軽くグロ注意って言うんでしょうか?
人死に注意?
というか、キョンが全力で加害者ですので苦手な方はお逃げくださいませ


































お狐様の守護



閉鎖空間の発生を感じ取った僕が、タクシーで移動して閉鎖空間に入ろうとしたその時だった。
「一樹」
とお兄さんが僕を呼び止めたのは。
「お兄さん…? 一体どうしたんです?」
「なんでもいいだろ」
そう言っておいて、お兄さんは閉鎖空間との境界へ手をかざし、
「それより、これからここに入るなら俺も連れて行け」
「ええ?」
「早くしろ。お前も急がなきゃならんのだろうが」
「そうですけど……でも、危ないですよ」
思わずそう言った僕に、お兄さんはいつになくにっこりと微笑んだ。
……怖い。
物凄く怖いです。
思えば祖父もこんな怒り方をする人だったなと思っている僕に、お兄さんは素晴らしくドスの聞いた声で、
「誰に向かって口聞いてんだ? アァ?」
「すみませんでした…!」
慌てて謝った僕に向かって、お兄さんが手を差し出す。
「ほら、さっさと連れてけ」
「いいですけど…でも、お兄さんなら自分で入れるんじゃ…」
「そりゃ無理矢理破れば出来るがな。他の奴らに気付かれるだろ、それじゃ」
「ああ、そうですね」
そう言いながら僕は足を踏み出し、閉鎖空間の中へ入った。
「強引に破って気取られても、お前が言い訳に困るだけだろうから自重した」
「それは…ありがとうございます…」
って言うところなのか疑問だけど、そうしといた方がいいだろう。
「それで、あの、どうしてわざわざここに来たかったんです?」
「ん? …ああ、ちょっと、お前を手伝ってやりたくてな」
「手伝うって…」
ふっと笑ったお兄さんが、僕に向かって手を伸ばす。
「え、あ、あの…」
戸惑っている間に、お兄さんの手が僕の手を掴み、顔が近づく。
唇が重なり合う、と思った瞬間、何かが体の中へ溶け込むような感覚がして、僕は驚きに目を見開いた。
「な…っ……」
僕の目の前からお兄さんは消え失せていた。
でも、お兄さんがいると確かに感じられる。
僕の中に、お兄さんがいる。
『そうだ』
笑いを含んだ声が僕の頭の中に響いた。
「い、一体どういうことなんですか!?」
『一時的にお前にとり憑いてるだけで後で離れてやるから安心しろ』
そう笑ったお兄さんは、
『こうしたら、お前に力を貸せる。お前の力を高めてやればお前はちょっとやそっとじゃやられないし、もし何かあっても俺が助けられるだろ。分かったら、さっさと済ませるぞ』
言い終わったかと思うと、僕の体が勝手に動き、神人の方へ向かって歩きだす。
「う、わ、分かりましたから、勝手に体を動かそうとしないでください!」
『なら、早くしろ』
なんとか主導権を取り戻した僕は小さくため息を吐くと、すぐさま空中へと飛び出した。
神人が大きな腕を振り上げて暴れているのが見えていたからだ。
少しばかり遅れて来た僕を、誰も咎めなかった。
そんな余裕がなかったと言うことでもあるし、僕が遅れるのはよくあることだからでもある。
ともあれ、気付かれないまま神人を倒せてよかったと思いながら、
「今日は調子がよかったみたいだな」
なんて言われるのに苦笑を返しつつ、手近なビルの屋上に下り立った。
実際今日は調子がよかった、というか、間違いなくお兄さんのおかげなんだろう。
いつもよりずっと強い力が出せたように思う。
下り立ったその場所は、何度か閉鎖空間が発生している時に使っていたから、鍵が空いていることも知っている。
だから、と思ったのがどうやらまずかったらしい。
閉鎖空間が消えていくのを見届けた僕が、屋上から下へ降りるための階段へ向かった時だった。
不意にお兄さんが動き、首が鞭打ちにでもなりそうな動きでガクンと数歩下がった。
「っ!?」
首が痛い。
滅茶苦茶痛い。
と言うか一体なんなんですか。
――そう聞くことも出来なかったのは、その僕の目の前を、何かが物凄いスピードで通り過ぎて行ったからだ。
「い、今のは!?」
『銃弾だろ』
事も無げに言ったお兄さんの言葉に驚かされている間に、僕の体がふわりと浮き上がる。
「えええ!?」
『少し体借りるぞ』
どうやらお兄さんの力によるものらしい。
僕の体は閉鎖空間の中にまだいるかのように、勢いよく空中を飛び、近くにあった別のビルに下り立った。
そこには銃を構えた怪しげな男達が4人ばかりもおり、空を飛んできた僕に酷く驚いているようだった。
「ば、ばけもの…」
「何が化け物だ」
僕の口が勝手に言葉を紡ぐ。
お兄さんは苛立ちも露わに言った。
「俺の守護するものの命を狙っておいて、生きて帰れると思うなよ…」
残酷に唇が歪んだ。
逃げ出そうとする男達はろくにその言葉を聞いていないようだった。
それでも、恐怖は感じてるようで、ほとんど這うようにして逃げようとする彼らに、お兄さんは更に残酷に笑った。
その手が伸ばされた、と思うと無造作に手近なところにいた男を掴みあげた。
「うわぁあああああ…!!」
「撃ったのはお前だな。…さて、どうしてやろうか……」
ククッと喉が鳴る。
「…そうだな、後で変に思われても困る」
そう呟いて、お兄さんは男を掴んだその手を屋上のフェンスの向こうに突き出した。
「ひぃいいいい――…!!」
もはや叫ぶことしか出来ないらしいその男が必死に叫ぶが、お兄さんは笑うだけだ。
「やめ…やめて、ください!」
思わず叫んだ僕に、お兄さんは驚きの表情を見せる。
「なんでだ? と言うかお前、なんで喋れるんだよ。今、この体は完全に俺が使ってるのに」
「そんなことはどうでもいいことでしょう。お願いですから、やめてください。殺さないでください…っ」
「なんでだよ?」
心底不思議そうにお兄さんは言った。
「こいつらは、お前の命を狙った。他者の命を狙うってことは、自分の命を賭けるってことだ。失敗したならこいつは死ぬべきだろう。二度とこんな馬鹿げたことを考えられもしないように」
そう言ってお兄さんはその手を離そうとする。
「だめです、やめてくださいっ!」
必死に叫んでもお兄さんは聞いてくれない。
どこか冷え切った、遠い隔たりが心の内に感じられる。
同じ体の中に収まっているはずのお兄さんの心が、それだけ遠くにあるということなんだろうか。
「どんなに言われてもだめだ。…全く、人間というのは分からんな。殺されかけたってのに殺そうとしたやつのために命乞いなんかするのか?」
その呟きに、胸がえぐられるように感じた。
あらためて、本当にお兄さんは人じゃないんだと思い知らされた気がした。
悲しくて、苦しくて、切なくて、あまりに遠すぎ、違いすぎるがために、こんなことさえ分かってもらえないのかと思うと、何も考えられなくなった。
そんな僕の心の隙を突くように、
「とにかく、こればかりはお前の言うことなんか聞けん。他の誰でもない、お前を殺そうとしやがったんだからな」
そう言ったお兄さんの手が、僕の手が、ぱっと開かれる。
断末魔としか言い表せない叫び声が、鼓膜に張り付くようだった。
そのまま僕は意識を手放してしまったから、その後どうなったのかなんてことは分からない。
気がつけば自分のベッドに寝かされていて、心配そうな顔をしたお兄さんが僕を覗き込んでいた。
「やっと起きたか。心配掛けるなよ…」
「……さっきの…人たちは…?」
お兄さんはにっこりと優しく笑った。
「もう心配ない。全部ちゃんと片付けたからな」
もう一度、目の前が真っ暗に染まったように思えた。
お兄さんは、きっと何も躊躇わなかっただろう。
僕があれだけ言っても聞いてくれなかったのだ。
彼らがどれだけ必死に逃げようとしても阻み、何一つ聞き入れることもなく彼らを屠ったに違いない。
この、無邪気さすら感じさせる笑みと共に。
お兄さんはやっぱり人とは違うんだ。
僕とは違うんだ。
仮定の話だけれど、たとえばもし、長門さんが僕の命を狙ってきたなら、きっと躊躇いもなく同じことをするのだろう。
お兄さんにとって、自分が守っているものでないものなんて、どうでもいいだけなんだ。
守られているからと言って喜べない。
あんな風に、僕を殺そうとした人たちに対して怒りを見せてくれたからと言って喜べない。
お兄さんが僕を守るのは、祖父の頼みだったから。
それが終った後は、ただ力をつけるためなんだろう。
それなら、それに満足した時、お兄さんはきっと行ってしまう。
僕なんかでは決して手の届かない彼方へ。
そう分かっているのに。
お兄さんは躊躇いもなく人を殺せてしまうんだと分かってしまったのに。
――どうして僕は、まだお兄さんを好きでいるんだろう。
いっそ、諦めたい。
嫌いになってしまいたい。
恐れ、怯え、怖がって、お兄さんから離れようとすればいいのに、出来ない。
心の中の歪んだ何かが、お兄さんに守られたことを悦んでいる。
お兄さんがあんなに怒ったことを悦んでいる。
絶対に思いが届かないと痛感させられたことを何よりも悲しんでいる。
目の前で死んでいってしまった人々を悼むことよりも、そのことの方がよっぽど僕にとって重要だと言うように。
自分の心の醜さに、自分の思いの虚しさに、泣き出しそうになった僕の目を、お兄さんは心配そうに覗きこむ。
「一樹? どうしたんだ? 泣きそうだぞ」
「…なんでも、ないです……」
「なんでもないって顔じゃないだろ。そんなに怖かったのか? ごめんな」
いっそおかしく思えてくるほど、お兄さんはおろおろと僕を宥めようとしている。
優しく僕の頭を撫でて。
はずみで零れてしまった涙を舐め取って。
それでも涙が止まらない僕を抱きしめて。
「今度から、気をつけるから。お前が怖くないようにするからな。怖いのはこれっきりにする。命を狙われるのが怖いなら、もう心配しなくていい。何があっても、俺はお前を守る。だから、泣くんじゃない。お前に泣かれるのは、苦手なんだ」
「…ごめん…なさい……」
「謝るくらいならその涙を止めてくれ」
そう言いながら、お兄さんは優しく涙を舐め続ける。
くすぐったさのあまり、つい笑ってしまった僕に、お兄さんも顔を綻ばせた。
「…よかった」
ほっとしたように呟くお兄さんに、僕はやっぱり思ってしまうのだ。
愛しい、と。