エロ入ってますよー





















































光は消えない 8



古泉との冷戦状態が始まってから一週間ほどが過ぎた。
最初はからかい、次に呆れていたハルヒは、いつの間にやら同情モードに入っており、そろそろ本気で心配されそうだ。
俺としても、そろそろ頭が冷めて、妥協と共に和解を迎えたところでいいと思うのだが、一時の怒りが冷めても、俺の考えは変わらなかった。
ハルヒにも、朝比奈さんにも、勿論他の友人にも、病気のことは明かさない。
明かしたくないと、強く思っている。
理由も同じだ。
ただ、古泉の言う通りだとも思っていた。
ハルヒが俺の病気のことを知ったら、治ればいいと、それどころか、そんな病気がなくなればいいとさえ、思ってくれる可能性はある。
そうなれば、どれだけの人が助かるかも分からんし、俺だって、視覚を失わずに済む。
治らなかったとしても、ハルヒはハルヒなりに、俺のことを考えてくれるだろうし、そうしてハルヒも加えて、SOS団で思い出を作らせてくれるに違いない。
それこそ、知らないままでするよりももっとずっと凄まじいことを――良くも悪くも――してくれるだろうと、思う。
それはそれでいいのかもしれないと、思わないでもないのだ。
それに、古泉がそんな風に俺のことを心配してくれることを、嬉しく思いもする。
それでも俺は、古泉の意見に頷けない。
目が治らなくてもいいとさえ、思っている。
古泉を繋ぎとめておけるなら、見えないままでいい。
古泉が俺に同情してくれて、側にいて、くれる、なら。
「……汚いな」
と呟きながら、うつ伏せになり、枕に顔を押し付けた。
汚い。
それくらい、なりふり構わず古泉を求めていると言えば響きはいいかも知れないが、実際には汚いとしか言いようがない。
身体的な不自由で繋ぎとめようとするなんて、と嗤いながら、目を閉じるとまぶたが冷たかった。
そうして、また夢を見た。
こんな状況だってのに、と言うべきか、それともこんな状況だからだろうか。
夢の俺は、古泉の部屋で、古泉のベッドで、古泉に押し倒されていた。
視界になんの光もない、真っ暗闇の中、そんな風にされることに恐怖を覚えたっていいはずだってのに、夢の俺はおかしなくらい安心していた。
本当に信じきっているというのは、こういうことなのかもしれない。
古泉も、それを分かっているということなのか、馬鹿丁寧に予告することもなく、好き勝手に触れてくる。
額から始まり、頬へ、鼻先へと落とされた唇が、ふわりと自分のそれに触れると、それだけで胸の中が熱くなる。
もっと欲しくて、薄く唇を開くと、笑いもせずに熱っぽい舌が触れ合う。
「…ん……っふ、ぁ…」
「気持ちよさそうな顔して…」
そう言っている古泉の声だって似たようなもんだ。
「お前、こそ…」
「気持ちいいですよ。…あなたに触れているだけでも、気持ちいいくらいなんです。キスなんてしたら、堪りませんよ」
「嘘吐け…」
そう笑いながら、俺は古泉の首に腕を絡め、キスをねだる。
「本当ですよ」
そう言った古泉の手が、俺のシャツにかかる。
「んっ……お前も、脱がせてやる…」
興奮に上ずった声で言いながら、俺は古泉の服を脱がせ始める。
見えないはずだってのに、手を伸ばせば、ボタンの位置はすぐに分かった。
それくらい、行為を重ねているのかと思うと恥ずかしくもあるのに、それが無性に幸せで、この夢が本当になればいいと、それだけでさえ、思った。
あらわになった胸板に顔を寄せて、軽く唇で触れると、古泉がくすぐったそうに笑った。
「くすぐったいですよ」
「お前だってするだろ」
「じゃあ、してあげます」
古泉は俺を抱きしめ、首筋に口付ける。
そのまま耳まで辿った舌に身をよじれば、逃さないとばかりに甘がみされた。
「ひ、ぅ…っ……」
「いくつになっても、うぶな反応ですね」
「う、るせ…っ」
「褒めてるんですよ。…可愛らしくて、愛しくて、なりません」
言いながらこぼした笑い声が耳をくすぐり、ぞくぞくとした快感が背中を這う。
「や…っ…ぁ…」
「何が嫌なんですか? まだちょっと触っただけですよ。そんなに気持ちいいんですか?」
「ぃ、い、から……っ、」
「いいから? 何?」
意地悪く聞かれて、夢の俺はよく嫌にならないものだと呆れもするが、それ以上に楽しんでいるのかもしれないと、どこか第三者的に思った。
「も、っと、ちゃんと、触れよ…っ、ばか…ぁ…!」
そう言うだけで、古泉が意地悪く、しかも楽しげに笑うのが見えた気がした。
「喜んで」
と告げながら、その大きな手の平が胸を撫で回す。
そのくせ焦らすように、敏感な突起は避けるのだから、意地が悪い。
これが本当に予知夢だとすると、こいつのこの嫌な――あるいは嫌らしい――ねちっこいセックスは変わらんということなんだろうか。
今からでも考え直すべきじゃないのか?
いや、考え直すなんてそんなことが出来るわけもないんだが。
「古泉…っ、ちゃんと、触れって、い、って、ん、のに…っ…」
夢の俺はと言うと既に泣きが入っている。
だが俺も、それが古泉に対して割と有効な手段だと分かっているから笑ったりするつもりは毛頭ない。
事実、古泉は気をよくした様子で、なだめるようなキスを寄越した後、
「どうして欲しいですか?」
と言いながら、やんわりと突起を抓んだ。
それだけでむず痒さに体が震えるってのに、長年の行為のせいか、すっかりいやらしい体にされた俺は、それだけでは足りないとばかりに、
「っ、優しく、舐め、て…」
と浅ましくもねだる。
言えば、望んだ通りにしてくれるところも変わらないらしく、古泉は楽しげに舌を這わせた。
滑った舌の感触も、煽るように時折触れる歯の感触も、愛しくて、気持ちいい。
「吸って…っ、痛い、くらい、強く…ぅ…っ、あぁ…!」
望むままに与えられる快感は、もどかしいくらいで、そのくせ、キャパシティをオーバーしそうなくらい強くも感じられる。
おかしくなりそうなほど気持ちいいのに、もっと先が欲しいとねだる。
古泉も、誘うようにそっと体を撫で回す。
それに誘われて、夢の俺はいやらしくねだった。
「もっと、触って、…撫で、て…っ、気持ちよく、して…くれ…っ…」
「それは、好きにしろってことですか?」
「…焦らしすぎない程度で、な」
古泉が声を立てて笑ったのが分かった。
「分かりました。あなたのその素直さに免じて、今日は優しくしてあげますよ」
「…いつもだって、十分優しいだろ。優しすぎて、嫌になるくらいだ」
「お褒めの言葉をありがとうございます」
「褒めてねぇよ…」
軽口を叩きながらも、声が震えた。
古泉の手は、背中から腰にかけての曲線をなぞり、更に下へと降りていく。
意地悪く、一度太ももの辺りまで通り過ぎた手が戻ってくると、悦びに体が震えた。
「あぁ…、ん、なんか、も、だめだ…」
「何がです?」
「今日は、だめ、だ…って、こと…! ……っ、早く、欲しくて、おかしく、…ひぁっ…! …なり、そ…う……」
「嬉しいことを言ってくださいますね」
言いながら古泉は、いささか強引に脚を割り開く。
それだって、予告ひとつない。
いきなり脚を開かされれば、たとえ相手が古泉だと分かっていたとしても驚かされそうなもんだし、反射的に怯んだって仕方がないはずだってのに、夢の俺はむしろ嬉しがるように脚を開いた。
「今日は、寂しい思いでもさせてしまいましたか?」
「……」
小さく頷けば、優しく髪を撫でられ、膝頭へとむず痒いキスを落とされる。
「すみません」
「あや、まるなよ…っ…。お前が、俺に付き合って、こもりきりになる方が、嫌だ……って、言って、ん、だろ……」
「それでも、寂しがらせてしまったのは事実ですから」
すみません、と繰り返された言葉が、まるで愛を告げるそれのように思えた。
「い…から、その分、……今、欲しい、から…」
「…はい」
嬉しそうに言ってくれる方がずっといい。
多少意地が悪かろうが、甘ったるすぎて恥ずかしかろうが、構わん。
そう思えた。
滑った指が中に入ってくると、それだけでぞくぞくする。
慣らされた体は、本当に快楽に対して貪欲になれるものらしい。
「入り口はこんなにきついのに、中は柔らかいなんて」
「やぁ…っ、い、言うなぁ…!」
「指を入れられるだけで気持ちいい、ってのも凄いですよね。…好きですよ。それに、嬉しいです。あなたに悦んでもらえて」
「んっ…ぁ…っふ……」
ぞくぞくとした快感を高めようとするように、にちゃにちゃと濡れた音を立てながら指が入り込んでくる。
一本きりのそれは、空隙を埋めるには足りず、勝手に腰が揺れた。
それが二本に増えたところで、物足りなさに変わりはない。
三本になったと思ったら、感じたのは、古泉が欲しいと言うそのひとつきりで。
「は、やく…っ……挿れ、て…」
甘ったれた声を上げてねだれば、古泉は微笑んだ。
微笑みすら、見えた気がした。
少なくとも、感じられた。
幸せそうな、楽しそうな笑みが。
その笑みだけで、胸がいっぱいになりそうなものだというのに、夢の俺はどこまでもいやらしく求める。
「わら、って、ないで…」
「本当に、よく分かりますよね」
感心したように呟きながら、古泉が指を引き抜くと、寂しさにひくついた。
そこへ、熱いものが押し当てられて、今度は期待に震える。
「早く…っ……、も、我慢、出来ん、から…」
「ええ、僕もです。…入れますよ」
熱を持ち、かすれた囁きだけで、イくかと思ったほどの体は、古泉を飲み込みながら白濁を吐き出した。
「そんなに焦らしましたっけ?」
と言いながら、古泉はそれをすくい取り、舐める。
「なめ、るなって……」
「ああ、すみません。なんだかもったいなくて」
そう笑いながら古泉は、半ば萎えたものの、まだ硬さを保つ俺のそれを手の平で包み、
「動いても、大丈夫ですか?」
と聞いてきた。
返事はひとつきりしかない。
大きく腰を使う古泉に合わせるように、体は震え、勝手にしがみついていく。
「あっ、ぁ、…っ、やぁ…!」
「顔も、胸も、どこもかしこも、赤くなって…可愛らしいというより、艶めいていて、堪りませんね…」
どこか余裕の失せた声で言う古泉の方がよっぽど艶かしくていやらしい。
そう思いながら、しがみつけば、大きく腰を打ち付けられ、体の中に熱を感じた。
「は………ぁ…」
「疲れました?」
心配そうに聞いてくるのへ、
「そりゃな」
と返しながら、ベッドに身を投げ出せば、最初から用意していたのか、濡れタオルで体を拭われる。
冷たさが気持ちいい。
後始末というより、後戯としての意味合いの方が強そうなそれは、どこかまだ未練がましく体の上を撫でていく。
「ん……くすぐったいって…」
「すみません」
と笑いながら、古泉は俺の頬にキスをし、吐息がかかるほどの至近距離から俺を見つめて言った。
「…あなたの目が見えればいいのに」
ぽつりと呟かれた、その物悲しげな響きを、夢のではない、現実の俺はよく知っていた。
古泉とケンカしてしまったあの時の、あの、呟きと同じ色だと、分かった。
ずくりと胸が痛んだのは、俺の感覚であり、夢の俺の方は違ったんだろう。
「なんでだ?」
と事も無げに聞いたからな。
古泉は懐かしむような調子で、
「あらゆるものを優しく見つめる、あなたの瞳が、眼差しが、僕は本当に好きでしたから。あなたの瞳に惹きつけられたのだと言ってもいいほどに」
「…じゃあ、見えなくなったから、好きじゃなくなったか?」
本気でそう疑ってはいないのだろう。
夢の俺はからかうように、そう聞き返した。
古泉にも、それが軽口の類だと分かったのだろう。
軽やかに笑いながら、
「まさか」
と即答し、
「何一つ映さなくなった今も、あなたの瞳は綺麗ですよ。ずっと見つめていたいほどに。…それに、そのおかげで、僕は堂々とあなたを独り占め出来るんですからね」
と幸せそうに言って、抱きしめてくる。
「ばか。……目が見えたって、俺はお前のものだろ。お前が、俺のものなのと同じで」
そう、甘ったるく返して、俺は古泉に口付けた。

目を覚ました時、俺はどうしてか泣いていた。
悲しい夢なんかじゃなかった。
むしろ、幸せでならないような夢だった。
それならこれは、嬉し涙なんだろうか。
分からん。
だが、夢のおかげで覚悟は決まった。
古泉と、あらためて、ちゃんと話そう。
運良く、今日は休みで、ハルヒが気を使ってくれたのか、SOS団で何かするというような予定も入っていなかった。
だから俺は、身支度を整えると、まだ7時にもなっていないような早朝だってのに、古泉に電話を掛けた。
『もしもし』
返ってきた、どこか悄然とした声だけで、胸が痛んだ。
あるいは、切なくなった。
「俺、だ。…その、今から、そっち、行って、いい、か…?」
恐々伺いを立てれば、古泉はためらうようにしばらく黙っていたものの、
『…ええ、どうぞ』
と柔らかく言ってくれた。
これなら大丈夫そうだと思える声に、ほっとする。
「それじゃあ、本当にすぐに行くからな」
『はい。…寝癖が残っていても笑わないでくださいね』
などと言うくらいの余裕は取り戻してくれたらしい。
これなら、話し合いもちゃんと行くだろう。
安堵しながら、俺は古泉の部屋へと向かった。
迷いもためらいもなくインターフォンを鳴らせば、古泉がどこかばつの悪そうな笑みで迎えてくれた。
「おはようございます」
「おう。…悪いな、早くから」
「いいえ。…またいらしてもらえて、嬉しいです」
ほっとしたように笑う古泉を抱きしめたい衝動に駆られながら、ぐっと堪えたのは、今は話し合わなくてはならない時であり、今抱きつきでもしたらそのまま押し倒しちまいそうだったからでもある。
リビングのソファに向かい合わせに腰掛けて、俺は口を開いた。
「その……ハルヒたちに病気のことを言うか、っていうことなんだが、」
「はい」
神妙な顔で相槌を打つ古泉を見つめながら、俺は正直に言った。
「俺は…まだ、言いたくない」
「まだ、なんですね?」
揚げ足を取るような言い方だが、今回に限っては許してやろう。
実際、それでいいんだからな。
「ああ、まだ、だ。何せ、この目はいつまで見えるのか分からんからな。どれほど進行するか、いつ頃まで問題なく見えるのか、それが医者にすら分からん状態で、悪戯に心配は掛けたくないんだ。だから、のっぴきならないところに来るまで、黙っておきたい。……それじゃ、だめか?」
「…いえ、それで十分だと思います。僕の方こそ、すみませんでした。無神経なことを言って…」
「いい。…それから、だな、」
俺はむず痒さに顔をかきながら、それでも古泉を見つめたままで、
「…俺は、この目が治らないまま、失明してもいいと、本当にそう、思ってるんだ」
「そう…なんですか? 本当に?」
驚いたように言った古泉に、俺は赤くなりながら頷き、
「本当に失明しても、お前は…その、ずっと、俺の側にいてくれるんだろう?」
古泉は目を見開いた後、それから優しく目を細めた。
「はい」
「だったら、見えなくなってもいい。……むしろ、そうやってお前を束縛したいのかもしれない」
自分の中に確かに存在する汚い部分を搾り出すようにしてそう呟けば、そっと抱き締められた。
「あなたの目が見えるままでも、見えなくなっても、今更放せません」
それなら、放さずにおいて欲しい。
たとえこの目が見えても、見えなくなっても、変わらずにいて欲しい。
「そう、思ってましたよ。だから、あの時、言ったでしょう? あなたの目が見えても見えなくても、ある意味では関係ないと」
「……そういう意味だったのか?」
「ええ」
柔らかく微笑んで頷いた古泉は、少しだけ眉を寄せて、
「あの時は、あんな誤解を招くような言い方をしてしまってすみませんでした」
「いい」
「でも…」
「悪いと思うんだったら、……もう少し、このまま、抱き締めててくれ」
甘えたことを言う俺に、古泉は本当に幸せそうな顔をして唇を寄せ、
「愛してます」
と囁いた。


いつか、本当に視力を失っても、光は消えない。
眩しい笑みも。
手で触れて、形を確かめてみなくても、それだけは確かに、見える。
そうして、いつまででも、幸せは続いていく。