見なしたらしい。 「あたしは文芸部の部長をやってるの。こっちは部員のキョン。うちの部活は本来入部審査が厳しいんだけど、古泉くんならいいわ。うちの部に入りなさい」 それはどこの怪しい会員制クラブの勧誘だ。 いや、怪しい部活動という意味ならあながち間違ってもないのだが。 古泉は戸惑うような視線を俺に向けると、また微笑んだ。 だからなんなんだその意味深な行動は。 おかげで他の女子の視線が痛いだろうが。 「文芸部ではどのような活動をなさっているんですか? 失礼ですが、あなたは文芸部などという静的な活動で満足するように思えないほど、バイタリティーに溢れているように見えるのですが」 「よく分かってるじゃない」 とハルヒはご満悦だ。 「一応文芸部ってことにはしてあるけど、他にもいろんなことするつもりよ。面白いことをしたいんだったら、絶対うちに来なさいっ」 そう言い切るハルヒに、俺が深い深いため息を吐こうとしたところで、 「それは楽しそうですね」 と古泉が言った。 思わずため息も引っ込んだね。 「お前、正気か?」 初対面の転校生に対する発言として不適切だってことは分かるが、そんなもんに構ってられないくらい、俺は驚いていたのだ。 古泉は面白そうに笑いながら、 「ええ、ほどほどに正気のつもりですが……」 「悪いことは言わんから、止めておけ。俺みたいに雑用扱いされてわけの分からん作業に駆り出されるかどうかして内申点を下げるのがオチだぞ」 俺の発言にハルヒが、 「ちょっとキョン、なに人聞きの悪いこと言ってんのよ!」 と怒鳴るのにも構わず、古泉は笑顔を保ったまま言った。 「いいですよ。あなた方を見ていると楽しそうだと思いますし、それなりに無茶が出来るのも、学生の特権というものでしょう?」 それを聞いた時、ハルヒが歓喜の表情を浮かべたのは言うまでもない。 俺が、こいつもハルヒと同じ化けもんだと思ったことも。 ――そしてそれは、あながち間違ってもなかったのだ。 かくして、文芸部の名を借りた怪しげな集まりは5人になった。 主催者であるハルヒを除き、積極的に入部したのは古泉ただひとりなのだが、それゆえに俺は古泉を得体の知れない奴と見なした。 しかしながら、他に男子部員がいない中、唯一の同士とそれなりに交流をしないわけにもいかず、俺は退屈な放課後を古泉とボードゲームなんぞしながら過ごすことになっちまった。 そんな、ある日のことだ。 放課後、部室に行った俺に、 「お話したいことがあるんです」 と古泉はいつもの柔らかな笑みを浮かべたまま言った。 「話したいこと?」 「ええ、内密に」 おいおい、一体何のフラグだ、と思ったのだが、一応あいつも高校生なんだ。 それなりに悩みでもあるのかも知れん、と俺は同意した。 決して古泉の、コーヒーを奢ってくれるという言葉に釣られたわけではない。 部室のある校舎を出て、自動販売機の置いてある広場に行く。 ついでに、空いていた雨ざらしのテーブルに向かい合わせで座ると、古泉は早速口を開いた。 「来ていただけて助かります。正直、断られるかもしれないと思っていたものですから」 よっぽど妙な話でもするつもりなのか? 「…そうですね。妙、と言えば全くその通りで、奇妙としか思われないような話ですので、正直、お話しすることを躊躇わないと言えば嘘になるのですが、だからと言ってお話しないでおくのも危険ですから、言わせていただきますね」 危険って何が、と俺が問うより前に、古泉はいつになく真剣な表情で俺を見ると、 「僕は、あなたを守るために、この学校に転校してきたんです」 「――は?」 なんだそりゃ。 俺を守るためって言うのもわけが分からんし、転校してきたというのも妙だろう。 「理解できないのは当然でしょう。でも、れっきとした事実なんです。――僕には、少しばかり常人とは違った力があるんです。いつでも軽々しく使えるような便利なものではありませんが」 「はぁ…」 こいつは頭がおかしくなったんだろうか、と思った俺に古泉は苦笑し、 「頭がおかしいと思われるのは予想していましたが、なかなか嘆かわしい気持ちになりますね」 勝手に嘆いてろ。 「そうですね。……僕のことを信じるかどうかはこの際どうでもいいんです。ただ、気をつけてください。あなたが何者かに命を狙われていることは、間違いありませんから」 「それも超能力で分かったのか?」 「ええ」 きっぱりと言った古泉に、俺は頭の可哀相なやつという称号を一方的にプレゼントすることにした。 「お願いですから、どうか気をつけてください」 そう繰り返す古泉に背を向け、俺はその場を離れた。 俺の命が狙われている? はっ、有り得んな。 冗談にしても余りにも嘘くさ過ぎて面白くない。 あいつにはどうやらギャグのセンスもないらしい。 そう思いながら、やけに真剣だった眼差しが、目に焼き付いて離れないことに、俺は困惑していた。 忘れたっていいだろうに、あの強すぎる視線が忘れられない。 その日の放課後、下校時刻まで俺がぼんやりして過ごすことになったのは、ひとえに古泉のせいである。 電波系少年はこうして帰り道の坂を下りながらもどこか苦しげな表情をしているように見えた。 それは俺の気のせいかもしれないのだが、今にも何か起こると感じているような表情だった。 先に立って歩くハルヒと他二名の部員から、俺は少しだけ距離を取った。 そうして古泉に近づくと、 「お前、なんかおかしいぞ」 と言ったのだが、古泉は驚いた様子で目を見開き、俺を見つめた。 何だその反応は。 「いえ……まさかあなたの方から話しかけてくださるとは思わなかったものですから」 つまり、自分が如何に常識外れで突拍子もない発言をしたかと言うことについて、自覚はあるわけか。 「それは、ありますよ。僕だって、いきなりあんなことを言われたら相手を気違い扱いして当然だと思います。…それでも、伝えておきたかったんですよ。たとえあなたに、」 と古泉は痛そうに顔をしかめた。 「…気味悪がられようとも」 「……不思議なんだがな、」 と俺は苦い笑いを浮かべて言った。 「お前のことを不気味だとは思ってないぞ。妙な奴だとは思うし、胡散臭いとも思ってるが、それはまあ、以前からだ」 そんなことを思われてたんですか、という古泉の呟きは無視して続ける。 「お前の言っていることが本当かどうかは別にして、お前が嘘を吐いてないってのは俺にでも分かる。だから、とりあえず信じてやってもいい」 「……ありがとうございます」 そう言って古泉は微笑んだ。 その笑みは、それまでに見たことがないほどに柔らかく、穏やかなものだった。 思わず見惚れるほど。 道の途中で、ハルヒたちと別れた後も、俺と古泉はまだしばらく一緒に歩いた。 古泉の家は俺の家の近くだそうで、 「それも俺を守るためなのか?」 と冗談のつもりで聞いてみると、 「ええ、その通りです」 と大真面目に頷かれちまった。 どうしたものかね、と俺が思った時だった。 背筋が凍るような気配がしたのだ。 そう言うとオーバーかもしれないが、要するにぞっとするような嫌な予感がしたと思ってもらえればいい。 驚いて振り向こうとした瞬間、隣を歩いていた古泉に思いっきり突き飛ばされた。 「な」 にしやがるんだコノヤロウ、と言おうとした俺は、そのまま凍りついた。 古泉の体が赤っぽい光を帯びていることもさることながら、それ以上に驚かされたのは、突っ込んできた乗用車と民家の塀の間に古泉が挟まっていることだった。 「古泉…っ!?」 慌てて駆け寄る俺の目の前で、古泉が車との隙間から体を引き摺るようにして出てくる。 その目が俺を見て、そっと笑った。 「よかった…。あなたは無事ですね……」 何がいいもんか。 お前は全然無事じゃないじゃねぇか。 「大丈夫ですよ、これくらい…。どうって、こと…ありませんから……」 ああもういいから無理して喋るんじゃない。 今救急車呼んでやる。 「結構、です…」 携帯を取り出した俺の手を、古泉の手が掴む。 ぬるりとした感触は血を流しているせいだろう。 「何言ってんだ馬鹿野郎!」 「それ、より…早く、ここを離れなくては……」 何でだよ。 というか、これだけ派手に事故ってるのになんで誰も来ないんだ。 「僕が……防御フィールドを、展開させたんです…。誰も近づけないように、して、ありますが……いつまで持つか、分かりません……」 絵空事はいい、ということは出来なかった。 俺は既に古泉の体が奇妙に光っているところを見てしまった。 それに、車に轢かれ、ブロック塀にぶつかったにしては古泉は軽傷すぎた。 車の運転席に人がいないことも分かっていた。 一体これはなんだ、いきなり映画の撮影でも始まったのか、なんてとぼけたことを言ってられるような状況でないこともな。 「流石ですね…それだけ、状況把握が出来るなんて」 そう小さく笑った古泉に、俺は顔をしかめると、 「どうすりゃいいんだ? お前の仲間でも呼べばいいのか?」 「いえ……大人しくしていれば、すぐに治りますから…どこか、人気のないところにでも、誘導していただけますか?」 「……分かった」 俺は古泉を引っ張り上げるようにして肩を貸すと、そのまま歩きだした。 向かう先はその辺の路地裏だから大した距離じゃない。 薄汚れた場所に怪我人を連れて行くのは心配だったが、とにかく人に見られない場所に行くことが先決だったのだ。 人に見られないよう、古泉を隠すように立つと、古泉が自分の肩に手をやった。 破れた制服をじっとりと赤く染めるものに、俺は眉を寄せた。 「あなたが、痛みを感じる必要はないんですよ」 そう微笑む古泉の手が白い光を放つ。 それにつれて少しずつ古泉の表情が和らぐと言うことはつまり、それが治療になっているのだろう。 超能力者というのは嘘でもなんでもなかったらしい。 「ええ、その通りです」 ……待て、俺は今口に出してはなにも言わなかったよな。 「読もうと思えば、心を読むことも出来るんです。普段は極力抑えているのですが、今は、誰か殺意を抱いた人間が近づいてきたら分かるように、範囲を広げて力を解放しているものですから、勝手にあなたの思考も拾えてしまうんです。……ご不快でしょうが、少しだけ我慢してください」 仕方ないなら構わんさ。 しかし、 「…俺のせいで、すまん」 「いいんです。気にしないでください。僕がそうしたくてしただけですから」 「けど、」 俺がもっと気をつけてれば、と言いかけた俺に、古泉は柔らかく微笑んで、 「油断していた僕の過失です。あなたが心を痛める必要なんてありません。それに、もしかしたら僕はこの状況を望んでいたのかもしれませんよ?」 どういう意味だ。 「これであなたも危機感を持ってくれたでしょう? 僕のことも全面的に信じてくださると思います。僕が少々手傷を負うだけのことで、そうなれば、これはかなりのプラスですから」 「……お前な、」 俺はため息を吐いて言った。 「ここでわざわざ悪役ぶる必要はないだろ」 驚いたように目を見開く古泉に、笑みを向ける。 「お前は俺を守りたくて守ってくれた、それで間違いないんだろ? 打算があったわけじゃない」 「……ええ、そうです。でも、どうして…」 さあな。 心も読めるんならそれで分かれ。 俺は全身の傷の手当を終えたらしい古泉を立ち上がらせると、 「お前の家まで送ってってやる。それから、必要ないだろうが手当てと洗濯でもさせてくれ。それくらいしか俺には出来ん」 「え、あの、別に…」 「断るのは認めん。俺がそうしたくてするんだから、それくらいさせろ」 きっぱりと言い切ってやると、古泉は驚いたように俺を見つめた後、そっと笑いを零し、 「はい、ありがとうございます」 と言った。 まだふらつく古泉に肩を貸し、歩いていると、古泉は独り言のように、 「少し、力を使いすぎたようです」 と呟いた。 「大丈夫なのか?」 「休めば……平気だとは思いますが…」 言葉を濁らせるってことは、不安でもあるのかね。 「いえ、不安と言うのではないのですが…」 言いながら古泉は俺を見つめ、 「……あなたは、普通の人……ですよね?」 俺が普通以外の何に思える。 いや、お前にしてみれば守る必要があるくらいには普通でない存在なのかもしれないが、少なくとも俺にはハルヒが望むような特殊能力も変わった生い立ちも何もないはずだ。 「そうですよね…。それなのに……」 なにやら思案顔になった古泉は、小さく何かを呟いたが、それは俺には聞こえなかった。 「古泉?」 「いえ、なんでもありませんよ」 作り笑顔で言うな。 「すみません。これは癖のようなものでして、どうしようもないんですよ」 「嘘吐け」 そうじゃない笑顔も出来るくせに。 笑いたい時だけ笑えばいいだけのことだろう。 「…そうですね」 そう笑った顔は作り笑いではなかった。 古泉の家は高そうなマンションの一室だった。 「一人暮らしなのか?」 とほとんど治りかけている傷に一応包帯を巻きながらそう聞くと、 「ええ」 「物がないのは……」 「まだ越してきたばかりですし、取る物も取り敢えず駆けつけたものですから」 「……なら、今度生活必需品の買出しにでも行くか?」 「それは……一緒に行ってくださるということですか?」 そうじゃなかったらそうは言わんだろう。 「え、ええ、そうですね。…でも、いいんですか?」 「ああ。今日の礼だとでも思っておけ」 「…ありがとうございます。正直、どうしようかと困っていたので助かります」 嬉しいのは分かったから抱きつくな。 お前はどうしてそうオーバーアクションなんだ。 「オーバーですか? 僕としては普通にしているつもりなのですが」 どこが普通だ。 「それに……心地好いんです」 「……男を抱きしめて言う台詞か?」 気色ばみながら俺が言うと古泉は明るい笑いを漏らし、 「全くですね。…でも、嘘は言ってませんよ。あなたは何か、僕には知りえないような力をお持ちなのかもしれませんね。そう思うくらい、あなたの側にいると気持ちがよくて、力が満ちてくるように思えるんです」 それは比喩表現か? 「いいえ。実際に、あれだけ力を使ったにしては随分と回復が早いんですよ。丸一日くらい寝たきりになる覚悟だったのですが、この調子なら明日も無事に登校出来そうです」 ……俺を抱きしめてるだけで、か? 「はい。…ですから、あなたが不快でなければもう少しだけ、こうさせてください」 そう言った古泉が俺の肩に自分の頭を軽く載せた。 くすぐったいとか何とか文句を言ってやろうと思って開いたはずの唇から漏れたのは短いため息で、 「せめてベッドにでも移動しろ。しっかり休まなきゃならんのだろ」 「……えぇと、いいんですか?」 「野郎に抱きしめられるだけでもかなり不愉快ではあるし、ましてや変な意味でなくてもベッドインなんて状況は非常に避けたい事柄ではあるのだがな、ここでお前を見捨てて家に帰れるくらいの人非人なら、俺は今頃文芸部なんてものに所属することもなく、帰宅部として平穏無事な日々を送ることが出来ていたはずだ」 「……ありがとうございます」 くすくすと笑いながらそう言った古泉と共に寝室に入り、整えられてもいないベッドに潜り込む。 小さな子供のように無邪気な笑みを浮かべた古泉が俺を抱きしめてくるのは、正直、若干居心地が悪いものなのだが、緊急事態だから仕方がない。 それに、 「…俺も、普通に超能力者なんかに憧れてた頃があったんだよ」 「おや、そうでしたか」 「ああ。……誰だって、あるだろ? 子供の頃にアニメとか特撮とか見て、そんな世界に憧れるってのは」 「そうですね…。僕も、こんな能力に目覚めたのは数年前のことですからね。それ以前にはそんなことを思ってましたよ。実際になってみると、とんでもないだけでしたが」 苦笑する古泉に、俺は同じように笑いながら、 「だから、お前の手助けなんてことを出来るなら、したいと思ってる。俺がどれほど役に立つかは甚だ疑問だがな」 「そんな、ありがたいですよ。…本当に、いいんですか?」 「ああ」 ただし、本当に大したことは出来ないからな。 「あなたがいてくださるだけで、心強いですよ」 そう言った古泉が嬉しそうに俺を抱き竦める。 照れくさくなった俺は、 「もういいから眠っちまえ。疲れてるんだろ」 「…そうしたら、帰ってしまうんでしょう?」 お前な、俺よりでかいくせに幼稚園児みたいなことを言うんじゃない。 そんなすがるような目で俺を見るな。 ついでに言うと顔が近いぞ。 「……帰らないでおいてやる。目が覚めたら晩飯を作ってやってもいい。だから、とにかく寝ろ」 「…はい」 嬉しそうに言った古泉が目を閉じる。 やはり疲れていたんだろう。 その呼吸は少しすると規則正しいものに変わり、古泉が眠ったことを教えてくれた。 俺も一眠りしようか。 何しろ今日は色々なことが起こりすぎて疲れた。 そう思った時、古泉の口が動き、かすかに俺の名前を呼んだ。 「古泉?」 まだ起きてたのか? と思うより早く、古泉が呟くように言った。 「……あなたが…好きです……」 頼りない声は眠っているからなのだろう。 そう思いながらも俺は思い切り狼狽し、声も上げられなかった。 抱きしめられていなかったら、まず間違いなくベッドから転落していたに違いない。 一体俺はどうすればいいのだ、と思いながら、古泉に好意を抱かれていると知っても嫌悪を感じていない自分に気付き、それこそのた打ち回りたくなった。 エスパー少年が目を覚ました後、果たして俺はまともに対応できるんだろうか。 |