ノン気古泉←ガチキョンな話です
キョンがおっせおせ!





我慢できるような恋じゃない!



幸か不幸か、僕は生まれつき人より恵まれている方なのだと思う。
経済的に苦労したこともなければ、勉強はほどほどに真面目な態度で授業を受けていればいい成績が取れるくらいには出来たし、両親も仲が良く、友人も多かった。
不幸といえば涼宮さんに見込まれてしまったことだけれど、それだって、珍奇な経験をしたかったという僕の願いが聞き届けられた結果のように思わないでもない。
北高に転校してからも、なんのかんの言って友達は出来たし、SOS団では得難い仲間も得られた。
やっぱり僕は恵まれているのだと思う。
だからか、厄介ごとにも巻き込まれてしまうけど。
…いえ、うん、厄介ごとと言っては悪いですよね。
告白なんて、する側にしてみたら一大決心による玉砕覚悟での大イベントなんだから。
しかし、される側からすると……正直、困るんですよ。
よく知りもしない相手から告白されると断りの文句にも悩みますし、迂闊なことを言って総スカンを食らうのも立場上悪いので。
「知りもしないなら付き合ってみればいい」なんて常套句もありますが、その時間がないのがまた問題なんですよ。
というわけで、極力当たり障りのないように断り続けてきたわけなのですが、今日、いまだかつてないピンチに見舞われてしまった。
「…好きだ」
切なげに告げたのは、よく知りもしない相手などではないはずなのだけれど、僕はどうやら、その人について理解が足りなかったらしい。
こんなことを言う人だと思わなかったのに。
驚愕して呆然とした僕を、その人はじっと見つめていた。
「…聞いてんのか? 古泉」
「き、聞いてます、けど……ええと、冗談、ですよね…?」
恐る恐る尋ねると、彼はうんざりしたような顔をした。
彼、そう、僕に告白してきたのは彼なのだ。
同じSOS団の仲間にして、数少ない、打ち明け話の出来る友人。
世界の鍵と言っていいような貴重な存在。
そんな彼が、僕に告白なんて、するはずがない。
そう、思ったのに。
「お前な、」
「はい…っ…」
びく、と身を竦めた僕の胸倉を掴んで、彼はため息を吐いた。
「それ、一番最悪の部類に入る返事だと思わんか?」
「え……」
「本気で告白した相手に対してそれはないだろ。最低だ」
「……って、あの、本当に…本気で……?」
驚きに今度こそ目を見開いた僕に、彼ははっきりと言った。
「ああ。…お前が好きだ、古泉……」
その唇が、真っ直ぐ僕の方へと近づいてくる。
半ば伏せられた睫毛が、艶かしく震えていて、どきりとさせられた。
彼がこんな表情をする人だったなんて、全然知らなかった。
知らずにいるはずだった。
なのにどうしてこんなことに……って、
「まっ、待ってください!!」
叫びながら、ぐいと彼の体を押し退けた。
その気になれば、僕と彼は体格差もあるし、僕は一応体を鍛えてもいるから、彼を押し退けるのも造作のないことだ。
彼は不満そうに押し返された腕を見ながら、
「なんだよ」
「あ、あなた、ここがどこか分かってるんですか!?」
「分かってる。SOS団の根城にされた憐れな文芸部室だろ」
けろっとした声で返しているけれど、その背後から怒号にも似た、
「何が憐れよ! この部屋だって喜んでるに決まってるでしょ!!」
というクレームが飛んできている。
「ハルヒ、今いいところなんだから邪魔するな」
「何がいいところよ。馬鹿じゃない? 古泉くん、ドンビキしてるわよ」
ドンビキと言うには僕は状況が飲み込めてないんですけど。
「いいから、古泉、続き」
「続きって何ですか!? さり気なく押し返さないでくださいよ! 周りの状況が見えてないんですか!?」
必死に押し返している僕を真っ直ぐに見つめて、彼はきっぱりと言った。
「俺はお前しか見えてない」
「それ、いいセリフっぽく響いてますけど、考えて見るまでもなく最悪ですよね!?」
「何がだよ」
「っていうか、こんな状況で言われて信じられるほど御目出度い頭してませんってば!!」
ぐぎぎぎぎ、と音がしそうなほどに力任せの押し合いをしていると、
「ふぅん、古泉くんもそういう風に取り乱したりするんだ」
と涼宮さんの声がして、ぎくりと身を竦ませたのが仇となった。
「隙ありっ!」
鋭く叫んだ彼が僕の手を振り解き、間合いを縮め、胸に飛び込んできた。
「う、わ…っ!?」
驚くだけの間しかなかった。
器用にも長机の上に飛び乗った彼は僕を抱き締め、強引に僕の唇に自分のそれを重ね――って、え、えええええ!?
「…は、これで、分かっただろ」
息を乱して彼は言ったけれど、僕はもう何がなんだかさっぱり理解出来ない。
今、一体何が…?
「…っ、キスに決まってんだろうが、この朴念仁!」
真っ赤な顔で怒鳴った彼は、怒ったように胡坐をかいた。
あの、そこ、机の上なんですけど……。
「煩い」
「すみません」
何で僕が謝ってるんだろう、と思いながら、とりあえず頭を下げると、
「で、ちゃんと通じたんだろうな?」
と言われる。
「え?」
「…お前な…っ」
「…っ、あああの、ちゃんと分かりましたよ!? その、僕を……えぇと、…好き、とかなんとか……」
恥かしくて赤くなりながら言うと、
「とかなんとかじゃない。お前が好きなんだって言ってんだろ」
「はぁ…」
と言われても、本当に現実感がない。
場所が場所だし、状況が状況なんだと思う。
「……本当、なん、ですか…?」
「疑うなら今度はもっと濃厚なのをお見舞いしてやるが、」
「いいいいえっ! 結構です! あなたのお気持ちは十分よく分かりましたから!!」
ぶんぶんと頭を振って固辞すると、彼が小さく舌打ちするのが聞こえた。
それにしても、
「どうして、こんな突然……」
「突然ん?」
彼は思い切り嫌そうな顔をして、
「何が突然なもんか」
と言う。
「違うんですか?」
「お前のことが好きになったのは随分前だし、態度にだって出てたと思うぞ。なぁ?」
と彼が顎を向けて話題を振った相手は、涼宮さんだった。
「そうね。分かりやすいかは別として、態度に出てはいたんじゃないの? ただし、」
と彼女は呆れ顔で、
「古泉くんが見てないところでだけど」
どういうことだろう、と首を捻る僕に、涼宮さんは親切にも、
「授業中、体育でグラウンドを走ってる古泉くんを必死で見つめてたり、古泉くんに気付かれないところでボードゲームの掃除とか手入れとかしてたのよ。あとは、ほら、この間、古泉くんにしては珍しく、ここで寝ちゃったことがあったでしょ?」
「あ、はい…」
あの時は本当に失態を晒してしまったといたく反省したのだけれど、あの時に何かあったのだろうか。
「あの時に、キョンったら、寝てる古泉くんにあれこれちょっかいかけてたのよ。髪の毛触ってみたり、ほっぺつついてみたり、耳噛んでみたりってね。だから、傍観してたあたしたちには、キョンが古泉くんをどう思っているのかなんて、丸分かりだったってわけ」
そうだったんですか…。
――って、え?
「あたしたち、と、いうと…」
他にも突っ込みたいところがあった気がしつつも、それが一番気になって、びくつきながら尋ねた僕に、今更何を聞くのかと言わんばかりのきょとんとした顔で、涼宮さんは答えてくれた。
「あたしと有希とみくるちゃん」
頷く長門さんと、柔らかいものの苦笑を見せる朝比奈さんに絶句した僕に、
「それから、鶴屋さんも知ってるわね。国木田と谷口も。キョンにあれこれ愚痴られて迷惑してたから」
「ぐ、愚痴って……!」
驚いて彼を見ると、流石にばつの悪そうな顔をしながらも拗ねたように、
「お前がいつまで経っても気付かないのが悪いんだろ」
なんて言う。
すいません、本当にこの人は僕の知るあの人なんでしょうか?
余りの豹変ぶりに、どこかの異星人によるインプリンティングとかを疑いたくなるんですけど。
「でも……」
僕は恐る恐る彼に尋ねた。
「これまで、僕に分かりやすく態度に表さなかったってことは、隠すつもりだったんですよね? どうして突然告白することに決めたんです?」
「…別に、隠すつもりだったわけじゃない」
むすっとした彼はそう答えた。
「ただ、うまく示せなかっただけだ。それどころか、照れ臭いのが強くて、お前には素っ気なくしちまったりするし、わかりやすい態度になんて出られないし…」
「そうなんですか?」
今日の大胆さからすると意外な発言だ。
「今日は、だから、ハルヒと朝比奈さんと長門がいて、応援してくれるって言うから、なんとか頑張れただけだ」
そう言った彼の顔はじわじわと赤く染まっていく。
可愛い、なんて一瞬でも思った自分の頭を殴り飛ばしたい。
相手は同性で、それどころか世界の鍵なのに、…って、
「あの……涼宮さん、不躾なことをお聞きしますが、」
「何?」
「彼のことが好きだったんじゃなかったんですか?」
思い切って聞いてみた僕に、涼宮さんは苦笑して、
「あたしがキョンを好きだったりするわけないじゃない。そんな不毛なこと、するだけ無駄だし」
不毛って。
「だってこいつ、ガチなゲイなんだもの」
……すみません、目眩がしたんで帰っていいですか。
「なら、俺が送ってやろう」
「遠慮します!」
誰がそんな、泥棒に合い鍵作って渡すような真似しますか!
「そう警戒しなくていいぞ。俺、タチじゃなくてネコだし」
あーあー聞こえない聞こえない!
「というかだな、古泉」
……なんですか。
「お前は告白に返事も寄越さんつもりか?」
そう言った彼は、酷く淋しそうな顔をしていた。
さりげなく、僕と目を合わせないようにしながら、自嘲するように笑って、
「もっとも、さっきからの反応を見てりゃ、聞くまでもなく分かりきってはいるんだがな」
そう、悲しげに呟いた。
ああやっぱり、告白なんて厄介ごとだ。
相手をよく知っていても知らなくても同じだ。
する側は、覚悟を決めて言ってしまえば返事を待つだけだし、相手に何を言われても、喜ぶか悲しむか怒るかすればいいんだろう。
でも、されたらその時に選ばなければならなくなる。
その瞬間に舞い上がるか気が動転するかどうかして、普段ならしないような選択をしてしまうかもしれないのに、だ。
おまけに、自分のことさえよく分かっていなかったんだと思い知らされるのだから、これを厄介ごとと言わずしてなんと言えばいいんだ。
絶対、後で悔やむ。
一時的に、状況に圧されてやってしまっただけだと思うに決まっている。
でも、だけど、僕は、彼の悲しむ顔なんて、見たくないんだ。
「そういう意味で、あなたと同じ意味で、あなたを好きになれるかなんて分かりません。ただ、あなたを悲しませたくないんです…」
「……つまり、なんだよ…」
ぼそりと呟いた彼が、上目使いに僕を見る。
その頬はほんのりと赤く、瞳はどこか熱っぽく潤んで見えた。
「…どうしたいですか?」
僕はそう聞き返した。
彼の頬がなお赤くなる。
やっぱり可愛い、と、今度は素直に思えた。
「俺と、……付き合ってくれる、か…?」
「こんな僕でよければ」
返事は、机の上から飛び込んでくるようなハグだった。
強く抱きしめられながら、彼の体を引き寄せると、彼を膝に抱く。
どうしてだろう。
その暖かさも、重さも、心地よいもののように感じられた。
刷り込み効果だろうか。
苦笑したところで、彼の笑顔が見えた。
本当に嬉しそうな笑み。
これまでに一度も見たことのないような。
「古泉、好きだ…」
「ありがとうございます」
僕も釣られて笑顔になったところで、ぱちぱちと手を叩く音がした。
「おめでと、キョン」
と涼宮さんは微笑み、朝比奈さんは、
「キョンくん、よかったですぅ…」
と泣きそうなほどだ。
長門さんまで、手を叩いているのには驚かされた。
というか、今、僕は、人前であんな……。
「周りが見えなくなるくらいなら大丈夫よ」
と涼宮さんに笑われて、思った通り、自分の言動及び選択を恐ろしく後悔したのだけれど、
「本当に、大丈夫だと思うか?」
彼に不安と期待の入り混じった目で見つめられると、今更前言撤回も出来なくなる。
だから僕は、彼を強く抱きしめて、答えにかえた。