キョン失明ネタです
念のため言っておきますが、作中に出てくるような病は存在しません
モデルにしたものはありますが、いくらか変えさせていただいております
あと、正直詰め込みすぎですごめんなさい…orz











光は消えない



ハルヒに連れて行かれたデパートで、エレベータのボタンを押した俺は、習慣的にその横に浮き出たものを撫でた。
『うえ』
と読み取れるそれは、点字に他ならない。
それをきちんと読めることにほっとしながら、俺は安堵によるものではないため息を吐く。
「なによ、辛気臭いわね」
とハルヒに言われ、
「ああ、すまん」
反射的に返した俺を、心配そうにいくつかの目が見ていた。
あえて笑顔を浮かべながら、俺は答える。
「別に、大したことじゃない。月曜提出の課題を忘れてたことを思い出しちまってな」
「馬鹿ね。それくらい、帰ってちゃっちゃと片付ければいいのよ」
「全くだ」
ハルヒに同意を示しながらも、俺の胸は小さく疼く。
この世の中に、何一つ秘密を持たない人間が存在しないのならば、おそらく全人類共通の疼痛であろうそれを感じながら、俺は今日も、秘密を秘密のまま隠匿することを選んだ。
言ってしまえば、この疼痛からは解放されるのかもしれない。
だが、それによって何かが変わってしまうのは間違いないことだと、俺の不足がちな頭ですら予想出来る。
だから俺は、何も言わない。
言わなくていい。
今は必要のないことだ。
この秘密は、まだしばらく抱えておけばいい程度のものでしかない。
極個人的な問題だからな。
そこには、宇宙人も未来人も超能力者も神様も何も関係ない。
ただ、俺がそのように生まれたというだけの話である。
あまり一般には知られていないことだと思うが、年を取るにつれて段々と視野が狭くなっていき、やがては失明するという病が存在する。
原因はいまだによく分かっておらず、治療法も確立されていない。
かといって奇病というほど珍しいものではない。
遺伝的要因が強いのか、ある家系に多く出たりもする。
……俺にも、その要素が受け継がれていた。
発症がいつになるかは人それぞれなので一概には言えないのだが、高齢になってから発症する人もいれば、まだ幼いうちに発症し、人生の大半を光に乏しい世界で過ごすことになる人もあると言う。
発症してから、完全に全盲になるまでの期間もひとそれぞれで、数年のうちになる人もいれば、何十年とかかる人もあるという。
全盲までには至らない人もいる。
手術で治る人も、薬で治る人も、進行をとめられる人もいないわけじゃない。
そうは行かない人の方が多いようだが。
うちの家系だと、俺以外にも、俺の祖父がこの病を持っていた。
俺が生まれた頃にはまだいくらか光を感じられたようだったのだが、俺が物心のついた頃にはすでに失明していた。
俺が同じ因子を持っていると知った祖父の嘆きは半端ではなかったのだそうだが、俺の記憶には残っていない。
俺の記憶に残る祖父は、失明していてもなお強く、あれこれと新しいことにチャレンジするような人だった。
俺に対しても同情や申し訳のなさを感じる態度で接するということはなく、いつか使う日が来るかもしれないからと、点字を一緒に勉強させたりしていた。
だから俺は点字が読めるし、祖父の忠告に従って、道を歩きながら出来るだけしっかりと地理を頭に叩き込むことにしている。
店の並びや交差点の数はもとより、大体の歩数も頭に入れてあるから、人に道を聞かれると、相手を情報過多に陥れることになりがちなのが困りものだ。
点字にせよ、脳内地図にせよ、いつか使う日が来るかもしれない。
そんな日は一生来ないかもしれない。
来ないのが一番いい。
それは当然だ。
だが、来たとしてもそれはおとなしく受け入れるだけのことだ。
諦めるんじゃない。
逃げるんじゃない。
むしろ、受け入れることこそが、真正面からこの病に向き合うことだと思う。
光が感じられなくなることで見えてくるものもあると、祖父は口癖のように言っていた。
あるいは俺は、その新しい世界を見てみたいのかもしれない。
見えないことで知る、世界の美しさとやらを。

発症の予兆、あるいは初期症状とでも言ったらいいものが現れたのは、高校2年の初夏のことだった。
定期的に通っている眼科で、そう言われても、目の前が真っ暗になるような感覚は訪れなかった。
はあ、そうですか、と頷いただけだった。
いつか来ると言われていたそれが、案外早くやってきただけの話だ。
とはいえ、全くショックじゃなかったというわけでもない。
早かったな、と。
もう秒読みが始まるのか、と。
どこか遠くで思ったと言う程度には、ショックを受けていたらしい。
いざ発症となると、案外忙しくなるもので、俺は少しずつ身の回りの整理を始めた。
すぐに見えなくなるわけでもないのだが、どうせ見えなくなってしまうのなら、くだらないメモや人の目に触れさせたくなりものは見えるうちに処分しておくべきだろう。
見えるうちにじっくり見ておきたいというものもあった。
公的にも色々と申請しなくてはならないものなんかがあって、ばたばたしたりもした。
そうこうするうちに、初夏の涼やかな風は盛夏の熱風に変わり、過ごしやすいとは言いかねるような気候になったのだが、だと言うのに俺は、暇を見つけては自転車であちこち走り回るようになっていた。
理由は簡単で、単純さの余り、笑いたくなるほどである。
目が見えなくなったら、自転車には乗れない。
だから今のうちに乗っておきたかったという、ただそれだけだ。
そうして、吹き抜ける風やら、重いペダルの感触、背中を伝う汗まで、記憶に刻み付けておきたいと思った。
遠くに見える景色も、あまり変化はない。
昔からほんの少しずつ変化してきたものの、なじんできた景色であることに変わりはない。
それが、泣きたくなるほど綺麗で、美しいものに思えた。
勉強にも積極的になった。
本を読むことにも貪欲になった。
今しか出来ないとなれば、俺のような怠惰な人間であっても、案外必死に食いついていけるものであるらしい。
今日も今日とて、部室で本を読みながらオセロをしていると、古泉がなにやら心配そうな笑顔を作って言った。
「なんだか、最近お忙しそうですね」
「…まあな」
胸がかすかに疼く。
この期に及んでも、俺はまだ、両親以外の誰にも病気のことを明かしていない。
妹にすら、秘密にしている。
谷口や国木田は勿論のこと、SOS団の誰にも言っていない。
そのせいで、胸が痛んだ。
発症したといっても、まだ視野は大して狭まっていないし、以前と変わらない生活をおくれている。
この調子なら、高校在学中くらいはこのままでいけるんじゃないかという見込みだから余計に、俺は言わないままでいたいと思っていた。
気を遣われたくないというのが、かなりわがままなことであることくらい、分かっている。
実際俺のばあさんは、祖父がぎりぎりまでその病気のことを黙っていたことをかなり怒ったらしい。
はじめから知っていたら、もっと出来ることがあったのにと、いまだに悔やんでいる。
ただ、ばあさんには悪いのだが、俺には祖父の気持ちの方がよく分かった。
知られてしまえば、知らなかった頃には戻ってもらえない。
忘れてくれといっても、忘れてはもらえないだろう。
それなら、知らないままで、それまでと変わらずに過ごしたいと思うのだ。
改めて思い出を作るより、自然に生まれていく思い出の数々を、記憶に刻み込みたいと。
「お前がいつまで経っても上達しなくて退屈だから、平行作業してるんだろ」
と俺は古泉に嘘を吐く。
古泉は苦笑して、
「すみません」
と謝った。
別に謝らなくてもいいんだがな。
そう思いながら、俺は古泉の表情をも記憶する。
長門が本を読んでいる姿も、朝比奈さんの表情も、ハルヒのきらきらした瞳も、何もかも、全部。
可能な限り覚えておきたい。
いつかは忘れてしまうのかもしれないが、忘れたくない。
忘れないよう、強く記憶にとどめたい。
今の俺は、本当に欲張りで貪欲だ。
やりたいことが溢れている。
失明したら絶対に出来なくなってしまうことがあるなら、それまでにしておきたくて堪らないのだ。
全部やってやったぞと言う達成感を持って、新しい世界に行きたいとでも言ったらいいのだろうか。
だから、あれこれ画策している。
学校側に事情を話せる余裕が出来たら原付の免許を取って、あちこち走ってみたいとも思っているし、一人で行動出来るうちに、あえて一人きりでいろんな場所に行っておきたいとも思う。
知りたいことも多いし、見ておきたいことも多い。
一日一日が酷く短く思えるほどだ。
だらだらと眠ることさえ惜しく思える。
とにかく、やっておきたいことがいくらでもあった。
たとえば、目が見えなくなった時にどうやって生活するのかということも考えなくてはならないことだ。
必要最低限のところは調べればすぐに分かるし、知ってもいる。
だが、それ以外の部分――たとえばゲームなんかだな――では、自分で工夫する方法を考えなければならん。
本を読み、文字を目で追いながら、俺はオセロの石を手の中で転がして考える。
チェスや将棋は、記憶力さえきちんと働かせられたら、失明しても出来るだろう。
実際、そうしている人もいると聞く。
記憶力がいいとは言い難い俺では少々骨が折れそうだが、試みたいとも思う。
オセロは……どうだろうな。
記憶していけばなんとかなりそうな気もするが、あれこれひっくり返すのは混乱しそうな気もする。
なんとかして、白と黒を区別できるように工夫したらいいだろうか。
たとえば、片面に凹凸をつけるとかな。
他のはどうだろう、と古泉のボードゲーム置き場に目を転じ、首を傾げた。
…なんで必死で知恵を絞ってるんだ、と。
俺は別にボードゲームが好きなわけじゃない。
ただ、暇つぶしでやっているだけだ。
その証拠に、家では妹にねだられない限り、しやしねえ。
ここでだけ、この部室でだけだ。
それも相手は古泉だけで。
それなのにどうして、俺は失明してもまだする気でいるんだろうか。
高校の間くらいは、持つだろうと言う見込みなのに。
卒業すれば、ボードゲームなんて関係ないだろ。
そう思うと、胸の中がきしんだ。
疼痛とは違う痛みに、眉が寄る。
「…どうかしました?」
古泉が怪訝な顔をこちらに向けるのへ、
「…いや、なんでもない」
と返すが、それも嘘だ。
なんでもないわけがない。
きしきしと胸は痛むし、掴みきれない感覚に頭痛まで発生しそうですらある。
ゲームが出来たって、妹と遊ぶ気はない。
親父とするつもりもない。
するとしたら、やっぱり目の前にいるこいつだろう。
失明しても、俺はこいつとゲームがしたいのか?
それとも、失明しても、こいつと付き合っていくつもりでいるんだろうか。
それはおそらく、卒業後のことなのに。
分からんな、と思いながら、俺は盤上に石を置く。
それからぱちぱちと音を立てながら、石をひっくり返していく。
「これはまた、大量に取られてしまいましたね」
と笑った古泉は考え込むように手の平で石を弄び、もったいぶるようにそれを盤上に置いたが、さっきのは考え込むフリに過ぎず、実際には何も考えていなかったとでも思いたくなるような場所に置いた。
「お前、少しは考えろよ」
「考えたつもりなんですけど……」
「こんなところに置いたら、後で困るだろ。取れる石がなくなるぞ」
言いながらも、俺は容赦なく自分の手を進める。
古泉がいくらか情けない笑みを浮かべる、その笑みも記憶に刻む。
……ああそうだ、朝比奈さんのコスプレ写真コレクションもちゃんと消さないとな。
急いだことはないかもしれないが、忘れないようにせねば。
他にもやっておかなければならないことがある気が……そうだ、忘れてた。
「古泉、」
「はい? なんでしょうか」
「お前、今度の土曜、暇か?」
「え? ええ、予定はあいてますが……どうしました?」
不思議そうに聞いてくる古泉に、
「ちょっと付き合ってくれ。お前、自転車あったよな?」
「ありますよ。自転車で、どこまで?」
「それは当日決めたんでいいだろ」
そう言って俺は盤上に石を置き、このゲームを終わらせた。

古泉を誘って向かったのは、どこというわけでもないような場所だった。
ただ、自転車で思いつく限り走りに走って、疲れたら休憩をとる、というのを繰り返した。
古泉はそんな俺に、不思議そうな顔をしながらも文句は言わず、おとなしくついてきた。
何度目かの休憩で、やっと見慣れない風景になってきたところで、俺は古泉に聞いた。
「古泉、何が見える?」
「何がって……」
「説明してみてくれ。俺は聞いてるから」
そう言って目を閉じる。
俺がしたかったのは、こういうことだ。
例えば見たこともない景色が広がっている場所で、それを言葉で説明してもらって、自分がどの程度再現出来るのか、知っておきたかった。
気になる部分があるなら、どう聞けばいいのかと言うことも試してみたかったのだ。
それに古泉を誘ったのは、こいつが自転車を持っていて、かつ、立ち入ったことは聞かずに付き合ってくれるからであり、更に言うなら説明させるならこいつだろうと思う程度には、俺もこいつと一緒に過ごしてきたということである。
古泉は、やはりひっかかるものでもあったのかしばらく黙っていたが、やがて話し始めた。
「遠くには、なだらかな稜線を描く山が見えますね。夏らしく、濃い緑色が眩しいくらいで。空の色も濃くて、雲ひとつない青がとても輝いて見えます。山の手前に、街が見えます。ビルが目立ちますけど、所々には公園があって、白っぽい中に緑が映えますね。夜来れば、また全然違って見えるんでしょうけど」
「足元は?」
俺が聞くと、
「青々とした草の中に、ぽつぽつと白や水色や黄色の花があります。どれも華やかさはないのですが、とても健気に咲いていて、愛らしいですね」
「…お前は、この景色の中で何が一番気になる?」
「……」
古泉は答えなかった。
ただ、俺の肩に手が触れた。
「…古泉?」
「……あなたが、気になります」
「…は?」
驚いて目を開くと、思っていたよりも近くに古泉の顔があって更に驚かされた。
「最近、何かあったんでしょう?」
心配してくれているらしい瞳に、声に、それをしっかり記憶しようと努めながらも、胸がざわつく。
疼痛とも、きしみとも違う。
弾むように心臓が揺らぐ。
心配されていることが嬉しいのか、「秘密」に気づかれているらしいのに、誤魔化そうという気にはなれなかった。
手が震えた。
震えながら、俺は古泉の手を掴んだ。
握り締めた。
「…聞いて、くれるか?」
俺の口から出たのは、俺ですら予想していなかった言葉だった。
話すつもりなんてなかったくせに。
どうして、と戸惑いを感じながらも古泉が、
「僕でよければ、いくらでも」
と真剣に心配してくれているのを見ると、そうした方がいい、むしろそうすべきだと感じた。
古泉のその顔を、珍しいと感じた。
その顔も、覚えておきたい。
忘れたくない。
そう思いながら顔をしかめ、
「お前がいい」
自分でも驚くくらいはっきりと言っていた。
そうして気づかされる。
どうして、ボードゲームを失明しても続けたかったのか。
どうして、古泉をじっと見ていたのか。
どうして、今日、古泉を誘ったのか。
「お前じゃ、ないと…」
嫌だからだ。
お前じゃなければ話せないからだ。
その理由も、分かった。
ぼろりと涙がこぼれ、視界が歪む。
歪めたくないのに。
もっと、見ておきたい。
古泉の、いろんなところを見たいってのに、見られなく、なる、なんて…。
「あ、あの…っ!?」
戸惑いの声を上げる古泉にすがり付いて、泣きじゃくった。
発症を宣告されてから初めて泣いた。
初めて、失明することが悲しくて堪らなくなった。
泣きながら、切れ切れの、聞き取りづらい声と言葉で、俺は秘匿していたことを話した。
言ってしまえば疼痛はなくなるはずだったのに、痛みは消えない。
締め付けるように胸は痛み続ける。
苦しくて、切なくて、涙が止まらなくなった。
病気のことも、発症したことも伝えて、それでも胸が痛いから、俺は古泉に背中を撫で擦ってもらいながら、
「…好き、だ……」
と小さく呟いた。
ぴくりと古泉の体が震え、手が止まる。
それだけで、胸は更に激しく痛んだ。
言わなければよかったんだろうか。
そう思った俺を、古泉がきつく抱きしめる。
「こい、ず、み……?」
「……すみません、本当は、あなたの病気のことを、僕はとっくに知っていたんです」
「…だろう、な」
機関のことだから、そういうこともあるだろうとは思っていた。
「あなたが、黙っておくつもりのようだったから、僕も知らないふりを続けてきました。でも……あなたに何も出来ない自分が、歯痒くて、だから、今日、誘っていただけて、とても嬉しかったんです。今も、あなたがご自分から、病気のことを打ち明けてくださったことが嬉しいんです。ごめんなさい」
そう謝る古泉に、俺は首を振る。
それより、
「…んなこと、言ったら、き、期待する、ぞ……」
しゃくり上げながら言うと、古泉は小さく笑ったようだった。
柔らかな声が耳に流れ込んでくる。
「…最近、ね。色々と調べているんです。目が見えない人をどうサポートしたらいいのか、とか…あるいは、治療法がないのか、とか、色々と……」
「それ、は……」
「もちろん、あなたの病気のことを知ってからです。…いえ、違いますね。病気については、あなたと出会う前から知っていました。調べるようになったのは……あなたのことを、とても大切な方だと思うようになってからです」
そう言った瞳は柔らかく、優しく、俺を包み込むようですらあった。
「今日、もしあなたが話してくれなかったとしても、あなたが他の誰でもなく、この僕を誘ってくださったということを支えにして、あなたに言おうと思っていたことがあるんです」
その目が細められるのを、俺はどうしてか、もったいないと思った。
もっと、その瞳を、その更に奥まで、見つめていたかったのに、と。
「…聞いて、もらえますか?」
もったいぶらずに言えよ、とは言えず、俺はひくりと体を痙攣させながらもなんとか頷いた。
泣きすぎて腹筋が痛い。
いや、痛いのは横隔膜か、などと、今更な逃避を始めようとする俺の耳にも、古泉の言葉はきちんと届いた。
「あなたが好きです。いずれあなたの目が見えなくなっても、関係ありません。見えなくなるなら、僕はあなたを支えたいと、おこがましいですが、そう思います。……見えなくなっても、ずっと、あなたの側にいさせてくださいますか…?」
古泉の声を聞きながら、俺は思った。
あるいは、理解した。
たとえこの目で光を感じられなくなったとしても、光は消えない。
見えなくなることは、恐ろしいばかりでもない。
むしろ、見えなくなるからこそ、分かるものがあるんだろうと、オプティミストもかくやというほど、前向きな考えがわきあがる。
それはおそらく、俺の胸が、痛く感じられるほど、暖かく、幸せな思いに満ち満ちているからなのだろう。



いつかの冬の朝。
俺は柔らかな声で目覚める。
夜が明けたことを知る。

「おはようございます。今日は寒いと思ったら、雪が降ってますよ。夜から降り続いていたんでしょうね。屋根にも電柱にも木にもうっすらとですが積もって、どこも真っ白です。ああ、道路だけは違いますね。黒く、少しばかり汚れていますけど、だからこそ、雪の白がはっきりと感じられます。後で外に出て、雪に触ってみます? まだきっと柔らかいですよ。………え? ああ、そうですか。じゃあ、後で小さな雪玉でも作って来ることにします。それなら寒くないでしょう? ……僕? 僕は、少々外に出るくらい平気ですよ。あなたを一人にするのは心配ではありますけど、少しなら大丈夫ですよね? ……ふふっ、心配してくださるのは嬉しいですけど、寒さなんて、どうってことありません。あなたが喜んでくれるなら。……愛してますよ」

光は、消えない。
眩しいくらいの笑みも。
手で触れて、形を確かめてみなくても、それだけは確かに、見える。