コスプレ希望



「お願いします」
土下座して懇願されても嫌だ。
誰がコスプレなんかするか。
死んでもお断りだ。
古泉のベッドの上でむくれる俺の前で、情けなくも土下座を続行しつつ、古泉は俺を上目遣いに見た。
「……どうしてもだめですか?」
「当たり前だろ。なんでコスプレなんかしなきゃならないんだよ」
「せっかく涼宮さんにいただいたのに」
と見つめる先にあるのは、紙袋だ。
中にどのような衣装が入っているのかは恐ろしくて聞いてもいない。
なにせ、ハルヒチョイスだ。
まともなものが入っているとも思えない。
よくても男物のマニアックな制服、最悪の場合なら色んな意味でキワドイ女装に決まってる。
おまけにハルヒは、にやにや楽しそうに笑いながら、
「キョンと二人で楽しんでよ」
なんて余計なことを言いやがったらしい。
それだけで、そら恐ろしい衣装が出てくることはまず間違いない。
ただでさえ健全とは言いかねる過ごし方をしてしまっているんだ。
こんな爽やかな日曜にこれ以上の奇行は避けたい。
というわけで、
「お前がなんと言おうと断固拒否する」
と断言したところで、さらに畳み掛けるように、
「大体だな、お前、俺に何か不満でもあるのか?」
ないと分かっていてそう聞いてやると、案の定、
「不満なんてあるわけないですよ」
「だったら、コスプレなんてしなくてもいいだろ。…これが、お前がスカート姿の女の子にしか欲情しないとかいう変態だってんなら、着てやらなくもないが」
ないと分かっているからこその、頭の煮えきった奇矯な発言だったというのに、古泉はマジな顔で、
「あなたが女装してくださるんでしたら、今からそういうことにしてもいいですが」
「アホか」
と言うかお前、どんだけ見たいんだ。
俺の女装姿なんてどう考えたって似合わないこと間違いなしだってのに。
あと、女装で確定なんだな?
その中身は男物の制服なんて安直なものじゃないんだな、畜生。
「可愛らしい服ですよ。見てみます?」
「見たくもない!」
「僕は見たいです。あなたの可愛らしい姿も、慣れない服に恥らっているところも…」
そこはそんないい声で切なげに囁くところじゃないと思う。
反射的にぞくりとしたものが背筋を這うのを感じながらも、俺は強硬に抵抗する。
しないでおけるものか。
「…っ、現状に不満がないんだったら、わざわざコスプレなんて突飛なものを取り込まなくったっていいだろうが」
「不満はありませんが、もっとよくしたいという欲求ならあります」
「女装で何がよくなるってんだ」
「ですから、あなたの恥らうところが見たいんですってば」
このボケ!
「恥らうところなんか、その、…っ、しょっちゅう見てるだろうが!」
あああ、誰でもいいから今すぐ俺のこの煮えきった頭を撃ち抜いてくれ。
口径のでかい銃かいっそ散弾銃で頼む。
「確かにあなたは羞恥心が人一倍強いですからね。そういう意味では見てますけど……でも、もっと見たいんです。いつもとは違う方向で恥かしがって、赤くなっているあなたを。そうして、羞恥に震えるあなたを抱き締めたい…」
黙れ変態。
「お前がそこまでの変態性を持ち合わせていたとは露とも知らなかった。交際を考え直していいか?」
「子供までなしておいて何を言い出すんですか。それに、」
と古泉は楽しげな忍び笑いを漏らしながら、俺の足先に軽く口付けた。
「あなただって、本当は嫌いじゃないでしょう?」
「…何が」
「僕が少々変態だろうとなんだろうと」
「……」
誰がこういう時に適切な、頭の覚めるような罵りの文句を俺に教えてはくれまいか。
「古泉」
「はい?」
「確かに、俺は自分でもどうかと思うくらい、お前にべた惚れであることは認めざるをえないかも知れん。だが、それにしたって限度と言うものがある。更に言うなら今回の無茶な要求はそれに抵触する勢いなんだが?」
「嘘でしょう」
あっさり言いやがった。
なんだ、その自信は一体どこから湧き出てくるんだ?
「嘘ですよ」
しかもダメ押しした。
「この程度のことであなたが僕を嫌うはずがありません。あなたが僕を本気で突き放そうとするとしたらそれは、それこそ絶対にありえない話になりますけど、僕が他の誰かにうつつを抜かすとか、あなたや有希に暴力をふるうとか、ギャンブルや酒におぼれるとか、それくらいの、つまりは人としてダメな領域までいかないと」
………なあ、殴っていいか?
「照れないでくださいよ。恥かしがるあなたも愛らしくて好きですけど」
なんていうか、ポジティブすぎて手に負えない変態ってのはこういう奴のことを言うんじゃないだろうか。
「じゃあ聞きますけど、本当に、僕のことを嫌いになります?」
ぐいっと顔を近づけてきた古泉が、思わず目を閉じたくなるような至近距離から問うて来る。
「は…?」
「僕は、コスプレしてください、って言っただけですよ? それだけで、嫌いになれますか」
そう囁く声も、正直、ずるい。
「こ、んの、卑怯者…っ……」
「何がですか。あなたの方がよっぽどですよ」
薄く笑った唇が、俺のそれに触れる。
柔らかいそれを、気持ちいいと思いながら物足りなく感じた。
「続き、したいですよね?」
答えられなくて黙り込み、ただひたすら古泉を睨めば、何か強情でどうしようもない子供を見るような目で見られ、肩を竦められた。
「そうやって、いつだって肝心なことは言ってくださらないんですよね、あなたは」
「い、言えるわけないだろうが…!」
そう言うだけでも俺には難業だ。
言えるわけないようなことを要求していると言うわけだからな。
しかし、古泉にはそれでは足りんらしい。
「だからコスプレですよ」
「……は?」
なんでそこに話が戻るんだ。
「コスプレして、他のキャラクターになりきってしまえば、普段なら言えないようなことだって、言えると思いませんか?」
「そういうもんじゃないだろ!」
本気で何を言い出すんだこの変態は。
もう、「古泉一樹」と書いて「変態」と読めばいいんじゃないか。
「あなただって、素直に言いたい時くらいあるでしょう?」
「ないな。少なくとも、コスプレして言いたいようなことは皆無だ」
「まだ、意地を張って」
呆れたように呟いた古泉は、あざとくも俺の耳元に唇を寄せ、とっておきじゃないかと思えるほどのいい声を響かせた。
「僕は、見たいですし、聞きたいです。…いやらしい格好をして、いやらしい言葉を言うあなたが」
「くたばれ」
思わず口から出た言葉を打ち消す気力すらなくなる。
うん、もう、ほんと、死んで来い。
そうすりゃ美しい思い出だけが残ってくれるだろうからな。
膝を抱えて泣く日があっても、その思い出があればやってけるだろう。
「何言ってるんですか。悪い夢を見て泣く人が」
意地悪く笑って古泉は俺の耳を甘く噛んだ。
それだけで、ぞくりとする。
「あ…っ、よせ、って……」
「コスプレしなくても、いいですよ? あなたが、ちゃんと言ってくれるなら」
「…はっ……? なに、を…?」
ああくそ、ぞわぞわするからシャツの中に手を突っ込んでくるんじゃない。
脱がせようとするな。
まだ会話の途中なんだろ。
「いやらしいこと、言ってくれます? どこをどうして欲しいかとか、どうされるのがよくて、どう感じるのかなんて、全部…」
「……っ、言えるかそんなもん!!」
流されかけてたのも忘れて、全力で叫んだ後、古泉を突き飛ばした。
もうやだ、こいつ。
そろそろ泣きたくなってきた。
「じゃあやっぱり着てください」
満面の笑顔と共に古泉が紙袋から引っ張り出したのは、ひらひらぴらぴらしたメイド服で、おまけにこれは見間違いだと信じたいのだが、猫耳猫尻尾まで一緒にあった。
「誰が着るか!」
「着てくださいよ。というか、着せます」
「ちょっ、こらっ! おい!!」
抵抗むなしく、古泉は恐るべき手際のよさで俺を拘束すると、俺の服を脱がせ、これまた手早くメイド服を着せやがった。
あまりの所業に呆然とする俺の頭に、
「はい、これで完成です」
なんて、上機嫌のとろけきった声で言いながら、猫耳カチューシャを装備させる。
これはあれか。
いっそのこと、肉球のついた手袋をつけられなかっただけマシだと思うべきなのか。
「想像以上にお似合いですね」
にこにこ顔で古泉は俺の顎に手をやると、無理矢理に俺の顔を上げさせた。
その瞬間、パシャリというデジタルな合成音が響いた。
……ちょっと、待て。
「はい?」
「今、お前、何をした?」
「何って……」
古泉は手にした携帯を見せつけるように高く掲げながら答えた。
「あなたの可愛い姿を写真に収めました」
「消せっ! 即刻削除しろ! いいや、その携帯ごと壊しちまえ!」
「ダメですよ」
そう言って古泉は携帯を後ろ手に隠し、最高の笑顔で言った。
「涼宮さんたちに見せられたくはないですよね?」
………脅迫する気かコノヤロウ。
本気で、付き合いを考え直した方がいいんじゃないかと思った。

続く。
……って、続くのかよ!?