エロです
あと微妙に残酷表現?
色々と注意しつつ、読みたい人のみ読んでください

















































お狐様の狼狽



危ない目に遭う、とお兄さんに警告された数日後、僕は実際危ない目に遭っていた。
街を歩いていたら、いきなり知らない連中に声を掛けられたのだ。
見るからに危なそうな、若くて考えの浅そうな集団は、目に知性の色の欠片もない。
しかも、声を掛けられただけならまだしも、そいつらは僕が「古泉一樹」であることを確かめるなり僕を捕まえようとしてきた。
余計な怨みを買った記憶はないから、金に雇われたか何かだろうか。
そうであっても不思議がないような、ヤバそうな連中だった。
襲撃されることを久しぶりだなんて思う余裕があったのは、そこが歩き慣れない街ではなく、よく知った街だったからかもしれない。
知り尽くした路地を走って逃げながら、考える。
銃声は聞こえてこないから、今回は銃を使わないつもりなのだろう。
代わりに、人数が多い上に、案外素早い。
ただ、どこか組織力に欠ける、ばらばらな動きは、適当に集めた人間の塊でしかないように思えた。
これなら、大丈夫だろうか。
逃げ切れるだろうか。
と思ったのだけれど、残念ながら、相手にも土地鑑があったらしい。
「見つけたぞ!」
と目の前に立ちはだかるのは、ちゃらちゃらした、しかし危ない目つきをした若い男だった。
年は…僕くらいだろうか。
多少年上かも知れない。
逃げ道を見出せないまま、背後から追いかけてきたやつらに取り囲まれる。
どうしたものか。
ある程度の護身術は身につけているけれど、多勢に無勢もいいところだし、相手はナイフまで持っている。
ここでもし僕が怪我をさせられたり、挙句の果てに殺されても、ケンカかカツアゲの行き過ぎと言うことになるに違いない。
僕を狙ってくる連中のパターンからすると、このまま殺される可能性もある。
殺されずに連れ去られる方が困るかもしれない。
拷問でもされたら、苦しそうだ。
「何か御用ですか?」
呼吸を整えながらそう聞いてみた。
「ああ」
にたにたと下卑た笑いを浮かべた男が、ナイフを光らせながら一歩足を踏み出してきた。
「ちょっと怪我をしてもらいてぇだけだ。で、その後ちょっと付き合ってもらおうか」
「困りましたね。ちょっとで済むとは思えませんし、僕としても、痛いことは好きではないので」
にこやかに返せば、相手は余計に苛立ったようだった。
こういう物言いが癖になっているにしても、まずったかな。
挑発的過ぎたかもしれない。
「ムカつくんだよ」
分かりやすく顔を歪めたそいつが、ナイフを振りかざしながらこちらへ走ってくるのを見て、反射的に持っていたカバンを掲げ、身を守ろうとしたが、そいつはいくらか頭も回るやつだったらしい。
庇った上体ではなく、僕の腿を刺した。
ワンテンポ遅れて自覚する、焼けるような痛みに顔が歪む。
「っ…」
「今度はどこがいい?」
一生したくないリクエストだ、と思いながら、血に濡れたナイフを見たところで、それが大きく弾き飛ばされた。
同時に現れた人影に、僕も他の連中も目を見開く。
「てめぇらっ、一樹に何してやがる!!」
という、耳慣れた怒声が聞こえてきた。
見たこともないほど激しい怒りを露わにするお兄さんの足の下に、さっきまでナイフを手に襲い掛かろうとしていた男がいた。
「お…にいさん……?」
「――っ、呼べって言ったろうが、この馬鹿っ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るお兄さんは、怒りに任せて足の下でもがく男を一息に踏み殺そうとでもしたのだろうけれど、
「ま、待ってくださいっ!」
と叫んでなんとか止めた。
ギリギリのところでなんとか足を止めてくれたお兄さんはこちらを見て、
「なんだよ。お前が殺りたいのか?」
そんな怖いこと言わないでください。
「お願いですから、殺さないでください」
「お前な……」
呆れたように言ったお兄さんだったけれど、僕を見つめてため息を吐くと、
「分かったよ」
と呟いた。
その足が、男の上に振り下ろされたが、殺しはしなかったらしい。
ただ、口から吐き出された吐瀉物にその蹴りの激しさが伝わる。
「お前はほんとに甘いよな」
独り言のようにそう呟いたお兄さんだったが、僕に目を向けると、
「ジジィの術が切れたせいで、お前が呼ばなきゃなかなか気付けねぇんだから、ちゃんと呼べ。…呼べって、そう、ちゃんと言っただろうが」
とどこか恨みがましく言った。
「すみません…気が動転してしまって……」
「阿呆」
毒づくように言いながら、お兄さんは周りで硬直していた襲撃者達を見回した。
「……さて、殺すなってことだから、命だけは助けてやろう。一樹の慈悲深さに感謝しろよ」
その口から、人としては長過ぎる舌がのぞき、べろりと舌なめずりする様は、それだけでもホラー映画のようだ。
実際、お兄さんは彼らを「死んだ方がマシ」という目に遭わせていた。
いっそあっさり殺してやった方がよかったんじゃないかと、僕の倫理観が歪みそうになるほどの大惨事だったのだけれども。
……ええと、これって僕が止めたりしたせいなんでしょうか。
ともあれ、お兄さんは襲撃者を一掃すると、それからやっと僕のところに戻ってきてくれた。
僕は刺された足が痛むので素直に座っていたのだけれど、出血量が案外危ないところまで来ているかもしれない。
一応手で押さえて止血は試みていたが、手が血みどろになるばかりで効果があったとも思えない。
「すまん、先に治しときゃよかったな。そこまで気が回らなかった」
心配そうに言いながらしゃがみこんだお兄さんは、傷の上に手をかざした。
それだけで、傷が熱を持ち、痛みが走る。
「っ…」
「少し我慢してくれ。すぐに治るから」
その言葉は嘘ではなかった。
お兄さんが手をかざしているだけで、傷口はまるで早送りの映像のように塞がっていく。
失われた血液も戻ったようだ。
「ありがとうございます…」
人心地がついた気持ちになりながらも、この血だらけの制服をどうしようかと考えていると、お兄さんの体がぐらりと傾いだ。
「お兄さん!?」
慌てて助け起こした体は、奇妙なほどに軽かった。
「…ちく、しょ……。力が、足りん…」
かすかな唸り声が聞こえた、と思うと、すぐにお兄さんの姿が消え失せた。
残された僕は呆然とするしかない。
…いえ、そんな場合じゃないとは思うんですが、一瞬何が起きたのか理解出来なかったんです。
それでも慌てて立ち上がると、もう痛みもしない脚で走り、その場から離れた。
通報他、後の始末は機関がなんとかしてくれるだろう。
それより、お兄さんのことが心配でならなかった。
お兄さんがどこに行ったのか、知っていたわけじゃない。
でも僕は、確信めいたものを持って、自分の部屋へと走った。
それこそ、全速力で。
血だらけの制服姿で走る僕はかなり目立ったことだろう。
僕だとばれないことを祈りたい。
慌てて部屋に駆け戻った僕は、これでお兄さんがいなかったらどこを探せばいいんだろうと思いながら家に飛び込んだ。
玄関にお兄さんの靴はない。
でも、お兄さんならそんなことは関係ないだろうと思うと、案の定、お兄さんはいてくれた。
ベッドにぐったりと横になったその体は、人の姿すら保てていない。
耳と尾が出ているばかりか、顔も狐のそれに戻りつつあった。
「お兄さん、気分は…」
「いつ、き…ああ、大丈夫だったんだな」
ほっとしたように笑ってくれる、その笑顔が痛々しくて、思わず顔を歪めた。
「無理しないでください。力が、足りないんでしょう?」
「う……油断、した…」
思えば、このところあまり精を吸われた記憶がなかった。
それくらい、平穏だったとも言えるけれど、平和ボケし過ぎていたのかも知れない。
「…ごめんなさい」
油断していたことと、お兄さんを呼ばなかったこととが、本当に申し訳なくてたまらない。
謝って、とりあえず精を、と思った僕がお兄さんの唇に自分のそれを近づけようとしたところで、お兄さんが頭を振った。
「っ、今は、だめだ…っ」
「お兄さん…? でも、そうしないとお兄さんが……」
「今、んなことされたら、食い殺しかねんから…」
それなら、稲荷寿司でも用意したらいいんだろうか。
しかし、そんな時間があるとも思えない。
だから、僕は、
「いいです」
「…は……?」
戸惑うように、苦しげな目をこちらに向けるお兄さんに、僕はもう一度はっきりと告げる。
「お兄さんになら、食い殺されたって構いません」
「なっ……!?」
その大きく見開かれた瞳を見つめて、僕は続ける。
「お兄さんには理解出来ないかもしれませんけど、僕は本当にお兄さんのことが好きなんです。だから……僕を守ったせいでお兄さんが弱ったり、お兄さんに何かあるくらいなら、僕は、お兄さんに食い殺されても、お兄さんの一部になれる方が、ずっといい」
驚いて言葉も出なくなっているらしいお兄さんを抱き締めて、口付ける。
狐の顔では、唇を合わせることもままならないけれど、触れ合わせるだけで、体から力が抜け出ていくのが分かった。
「っ、だめ、だ…っ! やめろ…!」
「抵抗出来るだけの力もなくなってるのに、何言ってるんですか」
弱々しく振り上げられた手を掴んで、もう一度口付ける。
これが最後になってしまうのなら、どこもかしこも味わいたい。
そう思う程度には、僕も貪欲であるらしい。
抵抗出来ないお兄さんを押さえつけて、その耳を食み、牙を舐め、首筋をたどる。
「ぅ、あ……っ、ん…」
時折お兄さんの口から漏れるかすかな喘ぎに、熱が頭をもたげ始める。
鎖骨をなぞり、胸の突起をかじり、肋骨を撫でると、お兄さんが体を捩る。
徐々に抵抗が強まってきているということは、少しずつでも力が回復しているということなんだろうか。
そのことにほっとしながら、僕は愛撫を続けた。
お兄さんにしてみれば、これだってただの食事に過ぎないのだろうけれど、僕にとってはお兄さんが好きだからしたくなる行為だし、命を捧げるような行為ですらある。
指先も、足首も、膝も、熱を持った芯も震える後孔さえも残すことなく、しつこいと罵られそうなほどにその肌を味わった。
その時には僕の力も随分と吸い取られたらしく、段々と自分の意識が薄くなりつつあるのを感じながらも、僕はそれをやめなかった。
むしろ、歓喜すら感じていたように思う。
お兄さんのために、命を使えるなら、それは光栄と言っていいほどのことであり、至上の喜びにすら思えた。
だから、
「やめろ…っ」
いくらか力を取り戻したお兄さんが、それでもまだ苦しそうに言って僕を突き飛ばそうとしても、やめなかった。
「やめられません。お兄さんだって、まだ回復してないでしょう?」
「十分もらった、から、だから…っもう、いいんだ、頼むから…」
その目が潤んでいるのは、さっきからの行為のせいであり、生理的なものに過ぎないのだろう。
それでも、そんな風に言われると、いくらか心が揺らぎそうになった。
でも、やめない。
「残さず全部、食べてしまってください」
笑顔で、満面の笑みで、心から言ったのに、お兄さんの顔は悲しげに歪む。
優しすぎる。
人間らしすぎる。
お兄さんは狐で、だから、僕の本当の気持ちなんて理解もしてくれないのに。
「……愛してます」
答えてもらえないどころか通じもしないと分かっている言葉を囁くことの虚しさに封をして、僕はいくらか強引にお兄さんの脚を割り開き、その奥へと押し入った。
「ひあ、ぁ、…っ、や…、やめ…!」
やめろ、と言いながらお兄さんの体は歓喜に染まる。
上気した頬も、昂ぶった花芯も、酷く魅力的で。
人生の最後に見られるのがお兄さんのこんな姿なら、悪くないとさえ思えた。
「愛してます」
壊れたように僕は虚しい言葉を囁き続ける。
それすら、お兄さんの嬌声に紛れて、掻き消される。
どうかこの言葉の一片でも、お兄さんに届けばいいと思いながら、腰を使うと、
「あっ、あ、一樹…っ、…き…、…から…」
お兄さんが僕の名前を呼んでくれた。
そればかりか、僕の体をきつく抱き締める。
これでもう本当に悔いはないとさえ思ったその時、不思議な感覚が訪れた。
柔らかく暖かな空気の塊に包まれるような、体の中にまでそれが流れ込んでくるような感覚、と言えばいくらかは通じるかもしれないけれど、うまく言い表せているのかは分からない。
それは酷く気持ちよくて、けれど行為の気持ちよさとは全くベクトルの違うものに思え、戸惑った。
「これ…は……」
当惑する僕を、お兄さんが遠慮の欠片もなく締め付ける。
「もう、大丈夫、だから……食い殺さなくて、済む、から……早く…っ、欲しい…!」
熱っぽく、掠れた声で求められて、ぞくりとした。
覗き込んだお兄さんの目は人のそれに戻ってはいたけれど、いつになく熱を帯びてとろりとし、それだけで体温が跳ね上がりそうになる。
「なぁ、早く…」
「分かり、ました…っ」
余裕なんて完全に失せて、それこそ僕の方がよっぽどただの獣のようになった。

後始末を終えても、お兄さんはむっつりと黙り込んだまま何も言ってはくれなかった。
疲れているのかと思ったけれど、それにしては何かおかしい。
真っ赤な顔をして布団に包まり、僕には聞き取れないほどの小さな声で何かをぶつぶつと呟き続けている。
「…お兄さん?」
流石に心配になってきて声を掛けると、お兄さんの体がびくりと跳ねた。
やっぱり、あんなことをしてしまったから、怖がられてしまうんだろうか。
嫌われてしまったんだろうか。
「すみません、強姦みたいにしてしまって……怖くもなりますよね」
ごめんなさい、と頭を下げた僕に、お兄さんはやはりまだ赤い顔のままで、もごもごと口ごもるように、
「い、いや…、そうじゃないと、俺の方がしばらく動けなくなってただろうから、いい。というか、俺がお前なんかを怖く思うわけないだろうが!」
後半、むきになったように反論するお兄さんに、ほっとした。
これでこそお兄さんだ。
「本当に、もう大丈夫なんですね?」
確かめるために問えば、
「…ああ」
顔の半分を布団に埋めながらも、お兄さんは頷いてくれた。
「でも……あれは一体なんだったんですか?」
あれというのは、行為の最中に感じた、あの不思議な感覚のことだ。
体を離すまでずっと続いたあれが、ただの錯覚だなんて言われても納得は出来ない。
お兄さんはしばらく悩むように視線をさ迷わせていたけれど、ややあって、
「……こうかん」
とぽつりと呟くように言った。
「こうかん……?」
首を傾げる僕に、お兄さんはまるで自棄にでもなったみたいに、
「交感だっ! 気の交感!!」
と叫んだけれど、意味が分からない。
「それは一体どういうことなんですか?」
ううう、とお兄さんはしばらく唸っていた。
本当に大丈夫なんだろうかと心配になったくらいだ。
でも、どうやら大丈夫なのは大丈夫なようで、
「…そういうことも、あるんだよ。一方的に精を吸われるとか、吸うとかじゃなくて、お互いに気を感じあい、分け合うようなことも」
と何故か落ち込んだ様子で言ったけれど、それはいいことじゃないんですか?
「だから僕も平気でいられるんですね」
むしろ、行為の前よりも体に気力が漲っているような気すらする。
それも、気の交感とやらの効果なんだろうか。
「そんなとこだ」
これで答えたとばかりにお兄さんは背を向けたけれど、僕にはまだ分からないことだらけだった。
どうしていきなりそんなことが出来たのかも分からないし、お兄さんの顔が赤くなったまま戻らないのも不思議だ。
でも、それを言ったら今度こそ喉を食い破るかどうかされそうな気配がしていたので、僕は諦めて大人しく布団に潜り、目を閉じた。