この作品は、「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」の二次創作作品です
各キャラクターの性格設定など、「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズとは多少異なっております
古泉の一人称が「私」交じりであることなどに納得できない方は読まないでやってくださいませ
























嘘か真か



ふと気になったことがある。
いや、正確に言うならばそれに気がついたのは随分前のことであり、気になっていたのも随分と前からのことである。
ずっと黙って気にしていないフリをしていたのは、そんなものを指摘してやるのも嫌ならば、そんなものに気がついたと言ってやるのも気が向かなかっただけである。
そんなことってあるだろ?
例えば他人の社会の窓が全開になってるとかな。
気づいた方も恥かしいし、指摘するのも恥かしい。
かと言って黙っているのも不親切だ。
そんな逡巡をしばらく繰り返していた俺が、どうして今になって口に出すつもりになったかと言うと、いつまで経ってもそれが改善される様子がないからだ。
むしろ、どんどん悪化している気がする。
気になっちまったそれが何かと言うと、古泉の露出のことである。
最近、露出しがちな気がする、というのはおそらく俺の気のせいではないだろう。
もしやあれがファンサービスという奴なのか?
それともいわゆる「中の人つながり」って奴なんだろうか。
首を捻りつつ、俺は古泉と二人で放置された部室で聞いてみた。
「お前、最近服装がだらけてきてないか?」
オセロを続けながら、出来るだけさり気なく聞いたつもりだったのだが、古泉は驚いたように一瞬指を止めると、それから困ったように笑って見せた。
「服装のことをあなたに言われましても……」
悪かったな。
そりゃ、比較してみれば俺の方がよっぽどだらしない格好だろうよ。
だが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「以前と比べて、って話だ」
よく、首元を緩めてたり、シャツのボタンを外したりしてるだろ。前はイヤミなくらいきっちりしてたくせに、どういう心境の変化だ?
「ああ、そういう意味でしたか」
分かってたくせに何をとぼけていやがるんだろうかな。
古泉はにこにこと如才ない笑みを浮かべたまま少しの間黙り込んだ。
そんな返答に困るようなことを聞いたつもりはないのだが。
「古泉?」
「実はですね、」
深刻ぶって古泉が口を開いた段階で、俺は真剣に聞くという気持ちを失っていた。
こいつがこういう態度に出る時というのは、決まってふざけた返答を考え付いた時だからだ。
「最近、暑くなってきたでしょう? それでつい、」
「嘘を吐け」
冬には既にシャツの襟元は緩んでたし、春先にすらシャツを全開にしておいて何言ってやがる。
「では、涼宮さんの願望の結果こうなったというのはどうです?」
「それも却下だ」
それにしちゃあいつは全然見てないだろ。
ツッコミすら入れてないってことは興味がないということだとしか思えん。
大体、どうですってのはなんだ。
「手厳しいですね」
言葉に反して、古泉は妙に楽しそうに笑っていた。
「本当のことを言っていいんですか?」
「言えよ。まどろっこしく訳の分からんことを言うくらいならさっさと白状しろ」
「分かりました」
そう言った古泉が長机の上に放り出してあった俺の手を軽く持ち上げた。
「なんのつもりだ、気色悪い」
「…あなたの気を引きたかったんですよ」
「…なんだと?」
「実際、効果はあったようですね」
くすりと笑った古泉に、俺は鼻で笑ってやった。
「気味の悪い冗談はやめとけ」
「おや、あっさり見抜くんですね」
つまらなさそうに言って古泉は俺の手を解放した。
ぱっと手を離され、俺の手は机の上に音を立てて落下する。
この態度を見ればさっきのが冗談だと言うのがくどくどと解説するまでもなく分かるだろ。
それに、前に俺がちょっとした事情――って言えるのかね、あれは――で、真似事ながら、面と向かって告白なんぞしてみせてやった時にはドンビキしておいて、今更何を言うんだか。
「で? 本当は?」
まだ引き下がるつもりのない俺に、古泉はもう一度苦笑を湛えた。
「実は、堅苦しい格好は苦手なんです」
「それで襟を緩めるどころかシャツを全開にしちまうお前はどこかの裸族の出身と言うことになるわけだが、それでいいんだな?」
「あはは、それは流石に嫌ですね」
軽く笑い飛ばした古泉だったが、軽く俺から視線を外し、窓の方へと目をやりつつ、
「…といいますか……私の服装がどうであれ、あなたには関係なんてないんじゃありませんか?」
まあ、そうだな。
「うっわ…、またあっさりと言いましたね」
自分から言い出しておいて何を言うんだか、と呆れつつ俺は言わなくてもいいだろう言葉を言ってやる。
「お前がどんな格好をしていようが俺には関係ないといえば関係ない。それはお前の言う通りだ。俺のと違って割れた腹筋を見せ付けられると、多少腹が立つこともあるが、お前がそうしたいならそれはそれでいい。ただ、ちょっと気になっただけだ。シャツを全開にしちまうような性癖がどうすりゃ身についちまうのかってことがな」
「性癖とまで言いますか」
笑いながら、古泉はネクタイへ指を掛け、俺と同じくらいにまで結び目を引き下ろした。
ついでとばかりに第一ボタンを外すと、軽く息を吐いた。
それを見ていると、本当にシャツが苦しいのかと思わないでもない。
だが、それなら私服でいい時までシャツを着ることはないだろう。
分からん奴だ。
「それにしても、」
古泉がそう呟くように言い、俺は思考の海から引き戻された。
目を向ければ、古泉はさっきまでとは少しばかり違った笑みを浮かべていた。
楽しげな、というか、どこか意地の悪い笑みだ。
「よく見ていてくださったんですね」
「……は?」
「そうでしょう? 私の服装がだらしなくなっているということくらいであれば他の方も気がついていたかもしれませんから、あなたが気がついていても何ら不思議はありません。しかし、それがいつ頃からかだったなんて、普通覚えてられませんよ?」
「にっ…にやけるな!」
思わずそう怒鳴り返したが、古泉には少しも堪えなかったらしい。
相変わらずにやにやと笑いながら、俺の赤くなった顔を見ている。
というか、何で俺がこんなに赤くならにゃならんのだ。
いや、単純に恥かしいだけなんだがな。
野郎を見ていたことを当の本人に指摘され、しかもそれまで気がつかなかったってのは、社会の窓全開並みに恥かしいことだろう。
「本当のことをお教えしましょうか」
そう言った古泉に、思わず顔を上げると、古泉は柔らかく微笑み、
「実は私は、その道では少々有名なとある分野の大家の家に生まれ育ったんです。具体的に何をしているのかということは、済みませんが、伏せさせてください。ただ、伝統芸能を受け継いで来たということだけ分かっていただけたら、それで十分かと。ともあれ、そんな家で育ったものですから、子供の頃から日常的に着物を着て過ごしていたんですよ。そのため、きちんとした言葉遣いや礼儀作法については少しも苦に思わないのですが、シャツの窮屈さにはなかなか馴染めずにいるんです。中学や転校以前は今のように緩めてやり過ごしていたんですけどね、転校してきて、涼宮さんと接するようになってからは気をつけていたんです。ちょっとしたことからイメージを崩し、綻びを生じさせてはいけませんから。でも、この頃は少々のことでは、涼宮さんの機嫌を損ねないで済むので、少しくらい大丈夫だということも分かってきたものですから、つい」
長ったらしい話を一応最後まで聞いてやった後、
「……死ぬほど嘘臭いな」
正直にそう言ってやると、古泉はやはりへらりと笑って、
「やっぱりそう思います?」
と悪びれもしないで言った。
だが、まあ、なんだ。
シャツを窮屈に思っていることくらいは、本当らしいと認めてやってもいい。
それくらい、自然な緩め方だったからな。
さっきの大法螺話を認めて欲しいなら、そうだな、
「今度その着慣れた着物姿とやらを披露してみせろよ」
「それもいいですね」
そう言って唇で弧を描いた古泉は、まるで独り言のように、
「この夏は女性陣だけでなく、我々男性陣も浴衣を着るようにしてみないか、涼宮さんに進言してみるとしましょう」
と呟いたがちょっと待て、俺まで巻き込むな。
「いいじゃありませんか。着付けに自信がないのでしたら、私が着せてさしあげますよ。何せ慣れてますからね」
と言って古泉は要りもしないウィンクを寄越したので、思わず平手で叩き落としてやった。
だが、そんなことで怯むくらいなら、日頃からもっと大人しくしているはずである。
古泉は笑みを崩しもしないで、
「そう照れなくてもいいですよ。男同士じゃありませんか。着付けくらいどうってことはありません。大体、裸になって身につけろとは言いませんし」
「それでも嫌なものは嫌なんだよ」
「どうしてです? 私よりよっぽど似合うと思いますよ」
「それはイヤミか?」
と睨みつけてやったが、古泉は軽く首を傾げて、
「どうしてです?」
「和服ってのは脚が短くて胴が長い方が似合うってのが通説だろうが」
「ああ、なるほど。そういう風に解釈されたんですね」
そう笑っておいて、つまりは自分の方が脚が長いということを否定もせずに、古泉は言った。
「私が言いたかったのは、髪の色のことですよ」
「…はぁ?」
「見ての通り、私の髪の色は少々薄いでしょう? 柄によっては似合わないことも多いんですよ。落ち着きが出ないというのでしょうか。――その点、あなたの髪は大抵の柄が似合いそうだと思いまして」
そう言った古泉が俺の頭に手を伸ばし、髪に触れた。
むず痒い。
にこりと笑った古泉は、
「ねえ、着て見せてくださいよ。きっとよく似合いますから」
「俺は浴衣なんて持ってないし、買う気もないぞ」
「僕が持っているものをお貸ししますよ。そうすれば、さっきの話が嘘でないと言うことも分かっていただけるでしょう?」
悪戯っぽく言った古泉に、俺も似たような笑みを返し、
「さあな。浴衣くらい、いくらでも用意できるだろ」
「それもそうなんですけどね」
悪びれもせずに笑っておいて、古泉はまるで内緒話でもするように声を潜めた。
「浴衣、着てくださいね。約束ですよ」
「お前が忘れなかったらな」
「忘れませんよ。楽しみにしています」
そう言って嬉しそうに笑った顔は、なんというか、いつになく幸せそうにも見え、俺はうっかりと、そんなに喜ぶなら浴衣くらい着てやってもいいかなどと思っちまったのだった。