エロですよー
エロ好きな人だけどうぞー
薄闇なんてものじゃなく真っ暗な部屋の中でも、少しすれば目は慣れてくるもので、俺もやがて物の輪郭くらいは判断できるようになった。 その時にはもう布団の上に移動しており、繰り返される口付けのせいで目を開けていたところで何が見えるわけでもない。 それならいっそと目を閉じたまま、手探りで抱きしめあい、口付けを交わす。 それだけで、どうしようもなく幸せで堪らないのに、その先を願ってしまうのは、浅ましいことだろうか。 それとも、それでいいのか? ――いいということにしたい。 これまで、ずっと我慢してきたのだから。 いや、我慢じゃないな。 古泉の屋敷にいた頃は、まだずっと幸せが続くと思っていたから、先を急ぐ必要なんてなかった。 だから、単純にそれだけの理由で、俺たちはただ軽く抱きしめあったり、手を触れさせるだけで満足していたのだ。 あのまま続いていたなら、今頃はまだ口付けのひとつも出来ていなかっただろう。 それを思うと、追い出されてよかったのかもしれないと思った。 それくらい、今は、一樹が欲しくて仕方なかった。 愛され、愛しているという確かな証拠が欲しい。 一樹もそうなのか、どこか性急な動きで俺の帯を解くと、するりと手を滑り込ませてきた。 「こうして素肌に触れるのも、子供の頃以来ですね」 一樹がどこか興奮に上擦った声でそんなことを言ったのは、それをなんとか抑えたいからのように思えた。 優しく、俺を怯えさせないように優しく肌に触れるその手は驚くほど熱い。 「そう…だな……」 撫でられているだけだと思うのに、ぞくぞくとした何かが背中を這う。 それはただくすぐったいだけとは違った。 声が震えるほど興奮を煽る何かだ。 「あなたの肌は、あの頃と変わりませんね。白くて、滑らかで、とても綺麗です…」 「ばか。お前の方がよっぽど綺麗なくせに」 ふざけるように、女みたいなことを言い合って、そっと笑う。 そんなことさえ楽しい。 笑いながら、一樹の帯も解いてやり、悪戯するように手を触れさせれば、俺と違ってがっしりした胸板にどきりとした。 病気だ。 間違いなく、俺は病気に違いない。 「それなら、僕もそうですよ。…お医者様でも草津の湯でも、ってやつでしょうね」 「…そうじゃなかったら、こうはならないだろ……」 違うなんて言ったら殴るだけじゃ済まさんぞ。 「そう拗ねないでください」 笑って一樹が俺にもう一度口付ける。 触れるだけじゃ物足りなくて舌を伸ばせば、からかうように舌先でくすぐられた。 くちゅりと湿り気を帯びた音が響くと、同時にどこかがずくりと疼いた。 「一樹……」 「はい?」 「……もっと、触って、くれ…」 灯を消したのは果たしていいことだったのだろうか? 点けたままにしていれば、こんなことは恥ずかしくてとても言えなかったと思うのだが。 「…いいんですか?」 「悪けりゃ、言うかよ……」 「…だって、」 子供が言い訳をする時のように、一樹は言った。 「あなたの声、震えてますよ。凄く、心細そうに聞こえて……僕まで、不安になりそうです」 「そう…か?」 「ええ。――無理は、しなくていいんですよ? あなたに無理をさせてしまうことの方が、よっぽど辛いことなんですからね」 そう言ってくれる一樹は優しい。 が、はっきり言わせてもらおう。 「考えすぎだ」 「本当にそうですか?」 「ああ。…だから、もっと……」 答えは言葉ではなかった。 一樹の手が動き、俺がびくりと体を震わせてしまったような場所ばかりを狙うように撫で上げる。 「ひ、ぅ…!」 飲み込み損ねた声を、一樹は笑いもせず、むしろ小さく喉を鳴らして、 「もっと、聞かせてください」 「聞かせ、てって、ん、…っ、」 「抑える方が苦しいでしょう? 僕も…あなたが感じているのならそうと分かりたいんです。そうでないと……怖いん、です」 怖い? 何がだ。 どうして怖がる必要があるんだよ。 「怖いですよ。…あなたが、我慢をして僕に合わせてくれているのではないかとか、そうするのはあなたにとって僕が、いつまで経っても主人としか思えないからではないかとか、……違うと、思いたくても、思えなくなるほど、不安を感じてしまうんです」 「……ばか」 毒づきながら手を伸ばし、一樹を抱きしめる。 「お前のことを、ちゃんと主人だと思えたら、俺は追い出されるようなことにもならなかっただろうし、こうやって乱雑な口を聞いたりしてないだろ。……お前を主人だと思ったことなんて、悪いが一度もない」 「それが嬉しいんです」 見えなくても、一樹が笑ったのが分かった。 それも、この上なく嬉しそうに。 分かるのに、それを見たいと思った。 「あなたは、僕にとって数少ない友人でした。今は唯一の…ただひとりの、愛しい存在です」 慎みもなくそう言った一樹に、俺は小さく頷いて、 「俺もだ。だから、変な風に怖がらなくていい」 「…はい。ありがとうございます」 そう言って一樹は俺を布団に押し倒した。 上等な布団が俺の体を受け止め、俺の唇は一樹のそれを受け入れる。 「ん、……っは、…ぁ……」 何度繰り返しても、なかなかうまく息を継げない。 そのせいで口付けはあまり長くはならず、焦らされているような気持ちになる。 「ここを、舐めてもいいですか?」 耳元でそう聞きながら、一樹は俺の胸を指先で撫でた。 「な、に……?」 「ここに触れたいんです。…いい、ですか?」 「…好きに、すればいいだろ…?」 「あなたが嫌ならしたくないんです」 困ったように笑っているんだろう。 一樹は小さく声を立てて笑い、 「恥ずかしいことは好きじゃないでしょう?」 「……もう、本当にお前はばかだな」 俺は今夜だけで一体何度そう言わされるんだ? 「お前にされて、嫌なことなんてない。だから…」 「…本当に、あなたって人は……」 なんでそこで止めるんだ。 俺が何だと? 「いいえ、言ってもきっと分かってくれませんから」 秘密めかして笑った一樹の唇が、先ほど問われた場所に触れる。 指とは違う感覚に、喉が鳴った。 舌先で捏ねられて、音がするほど強く吸われて、体が跳ねる。 自分の状態どころか天地さえ分からなくなる俺の体を辿るように、一樹が触れていく。 それと共に浴衣を脱がされ、裸にされると、余計にこれからを意識した。 無意識のうちに強張った体に、一樹の手が、唇が優しく触れると、少しずつ体が弛緩していくのが分かった。 大丈夫だ。 何もかも、一樹に任せていい。 「一樹…」 以前呼べなかった分も呼ぶように、思いを込めて名前を呼べば、優しく口付けられた。 触れるだけのそれを重ねて、深いものに変えながら、大胆さを増した一樹の手が俺の下肢に触れた。 それだけでぶるりと体を震わせると、 「…怖いですか?」 と尋ねられた。 「…そりゃ、怖くないって言えば、嘘に、なるが……」 「それだけじゃ、ないと思っていいですか?」 「…ん……。そうしろ…」 触れているのかどうか分からなくなりそうなほど軽いタッチで触れられると、それだけでくすぐったさとはどこか違うむず痒さが立ち上る。 その一樹の手が、行灯に伸ばされたと思ったら、そこにあった油を掬い取ったらしい。 油に濡れた指が、俺の体をなぞるように滑っていく。 そうして、脚の間に触れた。 「んっ……」 知識として、男同士ではそこを使うのだということくらいは知っていた。 しかし実際に一樹に触れられると、恥ずかしくてどうしようもない。 思わず抗うように首を振ると、 「無理、ですか?」 心配そうに尋ねられた。 「無理じゃ、ない…っ……」 「本当に?」 「ああ、だから……」 ――続きを。 俺が先を促しても、一樹はまだ迷う様子を見せた。 それでも、一樹ももう限界だったんだろう。 ゆるりと指の動きを再開させた。 一樹のあの綺麗な指が、白くて、汚いものや重いものなんて触れたことも持ったこともないような指が、あんな場所に触れているんだと思うだけで、おかしなくらい興奮した。 そのせいで、くすぐられている場所が余計に敏感になる。 緊張と弛緩を繰り返すその場所が緩んだ隙に、一樹の指が入り込んでくると、異物感としかいいようのない感覚に思わず眉を寄せた。 暗くてよかった。 もし明るい状態で、こんな顔を一樹に見られたら、まず間違いなく止められただろうからな。 「大丈夫ですか?」 「んっ……大丈夫だ…」 荒くなった呼吸の下からそう伝えると、口付けられた。 一樹の息も荒くなっていて、口付けは長く続かなかった。 それを惜しいと思う間もなく、一樹の指が動き、少しずつ少しずつ、異物感とは違うものを俺に与え始める。 くすぐったいようなむず痒いような、しかしそれだけじゃない、奇妙な感覚。 「こんなに、熱くて柔らかいんですね。あなたの中…」 興奮にらしくもなく上擦った一樹の声が、俺の耳朶をくすぐる。 「言うな…ばか……」 「恥ずかしいですか?」 当たり前だろ。 「それでも止めろと言わないでくださるんですね」 「…一樹、…っ、あ、んま、ばか言ってると、殴る…っ、ぞ…!」 「すみません。……信じられなくて、つい」 小さく笑った一樹が、俺の中をゆるりとかき回しながら言う。 「あなたとこうしていられることが信じられないくらい、嬉しくて、幸せで、堪らないんです。もうずっと、幼い頃から側にいたのに、まだあなたのことで知らないことがあるということさえ、嬉しいんですよ」 俺もだ。 お前がこんな風に意地悪だとは思ってもみなかったぞ。 やけに手慣れてる理由については見当はつくんだが。 「すみません」 と一樹が苦笑した理由は簡単だ。 こいつが、一時期――そうだな、俺と付き合う以前、お互いがお互いに片思いをしていたような時期に、俺に何も言えず何も出来ないということから来る欲求不満の解消と、厳しい家への反抗も兼ねてあちこち遊び歩いていたためである。 その頃にはあちこちふらふらしている一樹を長門と二人で探して回り、えらく苦労させられたものだが、あの時本気で怒っていたのは、一樹がそうやって他の誰かと遊んでいるということが嫌で堪らなかったからなんだろうな。 あの時は、友人を全うな道に連れ戻すつもりでやってただけに、今の状況から思うと笑うしかないのだが。 「俺は何も分からんからな。…お前がちゃんと分かってるなら、それでいいんだ」 そう言うと、一樹は苦笑を消さないまま俺の体に口付けた。 その指が、より深くへ入り込み、何かを掠めたと思うと、俺の体が痙攣でもするように跳ねた。 「ぁ…っ!」 「ここが、あなたのいいところみたいですね」 いいというか、何だこれはと聞きたい気分だ。 これまでとは比べ物にならないくらい強い感覚に襲われ、体が制御を失う。 どうしたらいいのか分からなくて一樹にすがりつけば、より集中的にそこを指で突き上げられた。 「やっ、ん、ぁあ…!」 「よかった。これで、あなたに痛い思いだけをさせるようなことはなさそうです」 ほっとしたように息を吐くな。 こっちはどうなるのか分からなくて混乱しそうだってのに。 「大丈夫ですよ。僕を信じてください」 その発言はずる過ぎるだろう。 一樹が、声とも吐息ともつかない音を漏らす俺の中を、時折油を足しながら好き放題にかき回す。 布団も浴衣も、もうぐしゃぐしゃになっているに違いない。 それをどうにかしようなんてことも出来ないくらい、一樹に与えられるものに体を震わせ、跳ねさせる。 「も…っ、や、らぁ……!」 体の中で蠢く指と軽く触れる手だけで何度か達せられて、強すぎる快感に俺が泣きじゃくり出してやっと、一樹は指を引き抜いた。 油やなんかでべちゃべちゃになった手が、俺の脚を割り開く。 「本当に、いいんですよね?」 「早く…っ……」 はしたなくもそう言ってしまったのは、既に頭がどうにかなっていたからだと思いたい。 早くというのが早く解放してほしいということなのか、早く一樹が欲しいということなのか、自分でも分からなかった。 だが、一樹のそれが押し当てられた時に感じたのは紛れもない歓喜で、ああ、俺はこれを欲していたのかと思った。 「ん、く、ぁ、あぁ――…っ」 堪えきれず、声を立てると一樹が嬉しそうに笑うのが分かった。 「愛してます」 くすぐったい言葉を耳元で繰り返されるほどに、心臓が止まりそうになる。 「好きです。あなたのことが好きですよ」 「…俺、も、…っぁ、ん、好き……だ…」 このまま融けてしまいたいほどに。 あるいはこの時、本当に死んでしまえばよかったのかもしれない。 幸せで幸せで堪らなかった、この時に。 そうして、俺は本当に一樹の妾になった。 それで幸せだと思っていたはずなのに、どうしてだろう。 俺の心は重苦しくなるばかりだ。 どうして、なんて本当は問う必要なんかない。 理由くらい、自分でちゃんと分かっている。 俺なんかのために一樹が奥さんを悲しませていると思うと、素直に自分の幸せを喜べないだけだ。 一瞬の幸福が過ぎ、一樹が帰っていってしまうと、そんなことばかり考えた。 俺はどうしたらいいのだろうかと。 このままでいいのかと。 余計なことを考えてしまうくらいなら何かした方がいいと思うのに、それも出来なくて、ただ部屋でじっとしていた。 望んでいた幸せを手にしたはずなのに、幸せじゃない。 少しずつ、自分が壊れていくような気がした。 |