エロです
古泉もキョンも自重しません
作家になってからもらったもので何が嬉しいって、ファンレターほど嬉しいものもない。 手描きは勿論のこと、そうでない、Eメールなんかでも嬉しいに決まっている。 短かろうが長かろうが関係ない。 多少攻撃的であっても批判的であっても、反応がもらえるだけありがたい。 しかし、それとはまた違った意味で嬉しいのが、――二次創作物だ。 二次創作物ってのは、ある種人気のバロメータ的なものでもある。 無論、好ましいと思わない作家もいるんだろうが、俺としてはそれくらい作品やキャラクターに愛着を持ってもらうことは嬉しい限りだからな。 時に出来のよ過ぎる作品を見かけては、いっそ作家を辞めてもいいような気もしてくるくらいなのだが、それはそれで刺激となってこちらも発奮させられるし、大方の予想を斜め上に裏切ってやろうと知恵を絞るのも楽しい。 そんなわけで、俺は仕事や家事の合間の暇な時に、一般向け、男性向けはもとより、女性向けの二次創作物にも目を通したりしているのだが、女性向けの方が「小説」にしていない「事実」に近いのを見るにつけ、つくづく俺もイレギュラーだなと感じるわけだ。 それ以上に、世の女性の想像力の逞しさに感心することの方が多くもあるんだが。 というか、男性向けなんかを見てて、俺とハルヒだの俺と長門だののカップリングを見ると非常に居た堪れない気持ちになるから、女性向けの方が正直気が楽だ。 名前も違う別のキャラクターと割り切れなくもないのだが、それにしたって申し訳ない気がしてくる。 そんなわけで、息抜きとしては専ら、一般向けと女性向けなんかを読んでるわけなんだが、どうやらそれは俺だけではなかったらしい。 「これ、よくありません?」 と言いながら、一樹が示したのは、どんな顔して買ってきたのかしらないが、非公認ながらも商業誌として販売されている、二次創作作品集だった。 いわゆる商業アンソロってやつ。 その一部を開いて、 「楽しそうだと思うんですけど」 と締まりのない笑顔で言うってことは、お前さては、 「…マニアックなプレイに付き合わせようとしてるだろ」 「違いますよ。そんなに酷くありません」 やっぱりプレイじゃねぇか! 「そんなところでネタを仕入れてくるんじゃない!」 「僕としても不安なんですよね。あなたにいつ飽きられてしまうかと思うと、内心いつも戦々恐々としていて…」 無駄な心配するな。 というかだな、 「余計なことをした方が嫌われるとは思わんのか?」 「あなただって、嫌いじゃないでしょうに」 そういうことを、そういうエロい笑いで言うな。 「まあとにかく見てみてくださいよ」 そう言って押し付けられた本のページを嫌々ながらめくっていくうち、自然と俺の手が止まった。 これは……。 「よくありませんでした? 学ランでコスプレ、いえ、略さずコスチュームプレイ、と言った方がより正確なニュアンスが伝わるでしょうか。僕はただ服を着て、キャラクターを演じて、なんて真似がしたいわけではありませんから。念のため」 本物よりもよっぽど顔のいいキャラが、学ランを着た、本物にはちょっとばかり及ばないものの眉目秀麗なキャラに組み伏せられてあんあん言わされている絵から目を背けるように本を閉じ、俺は真剣に一樹を見つめた。 「頼む。他のどんな変態プレイだって我慢してやらんでもないが、これだけは何があろうと嫌だ」 俺の様子を不審に思ったのだろう。 一樹は俺を案じるようにそっと俺の手から本を取り上げながら、 「あなたがそう言うのでしたら、押し切るつもりはありませんが……理由を聞かせてはもらえませんか?」 俺は小さく抑えながらも、はっきりとため息を吐いた。 思い出すのもうんざりするようなことを思い出さねばならんらしい。 「……高校一年の冬に大きな事件があったってことはお前にも話したし、作品にも書いただろ? あれがトラウマになってんだ」 「それは、一体どういう……」 戸惑う一樹に、もうひとつため息が出る。 「あの時、お前じゃない古泉が言ったんだ。――ハルヒのことが好きなんだってな」 あの世界は有希のいいように設定を変え、しかもそれに整合性を持たせるべく、あれこれ歪められてたんだということくらい、俺にも分かっている。 それでも、嫌なんだ。 「お前が、俺以外の相手を好きなんて」 一樹は慰めるように俺を優しく抱きしめておきながら、 「でも、」 と疑問を口にした。 「あの消失事件の時にはまだ、僕たちは付き合ってもいなかったばかりか、お互いに意識すらしてなかったじゃないですか。それでも、そんなに嫌だったんですか?」 答えを発する代わりに、黙ったまま頷いて、俺は一樹の肩に頭を預ける。 「あれが、きっかけのひとつだったのかもな」 ハルヒを好きだと言ったのが、あの世界に限らないものであり、つまりは一樹の本心じゃないかと疑ったから、一樹を観察するように見つめ続けた。 そのくせ、見つめれば見つめただけ、一樹に惹かれた。 朧気にとはいえ、ハルヒを好きなんだろうかと思っていたから、俺への告白もとっさには信じられなくて、でも嬉しかった。 俺はきつく一樹の体を抱きしめて、 「一樹、」 と呼んだ。 それだけなのに、一樹は眩しそうな顔で目を細め、 「愛してます」 と囁いてくれた。 「俺から言おうと思ってたのに、取るなよ」 甘ったれるようなことを言いながら、一樹に強引にキスをする。 「愛してる」 と囁いて、痛いほどに抱きしめられると、それだけでも胸が熱くなる。 どちらからともなくキスを繰り返して、体の中で熱が燻り始めるのを感じながら、熱っぽく一樹を見つめれば、一樹は俺以上に熱を持った瞳をしていた。 ぞくりとする。 体の奥が疼き始める。 深く舌を絡めて、互いの唾液を貪って、熱い体を擦り寄せあうと、止まらなくなる。 「ぁ……一樹…」 はしたなくも浅ましい声で呼べば、一樹は柔らかな苦笑を見せる。 「子供たちが起きちゃいますよ…?」 「ん、い、意地悪……っ…!」 こんなにお前のことが欲しくて仕方ないのに、そんなこと言うのかよ。 余裕ぶった顔が憎たらしい。 そんな顔を見ているだけで腹立たしくて、かと言って顔をそむけるとのは癪だし、体を放すのも惜しくて、俺は一樹の顔に自分の顔を近づけた。 一見矛盾しているように見えるかもしれないが、こうすればピントがあわなくなって、表情なんて分からなくなるというわけだ。 ついでに、一樹を煽ることも出来るしな。 それがついでなのか、それとも実際にはそっちがメインなのか、自分でも分からなくなりながら、俺は自ら舌を伸ばして一樹の唇に触れる。 柔らかな感触にさえ、疼くのは体の奥だ。 「責任取れよ…」 唸るように囁いて、体内には劣るものの高い熱を持つものを一樹に押し当てると、一樹が笑った。 苦笑ではなく、降参のそれでもなく、ごまかしの笑みでもない。 共犯者めいた悪辣な笑みに、ずくりと腰が揺れた。 「本当に、あなたという人は…」 呟きながらも一樹の手は羽のように軽いタッチで俺の背中をなぞり下り、腰をそっとおさえる。 「ぁ……っん…」 たったそれだけでも、俺の欲は燃え上がり、甘ったれた声が漏れた。 「興奮してますね」 自分こそ興奮しているくせに、澄ました声で一樹は俺の羞恥を煽る。 「はっ…して、悪いかっ……!」 開き直ってそう笑えば、一樹は愛しげに口づける。 「嬉しいですよ」 「なら、もう…っ、早く」 焦れてそうねだれば、一樹は優しい笑みを見せる。 そうして、いつもなら抵抗するところだが、今日はそんな余裕もないと見て取ったか、ひょいと俺を横抱きに抱え上げた。 いわゆる姫抱っこってやつだな。 「お前な…」 呆れる俺にもめげず、一樹は微笑し、 「いいでしょう? これくらい」 三十路も近い男相手にやることじゃないと思うんだが。 「歳なんて関係ありませんね。あなただから、したいんです」 恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言ってのけた一樹を黙らせるべく、俺は一樹にキスをしたのであって、照れ隠しでもなければ嬉しかったなどという理由によるものでもない。 だが、一樹は酷く嬉しそうな顔をして俺をベッドに横たえると、芝居がかって見えるほどに恭しく、俺の手の甲に唇をそっと触れさせた。 ……なんの遊びだ。 「やってみたくなっただけですよ。…僕にとってあなたは、お姫様みたいなものですからね」 「あほか。付き合いも長い嫁を捕まえて何をぬかす」 呆れながらそう返したってのに、一樹は驚いた様子で目を見開き、眉を跳ね上げた。 それから、あらためて幸せそうに微笑して、 「何年連れ添っても、倦怠期なんて来そうにありませんね」 と独り言めいた呟きをもらし、 「愛してますよ、奥さん」 「ん…俺も」 重ねた唇は、触れ合わせるだけでは我慢出来ず、深くお互いの中を探り合う。 「あなたが好きですよ。何年経っても飽きることなんてないですね。未だに、あなたには煽られてばかりで、とてもじゃありませんが、僕に勝ち目はなさそうです」 笑いながら、一樹は俺の服を手慣れた仕草で剥ぎ取っていく。 俺も自らそれに協力しながら、体に溜まった熱を少しでも発散したくて、一樹を抱きしめる。 一樹の体だって熱いのに、そうすれば、すこしだが、焦躁感を帯びた熱が落ち着くように思えた。 一樹は俺の方が音を上げたくなるほど、焦れったく俺の体を愛撫する。 優しく撫でて、触れるだけの唇を至る所に降らせて、熱を煽っているのか鎮めようとしているのかさえ分からなくする。 世の男というものはもっと猪突猛進みたいなところのあるものだと聞くのだが、こいつはそういうのとは違うらしい。 奉仕と言っていいような行為に没頭する一樹は、一見すると被虐願望でもあるのかと言いたくなるくらい楽しそうに見えるが、長い付き合いの俺にはよく分かる。 これはつまり、畑に植えた作物に水を遣り肥料を遣り育てているのと同じで、最終的には刈り取って食うつもりなだけなんだと。 短いスパンで見るなら、一回の行為の間に、快楽の種が植えられ育てられ食われる。 同時に、長いスパンで見ても、同じようなことをされているのだろう。 最初から俺の中にあった芽を思う方向に育て、じわじわと大きな木へとなるようにしていっているのだと思う。 だから、一樹との行為が回を追うごとに激しくなり、快楽もまた強くなるのだろうと。 育ちきったその木が、どのような扱いを受けるのか俺には分からない。 枯れる前に切り取られるのか、それとも枯れてなお、消滅するまで傍らに置かれるのかは分からない。 だが、こいつのことだ。 そう簡単に手放したりはしないだろう。 「…どうせなら、なにもかも全部残さず食われたいな」 なんてのは、酷い被食願望というものだろうか。 くっと喉を震わせたところで、一樹は怪訝な顔をして、 「一体なんの話ですか?」 「んん……なに、たいしたことじゃない。……お前が好きだなってだけだ」 にやりと笑って言ったにも関わらず、一樹は幸せそうに笑った。 「愛してます。誰が離すものですか」 そう言ってきつく抱きしめる腕に、その熱さに、俺の我慢も作った余裕も消え失せる。 「な…ぁ、早く…。もう、いいだろ…?」 「そうですね……」 確かめるように一樹が指を大きく動かすと、ぐちゅりとはしたない水音がした。 ローションのせいだと羞恥心を抑えようとしたのなんて昔の話で、どうしたってローションの力を借りねばならない、挿入に必要な粘液の分泌もままならん男の身体構造に苛立ちめいたものを感じたのは、結構最近の話だ。 未だに、時々思う。 もし、俺が女だったら。 そうしたらローションもいらないし、ここまでくどくどとした前戯も必要ない。 有希と和希にも、たくさん弟妹を作ってやれる。 「そんなに子供がほしいのでしたら、励んでみましょうか。今一度の奇跡を願って」 一樹はそう囁いて、じわりと先端を埋めてきた。 「はっ…ぁ、ふ……」 かすかな痛みを打ち消す、じんとした歓喜が俺の体を震わせる。 「妊娠したかったら、ゆっくりするのがいいんでしたっけ?」 「し、らな……っ、あっ、あぁっ…!」 奥まで埋め込まれたそれが、動きを止めても、快感に変わりはない。 むしろ、激しいそれより強い幸福感に包まれて、酔ったような気持ちになる。 「凄いですね、あなたの中……。きつく締め付けて来て、僕の方が先にいってしまいそうですよ」 額に汗を浮かべて、一樹はそう苦笑めいた笑みを見せたが、 「はっ、…孕ませて、くれるんじゃ、なかったのか…?」 「ええ、いくらだって、注ぎ込みますからしっかり孕んでください…っ…!」 悪戯でも仕掛けるように一樹を締め付けると、一樹がぐっと奥歯を噛んで堪えたのが分かった。 「んっ……、いけ、ば、いい…のに……」 「本当に、あなたって人は…」 そう呟いた古泉は、優しく俺の唇に自分のそれを触れさせ、 「そんなところも愛してますよ、奥さん」 と言って、軽く腰を使った。 体の奥を掻き回され、突き上げられる感覚に、 「ひはっ…! あっ、やぁ……ん…!」 体も心も持って行かれそうで、俺はきつく古泉の背中を抱きしめて、自分をつなぎ止める。 苦しいほどの快楽の果てに、最奥へと吐き出された熱に、目眩がするほど感じた。 それにしても、だ。 「お前、どんな顔して女の子向けのアンソロジーなんて買ったんだ」 「どんな顔も何も……ごく普通にですけど、何かおかしいですか?」 「……どこで」 「近所の、ほら、よく使うあの本屋さんです」 「……」 本当にこいつはなんら羞恥を覚えることなく買ったのだろうかと思いながら、呆れのため息を吐くしかなかった。 |