オリキャラ出てます































ハーフムーン
  第三話



古泉に言われたからと言って、練習をやめるわけにも行かないし、言われただけむしろ反発してやりたくなった。
そういうわけで、珍しくも連日の夜の散歩となったわけだ。
嵐も収まった夜の街は、やはりどこか違って見えた。
まだ風の精がざわついていて、風は荒っぽく、そのせいか、逆に人の姿は少ない。
これなら練習もしやすいだろう。
練習、と言っても大したことはない。
出来るだけ妖精なんかを見るようにすること、出来れば話したりすることという課題を課せられただけだ。
そうすることで、魔力がいくらか高まったり、術を使う時に協力してもらえる可能性が上がったりするらしい。
しかし、妖精なんてお袋の田舎でくらいしかろくに話したこともないのに、大丈夫かね。
軽く頭を掻きながらも、いつもの公園までゆっくり歩いていると、妖精のさざめくような笑い声が聞こえてきた。
珍しい。
よっぽど楽しいことでもあったんだろうか。
そう思いながら耳を澄ませると、俺の名前やなんかが聞こえてきた。
「…なんで俺の話題で盛り上がるんだ?」
首を捻ると、木の上から返事があった。
「だって、珍しいからね。半人なんて」
「それだけか?」
「そう。しかもこれだけ力の強い半人なんて、初めて見たかも。さっきまでの嵐がなかなか凄かったから、皆注目してるんだよ」
くすくすと笑いながらも、声の主は姿を見せない。
俺が半人だからかね。
「風の精が喜んでたよ。久しぶりに大暴れしたって」
「ならよかった。迷惑がられてたらどうしようかと思ってたんだ」
「迷惑なんてないない。面白いことは大好きだから」
くっくっと笑って、
「今日は何しに出てきたんだい?」
「あー…まあ、親睦を深めようかと思ってな」
「親睦?」
「今度……そうだな、早ければこの次の半月の時に、空を飛んでみたいんだ。羽根の粉を使って。で、その時に暗示やら目くらましやらを使うことになるんで、仲良くしときたいってわけ」
妖精相手には多少身勝手な主張であっても正直に言う方がいいということを経験でも知っているし、お袋にもレクチャーされたので、言われた通りそうすると、楽しげな笑い声があたりから巻き起こった。
「かわいい」
「ウブだよね」
「連れて帰りたい」
「オモチャにしちゃお?」
不穏な臭いのする発言まで混ざっているが、概ね好意的らしい。
「仲良くしたいなら、」
最初の声が言った。
「リングでも作ろうか」
「リング? フェアリーリングってやつか?」
「そう」
……つまり、俺に踊れと。
「ひとりで踊り始めるのは嫌? 君ならすぐに他の妖精も誘われると思うけどね」
「…流石に恥かしいものがあるんだが」
「これだから半人は困ったものだね。仕方ない」
せっかくのチャンスだったのにだめにしたか、と思った途端、ざざっと枝が鳴り、木の上から声の主が下りてきた。
大きい。
小妖精などではなく、歴としたエルフだったようだ。
俺よりちょっと背が高く、古泉くらいの背丈がある。
彼――だと思うのだが、妖精の性別はよく分からんし、そもそも性別にあまり意味がない――は豊かな金髪を月光に光らせながら、秀麗な白皙に微笑を湛え、
「一緒に踊ってあげよう」
と俺の手を強引に取ったのはいいが、
「…なんで俺が女役なんだ?」
「君にリードが出来るなら代わってあげてもいいけど、出来ないだろ? それに、身長からしてもこちらの方がしっくりくる。大人しくついてきなって」
くすくすと相変わらず楽しそうに笑いながら、そいつは俺の腰を引き寄せた。
そのまま器用にステップを踏む。
不思議と、そいつの足を踏んだりはしなかった。
それだけリードがうまいということなのか、それとも半ば宙に浮き上がっていたからなのかはよく分からん。
ふわふわと体が浮き、つま先くらいしか地面に着かない感覚は、慣れないものの何故か楽しかった。
「血が濃いんだ?」
踊りながらそいつは言った。
「俺の?」
「違った?」
「…いや、多分、そうだとは思う」
「やっぱりね。…凄く懐かしい匂いがする」
言いながらそいつは俺の耳元に鼻を寄せ、匂いを嗅いだ。
やめてくれ、くすぐったい。
「うん、故郷に帰りたくなるね」
「故郷?」
「北の方の国だよ」
とそいつは笑った。
なるほど。
「お袋の帰省に付き合って、年に何度か帰るせいで匂いが染み付いてるのかもな」
「ああ、そうなんだ。いいねぇ、今時は移動が楽で」
「…あんたはどうしてるんだ?」
「風に乗って適当に。偏西風のおかげで結構飛ばされちゃってね。でもまあ、面白いものを見れたからよしとしよう」
「面白いもの?」
「うん」
にこにこと笑うそいつの周りを取り巻くように小妖精が舞い飛ぶ。
月光の精もつられたように舞い始めると、辺りはきらきらと輝いた。
風の精も軽やかに飛んでいる。
いつも見る以上に多い妖精に目を見開いた時、おそらく俺よりずっと年上なのだろうエルフが言った。
「リングが出来たら、その中で術を使うといいよ。それが消えても、その場所に立てばいくらか力を強めてくれるから」
「え、あ、ありがとう」
「いや、これだけ集まったのは君自身の力だろ。…先が楽しみだね」
にっと笑ったエルフは、悪戯っぽく囁いた。
「ところで、さっきから君に見惚れてるのは、君の知り合い?」
「え?」
足を止め、指差された方向を見ると、そこには古泉が呆れたように立ち尽くしていた。
……と、いうか、まずくないか?
普通の人間には妖精の姿なんて見えやしない。
ということは、俺はひとりで踊っているようにしか見えないわけで、下手すりゃ都市伝説物の黄色い救急車を呼ばれるような状況だ。
思わずその場に立ち尽くすと、にやにやしながらエルフは姿を消した。
小妖精たちも散るように姿を隠す。
残された俺は直径5メートルはあろうかという見事なフェアリーリングの真ん中で呆然と突っ立っているしかなかった。
それでも、そのままじゃ埒が明かない。
意を決してリングから出ると、古泉に詰め寄って、慣れない愛想笑いなんぞ浮かべつつ、
「よう、お前もまた散歩か?」
と俺から声を掛けてみた。
それではっと我に返ったような顔をした古泉は、どこかぎこちない笑顔で、
「え、ええ、過ごしやすい気候になってきたものですから、つい…」
「だよな」
さも自分もそれで散歩しているんだとばかりに俺は頷いた。
「つうかな、お前も俺に気付いたんならすぐに声を掛けろよ」
「すみません、なんだか声を掛け辛くて……」
その言葉に、またつきんと胸が痛む。
どうしてだろうな。
何か酷いことを言われたわけでもないのに。
「…悪かったな。声を掛けたりして」
「え?」
「…嫌だったんだろ?」
声を掛け辛かったってことはそういうことだろうと思ったのだが、古泉は慌てたように、
「いえ、そういうわけじゃなくってですね、」
「じゃあなんだよ?」
じっと見上げた俺から、古泉はぱっと目をそらした。
……俺の顔も見たくないのか。
ずくずくと胸の中が痛い。
何か変なものでも食ったか?
無理に食った夕食が消化不良を起こしたんだろうか。
「……帰る」
俺は当初の目的も忘れてそう言っていた。
いや、目的は果たせたようなもんだ。
とりあえず、協力要請は出来たし、色々話も出来たんだから。
だから、さっさと帰ったっていいはずだ。
そう思いながら歩き出した俺の肩を古泉が掴んだ。
驚いて、反射的にそれを弾きながら、
「なんだ!?」
と声を上げると、どうしてか、古泉は痛そうな顔をした。
そんなに強い力で振り解いたつもりはなかったんだが……。
「いえ、……送って行きますよ」
そう言って古泉は俺の隣りに並ぶ。
「要らん」
「しかし、夜の一人歩きは危ないですし、」
「あのな、俺は女の子じゃないんだぞ? お前だって夜中に独り歩きをしてるんだし、それでなんで俺だけ送られにゃならんのだ」
「でも…」
「無理して俺に付き合う必要なんてないだろ。俺はハルヒじゃないんだ」
「涼宮さんのこととは無関係にそうしたいんです。…お願いですから、送らせてください」
「ああそうかい」
これ以上何を言っても無駄だろうと諦め、俺は古泉がついてくるのに任せて歩いた。
一人で歩く時の沈黙は平気だが、隣によく見知った人間がいて、お互いに黙りこくっているのは妙に居心地が悪い。
おまけに、相手は本来口数の多い古泉だ。
これが長門ならむしろ喋りまくられる方が気味が悪いし、朝比奈さんなら黙っていても恥ずかしがっているのだろうと思える。
何か言えよ、と思いながらも、根負けしたのは俺の方だった。
「悪かったな」
唐突に言ったからだろう。
古泉は驚きも露わに俺を見た。
「え…?」
「お前がせっかく忠告してくれたってのに、無視してまた散歩なんかしてて」
「ああ、いえ……」
古泉はどこか居心地悪そうに視線をさ迷わせた。
「僕の方こそ、差し出がましい真似をしてしまってすみませんでした。あなたが心配だったとはいえ、気を悪くさせてしまって、申し訳ありません」
「心配って、お前、俺は別に女子でもないのに…」
って、さっきも言ったか。
俺はため息混じりに苦笑して、
「まあ、お前も立場上色々あるんだろうがな」
「いえ、今回は別になんらかの指示があったというわけではありませんよ」
「はぁ? じゃあなんでお前はわざわざ俺に要らんお節介を掛けてくるんだ」
「それは勿論、」
と古泉が如才ない笑みを浮かべた段階で、返事に興味がなくなった。
こいつがこういう顔をするってことは、口にするのは嘘かまやかしかはったりか、そのどれでもないならただの冗談に決まっているからな。
だから、ふんと顔を背けた俺の耳に、
「あなたが好きだからですよ」
なんて言葉を吹き込まれても、俺は少しもうろたえなかった。
「ああそうかい、そりゃあ光栄なこったな。ありがとよ」
「いえいえ、お礼を言われるようなことではありませんから」
俺はため息を吐いて夜空を見上げた。
「人間ってのは面倒だな」
「どうしたんですか? 突然…」
「ちょっと思っただけだ」
妖精は流石に開けっ広げ過ぎてついて行けないところもあるが、人間は余りに嘘が多過ぎて嫌気がさしそうだ。
人間であるがために素直になれない自分と、自分さえ見せようとしてくれない古泉との双方に苛立ちながら、もうひとつため息を吐いたところで、古泉が苦笑しつつ、
「すみません」
なんだいきなり。
「いえ…、僕はどうもあなたを不快にしてしまうばかりなようですから。……これからは、必要以上あなたと接触しないように気をつけるとしましょうか」
と呟く古泉に、俺は眉を寄せ、
「なんでそうなるんだ?」
「あなただって、嫌でしょう?」
あなただって、と言うってことは、古泉は嫌だってことなのだろう。
そう認識した途端、ずきんと痛みが走る。
――あ、まただ。
心臓をえぐられでもしたかのように胸が痛んだ。
ずぐずぐと起こる疼痛は、えぐられて空になった胸に虚しく響く。
痛みの余り、涙さえこぼしそうになるのをぐっと堪え、俺は出来る限り冷たく、
「お前がそうしたいなら、勝手にしろよ」
と吐き捨てた。
家はもう見えていたから、
「ここまで来ればもういいだろ」
と古泉を坂の途中に置き去りにして、一言の挨拶もなしに逃げ去った。
風がざわつき始めるのを感じながら、それを抑えようと、心を閉じようと必死になる俺の背後で、
「若いな」
という声がしたのは、俺が家に飛び込み、しっかりと両手で玄関のドアを閉めた瞬間だった。
ぎょっとして振り向けば、あのエルフが堂々と立っており、
「やあ、お邪魔させてもらっちゃったよ」
と悠々と言うものだから、かえって力が抜けた。
「あんたな……」
どうやって帰らせようかと思ったところで、お袋がひょこりと顔を出し、
「キョン、帰ったの? ……って、あら、」
「ああ、お久しぶり」
ひょいと手を挙げて挨拶するエルフと、
「本当にまあ、いつ以来だっけ?」
と言うお袋とを見比べて、
「知り合いなのか?」
「親戚よ。ええとたしかあんたの大伯父さんの方の系統だったと思うんだけど、名前はなんだったかしら?」
おい、本人を前にしてそれでいいのか。
「そんなもんだよ。親戚くらいいくらでもいるしねぇ」
とどうやら親戚だったらしいそいつまで言い、
「君の息子は本当に面白いね」
などと自己紹介もせずにお袋と世間話やら思い出話やらに花を咲かせ始めたので、俺は諦めて二人を放って寝に行ったのだが、翌朝になってもまだ玄関で喋っていた。
……寝ろよ。

その日から、俺の嫌になるほど憂鬱な日々が始まった。
部室で顔を合わせる古泉は、それまでと何も変わらなかったんだから、俺の方だって普段通りにすればよかったんだろうが、俺にはそれは難しかった。
古泉の顔を見るだけで、鈍い痛みが思い出され、苦しくなるってのに、平気な顔なんて出来るはずもない。
だが、顔を合わせないでいるわけにもいかず、無理矢理部室に足を運んでは長門並のだんまりを決め込んでいるわけだ。
「あの、」
古泉が困り果てたような顔――しかしそれでもまだ笑顔だった――で俺に声を掛けたのは、週が変わって二日目の火曜だった。
ハルヒがまたぞろ朝比奈さんを強引に着替えさせている真っ最中なので、俺たちは廊下に追い出され、否応なしに二人きりになっちまったのだ。
せめて声を掛けられないようにと努めてむっつりした顔で、話しかけ難いような空気を醸し出していたつもりだったのだが、古泉には効果がなかったらしい。
それでも、なんだと問い返しもせず、黙って古泉を見る俺に、
「すみません。…僕があなたの気に障るような真似をしてしまったことはよく分かっています。しかし、そこまで頑なに拒まれては早晩、他の方々にも不審を覚えられてしまうでしょう。それで困るのは僕だけではないはずです。お願いですから、もう少し態度を軟化させてはいただけませんか」
それはハルヒのためか、なんて問い掛けるのも馬鹿らしい。
俺はふいっと顔を背け、拒絶の意を示す。
さも、お前とは口も聞きたくない、なんて態度を取りながら、心は不思議と浮き立っていた。
ただ古泉と話しているだけなのに、だ。
それも、正確に言えば会話ですらない。
古泉が懸命に述べる詫びとも懇願ともつかない言葉を聞いているだけだ。
それなのに、ここしばらくの落ち込みをなかったことに出来そうなほど、浮かれた気持ちがした。
古泉の言葉をちゃんと聞いていれば、また腹が立つだろうと思ったから、内容なんぞ聞いてやらん。
その声の響きにだけ、言葉も知らない外国の歌でも楽しむように、耳を傾けた。
古泉の柔らかな声に、少しだけ焦躁感が滲み、滅多にないほど真剣な響きを帯びる。
それをひとりだけで楽しむことを、贅沢だとさえ感じた。
そうして俺は楽しんでいたってのに、古泉は、
「聞いてるんですか!?」
という言葉と共に、強引に人の肩を掴んで無理矢理正面から人の顔を見据えやがった。
苛立ちながら首を振って答えてやれば、酷く疲労したかのように深いため息を吐いた。
「……お願いします…。あなたは僕を嫌いなんでしょうけど、だからと言って涼宮さんの機嫌を損ねたり、それで世界が崩壊するようなことを望みはしないでしょう……?」
「……」
「涼宮さんになんの影響も及ぼさないとでも思ってらっしゃるんですか? だとしたら酷い見当違いだと申し上げなくてはなりませんね。……彼女は、あなたと同じくらい、優しい方ですよ。表面上はいつも通りに見えても、僕たちの様子をとても気にかけて下さっていることくらい、あなたにも分かるでしょう?」
古泉がハルヒの名前を口にし、あいつのことを褒める度に、胸が疼きはじめる。
警鐘を鳴らすように痛む胸を押さえて顔を歪めた俺に、古泉も気づいたらしい。
「…どうしたんです? 顔色が悪いですよ」
心配してだろう差し伸べられた手を音がするほど思い切り振り払った。
驚く古泉に向かって、まるで怒鳴るように、
「ハルヒの前では普通にしてやるが、余計なことを話しかけたりするな!」
とだけ喚いて、俺はその場から逃げ出した。
最近は逃げてばっかりだと思うと、情けなさに涙が出た。