俺が古泉に大切にされている、というのは間違いのない事実だと思うし、俺と古泉の関係を知っている人間なら誰だって頷いてくれることだろう。 俺もそのことはよく分かっている。 二人きりでいるだけでも、あいつがそれを喜びとして感じ、もっと何かしたいと思っているのだろうことだって、伝わってくる。 そのうち、「あれ」とか「それ」という代名詞だけで会話が成り立つ日が来るに違いないと思わせるほどには。 だが、そうやって大切に扱われることに俺が満足しているのかと問われると、頷きがたいこともまた事実だ。 何故なら、あいつも男だが俺も男だからである。 いくら俺が女役で受けでネコであいつにつっこまれる立場だからって、ベッド以外の場所でまで女扱いされたくない。 ――専門用語まで覚えてる自分が嫌だな。 とにかく、一応対等な関係であるはずなんだから、庇われたり守られたりなんて状態は好ましくないわけだ。 なのに古泉は気がつくと食事代を支払っているし、道を歩いているだけでも、さりげなく俺を庇うように車道側を歩いていたりする。 前者は、正直言って、ハルヒの命令でしょっちゅう困窮している財布には有難いから、謹んで奢ってもらっているが、その分料理や掃除といった家事、即ちあいつの苦手分野で返しているつもりだ。 しかし、車道側に立ったり、電車、バスの車内で俺に席を譲ったり、というのはやり過ぎだろう。 古泉が俺のことを、自分より弱いものと思っているような気になって、一度聞いてみたことがある。 「お前、何でいっつも車道側を歩くんだ?」 すると古泉は、 「おや、そうでしたか?」 とすっとぼけやがった。 わざとそうしてるくせに、白々しいんだよ。 エスコートしてるつもりか。 「エスコート、と仰いますが、男性が女性を連れて歩く際、男性が車道側を歩き、女性が店や家のある方を歩くというのは実は男尊女卑の表れである、という説もあるんですよ」 なんだそりゃ。 「確かに、車道側は車が泥を跳ねていくこともありますし、場合によっては引ったくりに遭ったり、車が当たったりすることもあるでしょう。しかし、男性が車道側を歩く、という習慣ができた当時は、車道側よりも家側の方が危険だったそうです」 古泉の薀蓄は半分以上意味をなすこともなく俺の頭を通り抜けていったが、俺はあえて止めなかった。 古泉の声は聞いていて心地がいいし、古泉もどこか楽しそうだったからな。 薀蓄話はまだ続く。 「当時のヨーロッパの住宅には、下水道というものがありませんでした。そのため、汚水や汚物はそのまま通りに撒かれていたのですよ。道を歩いていると、足元が汚いばかりか、頭上にそれらが降ってくるということもあったということです。そのため、男性は少しでもソレに当たらなくて済むように車道側を歩き、より危険な家側に女性を歩かせたということです。もっとも、諸説紛々入り乱れるうちの一つに過ぎませんが」 要するに何が言いたい。 「つまり、僕が車道側を歩くということにも深い意味はないということです。もしくは、無意識のうちに自分の身を守っているのかもしれませんが、それは無意識においてのことですので、僕としてはなんとも言えないのですが」 嘘吐け、と言いかけてやめたのは、このわけの分からない誤魔化しも、古泉なりの気遣いだと気付いたからだ。 俺が庇われる形になっていることに気がつき、それを嫌だと思っていることを分かっていて、気にする必要はないと言わんとしてのことなのだろう。 それくらいならやめればいいのに、古泉としてはそれもしかねる、ということなんだろうな。 そうやって、優しく、大事にしてくれるということは、俺を見くびっているわけでも、見下しているわけでもないのだろう。 古泉なりの、愛情表現なんだ。 それは、嬉しい。 でもやっぱり、と思ってしまうくらいには、俺もプライドが高いらしい。 「俺が上になる」 と俺が突然言い放ったのは、ベッドの上でのことだった。 およそ一週間ぶりにそういったコトに及べるだけの時間的身体的余裕を得た俺たちが古泉の部屋に行けば、やることはほとんど決まっている。 その状況下で、しかも食後、シャワーまで浴びて、準備万端とベッドに上がってから、俺がそんなことを言ったものだから、古泉は珍しく驚きを露わにした。 目を大きく見開き、まじまじと俺を見つめた古泉は、しかし、すぐに柔らかく微笑むと、 「いいですよ」 とあっさり言った。 何と答えるのか、と気を張っていた俺は、脱力のあまりがくりと頭を垂れた。 嬉しがったっていいと思う。 これで別に女扱いされてるわけじゃないと言うことが証明されたんだからな。 それなのに、なんでだろうか。 あまりにも簡単に了承されたからか、力が抜けた。 俺はため息を吐きながら、 「…すまん。言ってみただけだ」 と謝った。 古泉はくすくすと笑いながら、 「それは何よりです。あなたがいきなりあんなことを言うので、てっきり僕が飽きられたのだと思いましたよ。あるいは、僕が下手過ぎてあなたのお気に召さなかったのかと、ね」 「お前は下手なんかじゃ――」 って、何言わせるんだよ! 「今更でしょう。涼宮さんに向かって、僕と付き合っている理由として真っ先に、セックスが上手いからと答えたのはあなたなんですから」 あの時はアレだ。 何とかしてお前に意趣返しをしてやろうと思ってたから、羞恥心が薄かったんだよ。 というか、その発言を覚えてるなら、俺がそれに関してどう思ってるかくらい分かってるんだろうが。 「そうですね。だからこそ、あんなことを言い出したのかが気になります。……教えてもらえますか?」 そういくらか真剣な目で見つめられて、俺は正直に白状した。 女扱いが不満で、古泉が俺のことを本当にそう思っているのか気になっていたことも、全て。 軽蔑される覚悟でぶちまけると、古泉はいっそう楽しげに笑いながら、俺の手を握った。 「僕の方こそ、男としてどうかと思っていましたよ」 何だって? 「僕も、不安でした」 だって、お前は別に女役でもないし、俺もお前を庇ったりはしてないだろう。 それなのになんでそんな風に不安に思ったりするんだよ。 「僕も男ですからね。好きな人は守りたいと思いますし、頼って欲しいと思います。でも、あなたはよっぽどでなければ僕を頼ろうとはしないでしょう? それはあなたの性格もありますが、それ以上に、あなたが基本的に何でも出来て、人を頼らなくていいからなのでしょうけれど、それはそれで寂しいんですよ」 俺は別に何でも出来たりしないぞ。 それで言ったら、お前の方がよっぽど器用だろう。 「学業や運動能力についての話じゃありませんよ」 と古泉は笑い、 「料理や洗濯などの、生活に必要な能力については、あなたの方がずっと秀でているでしょう?」 というか、お前が出来ないだけだろう。 どうやってこれまで一人暮らしをしてきたのかと、俺は何度呆れたか分からないぞ。 「そうですね。それも、自覚してるんですよ。僕は料理も掃除も出来なくて、あなたに迷惑を掛けてばかりですから。だからせめて、他のところではあなたにいいところを見せたくなってしまうんです」 「……じゃあ、丁度いいな」 俺が足手まといでなく、そうすることで古泉が満足出来るというなら、多少むず痒く思いはしても我慢してやろう。 むしろ、こうして補い合い、助け合えるなら、理想的と言ってもいいんじゃないだろうか。 俺は思わず笑いながら、古泉を抱きしめた。 背中に古泉の腕が回されるのを快く感じていると、古泉が苦笑混じりにいうのが聞こえた。 「なんだか……やるような空気じゃなくなってしまいましたね。今日は大人しく寝ましょうか?」 「えっ」 ちょっと待て、と俺が顔を上げると、古泉はどうやら本気で言っていたらしい。 驚いた顔をした古泉は、 「え、って……」 と俺を見ている。 あり得ないだろう。 なんであんなこと本気で思うんだよ。 「俺はっ、」 と俺は顔が赤くなっていくのを感じながら言った。 「すごく、…シたくなったぞ」 だって、あれだけ言われたんだぞ。 好きだとか愛してるとか言われる以上の告白だろ。 それで、古泉を好きだと思う想いが強くなって、結果としてやりたくなっている俺は、いたって普通だと思う。 それとも、俺が変なのか? 「お前は、……やりたくならないのか?」 返事は言葉ではなく、行動だった。 ぽすん、と優しくベッドに横たえられて、俺は知らないうちに笑みを零しながら、降ってきた唇を受け入れる。 キスの合間に、 「愛してる」 と囁いた。 月並みだが、他に言葉が見つからないんだからしょうがない。 いつも無駄に言葉を飾る古泉だって、他には「好きです」とかしか言わなかったんだから、そもそもそういう語彙の少ない日本語が悪いと責任を転嫁してしまうことにしよう。 それに、たとえ言葉が足りなかったとしても、それ以上に語る方法があったから、問題はないだろうしな。 |