大したことないですがエロを含みます
微エロです
あとなんか乙女警報←

なお、原案は「偽造愛+S」の麻宮さんです














































近頃、俺は花の名前に詳しくなった。
だからと言って花に興味を持ったとか、園芸部に入ったとか、そういうわけじゃない。
ただ、花が目に入るからだ。
目に入れば、その花が一体どういう花なのか気になって調べるというのも、おかしなことじゃないだろう?
そういうわけで、俺は花の名前と――少々乙女チックな気がしないでもないのだが――花言葉にまで詳しくなっている。
さて、それでなんで花が目に入るかと言うと、これまた単純な理由だ。
古泉が落とすから、という、ただそれだけである。
しかし、分からないのはその原理だ。
古泉は確かに、花を背負って登場したところで違和感がないような美形かも分からんが、現実に花を背負っていたならそれはただの変質者に過ぎないだろうし、第一そこまで意味のないことをするほど、あいつも暇じゃないはずだ。
しかし、花は落ちている。
あいつの通った後に点々と落ちていることもあれば、あいつが座っていた場所にこんもりと積もっていることもある。
その、本当に花の部分だけで、茎なんてありやしない花を拾い上げるのが、最近の俺の習慣になっていた。
最初のうちは、それが俺の目にしか見えないということに、なかなか気がつけなかった。
幻覚とは思えないほどそれはリアルで、しかも手で触れられるのだ。
それでどうして、俺にしか見えないと思う?
「これ、なんなんだ?」
と俺が首をひねりながら拾い上げた花を見せると、ハルヒは怪訝な顔をして、
「別に何もないじゃない。あんた、疲れてんの?」
と言われちまったことで、それが俺にしか見えないと知った時のショックはなかなか大きかった。
今だって、自分の頭がおかしくなっちまったのかと思えるくらいだ。
実際、理由は分からん。
幻覚を見るほど俺がおかしくなったのか、それとも俺に何か特殊な能力が芽生えたのかというのもよく分からん。
あるいは、特殊能力に目覚めたのは俺ではなく、古泉の方だという可能性も十分にある。
ともあれ、俺は毎日花を見つけ、見つけた以上、放っておくことも出来かねて、ついつい拾うようになっている。
その花は、日によって違う。
日によって、赤いバラであったり、チューリップであったり、色とりどりのペチュニアであったり、それこそ変化は激しいと言っていいほどだ。
珍しいところでは青いバラであった時もある。
花の種類の変化が、古泉の精神状態をあらわしているようだと気付いたのは、どれくらい前だったろうか。
一喜一憂するそのたびに、こぼれる花が違っていた。
それを知ってから、古泉が何を考えているのか読み取りやすくなったのはよかったが、溜まっていく花をどうすればいいのかという懸案事項は徐々に重みを増すばかりである。
持って帰った花によって埋め尽くされた俺の部屋は、花を掻き分けなければどこに何があるか分からず、眠る時も花に埋もれて寝る始末だ。
花に香りがないのが幸いで、埋もれたところで息苦しくなるわけでもないのだが、そろそろ寝心地が悪くなってきた。
しかし、花は香りがないのに、古泉はいい匂いがするってのはどういうことなんだろうな?
古泉は、思わず近づきたくなってしまうような、甘くて優しい匂いがいつもしていた。
何かつけているのかと聞いてみたこともあったが、特に何もという返事が返ってきただけだった。
本当にそうなのかはよく分からんが。
とにかく、花は落とされる。
こぼれ落ちていく。
おそらく、古泉の感情が揺れ動いた時に落ちるのだろう。
よく落ちている日もあれば、特に見当たらない日も、極々稀にだが存在する。
ところが、ここしばらく、その発見頻度が上がってきており、しかもなにやらおかしなことになりかかっているようだった。
パンジーやオシロイバナなんて、メジャーで、その辺に落ちていたところで園芸部が何かしていて落っことしたんだろうかとでも思っていた花から始まったそれは、最近になってなにやら少々不穏な雰囲気を持ち始めていた。
ジギタリスならまだよかった。
一応観賞用の花だし、持っている効果も漢方薬レベルで済む。
ただ、同じ紫色の花でも、天然毒としてはフグ毒に次ぐと有名なトリカブトとなると、流石にどうかと思った。
この花に触れられるのは俺だけであるらしい以上、これで殺せるのは俺だけだろう。
古泉はそんなに嫌なことでもあるのかね。
それとも、俺を殺したいとでも?
…分からんな。
拾い上げたその花を、思わず眉を寄せながら見つめ、
「…物騒だな」
と呟いても、俺以外にその花は見えない。
「どうかしましたか?」
花をこぼした張本人が怪訝な顔をするのへ、俺は軽くため息を吐き、
「なんでもない」
と言いつつ、その花をかばんの中に滑り込ませた。
とはいえ、このまま放っておいてはならないような気もする。
この花がなんらかの警告だというのなら、トリカブトなんて出てきた段階でもう随分と切羽詰ってるってことじゃないのか?
そう思った俺は、ハルヒたち三人と別れた後で、古泉を呼び止めた。
「お前、今日は暇か?」
「え?」
俺からそんな風に声をかけたことがろくにないからだろう。
古泉は驚きを露にして俺を見た。
本当に驚いたらしく、花がこぼれる余裕もない。
珍しい反応をじっくり見つめていると、我に返ったらしい古泉が、
「時間はありますが……どうかしましたか?」
「ちょっとな。悪いが、うちまで来てくれ」
「あなたの家に、ですか?」
渋るような声と共に、古泉の顔が苦いものになる。
そのくせ、花は零れ落ちるのだ。
淡いピンク色をしたアザレアの花を、こっそり拾い上げながら、俺は言う。
「嫌か?」
「必要性が分かりませんね。どうしたって言うんです?」
いくらか刺々しい言葉。
そのくせ花はこぼれてく。
痛みそのままのような、刺々しい形をした、トリトマの花。
そんなマイナーな花の名前を覚えたのも、こいつが何度も繰り返し落とすからだ。
それも、酷く意味ありげに。
「お前と話したいことがあるんだよ。それとも、それも出来んくらい忙しいのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
戸惑う古泉に、これ以上の押し問答は無駄だと決めた俺は、
「じゃあ、ついて来い」
と背を向けて、歩き出した。
古泉はちゃんと俺についてきた。
まだ訝しんでいるようだが、ついて来るだけいいってことだろう。
ほっとしながら古泉を連れて帰り、邪魔が入らないよう、俺の部屋に入れた。
俺からすると花だらけでどうしようもない部屋なのだが、やはり古泉には見えていないらしく、花の中に埋もれるように座った。
何から切り出そうか、と考えていた俺だったのだが、
「用件があるなら、早く済ませていただけますか」
と硬い声で言われて、
「ああ、すまん」
と反射的に謝った。
かすかに震えた古泉から、また毒花がこぼれる。
夾竹桃。
トリカブト。
インパチェンス。
鈴蘭。
何がそんなに苦しいんだと聞きたくなるほどに、次から次へと零れ落ちていく。
種類がころころ変わるのは、古泉が混乱しているからなんだろうか。
首をひねりながら、
「…最近、忙しいのか?」
「あなたには、関係ないでしょう?」
「関係ならあるだろ。それとも、ないってのか? 毎日のように顔を突き合わせてるってのに」
「……それだけでしょう。僕とあなたの関係性なんて」
「鬱陶しいんだよ。真正面で疲れた顔をされてると」
「してません。あなたの気のせいでは?」
「気のせいじゃない」
「どうして、断言出来るんです? 僕のことを詳しく知っているわけでもないでしょうに」
花がこぼれていく。
血のように赤い花が、種類も何も関係なく、ただただ赤い花が溢れていく。
「大体、」
と古泉は俺を睨むようにして言った。
「僕が忙しくして、疲れていたところで、あなたには関係ありません。僕のことを気にするくらいなら、涼宮さんの機嫌をよくするように努めていただきたいところです」
赤い花に毒花が混ざる。
苦しげに、辛そうに。
それなのに、古泉の表情はいつもと大して違わないのだ。
作り笑顔に、ほんの少しだけ嫌悪が滲むだけで。
俺は、手の届く範囲に落ちた花を拾い上げながら、思う。
この花が、たとえ毒花であっても、憎しみによるものでなければいい。
そうして、時折混ざるバラの花が、一番ストレートな思いの表れならば嬉しいとさえ、思った。
俺は、指先で花を弄びながら聞く。
「お前、ハルヒのことは嫌いか?」
「あなたよりは嫌いじゃありませんよ」
俺のことは嫌いだと言うようなことを言いながら、とめどなく花をこぼす。
こいつはいつもこうだ。
俺に嫌われようとでもしているのか、棘のある言葉やいやみったらしい言葉ばかり選ぶ。
そのくせ、花はこぼれていくのだ。
何か別のことを伝えようとするかのように。
俺は苦笑しながら古泉を見つめ、
「言うほど嫌いじゃないくせに」
「……何ですって?」
困惑する古泉に、俺は口を笑みの形に歪めながらはっきりと告げてやる。
「ハルヒのことも、俺のことも、嫌ってないだろ」
「っ……」
図星を指されたことで、古泉の表情から余裕が失せる。
作り笑いでない、本気であせっているような表情に感じる感情は、多分、こいつの落とす赤いバラと同じ意味を持っているのだろう。
「俺も別に、お前のことは嫌いじゃない」
「――それだけ分かるのに、肝心なところは気づいてくださらないんですね」
「は?」
いきなり憎らしげな声になったことに戸惑っていると、その油断を突くように、古泉に押し倒された。
背中で花がつぶれる気配がしたが、変形したり潰れて汁が出たりはしないので、とりあえずそれには目をつぶろう。
それより問題なのは目の前の古泉である。
「古泉…!?」
お前いきなり何するんだ!?
「これでもまだ、そんな強がりが言えるんですか?」
言いながら、古泉は俺を押さえつける。
俺に危機感を抱かせようとでもするように、俺のネクタイを解いた。
その目が、冗談ではなく本気だと言うように熱っぽく俺を見つめる。
そうして、堪りかねたように唇を寄せられ、俺のそれと重なった。
こぼれ落ちる、ピンクの胡蝶蘭や赤いバラ。
苦しげに歪む古泉の顔。
それを見て、まだ真意に気づけないほど、俺は愚かしくはないつもりだ。
逆に自惚れてもないと思いたい。
そうして、わざわざ考えるまでもなく、俺の答えもはっきりしている。
部屋いっぱいに埋め尽くす花を拾って帰り、後生大事に取っているんだ。
その時点で分かりきってるってもんだろう?
「嫌われようとしたって、無駄だぞ」
「っ、何、言って……」
戸惑う古泉に、俺は自然と微笑んでいた。
胸の中から溢れてくる感情そのままに、
「お前が口でなんと言ったって、本当はそうじゃないってことくらい、お見通しだ。それに、お前が何かしたって無駄なくらい、……俺もお前が好きなんだからな」
今度こそ、古泉の目は驚愕に見開かれた。
「う…そ……でしょう…?」
震える声の、常にない自信のなさには笑ってやるしかない。
「本当だ。…お前こそ、そうなんだろ?」
「僕……は…」
苦しそうに言葉を詰まらせた古泉とは対照的に、花はさっきよりも溢れていく。
赤いバラもピンクの胡蝶蘭も意味は近しい。
他の花にしても、多くが告げているのは強い愛情であり、苦しい胸の内だ。
どうせなら、白いバラでもくれればいい。
『私はあなたにふさわしい』なんて、自信過剰じゃないかってくらいの言葉をくれ。
「お前にも立場とかがあるんだろ? 言えないなら、言わなくていい。…ちゃんと、もらってるからな」
「え……?」
まだ困惑している古泉の手が緩んでいるのをいいことに、俺は自分から手を伸ばして古泉の頭を引き寄せた。
重ねた唇が、それだけで心地好い。
「好き……だ…」
俺には花を出すような芸当は出来ない。
何より、俺だけでも言葉で告げたいと思ったから、繰り返し何度もそれを告げた。
キスの合間に挟まる言葉のたびに、キスは深まっていく。
「僕は、我慢していたのに」
泣きそうな顔をして古泉が言う。
「してたな」
そりゃもう呆れるくらい。
「なのに、どうして気づいたりしたんですか」
「……どうしてだろうな?」
分かっちまったもんは仕方ないとでも思ってくれ。
おかしな幻覚のせいだなんて言えるか。
「酷い人ですね…」
「それに惚れたのは誰だ?」
「……」
それにすら答えられないとでも言うように、古泉は言葉を途切れさせ、俺に口付ける。
「俺が酷いって言うなら、責任くらいまとめて取ってやる。…だから……」
頷いた古泉は、誓うように俺にキスをよこす。
「ぁ……ん、古泉…好き……」
苦しそうな顔をしながら、古泉の手は俺の制服を緩め、素肌に直接触れてくる。
溢れた花が降り積もる。
際限なく降り積む花に埋もれて、俺は古泉を知った。
言葉はなくても、言葉にならないほど俺のことを愛してくれているのだと思えた。
そう思うと、らしくもなく、泣けた。
花に埋もれて、男に抱かれて、それで泣くってどんなだよ。
少女マンガでもハーレクインロマンスでもないってのにな。
疲れ果てた俺を抱き締めて、古泉が囁く。
「大丈夫ですか…?」
「う……ああ、まあな。…流石に、疲れたが」
「すみません」
「謝るなって」
あと、そんな落ち込んだ顔もやめてくれ。
まるで俺が被害者でお前が加害者みたいじゃないか。
「……似たようなものじゃないですか」
「古泉、」
自虐的な物言いを咎めようとした俺に、古泉は小さく笑って首を振った。
「このままだと、そうでしょう? …だから、言わせてください」
抱き締める腕に力が込められる。
まるで縋りつくようなそれに気を取られていると、古泉が本当に小さな声で、
「…好き、です……」
と囁いた。
その瞬間、辺りを埋め尽くしていた花がほろほろと崩れ始めた。
細かな光の粒になって消えて行くそれを呆然と見つめていると、古泉が怪訝な顔をする。
「どうしたんですか?」
「いや……」
どう答えたものか、と思いながら俺は古泉の肩に頭を埋め、
「……嬉しくて、聞き間違いかと、思った」
でも、本当なんだよな。
だから、あの花も、役目を終えて消えたんだろ?
「聞き間違いなんかじゃありませんよ。……あなたが、好きです」
一度口にしてしまえば平気になったとでも言うのか、古泉は繰り返し何度もその言葉をくれた。
それこそ、俺が恥かしくなって、もういいと言い出すほどに。

それでも、俺は時々花を拾って帰る。
口に出来ない場所で、古泉が俺を好きだと思うたびに、やはり花はこぼれるらしい。
付き合いはじめてしばらくして気がついたのだが、この花は俺が口付けても消えていくものらしい。
だから俺は、花を拾って帰る。
拾い集めて帰る。
場合によっては、9組の古泉の席まで押しかけて、古泉が授業中なんかにまで俺を思ってくれた回数の分だけの花を拾い集める。
カバンを膨らませないのが不思議なほど沢山の花を抱えて自室にこもり、自分の気持ちが届くように祈りながら、沢山の花に口付けるのが、俺の新しい習慣になった。