古泉の過去捏造話です
あと、下調べはあんまりちゃんとしてないので
至らないところもあるかもしれません
生温い目で見てやってください←














































アルバムにしかいない少女



いつものように古泉の部屋に上がりこみ、好き勝手に本棚の雑誌などを見ていた俺だったのだが、本棚の奥に一冊の薄い冊子が入り込んでいるのを見つけて首を傾げた。
古泉のことだ。
薄い本だろうがなんだろうが丁寧にしまっておくはずなのだが、こんなことになっているのはわざとなのか?
わざとしたらこれは一体なんだ?
首をもたげてきた好奇心のままにそれを引っ張り出したのは、ただでさえ秘密主義のあの男が一体何を隠しているのかと気になったからでもあるし、ここで何か知ったところで今更関係が崩れたりするはずもないだろうと高をくくっていたからでもある。
ところが、だ。
俺が引っ張り出したそれは、俺が予想だにしないものだった。
…いや、これで大きいお友達向けの薄い御本が出てきたとかなら、驚きはしただろうがそれでも予想の範疇だったんだ。
しかしそれは、写真を現像に出すとおまけについてくるような薄っぺらなアルバムで、中には数年前の日付の入った数枚の写真が入っているだけだった。
写っているのはどれも同じ人物だ。
栗色の髪をした、大人しそうな表情はどう見ても古泉の数年前の姿としか思えない。
ところが、である。
その人物は、淡い黄色のワンピースを着て、どこか愁いを帯びた表情ながらも、恥かしそうにはにかんでいたのだ。
絶句して感想も何も出てこないまま俺はアルバムを閉じ、寝室兼古泉の私室を出て、リビングに向かう。
アルバムを持ったままであることは言うまでもない。
古泉はリビングでパソコンをいじくっていたのだが、俺が入ってきたのに気がつくと顔を上げ、
「どうしたんですか? 暗い顔をして…」
と怪訝そうな顔で聞いてきた。
俺はそれには答えず、その目の前に広げたアルバムを突きつけ、
「これは何だ?」
一言、そう聞いてやった。
「これはこれは……また懐かしいものを見つけて来ましたね」
苦笑しながらアルバムを受け取った古泉は数ページしか用のないアルバムをぺらぺらとめくって、写真を眺めている。
そうして、俺が珍妙な顔をしているのにやっと気付いたようなフリをして、にっこりと微笑んで見せた上で、
「気になります?」
と聞いてきたが、
「気になるに決まってるだろうが!」
お前まさか女装が趣味だとか言わないだろうな?
というか、そこに写っているのは本当にお前なのか?
親戚とか双子の姉とかじゃなく。
「……ええ、これは正真正銘、僕ですよ」
そう言って古泉はどこか苦い笑いを浮かべた。
その笑みに、違和感を感じる。
理由が全く思いつかないのだが、嫌々女装をさせられていたとか、そういうことなのか?
「あなたにはいずれ説明しなければならないだろうと思っていたことです。それが今日であっても問題はないでしょう」
そう言いながら、古泉はパソコン用の事務椅子から立ち上がり、俺の手を引いてソファに移動した。
俺は一体どういう爆弾発言が飛び出すものかと身構えながら、古泉の言葉を待つ。
何から話そうかと考えている様子の古泉は、結構な時間黙り込んだ後、やっと口を開いた。
「これからお話しすることは、直接涼宮さんには関係のないことです。間接的には関係がないわけではないのですが、彼女が原因というわけではない。…そのことをまず、分かってください」
「おう…?」
古泉の話が分かり辛いのはいつものことだが、こんな風に話し始めるのはいつもと勝手が違っていて、妙な気がした。
古泉は、俺から目をそらすようにうつむいて、膝の辺りを見ながら口を開いた。
「……僕は…中学に上がる頃まで、女の子、だったんです…」
「………は?」
何だって?
お前の性別なんてものは今更服を脱がせて確かめるまでもないくらい、熟知しているつもりだったのだが、実は違ったとでも言うつもりなのか?
混乱している俺に古泉は言い聞かせるように繰り返す。
「女の子だったんですよ。これは、その頃の写真です。最後の記念に撮った写真ですね」
そう言って古泉は懐かしそうに写真を撫でた。
「…専門的な話はそう必要ないでしょうから極力省きますが、一応ご説明しますね。僕は生まれてからずっと、自分が女性だと信じてましたし、家族もそうでした。戸籍だって、そうだったんです。でも、本当はそうじゃなかったんです」
淡々と言葉を紡ぐその声は、いつになく悲しげに聞こえたのは俺の気のせいではあるまい。
「博識なあなたのことですから、半陰陽は分かりますよね? 遺伝子や染色体、性腺、内性器、外性器など、性別を判断する要素が、男性と女性のふたつに分類しきれないような状態のこと、とでも言えば適切でしょうか。……僕は、男性仮性半陰陽だったんです。…見た目も認識も女性なのに、本当は男性だったんですよ」
「古泉、」
思わず話を遮ったのは、古泉の手がかすかに震え、その声が泣き出しそうに響いたからだった。
「話すのが辛いならいいんだぞ?」
「いえ、聞いてください。…いずれお話しなければならないと思っていたと、さっきも言ったでしょう?」
そう言って痛々しくも笑って見せた古泉は、深呼吸をした。
見たこともないような古泉の様子に、俺はただ手を伸ばして、震えるその手を握り締めることくらいしか出来ない。
それが酷く歯痒いってのに、古泉は小さく微笑んで、
「…ありがとうございます」
と言うのだ。
「別に、大したことじゃないだろ」
「それでも、嬉しいんです。…愛してますよ」
そう言って軽く俺にキスをして、古泉は話を再開した。
「僕が、自分が男性仮性半陰陽だと知ったのは、超能力に目覚めてからのことでした。機関が我々超能力者について調べるため、あらゆる検査を試みた時に、僕の本当の性別が男性であると明らかになったんですよ。外性器はどう見たって女性なのに、僕の内性器も染色体も、僕が男性であるということを示したんです。…勿論、ショックでした」
古泉が俺の手を強く握り締める。
強すぎるそれに感じる痛みは、胸を締め付けられるような苦しみにも似ていて、古泉がかつて感じ、今も感じているのだろう苦しみの深さをうかがわせた。
「処置の選択によっては、そのまま女性として生きることも不可能ではなかったんです。無論、妊娠などは望めなかったのですが。でも、それでも僕が男として生きることを選んだのは、超能力に目覚めた時から家族と離れる覚悟でいたからです。それならいっそ、思い切ってそれまでの自分を捨ててしまおうと、そう、思ったんです」
そうして、古泉一樹というどこか嘘臭いキャラクターが出来上がったというわけか。
「ええ。あなたが僕に距離が近すぎるとかなんとか仰られるのも、僕が女性の時と同じような感覚でいてしまう時があるからでしょうね」
だろうな。
古泉の距離の近さだの、妙にスキンシップが多いのも、女子が同性の友人にするそれと同じだと思うと理解出来なくもない。
「…お前も、大変だったんだな」
超能力者なんかになっちまっただけでも大変だろうに、それとは別にそんなことまであったとは。
「もう、いいんです。そういう風に生まれてしまったというだけのことですし、そんなのは僕だけではありませんから。何より、」
と古泉は俺を抱き締めた。
「古泉?」
「男になってよかったと、今では思っているんですよ。…そのおかげで、あなたを抱けるわけですし」
「なっ…!?」
さっきまでの寂しげかつ儚げな風情はどこへやら、いつものように憎らしいまでに余裕綽々な様子で微笑んだ古泉が俺の頬に口付ける。
「あなたを好きになったばかりの頃には、随分と悔やみましたけどね。あなたが男性としての僕を受け入れてくださった今となっては、こちらの方がいいと思ってますよ。そう思えるのも、あなたのおかげです。…愛してますよ」
言いながら古泉は俺をソファに押し倒し、唇を塞いだ。
酷い急展開に抵抗も出来やしない俺の口腔を思うままに蹂躙して、舌を吸う。
「っ、ぁ、…こらっ…古泉…!」
「元女性だからと言って、今更拒んだりはしませんよね?」
「そりゃ、しないが……」
だからっていきなり襲うな、と言いたい俺に、古泉はほっとしたように微笑む。
何だその反応は。
「…よかった」
「お前な…。まさかと思うが、そんな余計な心配をしてたのか?」
「しますよ、勿論。元は女だった奴に抱かれるのなんて真っ平ごめんだ、くらいのことは言われるかもしれないと思ってたんですからね」
「んなもん、それこそ今更だろ。……お前が、俺に覚えさせたくせに」
「何をです?」
ニヤニヤといやらしい笑みで聞いてきた古泉には答えず、代わりに軽く爪を立ててやると、古泉は表情を引き締めて言い添えた。
「…それから、あなたが僕を好きだと言ってくださること自体、僕はいまだに信じがたい気持ちでいるんですからね」
「それは俺に酷くないか?」
大体、告白自体俺からだったってのに。
「すみません。あなたが信じられないというのではなくて、これが僕にとって都合のいい夢なのではないかと思ってしまうと言う意味ですよ」
誤魔化すように古泉はキスをする。
それを受け入れながら、
「…ん……てことは、別に、今更ポジションを変えたりはしなくていいのか…」
「ええ、今まで通りでお願いします」
はっきり言った古泉は、困ったように眉を下げながら、
「正直、男性に対して軽いトラウマがあるものですから、自分が男性となって、男性から性的な目で見られることがなくなって、助かった面もあるんですよ」
「トラウマ?」
「……小さい頃、何度か怖い目にも遭ったんです」
…なるほど。
今の古泉からも、あの写真からも、子供の頃、随分と可愛い女の子だっただろうということは簡単に予想がつく。
となると、危ない目にも遭っただろう。
「ええ。…だから、あなたを好きになったことに一番驚いたのは多分、僕ですよ」
くすりと悪戯っぽく笑って、古泉は焦らすように額へキスを落とした。
「男の人を好きになる日がくるなんて、思いませんでしたからね。それに、中学生の頃までは女性として過ごしてしまったわけですから、女性に対しても興味を持てないでいるんです。だから、僕は一生誰も好きにならないんじゃないかと、そう思ってたくらいだったんですよ。……でも、あなたに会って、あなたを好きになりました」
嬉しそうに頬を赤く染めた古泉がそう囁く。
「好きな人が出来たというだけでも、とても嬉しかったんです。しかも、あなたから告白してくださって、あなたとお付き合いが出来て……僕は本当に、幸せものです。これまでの苦労も、辛かったことも全部補って余りあるほどの幸福ですよ」
幸せを絵に描いたような表情で言って、古泉はキスを繰り返す。
「愛してます。あなたが好きです」
「…ん、俺も……好きだ」
そう答えて古泉を抱き締める。
「辛いこととかも、話してくれてありがとな。…お前のことを知ることが出来て、……その、嬉しい、ぞ」
照れ臭くなりながらもなんとかそう言うと、
「…ありがとうございます。本当に……あなたを好きになって、よかった…」
感激したように目を潤ませて言った古泉に、俺は小さく笑いかけ、
「…俺も同じだ」
お前を好きになってよかったと、いつも思っている。
それくらい、古泉は俺を大事にしてくれる。
「大事にしますよ。何よりも大切な人なんですから」
「ん、ありがとな」
これからは、もう少し古泉に優しくしてやろうか。
こいつが元は女の子だからと言うのではなく、それくらい苦労してきたというなら、その分俺が甘やかしてしまったところで構わないだろうからという理由をこじつけて。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じて、古泉に身を委ねるのだった。