エロです
甘いですが前半ちょっと痛いような悲しいようなシーンも入ってますので
苦手な方はご注意くださいませ
眠れない。 眠気がやってこないから眠れないというより、眠たいのに眠れないという状態だから余計にたちが悪い。 明日のことを思えば、そろそろ寝なきゃまずいと思う。 思うのだが……眠ろうとすることが出来ない。 眠ることから逃避を図り、我慢出来なくなってからやっと眠るということが、最近多くなってきていた。 今夜も、迷惑だと分かっていながらついつい古泉に電話を掛け、ずるずると長電話をしていた。 「あー…すまんな、遅くまで」 『いえ、僕は平気ですけど……あなたこそ、大丈夫何ですか? 随分眠たそうな声に聞こえますよ?』 「ん…確かに、眠くはあるんだが……」 それでも、眠りたくないんだと言えば、古泉が怪訝そうな声を出した。 『おかしなことを仰いますね。眠いのに眠りたくないんですか』 「ああ。……最近、夢見が悪くてな」 『そうなんですか…』 「眠れない分は昼間授業中に補うから、別にいいといえばいいんだがな」 『それ、全然よくないですよ』 と笑った古泉は、 『眠るのが怖いなら、添い寝でもしてあげましょうか?』 「ばか。今から来るつもりかよ」 『だめです?』 「だめに決まってんだろ。なんとかして寝るから、お前も寝ちまえ。報告書だかなんだか知らんが、遅くまでやるもんじゃないだろ」 『そうですね。では、……おやすみなさい』 「ん、おやすみ…」 『…眠れなかったら、また電話掛けてくださいね』 「寝ろって言っただろ。掛けねぇよ。おやすみ」 無理矢理そう言って通話を切る。 携帯を放り出すようにして布団を被りなおせば、すぐに睡魔はやってきた。 見たくもない夢を携えて。 黒々とした闇の中に浮かぶ小さな舟。 灯りを求めて、積んであった蝋燭に灯を灯すと、赤い光に照らされて、傷だらけの体が見えた。 顔も何も判別が付かないほどのそれなのに、一目で誰のものか分かった。 慌てて駆け寄り、手で触れようとした瞬間、それはもろもろと崩れ落ちた。 そして、細かな欠片となって消えていく。 俺の手の中に、何一つ残すこともなく。 ぼろぼろと涙が零れ、その冷たさで目が覚めた。 青い人型の化け物ではなく、灰色の空間そのものを切り裂くように飛ぶ赤い光。 俺はいくつもあるうちの一つだけをじっと見つめ続けていた。 普通なら追いきれないほどの速さで飛び続けるそれを、瞬きもせずに追う。 その光だけが、俺には特別に見えた。 特別な、特別大切なその光に、何か恐ろしいことが起きてしまわないように祈るような気持ちで、俺をそれを見つめ続ける。 祈ることくらいしか、俺には出来なかった。 俺には何の力もないから。 それを歯痒く思った時だ。 青い塊にぶつかったわけでもなければ、周りの建物にぶつかったわけでもない赤い光が、不意に弱まり、堕ちて消えるのを見た。 その名を叫ぼうにも声が出ず、酷い胸の痛みと共に俺は飛び起きた。 一面に広がる草原のただ中に、一輪だけ、白い花が咲いていた。 凛と咲く花は、健気とか可憐とかいう言葉が似合わないくらいはっきりと咲き誇っていた。 そんな花は別に好きでも何でもなかったはずだってのに、いつのまにか、手に入れたいと思っていた。 俺が手に入れたいと思うと、花の方も俺のものになりたがっているようだった。 それでも、俺はぐっと我慢した。 花を摘んでしまえばすぐに枯れてしまうということくらい、よく分かっていたからだ。 見ているだけでいいと思った。 それくらい花は綺麗で、俺はその花が愛しかった。 それでも、何時間も何日も何ヶ月も見つめ続けているうちに、どうしても我慢出来なくなった。 花も、俺のものになりたいと風に乗って俺の方へと揺れてくる。 そんな風に誘惑されて、拒めるはずなどなかった。 だから俺は緊張に震える手を伸ばし、その花を手折った。 ……ところがだ。 次の瞬間には花はしおれ、あっという間に枯れ落ちてしまった。 その茎から、毒々しいまでに真っ赤な血が滴り落ちているのが見える。 そうして俺は、悲鳴を上げて飛び起きた。 「大丈夫ですか!?」 飛び起きた俺を心配そうにのぞきこんでいるのが古泉だと、一瞬理解出来なかった。 それくらい、夢を引き摺っていた。 「ぁ……古泉…?」 「そうです。あの、大丈夫ですか? 凄い悲鳴でしたけど……」 「大丈夫だ…。すまん…お前まで、起こしちまって……」 「先日仰っていた、夢見が悪いというのはこのことだったんですね…。こんなに酷いなんて…」 「別に、毎日じゃないんだ。時々……本当に時々、酷い夢を見て、飛び起きちまうだけで…」 「それにしても、」 「それより、」 まだ何か言い募ろうとする古泉を遮って、俺が問う。 「お前こそ、大丈夫だよな? 急にいなくなったりしないよな?」 俺があんまりにも必死だったからだろう。 古泉は俺を落ち着かせるように優しく、だが強く抱きしめながら、 「大丈夫ですよ。僕はここにいます。あなたの側から離れたりなんてしません」 「ん…」 抱き締められると、ほっとした。 確かに古泉だと分かる。 だが、足りない。 もっと抱き締めて欲しい。 確かに大丈夫だと分からせて欲しい。 随分前に見たリアルすぎる夢も、最近よく見るような抽象的な夢も、どちらも同じくらい怖い。 古泉を失いたくないのに、それを予言するかのようで恐ろしい。 だから俺は、震える腕で古泉をきつく抱き締め返しながら、前と同じ言葉を繰り返す。 「古泉…っ、愛してる…」 「僕も、あなたを愛してます」 「愛してるから、…頼むから、俺より先に、…っし、死なないで…」 「約束します。何があっても、あなたを残して死んだりしません。死ねるものですか」 そんな風に、古泉も、前と同じように約束してくれる。 「約束だからな…?」 「はい、約束です」 繰り返し何度も言質を取る。 それでも俺は、怖くてならない。 古泉を失いたくなければ失いたくないほどに、失うことが恐怖になる。 そんな風に怖がっているからこそ、あんな夢を見るのかも知れない。 もし本当にそうだとしたら、酷い悪循環だ。 泣きそうになりながら、古泉を抱き締め直す。 幼い子供がするように、一番密着出来るような体勢を求める。 古泉を、離したくない。 どこにも行かせたくない。 いっそひとつになってしまいたい。 「古泉…」 「はい?」 「…ぎゅって、強く、抱きしめて…」 「はい」 優しく微笑んで、古泉がその通りにしてくれる。 俺はそれに少しだけ胸の空隙が埋められるのを感じながら、それでも足りなくてもっとと求める。 「キス、してくれ…」 「喜んで」 そう言った唇が、俺のそれに触れる。 暖かくて湿ったそれが、確かに生きていると教えてくれる。 それでも足りなくなって、俺は古泉の耳に唇を寄せると、 「明日…大丈夫か…?」 「休みですから、大丈夫ですよ」 ああ、そうか、明日は休みだったか。 そんなことすら分からなくなっている。 重症だ。 重症なんだから仕方ないよな、うん。 俺は自分で自分に言い訳しながら、古泉の耳に唇を触れさせながら、 「…したい」 と短く囁いた。 本当は、もう少し長々と言ってやろうと思ったんだ。 寝る前にだって何回か励んだんだからしんどいかも知れないが頼むとか、不安で不安で仕方ないからしたいんだとか、やりたいっていうよりお前と繋がりたいんだとか、恥ずかしくなるようなことを並べ立てようと思っていたとも。 ただ、不安に震える喉は、その短い言葉を囁くことすら困難にしていた。 だから俺は、後はなんとか伝わるようにと、潤んだ目で古泉を見つめる他ない。 一瞬きょとんとした顔をした古泉だったが、そのままドン引きしたりはせず、へらりとした軽薄な笑みを見せると、 「怖い思いをされて、今も震えているあなたには悪いですけど、こんな風に積極的に求められるのって、いいですね」 とほざきやがったので、 「ばか」 と睨みつけてやる。 「だめですよ、そんな可愛らしい顔で睨んだって、少しも効きません」 くすくすと笑いながら古泉は薄いTシャツ越しに俺の胸を撫でた。 「この辺りが、痛いんですか?」 「んっ……痛い…。苦しいくらい、痛い…」 「凄くドキドキしてますね。これは、怖いからですか?」 そうだと頷けば、古泉は俺をとさりと優しくベッドに横たえ、Tシャツを慣れた仕草でめくり上げた。 鎖骨の辺りまで露わにして、 「舐めたら治りますかね」 などとふざけたことを言いながら唇を寄せる。 言葉通り舐められるのを期待して震える先端に、触れるのは吐息ばかりだ。 「こいず、み…?」 触ってくれないのかとは流石に問いかねて名前を呼べば、 「いえ、僕も欲深ですね」 とわけの分からないことを言った。 なんだいきなり。 「いやぁ、珍しくあなたの方から求めてくださるものですから、もっと色々言ってほしいなんて、ヨコシマなことをついつい考えてしまうんですよ」 俺は呆れてため息を吐きながら、 「……というかだな、お前、変に気を遣おうとするな」 「はい?」 なんだ、気付いてないとでも思ったのか? 「俺が悪夢にうなされて、そのせいで落ち込んでるのを元気付けようとして、いつも以上に悪ふざけみたいなことを言ってたんじゃないのか?」 「……参りましたね」 そう言って古泉は苦笑を見せた。 「気付かれないようにしたと思ったんですが、やっぱりわざとらしすぎましたか?」 知るか。 ただ、 「…お前ともうどれだけ付き合ってると思ってんだよ」 毒づくように言えば、 「そんなに長くもないですよ?」 「うるさい。長かろうが短かろうが関係ないんだよ。…お前がいなきゃ、どうしようもないくらいに、なっちまってんだ。お前の考えてることくらい、お見通しなんだよ」 「…ありがとうございます」 そう言っておいて、古泉は言いたくて仕方がないとでも言うように、 「愛してます」 と囁いた。 「ん…俺も……」 甘えるように古泉を抱き締めながら、俺は小さな声で言ってやる。 「…さっきの、本音も混ざってただろ」 「え、どれのことですか?」 「色々言ってほしいとかなんとか言ってたやつだ」 俺が言うと古泉は一瞬迷うような真顔を見せた後、悪戯っ子がするかのように舌を出して笑った。 「ばれましたか」 だから、お見通しだって言っただろ。 「すみません。どさくさに紛れてあんなことを言ったりして……」 「…いい」 「はい?」 今度こそ戸惑いの声を上げた古泉に、真っ赤になった顔を見られないよう、俺は自分の顔をその肩口に押し当てながら、言ってやる。 「早く、触って…。胸も、腰も…、全部、…触って、お前がちゃんといるんだって、俺に分からせてくれ…っ…」 「っ、」 驚きと歓喜の入り混じった顔をした古泉をそっとうかがい見て、俺は小さく笑みを返し、 「言ったのに、して、くれない、つもり、か…?」 「…っ、いえ、驚かされまして……」 「分かってるから、…早く…」 と急かすと、キスされた。 深いキスの間にも、古泉の手が俺の肌をなぞる。 それだけでぞくぞくした。 「古泉…っ、ぃ、ずみ…!」 繰り返し繰り返し名前を呼んで、その体に縋りつく。 酷い夢に冷え切った自分の体を早く温めて欲しい。 古泉の唇が、舌が、指が、ズキズキと痛む胸に触れるとそこから暖かさが戻ってくるように思えた。 安堵が胸の中に広がる。 それでも、欲しいと思うのは薄れない。 古泉はローションを纏った指をぬるりと滑らせながら、小さく笑った。 「まだ柔らかいですね。あまり慣らす必要もなさそうです」 「んっ、ぁ、だ、ったら、……っはや、く…」 もの欲しさに揺れる腰を抱いて、古泉は優しく俺の膝に口付ける。 「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。…僕はちゃんと、ここにいますから」 「っ、……ぁ、んん…」 中をかき回すように指を動かされて、体が跳ねる。 古泉の手が体に触れ、キスをされるたび、冷たくなって震えていたはずの体は熱を持ち、歓喜に震え始める。 煽られるばかりの優しすぎる行為に焦れて、目尻からは涙が零れた。 まるで、さっきの嫌な思いを全て塗りつぶし、塗り替えるように。 「こい、ずみ…っ、も、はやく、…いれ、てぇ……」 耐えられなくなった俺が甘ったれた声でねだってやっと、古泉は願いを叶えてくれた。 はっきりと感じる熱さが、夢ではないと教えてくれる。 「はっ……あ、ふあぁ…!」 声を抑える余裕も失って、俺はひたすらに古泉を抱き締める。 絶対に放さないでくれと願いながら。 「愛してます…っ」 繰り返し何度も囁かれる言葉にも、頷くことしか出来ない。 それほどいっぱいに満たされて、痛いくらいの快楽に酔って、やっと悪夢の余韻から抜け出せた。 ほっとしながら眠りかけていた俺に、 「本当はこんなことを思ってはいけないんでしょうが、」 困ったような笑みを含んだ声で古泉が言った。 俺は何を言おうとしているのかと目を開けたのだが、見えるのは古泉の意外にたくましい背中だけだった。 「あなたがこんな風に素直に甘えてくださるなら、悪夢も悪いものではないように思えてしまいますね」 「……阿呆」 毒づきながら抱きつく背中は暖かい。 「愛してます。絶対に、あなたを離したりしませんよ。……だから、もう、眠ってください」 「ん…おやすみ……」 「おやすみなさい。…今度こそ、いい夢を」 その柔らかな声と共に、俺は意識を手放した。 |