ピクニック



ずっしりと重い重箱を古泉に持たせて、長門の部屋を出る。
鍵を掛けるのは当然長門だ。
それで俺が手ぶらなのかと言われたら、そんなことあるはずないだろ、と答えよう。
重箱に負けないくらい重い水筒を肩から提げ、俺はため息を吐いた。
何でこんなことをせにゃあならんのだろうな。
「これからお出かけなのにため息ですか?」
「これがお前と長門と三人だけなら俺だってため息なんか吐かねえよ」
朝比奈さんとご一緒出来るのはむしろ光栄だ。
問題はハルヒも一緒だと言うことだけだ。
「いいじゃありませんか。ピクニックなんて、いたって健康的ですし、何か怪現象が起こるとも思えません」
そういうお前は上機嫌だな、おい。
「ええ、何しろ楽しみでなりませんからね。あなたと長門さんがわざわざ僕を遠ざけてまで内緒にしたいようなお弁当に、どんなサプライズが仕掛けられているのか、非常に気になります」
サプライズ、という言葉にどきりとしつつ、俺は平静を装って、
「ああそうかい」
と適当にあしらった。
普段なら健康のために階段を下りるところを、わざわざエレベーターを使ったのは、これから散々に歩かされると知っているからだ。
弁当をだめにしないため、歩いて待ち合わせ場所に向かう。
当然、いつもの駅前である。
ハルヒが見えた、と思った瞬間、ハルヒは抱えていた大きめのレジャーシートの筒を掲げて、
「遅いわよ! キョン!」
と怒鳴った。
「何で俺だけに言うんだ」
「だってどうせあんたがとろとろしてたから遅くなったんでしょ。古泉くんと有希が遅刻なんてするはずがないんだから」
そもそも待ち合わせた時刻にはまだ15分以上の間があると思うんだが、そんなもん、ハルヒが聞くはずもない。
「それで? 何やってたのよ。朝から古泉くんといちゃついてたとか?」
「んなわけあるか」
しかし、三人揃って顔を出しても、こうしてからかわれこそすれ、不審な目で見られたりしないで済むってのはいいな。
そう思うとハルヒ様々と一日5回拝んでやってもいいような気もするのだが、ハルヒを目の前にするとそんな気が見事に失せるのも不思議なもんだ。
「ま、いいわ。バスには間に合うし、ちゃっちゃと行くわよ!」
雄たけび上げるハルヒに、朝比奈さんは苦笑しながら、
「キョンくん、本当によかったの? お弁当どころかお茶までキョンくんたちに用意してもらっちゃって」
「俺としては、お茶は是非朝比奈さんのお茶がよかったんですけど、ハルヒの命令ですからね」
「うふ、キョンくんったら、またそんなこと言ったりして。冗談もほどほどにしないと、古泉くんが拗ねちゃいますよ?」
「この程度のことで拗ねるんだったら、あんな奴拗ねさせておけばいいんです」
俺が言うと、耳元で古泉の声がした。
「酷いですね」
そんなことを言いながら人の肩に体重を掛けてくるんじゃない。
重いし鬱陶しい。
お前のやってることの方がよっぽど酷いぞ。
「まあ、確かに、今更その程度で拗ねたりはしませんよ。あなたが朝比奈さんに憧れていることは確かな事実ですし、だからと言ってその程度で揺らぐほど、僕たちの関係は脆いものでもありませんしね」
朝比奈さんの前でそういうことを言い出すな。
と睨みつけても、古泉は余裕の笑みを返し、
「しかしながら、複雑な気持ちがあるのも確かです」
「ああそうかい。もういいから黙って弁当を運べ」
言っておくが、もし中身がぐちゃぐちゃになったりした日には、当分お前の分の飯は作らんからな。
「大丈夫です。たとえ転んでも、お弁当は死守しますよ」
朝比奈さんは俺と古泉の遣り取りをずっと聞いていたのだが、その間ずっと目を細めていた。
そんな微笑ましげな目を向けられるようなものでもないと思うのだが。
そうして、5人でバスに乗る。
一番後ろの席をハルヒがさっさと確保して、少しばかり狭いものの、並んで座った。
当然のように俺の左右を固めるのは古泉と長門だ。
ハルヒは長門の向こう、朝比奈さんの隣りから、
「で、結局どんなお弁当なの?」
と目をキラキラさせて聞いてきた。
俺は思わず口元を緩めつつ、
「無粋だぞ」
と言ってやる。
「弁当ってのは何が入ってるか分からないのを楽しみにするから楽しいんだろ」
「それもそうね」
ハルヒはあっさりと言い、
「条件は守ったんでしょ?」
「ああ」
「ならいいわ。楽しみにしてる」
といい笑顔を浮かべた。
ちなみにこのままバスで30分揺られた後、30分の山登りが待っている。
ピクニックと言うよりはむしろ遠足だ。
本日の目的地は森林公園広場。
つまり、いつだったかに俺が、「何を好きこのんでこんな所まで登らねばならんのだと苦言を呈したくなる」と形容した、あの場所である。
行き先をそこに決めたのは当然ハルヒであり、理由と言えば、
「映画撮影に使った思い出深い場所じゃない。それに、お弁当を美味しく食べるためには、気持ちよくお腹を空かせることも大事なのよ」
といのことである。
山登りが気持ちいいと思える思考回路が羨ましいぜ、全く。
しかしまあ、前回と違って、クソ重たい機材を引っ提げているわけじゃないからまだマシだろう。
そもそもなんでこんなことになったかと言うと、先日、ハルヒを長門の部屋に呼んでやり、夕食を食べさせてやったことに端を発する。
俺と長門の料理を気に入ったらしいハルヒが、
「ねえキョン、あんた今度お弁当作って来てよ。みくるちゃんの分も入れて、五人分」
と言い出したのだ。
その時は市街探索の時にと言っていたのだが、弁当の量が多いことや季節柄を考えて、ピクニックに行くことに変わった。
その他にも和食がいいとか言っていたハルヒに交渉を重ね、色々と譲歩させてやったのだが、ハルヒが決して譲らなかったのは、
「ゼッタイ手作りよ。冷食とか、出来合いのお惣菜とか入れてきたら罰ゲームだからね」
というところと、
「重箱の各段に、SOS団メンバーそれぞれをイメージしたおかずを詰めること」
というところだった。
言う方は簡単だが、作らされる方の身にもなれという話である。
長門が手伝ってくれなかったら不可能だったに違いない。
こうなると栄養バランスや取り合わせなど考えてはいられない。
かくして和洋折衷のなんとも言えないような弁当を作ることになっちまった。
大体、メンバーをイメージと言われても、それを弁当で再現するのは難しいだろう。
ただでさえ弁当に入れることが可能なおかずとなると数が限られるってのに、一時に5種類の弁当を作るというのも効率が悪い。
自分の段については精々手を抜かせてもらおう、と思っていたのだが、思いがけず長門が、
「あなたの分は私が作る」
と言い出した。
そんなわけで俺は一番下の段に何が入っているのか、知らないわけだが、長門のことだから妙なものは詰めていないだろう。
長門は他の段に何が入っているのか知ってるから、重複もないだろう。
それから、古泉に本当に何も手伝わせなかったのかと言うとそうじゃない。
野菜の飾り切りとか、古泉が器用にやってのけるところだけは古泉に任せてやった。
ただ、それは下ごしらえまでで、それ以上となると古泉が役に立たないことは経験上よく知っていたのでとっとと締め出したというわけだ。
長門の部屋のキッチンはそこそこ広いとはいえ、三人で何かするには流石に狭かったしな。
不満も多いが、そうやって家族揃って料理をするというのも珍しくて、面白くはあった。
また今度やってみてもいいかと思うくらいには、料理自体は面白かったが、しかし、こんな弁当作りだけはもう勘弁してもらいたい。

ゼェゼェ言いながらたどり着いた公園は、相変わらず大して見るものもない。
ハルヒが手早くレジャーシートを敷くのを見ながら、俺は作ってきた麦茶を一口飲んだ。
時刻は正午を少し回ったところだ。
汗もかいたし、さぞかし弁当が美味いだろうよ。
げんなりしながらシートに腰を下ろすと、古泉がやけに丁寧な手つきで弁当箱を下ろした。
それとほとんど同時に、長門がお絞りを取り出して俺にくれる。
「ありがとな」
長門は小さく頷き、ハルヒや朝比奈さんにもお絞りを渡していく。
凍らせて持ってきたそれは、うまいこと解けており、気持ちよい冷たさを味わいながら俺が汗をかいた額を拭うと、ハルヒが笑いながら、
「キョン、どこかのおっさんみたいよ」
ほっとけ。
それより、弁当を開けないのか?
「今開けるわよ」
と言いながらハルヒが重箱を包んでいた風呂敷を解いた。
五段重ねの重箱ってのはそこそこ迫力があるサイズだと思うんだが、ハルヒと長門がいれば完食出来るだろう。
そのハルヒはというと、何故か重箱の蓋に手を掛けたままじっとしている。
何やってんだろうな。
「うるさいわね。せっかくだからこの緊張感を味わってるんでしょうが。一番上があたしの段なんでしょ?」
「ああ。団長様だからな」
ちなみにその次の段が副団長の古泉の段で、その下は副々団長であらせられる朝比奈さんの段だ。
後は俺と長門のだが、どうやら俺が一番の下っ端らしいので俺のを一番下にした。
このヒエラルキー的な配列も、ハルヒの命令である。
「あたしは別にそうしろなんて言ってないでしょ。ただ、それなりに考えなさいって言っただけで」
そう言ったハルヒはニィッと唇を吊り上げて付け足した。
「あんたがそれなりに考えた上で、あんたの一番大事な旦那様の段を一番上にしたところで、あたしは別に怒らなかったわよ」
「恥ずかしいことを言うな」
こっちの顔が赤くなる。
「今更照れなくってもいいのに。ねえ、古泉くん」
「そうですね」
古泉、そこで頷くんじゃない。
くそ、その辺に穴を掘って閉じこもってやろうか。
「あんたがモグラになろうが団子虫になろうが構わないけど、お弁当は食べないの?」
食べる。
長門が俺のために作ってくれたってのに食べないで済ませるものか。
しかも山登りのおかげで空腹だからな。
「それじゃ、開けるわよ」
と言ってやっと蓋を開けたハルヒは、微妙な顔で弁当箱の中身を睨みつけた。
不満そうだな。
手がかかったっていうのに。
「不満に決まってるでしょ。あんた、あたしを何だと思ってるの!?」
とハルヒは唇を尖らせたが、俺がハルヒをどう思ってるかなど、その弁当を見れば一目瞭然だろう。
ちなみにどんな物を入れたのかというと、茶巾寿司風に薄焼き卵で包んだオムライスにから揚げ、タコやら魚やらの形に切ったウィンナー、小さめのハンバーグ、エビフライなどである。
仕上げに、と俺は重箱へ手を伸ばし、隅に寝かせてあったSOS団のシンボルマークが描かれた旗をハンバーグに突き立ててやった。
ついでに言うと、その旗も長門が楽しそうに爪楊枝と紙で作ったものだ。
要するに、お子様ランチ。
朝比奈さんは目を輝かせて、
「とっても可愛いですね」
と言ってくださった。
まったく、嬉しい反応じゃないか。
それに、見た目以上に手間がかかってるんだぞ、その弁当。
「味は保証するから、文句があってもとりあえず食え」
ハルヒはぶすったれた顔をしながらハンバーグをつまみあげ、一口かじり、
「…あ、美味しい」
「だろ」
「でもあたしは和食がよかったのに」
「和食は別の段に入れてあるからそれを食え」
「じゃあ次々行くわよ。次は古泉くん!」
言いながらハルヒはわざわざ重箱を古泉の前へ動かした。
「失礼します」
と言って古泉が重箱のハルヒの段に手を掛けて、それを外した。
丁寧にハルヒの前にそれを置いた古泉だったが、表情は微妙に強張っている。
まあ、そうだろうな。
代わりに声を上げたのはハルヒだ。
「…何よこれ。ノリ弁?」
重箱一段、一面の黒いノリである。
我ながら壮観だ、と思っていると古泉がなんとも言いがたいような目で俺を見つめてきた。
なんといえばいいんだろうな、これは。
寂しそうな目というか、長年連れ添った嫁さんに離婚を迫られた旦那のような目というか……いや、なんでもない。
どちらにしろ、流石に罪悪感が湧く。
朝比奈さんも信じられないと言うような目で俺を見てるしな。
仕方ない、と思いかけたところで、長門が重箱に蓋をした。
「長門さん?」
「有希?」
古泉とハルヒが不思議そうな顔をして声を上げても構わず、長門は古泉の段だけを取り上げると、そのままひっくり返した。
驚いた朝比奈さんが、はわわと声を上げる横から、長門はそれを古泉に突き出す。
「…お父さん、開けて」
「このままの状態で、ですか?」
「そう」
古泉は長門に言われた通り、重箱を取り上げた。
「あ」
と声を上げたのは古泉だけではなく、ハルヒも朝比奈さんも同時にだった。
そこには錦糸卵やえび、焼き穴子、椎茸などで飾られたちらし寿司が登場していた。
「押し寿司みたいにしてたのね」
したり顔で言うハルヒが、側面から中の具材をのぞき見て、またあくどい笑いを浮かべた。
「ははーん」
なんだその笑いは。
「キョンにしては物凄く手が込んでるじゃない。違う? これ、寿司ご飯の中にも具が入ってるけど、どれもちゃんと作ったんでしょ? ちらし寿司の素を混ぜたりしたんじゃなくて」
さあな、と誤魔化そうとした俺を遮って、長門が答えた。
「全部ちゃんとお母さんがした。私は手伝わせてももらえなった」
余計な事を言うな、長門。
と、たしなめる間もなく、古泉に抱きしめられた。
「ありがとうございます!」
「やめろ、放せ!」
言い忘れていたが、公園にいる暇人は俺たちだけじゃない。
他にも弁当を広げている家族連れがいたりするんだから、目立つことはしたくない。
「高校生の男女5人組って時点で既に注目されてますよ。それに、こうしていたって声が聞こえてなければふざけているようにしか見えませんって」
「調子に乗るなよ…!」
一発殴るぞ、と拳を固めた俺の耳元で、古泉が囁く。
「愛してますよ」
俺が真っ赤になったのは言うまでもない。
朝比奈さんやハルヒの前で何を言い出すんだろうな、こいつは!
「聞こえなければ大丈夫ですよ」
すると、
「悪いけど、」
とハルヒがニヤニヤ笑いながら言った。
「聞こえてなくても大体の見当はつくわよ。いちゃつくんだったら家に帰ってからにしてよね」
「すみません」
と言いながら、やっと古泉は俺を解放した。
やれやれだ。
それから古泉は、くすくす笑っている朝比奈さんの前に、重箱を回した。
古泉の段は既に取り除かれているから、朝比奈さんの段に入っているものはもう丸見えだったが、朝比奈さんは律儀に歓声を上げてくれた。
「わぁ、可愛いサンドイッチにスコーン…。とっても嬉しいです。キョンくん、長門さん、ありがとうございます」
朝比奈さんのイメージで行くなら手鞠寿司がいいかと思ったのだが、寿司だと古泉と被るのでやむなく洋食にした。
小さな三角形のサンドイッチにスコーン、それからクッキーなど、ちまちまとしたイメージは朝比奈さんのイメージそのものだ。
「これのレシピは長門が探してきてくれたんですよ」
わざわざ英書で、と言わずにおいたのは、最初にレシピ通りに作ろうとした時の苦労を思い出したからだ。
やっぱり向こうの味覚は日本人とは違うらしい。
そうとは知らず、朝比奈さんは嬉しそうに、
「長門さんありがとうございます」
長門も小さく頷き、
「どういたしまして」
なんというか、微笑ましいな。
そして華やかだ。
思わず目を細めていると、ハルヒが言った。
「次は有希ね。有希、早く開けて見せて」
長門は頷いて、朝比奈さんの段を取り上げて、朝比奈さんに返した。
現れたのは、純和食の弁当だった。
煮物に焼き魚、おひたしに胡麻和え、天ぷら、漬物と、我ながらよく揃えたと思う。
長門の段を和食で揃えたのは、長門の静かで落ち着いたイメージが和食のそれと合ったからだ。
おかずばかりなのは古泉の段がみっちりと寿司飯だからであり、長門の許可も取ってある。
「凄いじゃない。本当にキョンと有希で作ったの?」
作れと言ったはずの当人が何を言うんだろうな。
「とりあえずこれで和食について文句はないだろ」
「うん、いいわ。合格点上げる」
どうせなら満点を寄越せ。
「満点は最後の段を見てからね。でも、最後の段は有希が作ったんだっけ?」
「そう」
と長門が頷きながら、重箱を俺の前に寄越した。
どんな弁当かと思うと、ドキドキするな。
確かにこれは楽しいかもしれない。
俺はたっぷりと気を持たせた後、長門の段を取り上げた。
そこにあったのは、ある意味見事な弁当だった。
大きめのオムレツにポテトサラダ、それから、仕切りで区切られたスペースの中に詰められた白ご飯。
「…なんか、変わったお弁当ね」
とハルヒは首を傾げ、朝比奈さんも、
「これが長門さんのイメージするキョンくんなんですか?」
と頭をひねっている。
古泉はというと、どうやら分かったらしく、小さく唇を笑みの形に歪めていた。
で、当の俺はと言うと、
「…キョン? あんたなんで泣いてんの?」
とハルヒに指摘された通り、泣いていた。
大泣きしているわけではないのだが、涙が静かに頬を伝い落ちていく。
「長門、これは、あれだよな」
念のために問うと、長門はしっかりと頷いた。
「お母さんが、私のために初めて作って食べさせてくれた食事と同じように作った」
もう何ヶ月も前のことを、長門はしっかり覚えていてくれたらしい。
そう思うだけで、嬉しくて涙が止まらなくなる。
俺は立ち上がり、長門に近づくと、長門を思いっきり抱きしめた。
「ありがとう、長門」
「私こそ、ありがとう。…お母さん」
優しくて可愛い、俺の大事な娘を、俺はぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめた。
とまあ、随分しんみりしたものだが、そんな空気がSOS団で長いこと持つはずがない。
特にハルヒがいるんだ。
俺が古泉に助け起こされるような形で席に戻るなり、ハルヒが言った。
「それじゃ、いただきます!」
お前、さっき食べてただろ、という突っ込みはまだ出来なかった。
涙がやっと収まりかけたところだったからな。

そして、弁当は俺の思った通り、しっかりと全員の腹に収まったのだった。
帰りの坂道を下りながら、ハルヒは上機嫌で宣言した。
「こういうのってやっぱり楽しいわよね! これからも時々やるわよ」
「また俺と長門にこれだけ作って来いって言うのか?」
俺が言うと、
「今度はここまで凝らなくていいわよ。普通のお弁当を5人分作ってきてくれれば」
それでも十分大変だと分からないんだろうなあ、こいつは。
ため息を吐いた俺に、朝比奈さんが言った。
「今度はあたしも何か持ってきますね。キョンくんと長門さんほど上手じゃないけど、頑張るから」
朝比奈さんは優しいな。
ハルヒ、お前もちっとは見習え。
「今度はどこに行こうかしら。鶴屋さんのところの山と、古泉くんの家の近くの池とどっちがいいと思う?」
それは誰に聞いてるんだ。
俺に聞いてるのか?
しかしやっぱりハルヒはハルヒであり、つまりは俺の質問になど耳を貸さない。
「街中の公園でお弁当を広げて見せびらかしてやるのも楽しそうよね!」
と笑顔で言いながら坂道を下っていく。
俺はため息を吐きかけてやめた。
こんな日くらい、ため息をこれ以上封印したところで、誰にも責められはすまい。
ハルヒはご機嫌で閉鎖空間が発生するはずもなく、朝比奈さんも天使のような微笑をたたえているのは、ハルヒの暴虐も今日は発揮されなかったからだろう。
長門も心なしか嬉しそうに見えるし、古泉にいたっては言うまでもない。
作り笑顔を忘れた、本気の笑みだ。
見事に締まりがない。
そうであれば俺ひとりがしかつめらしい顔をする必要は欠片もなく、ため息など更に不要なものだ。
涼宮ハルヒプレゼンツにしては、いたって平穏で、穏やかで、そして楽しいイベントとなった今日のことを、おれはおそらく一生忘れないだろう。