エロですよー








































ハーフムーン
  第六話



申し訳ないとか色々思いながらも、俺だって若い男だから、欲を煽られて止められるはずなどなかった。
ましてや、これが最初で最後になる見込みが高いともなれば、それで高まるのは切なさだけでなく、したいという欲求もあって当然と言うものだろう。
おまけに古泉はそれをしてしまえば朝が来るとでも思っているかのようにもどかしい動きしかしない。
嫌というほど俺の耳をねぶり、首筋をたどった後は、びしょびしょになるほど俺の指を舐め、腕の内側の柔らかな肉を食み、そうしてようやく鎖骨に帰ってきたくらいだ。
このペースではそれこそ途中でタイムアップになると思うと、途端に時間が惜しくなったというわけでもないのだが、ともかく、焦れたのは俺だった。
「も、いい、から…っ、早く……」
「そんなこと、勿体無くて出来ませんよ」
そう笑いながら、古泉は俺の胸に、ない肉を寄せてみたりして弄ぶ。
もはや、古泉に触れられているというだけでそこが耳だろうと首筋だろうと指であろうと関係なく快感を拾ってしまえるほどに昂ぶらされた俺の体は、それだけでもどうしようもなく震えた。
まだ一度もいってないのが不思議なくらいだ。
「や……だ、もう、嫌だ…」
駄々っ子のように声を上げてやっと、古泉は困ったように俺を見つめた。
「何が嫌です?」
「…ぅ、こ、んな、焦らされるのも、お前ばっか、余裕なのも…だ…!」
流れっぱなしで止まろうとしない涙が、一層勢いを増す。
「そんなに泣かないでください…」
子供をなだめるように優しく俺の頭を撫でて、キスをして、古泉は俺の耳元でそろりと囁いた。
「…我慢出来ませんか」
「…出来るわけ、ないだろ…っ…!」
「……嬉しいです」
「……は?」
何をまた的外れなことを言うのかと思ったのだが、古泉の中ではちゃんと理屈が通っていたらしい。
理解しかねている俺に対して本当に嬉しそうに微笑しながら、
「我慢出来なくなるほど、僕を欲してくださって、嬉しいんです」
と解説したが、おかげでこっちは真っ赤になるしかない。
そういう意味じゃない、いや、あるのか?
…もう知るもんか。
「…っ、なんでもいいから、早くしろ!」
自棄になってそう喚いた俺を優しく抱き締めて、何度もキスをしながら、古泉の指が俺の脚の間に忍び行ってくると、もうそれだけで期待に体がわなないた。
とっくに全てを剥ぎ取られていたせいで、俺の体の反応を隠すものは何一つなかったのだが、その意味では古泉も公平で、悠然とした表情と態度に反してその熱が昂ぶっているのがよく分かる。
焦らされ通した俺のものが漏らした先走りを掬い取った指が、目的の場所に触れ、そこをくすぐると、俺は必死にシーツを握り締めるしかなくなった。
「…っは、…ぁ、……っふ…」
古泉の指が入ってくる。
酷く狭いはずの入り口を、滑りを借りた指は恥かしいほど難なくくぐり抜け、更に奥を目指そうとするかのように内壁を引っ掻いた。
「やっ…!」
「…気持ちいいんですか?」
内緒話でもするように小さな声で問われ、もはや隠そうとする余裕もない俺は口を引き結んだまま首を縦に振った。
「引くなよ…っ」
と可愛げの欠片もなく唸ったところで、
「引くわけないでしょう。…嬉しいです。もっと、感じてください…」
「やっ、あ、っ…! やめ…っ…!」
弱いところを緩急付けながら繰り返し刺激され、余計に涙が溢れる。
体中の水分が抜けきっちまいそうだと思うのに、先走りまでだらしなく溢れ続ける。
「んぁっ、っは、や、やめろって……」
「どうしてです?」
「声っ、変な声、出る…っ」
古泉は楽しそうに笑って、
「変な声じゃなくて、可愛い声ですよ。…聞いているのは僕だけなんですし、我慢したりしないで、聞かせてください」
「はっ、あっ、ぁ…! ひぅ…っ…」
ぐちゅぐちゅという音が聞こえる気がするのは気のせいだろうか。
いや、たとえ本当だとしても、俺は認めん。
「ふ…っ、く、はぁ…っ!」
「…愛してます」
言うな、なんてことは言えなかった。
たとえその言葉を聞くたびに胸をえぐられるような気持ちがするとしても、幸せそうに囁き続ける古泉にそんなことはとてもじゃないが言えない。
俺としても、ずっと聞いていたかったのかもしれない。
これが本当に夢ならいいのに。
夢なら、俺だって一緒に溺れられただろう。
明日からのことなんて考えずに済んだだろう。
こんな風に涙を流すこともなかったはずだってのに。
「なんで…っ、こんなことに……」
「……嫌でしたか?」
知らず知らずのうちに漏れていた呟きを聞きとがめて、古泉は心配そうに尋ねた。
「後悔してますか。やっぱり、こんなことはされたくなかった?」
「ちが…っ!」
そうじゃない。
これが嫌なんじゃない。
それは確かだ。
たとえ明日からは知らない顔をしなくてはならないにしても、古泉に触れられて嬉しい。
ただ、本当にこんな形でこんなことをしちまってよかったのかという迷いが生じてしまうだけで。
夢だと思っているから、古泉はこんなことが出来るのかもしれない。
そうじゃなかったら、俺にこんなことはしてくれないのかも知れない。
誰だってあるだろ。
夢だと思ったら気が大きくなって、普段ならやれないようなことをやれるってことも。
俺だけが正気でいるのが苦しかった。
いっそ自分にも暗示がかけられたらいいのに。
そんなことを考えながら、それでも俺は古泉を抱き締めて、
「違うから…っ、最後まで、しろよ…」
そうねだる以外、何も思いつかなかった。
嫌だと思いはしても、離したくなかった。
たとえこれっきりになるとしても、古泉が欲しかった。
抱き合っている、その一時、短い間だけでもよかった。
古泉は俺が本気で嫌というほど俺を苛んだ。
「ちゃんと解さないと、あなたが痛い思いをするでしょう?」
なんて親切ごかして言っていたが、そんなものはきっと建て前だ。
そうでなかったら、
「もっ、や、やぁ…! 頼むから、早く…」
と恥も外聞もなくねだる俺の姿を見て、あんなに意地悪く、かつ楽しそうに笑うはずがない。
「愛してます」
という囁きと、ひたと押し当てられた熱のどちらの方が熱かったのかも俺には分からない。
ただもう、あまりに焦れて、もどかしくて、飢えた獣のように渇望していた。
「痛かったら、背中に爪を立ててくださって構いませんから」
そんなことを言いながら古泉がわざわざ俺の腕を背中に回させてくれたが、そんなことをして証拠を残すわけにはいかない。
「…それより、何か、タオルでもないか…?」
「タオル…ですか?」
「…声…抑え切れない、かも……」
「…聞かせてください」
「…っ」
じっと覗き込んでくる古泉の視線に絡め取られる。
「抑えたりしないで」
「つ、っても、それじゃ、隣近所に聞こえるだろ…」
「大丈夫ですよ。防音はしっかりしてますから。…ね」
ぐっと腰を押し付けられ、体が竦むかと思いきや、変に緊張して挿入を妨げるようなことにはならなかった。
本能的なもの――というとこのおそらく本能なんてものを無視した行為にはそぐわないかも知れないがそうとしか思えなかった――か、と思った辺りで、いつだったかにお袋が話してたのを思い出した。
『妖精は人間とよく似て見えても全然違うから、結構奔放で享楽的なのよねー』と思春期真っ只中の息子とさっぱり分かってない娘の前で発言して親父を盛大に慌てさせていたっけな。
…それでか、と思うと少し気が楽になった。
それがただの責任転嫁のせいか事実かはこの際どうでもいい。
欲したものを与えられ、それを受け止めるのに必死だった。
「ふっ、あ、ぁっ、んあぁ――……!」
抑えきれない声が苦しい呼吸の間から溢れる。
「痛いですか?」
心配そうに聞き、俺の涙を舐め取ってくれる古泉に、
「ちが…っ、ぁっ、はっ、ふ…きも、ち、い……」
「……本当に?」
嬉しがっているのか引いてるのか分からん顔で言う古泉に、怯える隙もなかった。
こくこくと頷いて、古泉を抱き締めて、キスを求めた。
「…綺麗です。とても…」
熱っぽく囁く古泉が腰を使うのに合わせて、もっと気持ちよくなりたくて、腰を振る。
どうせなら、痛かったとか苦しかったなんてことじゃなくて、いい思い出として覚えておきたかった。
「好きです。あなたが好きです…」
「…っれ、も、好きだ……」
快感に頭の中を真っ白に塗り潰されそうになるのに、その寸前で思い留まる。
何も痕跡を残さないように。
後でちゃんと片付けられるように。
その代わりじゃないが、俺は古泉の体に縋りながら、
「…ひあっ、ぁっ、痕、つけ、て……っ」
とねだる。
「いいんですか?」
「んっ…、いっぱい、つけ、…っふぁ! あっ、…んん…っん!」
肩口に吸い付かれても、本当に痕を残してくれたのか俺には分からない。
ただその痛みに似た熱の感覚に体が震えた。
肩に、胸に、腕にまで、およそ唇の触れられる限りのところに古泉の印が残される。
俺が余計なことを考えるのに忙しかったからか、
「…っ、もう…」
と先に音を上げたのは古泉だった。
「は…っ、なか、で、出して…いいから…!」
どこのビッチだよ、と自分に突っ込んでやりたいくらいだったが、そんな恥かしいことを言ったのも確かに俺の本心だった。
どうせどうにもならないと思っていても、何かが欲しかった。
本当に、古泉が俺を好きなら、その証としてでも。
「…っく……」
「んん…、ふ…っ、あ…!」
中を熱い物で満たされて、俺も果てた。
時計を見れば焦らなきゃならん時間だと分かっていても離れ難くて、古泉の下で大人しくしていると、
「…好きです…」
と切ない声で囁かれた。
どうしてだか、古泉は泣きそうな顔をしてた。
「こいず…み……?」
「…すみません」
「な…んで、謝るんだよ…」
やっぱり後悔したのか。
本当は俺なんか好きじゃなくて、それで…?
「あなたを汚してしまって、すみません」
そう言って古泉は俺を抱き締める。
「汚してって…何言ってんだお前…」
「夢とはいえ、こんなことをしてしまうなんて……。申し訳なくて、あなたに合わせる顔がなくなりそうで……」
「…あほか」
俺は思い切り古泉を抱き締めた。
その肩に顔を埋めて、古泉の頭も自分の肩に押し付けてやる。
「俺もしたいって言っただろ。それとも、お前が俺を強姦したのか? 違うだろ」
「しかし…」
「こんな夢見れてラッキーくらいに思っとけよ。…ま、お前に言わせると俺は夢の登場人物らしいから、こんなこと言うのもおかしいか」
苦笑しながら、俺はやっと止まった涙を拭った。
「古泉、」
「はい…?」
怯えるように俺を見た古泉にキスをして、
「…好きだからな」
と告げる。
告げながら、
「…もう、眠っちまえ」
と古泉の瞳を覗き込んだ。
暗示をかける。
このまま眠ってしまうように。
忘れて欲しくはなかったから、危険かとは思ったが、記憶は消さない。
古泉が目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めたのを確かめて、俺は古泉の下から抜け出した。
ぐちゃぐちゃになったシーツをいくらかとはいえ綺麗に伸ばし、深く眠らせた古泉に、苦労しながら服を着せ直す。
自分も服を着て、室内の様子を確かめる。
部屋の中には特におかしな痕跡を残していないつもりだ。
それでも、名残惜しくて、時間がないと思いながらも、もう一度だけ、古泉の唇に口付けた。
そうして、玄関のドアに鍵がかかっているのを確かめた上で、ベランダに立つ。
サッシの鍵は掛けられないが、それくらいなら掛けてなくてもそう不審には思われないだろう。
ポケットには羽根の粉の入った小瓶。
しかし、中身はほとんどない。
それでも効いてくれることを願いながら、残り全てを自分の体に降り掛けた。
柔らかな光を受けて、自分の体が軽くなる感覚がした。
…なんとかなりそうだ。
俺は床を蹴り、ベランダから飛び出した。
「うぉっ…!」
と思わず声を上げちまったのは、思ったより勢いよく落ちそうになったからだ。
慌てて意識を集中したものの、飛ぶというよりはのろのろと落ちる感じだ。
それでも辛うじて激突は避けられたらしい。
そう大きな音も衝撃もなく、地面に足が着いた。
これ以上飛んで帰るのは無理だろうと思いながら歩き出した俺の側を、新聞配達のバイクが通り過ぎていった。
夜明けが近かった。
まだ一応目くらましの術が効いているのか、俺に目を止める人間はいなかった。
代わりじゃないだろうが、小妖精やら精霊やらがこちらを見てくる。
心配しているような顔もあれば、俺が何をしていたか知ってるとばかりににやにやしている顔もある。
…というか、本当に知られてるんだろうな。
「そりゃまあ、これだけ気配も匂いもすりゃあねぇ」
「っ!」
驚いて振り向くまでもなく、どいつかは分かっていたがそれでも驚いただろ、おいっ!
「悪かったね」
あっはっは、と綺麗に整った顔立ちに似合わないくらい豪快に笑いながら、エルフのおっさんは言った。
「にしても、なかなかの妖艶さだったね…。血は争えないって奴かな」
「…って、おい! あんたまさかのぞいてたのか!?」
「あれ? 気にする?」
気にするに決まってんだろ、と叫びかけたのだが。
「………いや? そう言えば、あんまり…」
やられたことをどうこう言っても仕方ないだろ。
「だろうね。…見た目なんかからすると、君はあんまり妖精っぽさがないけど、力の強さといい、さばさばして過ぎたことにこだわらない性格といい、内面的には妖精らしいな。凄く面白い」
「そういうことじゃなくて、単純にまだテンションがハイになってるせいだと思うぞ。…後で心底後悔しそうだ……」
「過ぎたことを気にしてもどうにもならないんだから、楽しいことでも考えなよ。…次のために自前で羽根を生やしたいんだろ?」
「……ああ」
呟いた俺の顔が赤いのをエルフのおっさんはにやにやしながら眺め、
「可愛いなぁ。可愛いから、おじさんが家まで送ってやろう」
と言ったその背中に虹色の大きな羽根が飛び出す。
「送ってって…」
まさか、と思う間もなく横抱きに抱え上げられた。
そのままそいつが地面を蹴ると、悠然と空に飛び出した。
速い。
思わず目を見開き、ここしばらくで低下していたこいつの評価を少し上げなおしていると、
「疲れてんじゃないの? 腰とかだるく…はないかな。どちらかっていうと、精気でも分けてもらったんだろ? 力が溢れすぎて泣いちゃったくらいだし」
「……は?」
なんだそれは。
「え? 知らなかった? …人と交わったりすると、少しだけど精気をいただけるんだ」
にや、と妖しく笑ったそいつは、
「人間からすれば本当に微量なんだけどね。こっちからすると結構な力になるんだ。ましてや、好きなら、ね」
「そういうもんなのか?」
「そ。だから、思ったほど疲れてないだろ? ただちょっと、集中力が落ちてるみたいで、うまく使えないみたいだけど。あと、過剰すぎて溢れたんだろ。それがあの涙だと思うけど」
「…そう、だな」
道理で、いつまで経っても止まらなかったわけだ。
涙になって溢れ出たとは思わなかった。
「……というかだな、」
「うん?」
「あんた、一体どれだけ詳細にのぞいてたんだよ!」
「どれだけって、」
「ああいや、そこは答えなくていい」
聞くだけ腹が立ちそうだ。
過ぎたことを咎めたってしょうがない。
だが、
「二度とやるなよ…!」
きっと睨み据えた俺に、
「わー、怖い顔」
と笑いながら、
「分かったよ。キョンに嫌われても面白くないしね」
了解したなら、それを違えたりはしないだろう。
安堵の息を吐きながら帰った俺を迎えたのが、ほこほこと湯気を立てる炊き立ての赤飯だったことについては、多くを語りたくもない。