友達とも無関係な他人ともいいがたい、同じクラスの奴ってのは厄介だと思う。 変に要求を突っぱねたりすれば後々クラスの中でわだかまりが生じたり、あるいは自分が孤立させられる破目になって、面倒なことになる。 かといって、馴れ馴れしくされすぎるのも面白くない。 何とか微妙な距離感を保つしかないと思うのだが、今回は更に厄介なことに、一応俺の友人である奴まで一緒にいた。 これでは要求を突っぱねるのはまず無理だ。 「お前、自分の部屋持ってんだよな?」 そう言われ、俺は渋い顔になった。 「そりゃ、持ってるが…」 何せ、結婚から十五年近くが過ぎた今になってもまだ新婚気分が抜けきらない夫婦がいる家だからな。 居間や風呂ですら危険地帯になり得るのだ。 自室がなければやってられん。 だからと言って姉さんと一緒の部屋というのもまずいだろう。 というわけで、俺は物心が付いた時には既に自分の部屋を持っていた。 加えて、子煩悩でそれなりに稼ぎのある両親と弟思いの姉のおかげで、物欲というものはなんだったか考えさせられるほど、あれこれものを買い与えられている。 結果、俺の部屋というのは同年代の連中にいささか強い憧れを抱かせるものとなっているらしい。 全く、面倒な話だ。 「部屋でDVDとか観れるんだよな?」 「観れるが……それがなんだっていうんだ?」 話が見えん。 一体なんだって言うんだ? 首を捻る俺に、 「なあ、和希、お前、いっつもすかした顔してるけど、それでも一応年頃の中学男子なんだ、興味くらいあるよな?」 そう言って、抱えていたカバンからちらりと見せたのは、どう見ても18歳未満お断りなDVDだった。 「……お前ら…んなもん学校に持ってくるとか、どんだけ勇者だ」 呆れてため息を吐きながらそう呟いた俺に、 「なんだよ。お前だって興味ないわけじゃないだろ?」 「そりゃ、ないと言ったら嘘にはなるがな…」 ただでさえ時々そういう物音が聞こえてきてうんざりしてるってのに、たとえ男女のとはいえわざわざ人がやってるのを見聞きしたいとは思わない、と考える俺はやっぱり少しばかりおかしいのだろうか。 いや、待て。 まさかそんなことを馬鹿正直に言うつもりもないが、悟られるだけでもまずいだろう。 だから俺は、さも興味があるのだがそれを表に出す気はないというような風を装うという複雑な演技をしつつ、 「それを俺の部屋で見せろってか?」 「いいだろ? な?」 仕方ない、と俺は呟いて、 「見つかっても知らんぞ。俺の部屋に鍵はないからな」 お袋は学生時代、自室に鍵がないことを嘆きまくったと言いつつ、俺の部屋には鍵なんぞつけてくれる気はないらしいからな。 どうやら経験上、自室に鍵なんてあった日には、思春期の若造がサルになるということくらい、分かってるということらしい。 俺は結構淡白な方だと思うんだがな。 ともあれ、それでもいいからと押しかけてきた数人の友人らしきものをつれて帰った俺に、今日も今日とて在宅ワークに勤しんでいたお袋は軽く目を見張り、 「お帰り、和希。珍しいな、お前がなんの前触れもなしに友達連れて帰るなんて」 「あー…だめだったか?」 「いや、構わんが。…菓子とかあったかね」 言いながらパソコンの前から動こうとしたお袋に、 「気にしなくていいから」 と声を掛けて止め、一応小さな声で挨拶なんぞする連中を引き連れて自室に向かうと、廊下の途中で、 「あれ、お前の父親か? えらく若いな」 と聞かれたので、そういやこいつは今年初めて一緒のクラスになったんだったか、と思いつつ、 「いや、お袋」 「……は?」 「お袋なんだって。正真正銘、俺の。ちなみに俺を18で産んだから、今年やっと33だったかな? 親父は仕事に行ってるしな」 「……えええ?」 混乱してるところ悪いが、 「見るんじゃなかったのか?」 と言って俺は自室のドアを開けた。 中学生の一人部屋にしては広すぎるそこには、どうやら同年代の連中には憧れでしかないらしく、過去に連れてきた奴等と同じような反応をされた。 つまり、唖然とした顔で室内を見回されたってことだ。 「なあっ、壁のポスター……」 「んあ?」 「あれ、サイン入りじゃ……」 「ああ、お袋の仕事の関係でもらったんだ。仕舞っとくのも悪いし飾ったんだが……」 やっぱりまずかったかね。 しかし、声優のサイン入りのアニメのポスターなんて、飾っとくもんじゃなかったか? これはこれで気に入ってるんだがなぁ…。 「お、お前の母親って何者なんだ…?」 とキョドってるってことは、もしかして好きなのか、このアニメ。 「好きだけど…」 「ああ、そりゃありがとな」 「は…?」 「原作者、うちのお袋」 「………」 茫然自失で一人撃沈。 やれやれ、と肩を竦めていると、 「お前ってほんと派手だよな」 と友人に呆れられた。 「親の職業は関係ないだろ。それに、派手なのは親父譲りのこの面だけだ。俺はいたって地味で平凡な人間だとも」 「どこがだよ」 軽く頭を小突くのはいいが、 「見たいならさっさとしろよ。ゲームとか、気になるなら今度貸してやるから」 「了解了解、お前も結構好きみたいで安心したよ」 と言われるのは心外だ。 俺は出来る限り早急に、この物好きな連中といかがわしいDVDを自分の部屋から、いや、我が家から駆逐したいだけである。 そんなわけで、荷物をベッドの上に放り出し、思い思いに座り込んで始ったAV鑑賞会な訳だが、なんと言ったらいいんだろうな、こういうのは。 あえて言おう。 …なんでこんなもんに金を出すんだ? まず女優の顔がいまいちだ。 体型とかも、ちょっと腹出てるし胸は崩れてるし、仮にも女優ならもうちょっとなんとかしてくれ。 素人がどうとかって趣旨じゃないんだろ? それに、カメラもがたがた揺れまくって気持ち悪い。 黒歴史と化している、お袋たちが高校生時代に作ったっていう自主製作映画もかくやという酷さだ。 おまけにモザイクがきつくて何がなんだか…ってそれは見えない方が逆に萎えないのか? そんなことを考えていると、不意に部屋のドアが小さく開いた。 ひょこっと顔をのぞかせたのはお袋だ。 他の連中はAVに夢中で気付いてない。 お袋は面白がるようににやりと笑って、ドアのすぐ側にいた俺のところに来ると、 「珍しい顔して帰ってきたと思ったら、こういうことか」 とからかうように言った。 言っとくが、俺は主犯じゃないからな。 「それくらい分かるさ」 「というか、止めなくていいのか」 呆れながら言った俺に、お袋はにやにやしたまま、 「止めたってしょうがないだろ。そういう年頃だしな。それに、こそこそされるよりは分かるところでやってくれた方がまだいい」 ただし、お袋は付け加える。 「実際にするのはまだ早すぎるからな。あと、する時のゴムは絶対しろ」 「それを俺に言うな。そこの頭の沸いた連中に言ってやってくれ」 と俺が言って、やっと気付いたらしい。 「うわっ」 「い、いつの間に…」 とか何とか言って真っ赤になる連中に、お袋はけらけら笑って、 「ああまあ、そういう年頃だから仕方ないよな。分かる分かる」 などと言っている。 そんな風だったからだろうか。 …俺の部屋だというのに、俺はどこか除け者にされた状態で、そのまま下の方向に話が流れた。 夢精の後始末がどうのとか、あれはばれずに処理出来る物なのかとか、更に処理に困るものなんてどうやって誤魔化すんだとか、まあ、思春期の若造ってのはなかなか面白い悩みを抱えているものである。 そのついでにお袋は、さっき俺にもした、実際にするのはまだ早いって話と共に、ゴムがいかに大事かという話を一席ぶちまけた。 というか、ゴムの話、微妙にお袋の立ち位置が分かる発言だったんだが、そこにはあえて突っ込まないでおくのが親孝行ってもんだろう。 そうこうするうちに、物好き連中も遠慮がなくなってきたらしい。 サインの約束を取り付けた奴に続き発言した俺の友人が、 「で、和希のお母さんは、いつ頃が初めてだったんですか?」 と聞きやがった。 おいおい、地雷じゃないのか、それは。 しかし助け舟を出すつもりはなく、お袋の反応を見ていると、お袋は困り果てた顔で、 「それを聞くのかよ。…しかし……なぁ…?」 その反応で察しがついた。 これを言わせるのは少しばかりまずい気がする。 よって俺がなんとかしようと思った瞬間、 「高一の時ですよね」 と非常に耳慣れた声が降って来た。 びくんと竦みあがったお袋が、ぎぎぎぎぎ、と油を注し損なったみたいな動きで振り返り、 「い…一樹……」 「ただいま帰りました」 そうにっこりと微笑んだ親父に、お袋は慌てて立ち上がり、 「もう帰ったのか? 早かったんだな」 と取繕おうとしたが、 「いつも通りですよ」 と苦笑を返される。 「え!」 驚きの声を上げたお袋は慌てて時計を見て、ざっと青褪める。 「うわ…、すまん、うっかりしてた。今から急いで作るから」 「いいですよ。せっかくです。たまには外で食べましょう。ね?」 「うー……そう、だな。悪い」 「いえいえ、僕としてはたまにはこうしてあなたを労えるのも嬉しいですからね。では、着替えてきてください。仕事着のまま外食は嫌でしょう?」 「だからって、気張ったところにすんなよ」 苦笑しながらお袋が出て行き、俺の友人らしきものたちも帰り支度を始める。 そいつらに向けて、親父は対外仕様と言うにはあまりにも恐怖を感じさせる、しかしながら表面上は非常に柔らかな笑みを見せ、 「あまりうちの奥さんをいじめないでくださいね」 と言ったので、俺もついでとばかりに言い添えてやる。 「本気でやめた方がいいぞ。親父の嫉妬深さは折り紙つきだ」 「おや、酷いですね。和希はそろそろ反抗期でしたっけ?」 「反抗するだけ無駄だって分かってる奴が反抗期なんか迎えるかよ。いいから親父も着替えて来い。スーツ姿で行くようなめんどくさい飯なら付き合わんぞ」 「了解しました」 ふんふんと楽しげに鼻歌なんぞ歌いつつ出て行く親父に、俺はため息を吐き出す。 一応にこやかには見えるが、お袋との外食ってことで機嫌がどの程度戻ったか分からんな。 お袋が色んな意味で泣かされたりしないといいのだが。 しみじみ思っていると、俺の友人が小さく呟いた。 「和希、お前の親父、顔とかはお前とそっくりだけど、お前と違って怖いな……」 それが分かるなら大丈夫だ。 俺はもうひとつだけと決めてため息を吐き、 「流石にそんなに大人気なくはないと思うが、うちでだけは気をつけろよ」 と言ってやった。 |