捏造盛りだくさんですよ
大学の合格通知が届いたその日、俺は昼間っから有希の部屋に行った。 理由は簡単だ。 夜は家族と祝うってことになってたから、有希と古泉と過ごそうと思ったら昼しかなかったんだよ。 古泉も有希も当然のように合格通知を受け取っていたから、これからもまだ一緒にいられるということだな。 「しかし、本当に俺と同じところでよかったのか? お前らならもっとレベルの高いところに行けたんじゃないのか?」 俺が言うと、古泉が苦笑して、 「よっぽど目的意識があるのでない限り、昨今はどこの大学でもそう変わりはありませんよ。僕の場合、特に集中してやりたい学問があるとか、進みたい道があるわけでもないんです。将来は機関の息のかかった企業に就職することが既に決まってもいますしね。それに、愛する人と一緒にいたいと願い、それを実行するのは理に適ってると思いませんか?」 「…ばか」 それってつまり俺のために大学のレベルを落としたってことだろ。 あれだけ熱心に指導した結果がこれとは、担任も可哀相にな。 「じゃああなたは嬉しくないんですか? これからまだ同じ学び舎に通えるんですよ?」 「…嬉しいに決まってるだろ」 正直に言ってやると、古泉が微笑んだ。 「ですよね。それにあなた、本当なら選ばなかったくらいレベルの高い大学を選んでくださったでしょう? おそらく、僕と有希のために」 やっぱりばれてたか。 「受験勉強も大変だったでしょうに。…その心遣いが嬉しいですよ」 と笑った古泉に、有希も頷き、 「私も、お母さんとお父さんと一緒にいたかった。涼宮ハルヒが同じ大学を選ばなくても、私はお母さんたちを優先させた」 そう、ハルヒも同じ大学なんだよな。 あいつこそ、もっとハイレベルなところに行けばいいものを。 「涼宮さんも、大学などさほど重要ではないとお考えなのでしょう。よっぽど面白味に富んだ授業が出来なければ彼女を大学内にとどめるなんてことは出来ないと、機関の上層部も考えているようですよ」 で、また裏工作か。 「ふふ、悪いことではないでしょう? 大学自体が活気付くかもしれませんよ?」 まだ入学もしていない大学に、そこまで愛情は持てんがな。 裏工作、で思ったんだが、 「古泉」 「はい、なんでしょう?」 「お前、いや、お前ら機関だな。…まさかと思うが、俺の入試に関して何か手出ししちゃいないだろうな?」 そう睨みつけてやると、古泉は心外そうに言った。 「していませんよ。そんな必要などないと思いましたし、それであなたに嫌われたくはないですからね」 それでいい。 「疑って悪かったな」 「いえ、当然のことかと」 そう微笑んだ古泉が、 「だから、僕はひとつ賭けてみたんです」 「賭けだと?」 「ええ。…あなたと一緒の大学に通えるかどうかということでね」 「……一体何を賭けたんだ?」 「心配しなくても、金銭ではありませんし、そもそも競う相手はいません」 そう言った古泉が俺の手を両手で包むようにして握り締めた。 「――僕と、結婚してください」 ――頭の中が真っ白になった。 何を言われたのか理解出来なかったというよりも、嬉し過ぎて。 唖然とする俺に古泉は苦笑して、 「勿論、法的な意味では結婚など出来ないと分かっていますよ。事実婚でいいんです。あなたと一緒に暮らしていければ、それで。――同じ大学に通えることになるのでなければ言わないでおこうと思ったんです。そうでなければ一緒に住むのはいささか不自然ですからね。でも、僕はこうして賭けに勝つことが出来た。だから、言えたんです。結婚してください、と」 「お前……一応ちゃんと考えて言ってるんだな…」 「当然です。他でもない、あなたとのことなんですからね」 そう微笑まれ、ぼろっと涙が零れた。 嬉し涙だということは、言わなくても通じているらしい。 古泉が照れくさそうに笑い、有希も目を細めたのが分かった。 「あなたのご両親にご挨拶して、あなたをくださいとお願いしに行きます。必要なら、結納だって何だってしますよ。男性であるあなたにこんな言い方をすると怒られるかもしれませんけれど、……僕のお嫁さんになってください」 お嫁さんなんて子供のする口約束みたいだ、と思いながらも涙が止まらない。 声さえ震わせながら、 「そんなことになったら、俺は勘当されるかもしれねぇぞ。そうしたら、学費も生活費も何もかも、自分たちでなんとかしなきゃならなくなる。それでも、いいのか?」 「正直なところ、経済的なものは全く問題にならないんです」 と古泉は困ったように笑った。 「あなたと一緒に苦労するというのも魅力的なんですけれどね」 どういう意味だ? 首を傾げる俺に、古泉はあらかじめ用意してあったらしい通帳をポケットから取り出し、俺に見せた。 そこにはとんでもない桁数の数字が並んでいた。 驚きの余り涙も止めた俺に、古泉は平然と、 「機関からの報酬を、使う機会がほとんどないまま貯めてあったんです。置いておくだけというのも勿体無いので、運用もそこそこしましたからね。あなたと子供くらいなら、ちゃんと養えるんですよ」 「それにしたって…」 どうやってここまで増やしたんだ。 もともとの報酬だってそう少なくはなかったんだろうが、それにしたって尋常でない。 「知ってますか? 株というものはゼロサムゲームなんです。誰か儲かる人がいれば、同じだけの損失を出す人がいる、つまり、利益と損失の合計が常にゼロになるものだということです。大手証券会社では、顧客の誰に利益を出させ、誰に不利益を被らせるかということを操作することも不可能ではないんですよ。ですから、多額の金を預ける人間には派手に儲けさせてくれたりもするわけです。だから、これだけ増やしてくれたんですよ。僕の場合、たとえ全部失敗してしまっても気にしないという感覚で任せきってましたから、余計に担当の方が張り切ってくださったようですし。おかげで、こうなりました」 にこやかに言う古泉は、理学部に進むことが決まってるんだが、その物言いを聞いていると経済か経営にでも進んだ方がよかったんじゃなかろうか。 「だから、安心して嫁いでください」 そう笑う幸せそうな顔に、俺は小さく頷いた。 それを古泉が見落とすはずはない。 「ありがとうございます」 という言葉と共に引き寄せられ、抱きしめられた。 「愛してますよ」 「…俺も、愛してる」 小声で言うと、更に強く抱きしめられた。 それから古泉は、じっと様子を見守っていた有希に目を向けると、 「有希も、一緒に暮らしてくれますよね?」 有希は目を軽く見張ることで驚きを表し、 「…いいの?」 と古泉ではなく俺に問うた。 「当たり前だろ。お前は俺の…俺たちの、娘なんだから」 「…ありがとう」 俺が求めるまでもなく古泉が腕を緩めたので、俺は有希に向かって手を広げた。 そこへ、有希が早足になりながら飛び込んでくるのを、幸福感と共に抱きとめる。 「お母さんも、お父さんも、大好き…」 「俺も、有希が大好きだぞ」 そう抱きしめてやると、その上から古泉も抱きしめる。 「僕もです」 「ありがとう」 嬉しそうに呟く有希が可愛くて、思い切り強く抱きしめた。 「なあ、古泉、有希」 俺が言うと、 「どうかしましたか?」 と古泉が言い、長門も俺をじっと見つめてきた。 くすぐったくなりながら、俺は自分の腹へ軽く手を当て、 「子供を、産みたい」 はっきりと告げた。 「結婚して一緒に住むなら、いいだろ? 大学も、どうせなら入ってすぐに休学して、それから復学した方が、勉強に支障が出ることもなくていいだろうし」 「…本当ですか?」 驚いているような、喜んでいるような顔で言った古泉に、しっかり頷いてやる。 「ああ。ただし、経済的負担が大きくなるから、問題になりそうなら…」 と言いかけた俺を有希が遮った。 「心配ない。もし、問題が生じても大丈夫。私がアルバイトでもなんでもして、支える」 「ありがとな」 古泉も嬉しそうに、 「ありがとうございます、有希」 と言い、 「それにしても、嬉しいですよ。子供がもうひとり増えるなんて」 「だな」 そう笑いあった俺たちに、有希は嬉しそうに、 「大好き」 と告げた。 まだ、有希は不安になっていたんだろうか。 俺と古泉に、血の繋がりのある子供が出来たら、自分は邪魔になってしまうんじゃないかとでも、思ってたのか? こう言うと偉そうだが、見くびらないでもらいたい。 俺も古泉も、有希を自分の子供だと思ってるし、それは血の繋がりなんてもので変わるものじゃない。 「今度、」 古泉が声にさえ喜色を滲ませながら言った。 「ご両親に挨拶に伺いますね」 「ああ、ちゃんと伝えておく。結婚したい相手がいるから連れてくるって、正直に」 「お願いします」 「まあ、心配するなよ。そんなに心が狭くもなければ柔軟性に欠けるような親じゃないから。それに、」 と俺はニヤリと笑い、 「いざとなったら一緒に逃げてやるよ」 俺の合格祝いだからと用意された、そこそこ豪勢な夕食を平らげた俺は、妹が風呂場へ行かされたのを確認の上、 「結婚したい相手がいるから、今度連れてくる」 と言った。 親父は唖然とし、お袋も戸惑う様子を見せ、 「結婚って…あんたまだ高校生でしょ。今度大学に上がってまだまだ大変なのに、何言いだすのよ」 「まあ、信じられないのは分かるが、どうしてもそうしたいんだ。その……」 と俺は苦笑し、 「…もう、子供もいるから」 今度こそお袋まで沈黙した。 当然だろうな。 事情を知らなかったら、よそ様の娘さんを孕ませましたって言ってるようなもんだ。 実際孕んでるのは俺なのだが。 「だから、ちゃんとけじめはつけたいんだよ。反対されても結婚はする。あいつが挨拶したいって言うからそうするだけであって、認めてくれとまでは言えない。…認めてもらいたいとは、思うけど」 黙り込んでいたおふくろが口を開く。 「……相手は、あの子なの? 長門有希さんって言ったかしら…」 「いや、有希じゃない」 「違うの?」 てっきりあんたの彼女だと思ってたのに、と口にするお袋に、今のうちに言ってしまおうかと一瞬迷ったが、相手が男だなんていうとんでもない発言は、やはり当日、古泉が来てからにするべきだろう。 俺ひとりじゃうまく説明できる自信も、丸め込む自信もないからな。 「とにかく、今度連れてくるから、親父もお袋も、時間を取ってくれないか?」 そう言うと二人ともなんとか頷いてくれ、三日後の夕食時に、という形で話がまとまった。 それからの三日間、親父もお袋も、俺から何か少しでも聞きだそうとしていたが、俺は頑として口を開かなかった。 もしうっかりと口を滑らせて、絶対に会わないと言われる事態だけは避けたかったのだ。 だから二人とも、俺が連れてくるのが男だとは絶対に思っていなかったに違いない。 夕方になって俺は、迎えに行ってくると言って家を出た。 そうして向かうのは、古泉の部屋だが、そこには有希が来ていた。 有希も説明を手伝うと言ったのだ。 俺が妊娠していることなどを説明するなら、ハルヒのことも説明しなければならんだろうし、そうなると有希がいてくれた方がいいことは確かなので、俺の方からも頼みたいと思っていたから、それはありがたい申し出だった。 しかし、お袋たちが余計に混乱するんだろうな。 有希はいつものように制服姿だったが、今日は咎めまい。 学生の正装は制服だからな。 「で、古泉、お前は何でスーツなんだ」 「いけませんか?」 そう笑った古泉は、 「一応、きちんとした格好がいいと思いまして」 まあ、制服で挨拶に行くってのも締まらないだろうが……物凄い違和感だな。 「少しくらい褒めてくださってもいいと思うんですけど」 似合ってません? と苦笑する古泉に、俺は小さくため息を吐き、 「憎らしくなるくらいには似合ってるぞ」 と言ってやった。 「ありがとうございます」 「それじゃ…行くか?」 「ええ、参りましょう」 古泉が自然に俺の手を取り、俺はそれを握り返しながら古泉の部屋を出た。 ラフな格好をした俺と、スーツ姿の古泉、制服姿の有希という取り合わせは妙に注目されていたが、そんなものに構う俺たちではない。 途中、ケーキ屋に寄って土産を買った以外はどこにも寄らず、俺の家に行った。 「ただいま」 と俺が声を掛けると、お袋が出てきた。 こういう時に真っ先に出てくるはずの妹は、邪魔にならないよう、ミヨキチのところへ泊まりに行かされている。 「お帰り。それから、いらっしゃい」 と言ったお袋の前にまず顔を見せたのは有希だった。 一瞬驚き、それからほっとしたお袋には悪いが、メインはその後ろにいるぞ。 「お邪魔します」 いつもの三割増に爽やかな愛想笑いを浮かべた古泉を見て、お袋は首を傾げた。 「あら、古泉くん、いらっしゃい」 「今日はいきなりすみません」 「いいのよ。スーツなんて着てどうしたの?」 察するに、近くで会ったからつれて来られたとでも思ってるんだろうな。 俺は古泉と顔を見合わせて苦笑しつつ、 「お袋、結婚したい相手ってのはこっちだ。古泉の方」 「……え?」 「だから、古泉と結婚したいんだって。有希じゃなくて」 お袋はなんとも言えず複雑な表情を見せた後、妙に冷静なことを言った。 「…とりあえず、上がってくれるかしら? 玄関先で出来る話じゃないみたいだし」 俺は小さく笑い、 「追い返されなくてよかったな」 と古泉に言ってやると、 「最初から、追い返されるとは思ってませんでしたよ?」 何? 「そこそこの信頼関係は作ってきたつもりですからね」 しれっとした顔で言った古泉に、俺は呆れながらも納得した。 そういえばこいつは俺の家に来るたびにお土産を欠かさず持ってきたり、嫌な顔もせずに妹の相手をしてやったりして地道に点数を稼ぐような男だった。 それがちゃんと功を成しているといいのだが。 そんなことを考えながら、古泉と有希を連れて食卓につく。 ぽかんとして言葉もない親父には、ただ、 「…驚かせて悪い」 としか言いようがなかった。 「いや……」 「その、色々と説明しなきゃならんと思うんだが、それは俺より古泉と有希の方が得意だから、任せる」 俺はそう言いながら立ち上がり、キッチンに立っていたお袋を座らせた。 夕食はすでにほとんど完成しているので、俺がすることも少ないのだが、長い話になる以上、少しでも時間短縮を図りたかった。 結論を次回に持ち越されることのないように。 キッチンが居間兼食堂の隅にあるという、今時のLDKである以上、話はちゃんと聞こえてくるのだが、その内容がどうしようもなく恥ずかしく、それでいて懐かしかった。 ハルヒが妙な能力を持っているという話も、有希が宇宙人だということも、古泉が機関とか言う怪しげなものに所属する超能力者だということも、すっかり日常と化していて、最近では見事に意識していなかっただけに感慨深いものがある。 更にくすぐったくなるのは、古泉と付き合い始め、有希を娘として愛するようになった頃のことに話が移ってからだった。 その時には夕食も出来上がり、食べながら話していただけに、お袋の、 「あんた、そんな前から付き合ってたの?」 という言葉には顔を背けずにはいられなかった。 それにしても、俺の親なだけあってか、うちの両親は驚くほどこれらの奇妙な話への許容性が高かった。 驚きこそするものの、その後は意外にすんなりと認めてくれている。 ただ、俺と古泉の交際についてそうだったのは、その前にそれ以上に驚かざるを得ない話をいくつもされたせいかも知れないが。 だが流石に、俺が古泉の子供を妊娠していると聞かされた時は数秒間フリーズしていた。 「本当なの?」 わざわざ俺に聞いてくるお袋に、俺は頷いた。 「ああ。ハルヒのよく分からん力のせいらしい」 「…もし、子供が出来なかったらどうするつもりだったの?」 「どうするつもりも何も…あまり変わらなかっただろうな」 何を契機にするかはともかく、一緒に暮らしたいと思っただろうし、血の繋がりはなくても有希という娘も既にいたからな。 「それじゃあなんでずっと隠してたの?」 「そりゃ、なかなか認められないだろうって思ってたし、妹に迷惑を掛けたくもなかったからな」 兄貴が同性愛者なんて知られたら、いじめられるかどうかするかもしれない。 将来的には、妹の将来にまで影を落とす可能性だってある。 それだけ分かっていて、それでも、ちゃんと報告した上で、一緒にいたいと思っちまったんだ。 「――認められないって言うなら、勘当でもなんでもしてくれていい。俺は……古泉といるって、決めたんだ」 そう笑った俺にお袋と親父はため息を吐いた。 呆れているとも言い切れない、微妙な雰囲気だ。 古泉は、深々と頭を下げ、 「すみません。図々しいお願いだということは分かっていますが、どうか、認めてください。お願いします」 有希まで一緒になって頭を下げ、 「お願いします…」 と小さく言った。 それが嬉しくて、くすぐったくて、表情を引き締められないまま俺も頭を下げると、 「頭を上げてちょうだい」 困ったようにお袋が言った。 見ると、小さく、それでも悪くはない笑みを浮かべている。 「あんたも大きくなったのね」 お袋はそう言って、 「お父さんと少し話し合ってもいい? 古泉くんも長門さんも、泊まってくれていいから」 そうして、結論は翌朝にということになった。 いつだったかと同じように、ベッドに有希を寝かせ、床に敷いた布団に古泉と二人もぐりこんでも、眠れなかった。 「…あー……本気で落ち着けねぇ…」 小声で唸ると、暗くした部屋の中に有希の声が響いた。 「きっと大丈夫」 「…そう思うか?」 「……分かってくれると思う」 だといいんだが。 「通常、同性愛が嫌悪されるのは、子孫を残せない点や世間体によるものが大きいとされる。生理的嫌悪感も要因として挙げられるが、先ほどの反応を見る限り、あなたの両親にそれはない。子孫については、すでにあなたのお腹に宿っている以上、反対の理由にはなり得ない。残るは世間体のみ。それについては、あなたが一番よく分かっているはず」 「…そうだな」 うちの親は割と世間体だの人の目だのは気にしない方だ。 人の噂話をするのもあまり好きじゃないくらいだからな。 珍しくも饒舌に話してくれた有希に、 「ありがとう」 と言うと、有希が小さく首を振ったのが暗くても分かった。 「…いいご家族ですね」 古泉の言葉がぽんと放たれ、薄暗さに溶けた。 本気で羨ましそうな声だ。 俺はもぞもぞと古泉の布団に移ると、遠慮なく抱きしめた。 「俺にとっても、ある意味理想だ。だから……そんな風になろうな」 「…ええ、勿論です」 その言葉と共に、抱きしめ返されるのが嬉しい。 それだけで温かい気持ちになる。 ふっと顔を上げると、ベッドの上に起き上がった有希がじっとこちらを凝視しているのが、薄暗いなりに見えた。 俺は苦笑して、 「有希も、今日はこっちで一緒に寝るか?」 もう全部親に告白したんだし、それくらい構わないだろう。 有希はこくんと頷くとベッドから下りてきた。 いつも有希の部屋でするように、有希を真ん中に挟んでやると、安堵感からか、驚くほどすんなりとまぶたが重くなった。 「おやすみ」 「おやすみなさい」 「…おやすみ」 言葉がそう響くだけのことが無性に幸せだった。 翌朝、お袋と並んで朝食を作っていると、 「古泉くんのご両親にも挨拶に行くの?」 と聞かれた。 俺は味噌汁の具を刻みながら、 「いや、多分無理だな。あいつ、超能力に目覚めて以来、親とは絶縁状態になってるらしいし」 「そう…」 それもあって、あいつはあんなにも家族にこだわるんだろうな。 「――俺は、自分に出来ることであいつを支えてやりたい。経済的には当分あいつの世話になることになっちまうんだろうけど、そうじゃない部分では対等に支えあいたいんだ」 「…あんたも、考えてるのよね」 お袋はそうため息を吐き、 「子供はいつ産む予定なの?」 「多分、5月か6月かな。春休み中には免許を取っておきたいから無理だろうし、手続きやら何やらで忙しそうだから」 「家を出るとしたらいつ?」 「4月には出るだろ。急いで部屋を探さねえと…」 途中から独り言になったが、お袋は特に気にしなかったらしい。 小さく笑って、 「じゃあ、子供を産んだら、しばらく帰ってきなさい。妹の世話で慣れてても、流石に新生児はひとりじゃ面倒看きれないでしょ? 古泉くんも長門さんも、そういうのは苦手そうだし」 その言葉の意味を、改めて問い質す必要はないだろう。 俺は笑って、 「ありがとな。その時は、頼む」 と言った。 |