谷口と国木田と、他にも何人か、同期で気の合う男だけが集まって飲んでいた。 そんなことは滅多にないことでもあったし、同窓会だなんだにしても女が混ざっては下手なことは言えないと縮み上がる他ない女尊男卑社会で虐げられる俺たちだったから、こういう機会ともなれば、話は体制批判からシモの方向まで、とにかくあちこちに飛びまくった。 だから、そういう話になったのも当然のことだったのだろうか。 口火を切ったのは、谷口だったと思う。 頃合としては、他の連中がそれぞれに一番親しい奴等と輪を作り出し、俺たちも気が置けない間柄である三人で集まった頃だったはずだ。 「やっぱり、結婚するなら料理のうまい子がいいよな」 それを混ぜっ返したのは俺だ。 「あほか。今時料理も何もないだろうが。特にこんな軍隊生活でどうしてそんなもんが見つかるってんだ?」 合成食料の復元方法で味が変わるとは聞いたことがあるが、そんなもん、普通にいじれるもんでもないだろうが。 「でも、」 と更に混ぜ返すのは大抵国木田であり、今回もそうだった。 「不思議とないかな。たとえばただの粉のコーヒーであっても、なんとなく口に合う合わないっこととか」 「…あー……」 それは俺にも分かった。 古泉が淹れてくれるコーヒーはどういうわけか、えらくうまいからな。 そういうことだろうと見当をつけたところで、 「なんだぁ? キョンは覚えがあるのか」 と谷口が偏見に満ちた非難の視線をよこした。 「俺にあったら悪いか」 「悪くはないが、相手は誰だ? 情報参謀閣下か? それとも兵站参謀閣下か? まさか、涼宮じゃないだろうな」 同期の親しさで一番位の高い奴を呼び捨てにした谷口に、 「違うっつうの。大体、朝比奈さんはコーヒーじゃなくて緑茶を淹れてくださるんだ」 それも、ハルヒの我侭のおかげで、希少な本物の茶葉を使った超贅沢品だ。 俺は朝比奈さんのおかげで本物の緑茶の味を知ったと言っても過言ではない。 「じゃあ誰がお前の口に合うコーヒーを淹れてくれるってんだ?」 古泉だ、とこの状況下で答えると色々と誤解を招きそうだと判断した俺は、 「お前に言う必要はない」 と切り捨ててやった。 国木田はなにやら楽しげに笑みを振りまきながら、 「まあ、コーヒーだったら砂糖やミルクの加減もあるだろうからね。僕としては、相手の匂いが気になるかな」 匂いって。 …どこかマニアックかつアダルティな気配を感じるのは俺だけか? そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、 「匂いって国木田…」 と谷口が声を上げた。 「変かな?」 「いや、変とまではいかねぇだろうけどさ」 「だって、どんなに美人でも体臭が好みじゃなかったら嫌じゃない? 体臭だけじゃなくて、香水の好みが合わないだけでも僕は嫌だな」 「そりゃ、分かるけど……」 「それに、体臭って遺伝だけじゃなくて、その人の生活習慣や食べるものの好みによっても変わるからね。そこを推し量る目安にもなっていいと思わない? ねえ、キョン」 「え」 俺がとっさに答えられなかったのは、匂いとやらについて考えていたせいだ。 「キョンは何か気になる匂いとかない?」 「どうだろうな」 「あるんだろ? ちょっとでいいから教えてよ」 と国木田にせがまれ、仕方なく口を開き、 「なんて言うか……その、甘いんだが花とか砂糖の匂いとは違う匂いがあってな、それが……気になる」 とは言ったものの、それが古泉の匂いだなんて言えやしねぇ。 言ったら、どこで嗅いだのかなんてことまで吐かなきゃならん。 あいつの顔が近いのに加えて俺があいつのベッドを借りに行くからだなんて口が裂けても言えるもんか。 「キョンは?」 「え、あ、何がだ?」 「全く…さっきから上の空だね」 と国木田に苦笑され、谷口にまで、 「なんだ? 何か気になることでもあるのか? 先に言っとくが、仕事のことなら言うなよ。つうか、忘れろ。そうじゃないなら聞かせろ」 「いや、仕事のことじゃないが気にするな。それで、俺がなんだって?」 「お前はこだわりたいところとかねーの?」 「こだわりたいところ…?」 と言われてもな。 「特に考えたこともなかったんだが……」 「じゃあお前は来る者拒まずってことか?」 「いや、流石にそうじゃ…」 そう俺が否定しようとしたってのに、国木田が楽しげに笑って、 「確かにキョンは押されると弱そうだよね。っていうか、ストレートに言われないと通じない気がするよ。自分がもてるなんて、可能性すら考えたこともないだろ?」 「当たり前だ。俺がもてるわけがないからな」 今度は躊躇いなく返した俺に、どういうわけか谷口まで国木田と一緒になってため息を吐いた。 「これだからキョンは…」 どういう意味だ、おい。 「キョンは気付いてないだろうけど、結構人気なんだよ? 作戦の立案能力はピカイチだし、涼宮閣下とのやりとりのおかげで交渉能力が高いのも知られてるからね」 「その人気と女にもてるかは違うだろ」 「そう? でも、あの涼宮閣下相手にあっさり主張を曲げないで渡り合う所はかっこいいって騒がれてたし、最終的には涼宮閣下も納得させて、かつ極力犠牲を出さない戦い方をする辺り、物凄く評価が高くって、僕も結構同僚に、紹介して欲しいって頼まれたりするくらいなんだから」 そういう割に一度も紹介された例はないな。 「だって、紹介されたらキョンは困るだろ?」 「…まあな」 ただでさえ母親の躾のせいで女相手には手も挙げられない性格だってのに、ハルヒのおかげでこのところそれに拍車が掛かっているからな。 ヘタに迫られたりしたら拒めないままなし崩し的な展開が待ち構えていそうだ。 「だと思って」 面白がるように笑った国木田だったが、 「でも、流石にこれは嫌っていう条件があるなら聞いてみたいな」 「は?」 「だって、キョンって結構フェミニストだろ? それでも嫌ってどんな相手か逆に気になるよ」 「…お前、さては酔ってるな?」 「ふふ、どうだろうねー」 …酔ってるな、間違いなく。 「で、どうなんだい? それとも、キョンも谷口みたいに、どんな相手でも女の子ならそれでいいってタイプ?」 「いや…そういうわけでもないだろ」 というか、谷口と一緒は勘弁してもらいたいところだな、うん。 「酷ぇ」 なんて谷口の呻きは無視して、俺は少し考え、 「……それこそ、顔が人外魔境みたいなのは勘弁してもらいたいが、美人じゃなきゃ嫌ってんでもねぇし…」 「そう? 僕はてっきり、キョンは面食いだと思ってたんだけど」 「なんでそうなるんだ?」 「だって、涼宮閣下の趣味とはいえ、今の幕僚は美人揃いだろ? それでも平気な顔して鼻の下一つ伸ばさないから、もっと理想が高いのかと思ったよ」 「そういうわけじゃなくて、あれは当然職場だから…」 「そうかな? だって、プライベートでも結構仲がいいだろ? 知ってるよ。あまりに仲がいいからって、幕僚がみんなで結託して不正をしてないか、査察が入ったってことも」 「うげ、お前なんでそれを……」 仮にも機密扱いになってる件だぞそりゃ。 「だったら知らん顔しなきゃ。キョンもまだまだだなぁ。…ま、酔ってるってことで見逃してあげるよ。もう済んだ話だしね」 と笑って自分の情報源はちらとも明かさず、 「ちなみに、プライベートだと、幕僚の中では一体誰と過ごすことが多いの?」 「んなもん、古泉に決まってるだろ」 間違いない、と断言した俺に、谷口が憐れっぽい顔をして、 「キョン、お前なぁ……」 「なんだよ」 「どうしてせっかくの機会に朝比奈兵站参謀閣下や鶴屋人務参謀閣下とお近づきになろうとしないんだよ」 「と言ってもな…」 朝比奈さんと鶴屋さんは仲がいいのに加えて共に――というか鶴屋さんが朝比奈さんを守っているという意味で――ガードが硬いと評判だし、事務方である戦務参謀の森さんは――古泉の言を信じればだが――あれで油断ならない切れ者だというから、こちらとしても遠慮しながらの接触しかしたこともない。 この状況下でどうやって親しくなれというのだ。 なお、長門に関してはもはや妹のようなものであり、生半可な覚悟で手出ししようとするものが現れた日には、ハルヒを焚きつけてでも制裁を加えるつもりでいるし、そのハルヒはと言うと恐ろしすぎて考えたくもない。 好き勝手に迷走するネズミ花火みたいな爆弾に近づくほど俺はお人よしじゃない。 仕事でさえハルヒの尻拭いに忙しいってのに、プライベートでまで積極的に係わり合いになりたいと思うものか。 その点、古泉はいいぞ。 こっちが何かするまでもなく自分でやってくれるし、むしろ俺の世話まで焼いてくれる。 基本的には面倒事を起こす心配もなければ、変に緊張させられることもない。 一応上官のくせして、ちょっと頼めば脚まで揉んでくれる。 まさに至れり尽くせりだ。 と、そんな話をしていたのだが、 「……ねえキョン」 と言われて気がつくと、国木田がなんとも言い難い顔をして俺を見ていた。 谷口はと言うと、変な顔だ。 それも物凄く変な顔。 目の前で地雷が爆発するのを見た犬だってそんな顔はするまい。 「なんだ? 俺は何かおかしいことでも言ったか?」 「おかしいっていうか……」 歯切れも悪く言葉を濁らせた国木田だったが、苦笑らしき笑みを浮かべて、 「…随分楽しそうに幕僚総長閣下の話をするね」 「………は…?」 一瞬、何を言われたのかと思った。 楽しそうにって、俺が? 「うん、前から涼宮閣下の話をする時キョンは楽しそうな顔をしてるなって思ってたけど、幕僚総長閣下の話をする時の方がよっぽどだったんだね」 今初めて気づいたや、と言いながら国木田はグラスの中身で唇を湿し、 「まあ、僕はキョンが誰を好きでも構わないけどね」 「いや、なんでそっちに話が繋がるんだ?」 「あれ? やっぱり無自覚なんだ?」 「だから何が」 「キョンは幕僚総長閣下が――ううん、こういう時はやっぱり名前で呼んだ方がいいね――、古泉くんが好きなんじゃないの?」 「……はぁ!?」 今度こそ声を上げた拍子に思わず飛び上がっちまった。 何がどうなってそうなる。 俺は男だしあいつも綺麗な顔ながら男だぞ。 「愛があれば性別なんて些細なことかと思ったんだけど」 「冗談はやめてくれ。たちが悪いにも程がある」 「本当に?」 と国木田は俺の目を覗きこむ。 「本当に決まってる」 「キョンが気付いてないだけかもしれないよ?」 「…っ、お前は俺を同性愛者にしたいのか?」 「別にそういうわけじゃないけどさ、キョンがそんな偏見で勝手に自分の考えまで捻じ曲げちゃうようなら、それはどうかなって考える時間を持たせるのが友人としての僕の役割かとは思ってるよ」 ぬけぬけと言った国木田は、 「気を悪くしたなら謝るよ。悪かったね。ほら、もっと飲んで飲んで」 と言い、俺はふんと鼻を鳴らしながらも勧められるままに飲んじまった。 …それが国木田の作戦だと気付かなかった辺り、俺はそろそろ役職を返上して国木田に場所を譲るべきかも知れん。 気がつくと、俺は見慣れたものの自分の部屋のそれとは違う天井を見ていた。 がんがん頭が痛み、吐く息が酒臭くて気持ち悪い。 「大丈夫ですか? 吐きそうなら言ってくださいよ」 と声が降って来てぎょっとする間もなく、見慣れた顔が覗き込んでくる。 「こ…いずみ……」 「よっぽど楽しかったんですね。あなたが前後不覚になるまで飲むなんて」 と笑う声にも顔にもからかうような色はない。 面白がっているというか微笑ましく思っているというか……あんまり面白くない反応であることに違いはないな。 「何で俺…お前の部屋に……」 いかん、頭が痛い上に記憶がない。 「あなたと一緒に飲んでいたご友人が、ここまで送ってくださったんです」 国木田の野郎。 「悪い…。…お前にまで迷惑掛けたな……」 「僕も休みでしたし、どうってことはありませんよ」 そう言って微笑んだ古泉は、 「何か飲物を用意しますけど、何がいいですか?」 「水…」 「分かりました」 何が楽しいんだ、と思っただけのつもりだったのだが、うっかり口にも出していたらしい。 「すみません、あなたが辛い思いをしておられるのに……」 「いや、別にそれはいいんだが……」 いつもよりスローテンポに言葉を吐き出しながら、俺は頭痛のためでなく眉を寄せ、 「何が楽しいんだ?」 と今度ははっきりと尋ねた。 「あなたの世話を焼くのが、ですけど?」 「だから、なんでだよ。お前、長男だったか?」 「僕が一人っ子なのはあなたもよくご存知の通りですよ」 じゃあなんでだよ。 「あんまり喋っていると余計に辛くなりますよ。僕が喋っていても頭に響くでしょうからもう黙りますね」 俺が上体を起こすのを手伝いながらそう言った古泉に、 「…いや、いい」 なんて言っちまったのは、やっぱり酒が残っていたからなんだろう。 しかし、朦朧とした俺の頭は更に熱暴走まで起こしでもしたのか、余計なことばかり吐き出す。 「お前の声なら、響かんから…」 「……ええと…」 「水」 「あ、はい」 なぜだか呆然としていた古泉から、むしり取るようにして水の入ったグラスを受け取った俺は、冷たいそれが体に染み入るのを感じながら、ふと昨日の話題を思い出して呟いた。 「…うん、お前みたいな声がいいな」 「…はい?」 「お前みたいに、やけにうまいコーヒーを淹れてくれて、お前みたいにいい匂いがして、お前みたいな声の嫁さんが欲しい」 「……」 呆れでもしたのか絶句した古泉を見上げると、古泉は真っ赤な顔をしていた。 何だそのリアクション。 「え、あ、…いえ……」 恥かしそうに口元を覆った古泉は、恐る恐るといった様子で俺を見つめると、 「それ、僕みたいな人じゃなくて、僕自身じゃダメですか」 と口にして、俺を絶句させたのだった。 なんでそうなる。 「だって、あなたの挙げた条件に合う人なんて、そうはいませんよ。それだけ僕があなたの理想に近いなら、それに近い別の誰かを探すより僕自身で手を打った方が早いと思いませんか?」 「んなこと言ったって、お前も俺も男だろ」 「それはそうですけど…」 「それに、お前はそれでいいのか?」 「はい?」 「俺の嫁だぞ」 「…そうですね、」 と古泉はふわりと柔らかく微笑み、 「人に尽くさせるような女王様体質で、勤務状態からすると意外なくらい我侭なところのあるあなたの伴侶になる人はとても苦労するでしょうね。殊に、職場でのきびきびしたあなたしか知らないような人は」 「だったら、」 「でも僕は、よく知ってますよ。あなたが実は結構甘えたがりだってことも、今時珍しいくらい亭主関白で、必要なことさえ言ってくれないような人だってことも。その上で、立候補したつもりです」 立候補って。 「だめだろ。俺、お前じゃ勃たねぇだろうし」 「僕が勃ちますから、問題ありませんよ」 「は?」 今なんて言った、と俺が聞き返すより早く、古泉はじっと俺を見つめて言葉を尽くそうとするように言葉を並べる。 「あなたがどんなに我侭を言っても、僕は受け入れますよ。いくらだって、甘やかしてあげます。三度三度の食事の支度も、洗濯も掃除も繕い物も、なんだってします。……僕が尽くすタイプだってこと、あなたはよくご存知でしょう?」 「そりゃ……まあ…」 「知ってるのは、あなただけですよ」 「……へ?」 「あなただから、尽くしたいなんて思うんですから」 「……」 何か凄い殺し文句を言われた気がする。 「あは、多少は効きました? だとしたら嬉しいですね」 そう言いながら、さりげなく俺の手からグラスを取り上げベッドサイドに逃がした古泉は、その手を今度は俺の首に回す。 そうして、俺が逃げられないように、その意外とがっしりとした腕の中に閉じ込めて、 「もうずっと前から、あなたが好きなんです」 と囁いた。 「…え……」 寝耳に水だ、と本気でうろたえる俺の我ながら酷い反応にも傷ついた様子など欠片もなく、 「あなたが振り向いてくれる可能性どころか、僕の思いに気付いてくれる可能性さえないと思ってたので、ずっと黙ってましたけどね」 いつだったかに押し倒そうとした時も、結構本気だったんですよ、なんて、笑いながら言う台詞じゃないと思う。 「僕の淹れるコーヒーが好きなんですよね?」 「す…きだが……」 「僕のベッドを度々占領してしまうのは、僕の匂いが好きだから?」 「…お前のベッドの寝心地がいいからだ」 「でも、ベッドの造りなんて、あなたと僕の部屋ならそう変わらないどころかまるきり同じでしょう? あなたが度々来るものだから、わざわざ調べたんですよ、僕」 「は…?」 「結果は、全く同じものでした。それなのに僕のベッドの方がいいってことは、僕の部屋だからってことじゃないんですか?」 「…お、俺が知るか…っ…」 「それから、僕の声は二日酔いで痛む頭にも響かない、と」 「それは好きとか嫌いとかいう問題じゃないだろ」 「でも、あなたが僕の声がいいと言ったのは事実ですよ?」 くすくすと楽しそうに古泉は笑って顔を近づけてくる。 普段の仕事中だって顔が近くなりがちだが、それにしたってこれはないだろうと言いたくなるほど近い。 「ねえ、諦めて認めてくださいよ。――あなたは、僕が好きなんですよ」 そう囁いた唇が俺の酒臭い口を塞ぐ。 深く深く、息さえ逃すまいとするかのような口付けが、どうにも嫌じゃなくて、見るまいとしていたものを見せ付けられたような気がした。 解放されて、 「…酒臭いのに、何やってんだお前は…っ」 と思わず真っ正直に、気になったことを叫んだ俺に、古泉は軽く目を見開き、 「…キスされてすぐの発言がそれですか」 くっと喉を鳴らした古泉は、珍しくも声を上げてしばらく笑った。 それこそ、こっちが恥かしくなるくらい盛大に。 笑い過ぎて涙目になるくらい笑って、 「本当にあなたって人は、可愛らしい人ですね」 「な…っ!?」 「可愛いですよ。…心配しなくても、幸い、あなたとはお酒の好みも同じですし」 「……趣味の悪さもな」 そう言って、俺から手を伸ばし、酒臭い息を薄い唇の中に吹き込んでやれば、笑いながら抱き締められ、ベッドに沈められた。 「…愛してます」 さっきまで笑っていたのが嘘のように、熱っぽく見つめてくる瞳は本気以外の何物でもない。 それを見つめ返す俺の目は、一体どんな色を滲ませているんだろうか。 俺自身すら知らないそれを知っているのは古泉一人きりで、だが、まあ、それでもいいかなんて思いながら、俺が大人しく目を閉じたのは、残念ながら悪酔いのせいでも一時の気の迷いでもなかったらしい。 しかしである。 「…盛り上がってるとこ悪いとは思うんだが、諦めろ」 「えぇ?」 珍しくも情けない声を上げた古泉の目に映った俺の顔は、さぞかし青かったことだろうと思う。 「少しベッドが揺れただけでも吐きそうだ……。お前がベッドごとゲロ塗れになりたいなら続行しても構わんが」 我ながら、情緒もへったくれもない。 しかし、古泉は楽しそうに笑った。 「そうでした。僕としたことが浮かれてしまって、あなたの負担を考えられていませんでしたね」 そう言って、一度はまくりあげた俺のインナーを丁寧に下ろし、 「酔いが醒めてもあなたの気持ちが変わらないことを切に願いますよ」 と囁いて、もう一度だけキスを寄越した。 「吐きそうなら、いくらでも吐いていいですよ。ちゃんと片付けますから」 「後片付けの算段の前に、ゴミ箱でも洗面器でもエチケット袋でもいいから寄越せ」 本気で気持ち悪い。 「はいただいま」 甲斐甲斐しく俺に袋を渡し、しかも背中を擦ったりしてくれた挙句、俺が本当に吐いても引きもしなかった古泉は、 「…口直し」 と言って俺がほとんど嫌がらせのつもりで痛辛いキスをしても、笑みを崩しもしなかった。 それどころか、 「ちゃんとうがいもした方がいいですよ」 と言いながら、口移しで水を寄越したくらいの余裕っぷりだ。 それを面白くないと思う以前に、頼もしくさえ感じちまった時点で俺の敗北は決定したらしい。 その後、シャワーどころか着替えまで借りた俺は、後片付けに勤しんでいたはずの古泉を誘ってベッドに縺れ込みながら、これからはこれまで以上にこの部屋に入り浸ることになりそうだなと思った。 |