ご注意ください!

この作品はバンダイナムコゲームスより発売された
PSP専用ソフト「涼宮ハルヒの約束」
エンディングのひとつをもとに妄想された作品です
エンディングから派生、というだけならともかく、
エンディングに至るまでの途中の部分を拡大妄想しているという危険物ですらあります
そのため、エンディングのひとつに関する激しいネタバレがあり、プレイされないと分からない表現などが含まれています
古泉の幼女殺害エンド(違)をまだ見ておられない方、
ネタバレが嫌な方や未プレイの方はご注意くださいますようよろしくお願いします



なお、この作品は古キョンを含みますのでその点でもご注意くださいませ






そして世界は始まった



文化祭の前日。
繰り返されたループの末に、俺達はループを脱出した。
だがそこには、大きな変化が生じていた。
幼い少女の姿をした神人を古泉が倒してしまった瞬間から、世界は崩壊し、そしてまた始まってしまったのだ。
SOS団の存在しない、新しい世界が。
古泉はあの神人を、「宇宙人や未来人や超能力者と遊びたい願望の具現化」などと説明していたが、それを倒したということは、ハルヒの中からその願望を消してしまったということなのだろうか。
嫌な推論を裏付けるように、ハルヒはめっきり大人しくなってしまった。
世界そのものには大きな変化が生じたようには見えない。
しかし、ハルヒによって妙な事件が起きることもなければ、過去にそれが起きたということもなかったことにされてしまった以上、ハルヒのあのとんでもない能力はなくなってしまったということなんだろう。
そして古泉たちは、あの時古泉が言ったように、能力を失ってしまったのだろう。
全ては俺の推測の域を出ず、確かめる術もない。
何故なら、長門も朝比奈さんも古泉も、存在しなかったことになってしまっているからだ。
そのほかにもいなくなってしまった連中がいるが、それはおそらく、機関や情報統合思念体の関係者だったのだろう。
『ここ数年の記憶も改ざんされる可能性があります』
『涼宮さんはきっと彼女達を必要としているはずです』
古泉の最後の長語りを思い出し、俺は頭痛を感じて頭を押さえた。
半分当たりで半分外れだ、ばか野郎。
ある程度危険だと予測できたんだったら、止めておけばよかったんだ。
いや、俺が止めるべきだった。
俺が止めたら、古泉は止めると言っていたって言うのに…。
悔やみながら、今日もまた俺は坂を下る。
どこか物足りない生活。
俺はハルヒによってあれこれ巻き込まれるようになって以来、失っちまった平凡で平穏な生活を再び取り戻したはずだ。
それなのに、足りない。
満たされないと感じる。
足りないのは何だ。
朝比奈さんの甘露の如きお茶か。
それとも部室にいてくれる長門の存在か。
あるいは、古泉のあの薄ら寒い微笑?
……分からんな。
俺以外の誰も、SOS団を、SOS団員を、覚えていない。
ハルヒに確かめた後は妹に少し話を聞き、それから鶴屋さんにも会って親しいご友人について少しばかり聞かせてもらった。
それらで既にそのことを痛感した俺は、もはや誰にも聞かなくなっていた。
SOS団のことも、団員のことも。
それは別に、俺が気違い扱いされたくないからじゃない。
ひたすらに、否定されるのが怖かったのだ。
確かにいたはずの人間がいなかったことにされている。
いなかったことになった奴等が、どこに行っちまったのかすら、皆目見当がつかない。
そんな状況がひたすら恐ろしく、そうなってやっと、俺はハルヒの力が凄まじいものだったのだと思い知らされていた。
暇すぎる放課後を持て余し、時間を潰したくて駅前に足を向けたが、これは間違いだったのかもしれない。
駅前もその周辺も、SOS団での思い出がありすぎた。
少しでも見覚えのないものに目を向けたくて視線をめぐらし、雑貨屋のディスプレイにクリスマスを予感させるものを見つけ、俺はそっとため息を吐いた。
「もうすぐクリスマスか…」
我等が団長殿なら何を企画してくれただろうね。
……つい、そんなことを考え、次の瞬間には奈落の底に落ちたかと思うほど落ち込んだ。
両手で頭を抱え込み、頭を振る。
いっそ、俺も忘れてしまえればよかったんだ。
どうして俺にだけ、記憶が残されているんだ。
全てなかったことにするのであれば、徹底すればよかったものを。
逃避だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
だって、そうだろ。
ハルヒのわがままも、朝比奈さんのおっちょこちょいなところも、長門の無表情で何を考えているのかよく分からないところも、古泉の胡散臭いところも、全部ひっくるめて、俺は結構気に入っていたんだ。
平凡なんて謹んで返上させてもらいたい。
俺は、あの場所を、取り戻したい。
電車が駅に止まる音がして、少しのタイムラグの後、駅から人が吐き出されてきた。
その中に誰かの姿を探そうとしてしまうのは、もはや習慣だ。
俺の求める人間は誰もいないとわかっているのに。
それでも、つい、目を向けたその中に、俺は見つけてしまった。
「……古泉…!?」
思わずそう呟いて絶句した。
目は古泉に向けたまま、そらすことすら出来ない。
古泉が着ているのは見慣れない制服だった。
ブレザーなのはうちの高校と同じだが、色は黒に近い濃紺だし、スラックスも暖色系のチェック模様でうちとは全然違う。
どこか遠方の高校なんだろうか。
古泉は何か紙を手に、辺りをきょろきょろと見回していたが、やがて俺に気がついた様子で、ちょっと目を見開いた。
目をそらせ、と俺の脳は命じたはずなのだが、指の1本すら動かせない状況では無理だ。
変に思われるだろ、と思っても無駄だ。
何故なら、俺はやっと見つけたんだ。
古泉を。
つまりは、長門や朝比奈さんも探せばどこかにいてくれるかも知れないということじゃないか?
その発見以上に、俺は、古泉にまた会えて嬉しかった。
それこそ、目を離すのも惜しいほど。
古泉は怪訝な顔もせず、小さく微笑んだ。
その笑みも見覚えのあるもので、他人の空似なんかじゃなく、古泉なんだと思えた。
泣きそうになるのをぐっと堪える俺に、古泉はゆっくりと近づいてくると、目の前で足を止めた。
少し近すぎると思うくらいの距離すら、懐かしい。
その唇が開かれる。
さて、何を言われるんだ?
見てるんじゃないとかそういう言葉か?
それとも、道でも聞かれるのか?
どちらにしろ、敬語で話すことだけは止めてくれ。
これで敬語で話されたりしたら、俺はもう勝手にこれは古泉なんだと断定した上、二度と逃がさんぞ。
だが、俺の願いも虚しく、古泉ははっきりと言った。
「――やっと、お会いできましたね」
その言葉の意味を考えるまでもなく、驚かされる。
古泉が浮かべた、これまでに見たこともないような笑みにも。
「お、まえ……覚えて…!?」
それだけ言うのがやっとだった俺に、古泉は困ったようにちょっと首を傾げると、
「あなたとは初対面だと、僕の記憶は告げています。それでも僕は、ここに来なければならない、あなたに会わなければならないと、思い続けてきたんです。今やっと、会うことが出来たと感じてるんですよ。記憶よりも、この感覚を僕は信じたいんです。――僕が会わなければならないのは、あなた、で、いいんですよね?」
自信満々に言っておいて、最後に勢いを失ったのは、俺が呆然と立ち尽くしていたせいだろうか。
俺は嬉し泣きしそうになりながら、
「ああ」
と頷いた。
「…よかった」
そう言った古泉に、いきなり抱きしめられる。
一体何事だ。
「古泉…?」
「あなたにこんな形で出会い直すために、僕はこの道を選んだんでしょう。だから、あなたは悲しまないでください」
優しい言葉は間違いなく、あの時の選択についての言葉だった。
そんなことを言えるほど、はっきりと覚えているんだろうか。
それにしては、古泉の様子は以前と少しばかり違っていたし、この街にやってくるのも遅かったように思える。
「どこまで、分かってるんだ?」
戸惑いながらそう尋ねると、古泉は苦笑して、
「よくは分かってませんよ。断片的に、映像や言葉を覚えていたり、なんとなく分かるというだけなんです。今も、あなたを見て、あなたの声を聞いて、それだけで、いくつもの感情や記憶が蘇ってきて、自分でも制御しきれないくらいなんです。不躾に、こんな往来で抱きしめたりしてすみません」
そう言いながらも古泉は俺を離さなかった。
俺の方もどういうわけか、それでいいと思っていた。
「今のは、あなたが悔やんでおられるように見えたので、ああ言ったまでです。…間違ってない、ですよね?」
頷きながら、泣きそうになった。
古泉と再会出来て嬉しいのか、それとも古泉が違ってしまっていることが悲しいのか、それさえ分からない。
なんとも言えない気持ちでいっぱいになって、うまく喋ることすら出来なくなった俺に、
「あの…ひとつ、聞いていただけますか?」
古泉がおずおずと言った。
そんな様子は古泉らしくはなかったが、もしかするとこれが古泉の素の状態なのだろうか。
ハルヒや機関も関係ない古泉はこんな風に意外と普通で、身近に感じられるような奴なんだろうか。
「…なんだ?」
「…えぇと、その……ですね…」
言いかねるように視線をさ迷わせ、口を開けたり閉じたりしていた古泉は、意を決したように口を開き、だが、それにしては小さな声で囁いた。
「…あなたが好きです」
今度こそ、俺は言葉を失った。
一瞬、何を言われたのかすら分からなくなった。
ぽかんとして間抜け面をさらす俺に、古泉は満足げに微笑むと、
「この言葉を、ずっとあなたに言いたかったように思うんです。今の僕には分かりませんが…きっと、言えないような事情があったんでしょうね」
それはおそらく、機関とかハルヒといったしがらみだろう。
あいつの言葉を信じるなら、あいつは立場上、絶対にそんなことは言えなかったに違いない。
頷いた俺に、古泉は優しく、
「よろしければ、お聞かせ願えませんか。僕がどうしていたのか、あなたがどうしていたのか、僕の忘れてしまったことを」
「……返事はいいのか?」
話題をさり気なく転換してもらったことをありがたく思えばいいものを、ついそう聞いていた。
途端に古泉の顔が赤くなり、
「…い、……いただけるん、ですか…?」
「告白というものは普通、相手の返事を求めてするもんじゃないのか?」
「いえ、それはそうですけど…でもまさか、あなたに返事をいただけるとは思わなくて、それに、伝えてしまえば僕はそれで満足だったんですが…」
「……今のお前が俺を好きっていうんじゃないんだったら、さっきの告白は以前のお前からの伝言として受け止めさせてもらうが」
「え」
と絶句するってことは、今も俺を好きってことなんだろうか。
ああくそ、顔が赤くなる。
大体、抱き合った状態の男二人が駅前なんて目立つ場所で一体何をやってるんだ。
「僕は、あなたが好きです。僕としては、今さっき会ったばかりですけど、それでも、あなたが好ましい人だということは分かりますし、それ以上に、あなたを愛おしく思う気持ちが湧きあがってきて、どうしようもないんです。今も、だから、あなたを離せなくて……。僕のことはともかく、ここはあなたの地元で、あなたもこの駅を利用したりするのでしょうから、こんなところでこんな風に人目をひいてはまずいとは思うんです。でも、あの、…すみません」
別に、謝らなくてもいいんだが、
「とにかく、お前は俺が好きなんだな?」
「…はい」
「で、返事はいるのか?」
「……いただけるのでしたら、お願いします」
硬い表情で言った古泉の頭を引き寄せ、その耳に口を近づける。
「――俺も、好きだ。多分、ずっと前から」
わざわざ見なくても、古泉が驚きのあまり間の抜けた表情になっていることが分かった。
数拍遅れて、
「…本当ですか?」
と震える声で言った古泉に、俺は苦笑するしかない。
「嘘を吐いてどうする」
そう言った俺を、古泉は更に強く抱きしめると、
「嬉しいです。ありがとうございます」
と心底嬉しそうに笑った。
抱きしめる力が強すぎて苦しい、というかお前、意外と腕力あるんだな、その他言ってやりたい言葉はあったのだが、出て来なかった。
俺は古泉につられるように笑いながら、足りなかったのは古泉そのものだったんだろうか、と思った。