エロですよ
甘いですよ
覚悟を決めて、初めて古泉の部屋へ泊まりに行った日から1週間が過ぎようとしている。 背中をどす黒い紫に染めていた内出血もすっかりきれいになったらしい。 「嘘じゃないだろうな?」 下校時だからこそ、まだマシに思える坂道を下りながら、そう問いかけた俺へ、古泉はいつものように笑いながら、 「本当ですよ。なんでしたら、確かめますか? 僕の部屋で」 それは俺に泊まりにこいと言ってるのか? 「あなたの部屋の方がいいのでしたら、僕は構いませんが」 冗談じゃない。 お前と違ってひとり暮らしをしているわけでもなければ、エロゲの如く両親や妹が俺だけをおいて揃って都合よく家を外す予定も今のところないんだ。 んなこと出来るか。 泊まるだけで済ませるつもりは、俺もお前もないんだろ。 「そうですね」 …なんだそのニヤケ面は。 「あなたの方からそうはっきりと言ってくださるとは思わなかったものですから、嬉しくてつい」 煩い。 自分だってどうかと思ってるんだからわざわざ口に出して強調するな。 若い男なんだから身体の熱を持て余すことだってあるんだよ。 「僕もですよ。まったく、1週間の延期がこうも堪えるとは思いませんでしたね」 お前でもそんなことを思うのか? 「僕だって、健康な若い男ですからね」 涼しい顔してよく言うぜ。 「それで、」 と古泉がにやにやと品のない笑みを消しもせずに言った。 「僕の部屋にいらっしゃるということでいいんですよね?」 だからどうしてお前はそうはっきりと口にしたがるんだ。 「不安なんですよ。何しろあなたときたらご自分の感情にさえなかなか気がつかなかったような人ですからね」 ほっとけ。 「放ってなんかおけません。大事なことですからね」 そう言って古泉は軽く背中を曲げて、わざわざ俺の耳元で囁いた。 「愛してますよ」 …バカ言ってないで、スーパーに寄ってくぞ。 どうせお前の部屋にはロクな食い物もないんだろ。 出来るだけ平常心を保ちながら、夕食をとった。 作ったのは当然俺だ。 この前に泊まった時も思ったが、炊飯器がないってのは余りにも酷すぎるだろう。 日本人なら米を食え。 などと、思考を逸らしている俺が何をしているかというと、シャワーを浴びているわけなんだが、これからすることを考えると怖いのか興奮しているのか分からないような気分になった。 恥ずかしいほど念入りに身体を洗う自分に、嗤うしかない。 しかたないだろ、若いんだから。 ヤりたいんだよ。 出来れば、最後まで。 最初は触れるだけのキスでも衝撃だったのに、気がつくと自分から舌を求めていた。 もっと気持ちよくなりたいと思っているうちに、キスは深くなった。 触れ合うだけでよかった時もあったはずなのに、ハグじゃ我慢出来なくてタチの悪いお触りに及んだりもした。 それでも熱は昂ぶるばかりで、収束するつもりがないようだ。 だから、最後までヤりたい。 行けるところまで行ったら多分、この焦燥感すら感じられる熱も落ち着くだろうから。 そうじゃなかったら、なんて考えるだけ無駄だ。 重要なのは今、このままじゃ足りないと思っていることだからな。 しかし、と俺はシャワーに濡れた自分の身体を見る。 こんな身体を欲しがる古泉は変わってるんじゃないかと思うが、俺もあいつが欲しくて仕方がないんだから、そんなもんなんだろうか。 ――多分、俺が下なんだろうな。 そう考えるだけで顔が赤くなる。 俺はそっち系の知識に乏しいからどうするのかなんかよく分からない。 精々、中学時代にクラスのバカ共がわいわいと下品な話をしていた中に出てきたいくつかの知識があるだけだ。 だから、俺は上になりたくてもなれないな。 どうすりゃいいのか分からんのにやろうとするのは愚の骨頂だろう。 古泉を傷つけたくもない。 その点、古泉ならどうすればいいかくらい知ってるだろう。 変なところで勉強家だからな。 男との経験は分からんが、女となら経験がありそうにも思えるし。 だから俺は古泉を信じる。 上になりたいわけでもないしな。 火照ってきた身体に、気休めのように冷水を浴びせ、俺は風呂から上がった。 どうせ脱ぐのに服を着ていくのも変な気分だったが、裸やバスタオルを身体に巻いただけでいくのも恥ずかしいので、服を着る。 リビングに向かうと、ソファに座っている古泉の姿が見えた。 湿り気の残る髪から雫を滴らせている姿は、たとえテレビを観ているだけでもやけにかっこよく見えて、劣等感と罪悪感を刺激された。 「…上がったぞ」 声を掛けると、びくっとしたように古泉が振り向いた。 なんだっていうんだ。 「すみません、考え事をしていたものですから、気がつかなくて……」 考え事、ね。 一体何を考えてたんだか。 緊張してた俺がバカみたいじゃないか。 俺は古泉の隣りに腰を下ろし、テレビへ目を向けた。 ニュース番組ってのはどうしてこういつ見ても暗い内容が多いんだろうな。 もう少し明るい話題があってもいいと思うんだが。 「…古泉」 「なんでしょう」 「あんま見てくんな。くすぐったい」 とくに首筋と唇に熱視線を感じたぞ。 「この前泊まっていかれた時にも思ったんですが、あなたの湯上がり姿はとても色っぽいですよ。あの時は僕が怪我をしていたせいで許してもらえませんでしたけれど、今日は…いいんですよね?」 耳に吐息交じりの声が触れて、背中をぞくりとしたものが走った。 「ダメなら、こんな時間にここにいないだろ…」 声が震えたのは怖いからじゃない。 この状況に、興奮していただけだ。 「好きです」 何度となく囁かれた言葉が耳朶をくすぐる。 「俺も、好…」 言葉は、古泉の形のいい唇に吸い込まれて消えた。 触れるだけで一度離れた唇が、再び重なる。 今度は深く、確かめあうように。 「んっ…」 鼻にかかった声が漏れる。 こんな声を上げてしまうのは初めてじゃないが、自分でも恥ずかしいとしか言いようがないまま、慣れることも出来ないでいる。 だが、古泉は俺のそんな声でも興奮するらしく、更に声を上げさせようとしてか、俺の口腔をくすぐった。 頭の芯までぼうっとして、何もかも分からなくなってくる。 高熱に浮かされている時と似たような感覚だ。 「はっ……」 息が苦しくなったから息を継いだはずなのに、その間さえ惜しくてすぐに口付ける。 どちらが求めているのか、求められているのか分からなくなる。 「ベッドに、行きましょう」 興奮しているのか、古泉が上擦った声で言った。 「ん…」 頷きながら、立ち上がるのに古泉の手を借りるのは、ありえないほど頭がくらくらしているせいだ。 酸欠状態のせいか、それとも古泉のキスがうまかったからなのかもよく分からない。 寝室までの短い移動の間にも、古泉の手が俺の身体に触れる。 遠慮しているような、あるいは我慢出来ないような、中途半端な動きが、かえって俺を煽っていると、こいつは気がついているんだろうか。 もつれ合うようにベッドに倒れこむと、古泉が小さく笑った。 なんだ、その笑いは。 「いえ……先週より、ずっと積極的だなと思いまして」 うるさい。 俺にだって性欲くらいあるし、今、あまりにも理性が働いていないことくらいは分かってるんだ。 指摘するな。 恥ずかしくなる。 「嬉しいですよ。あなたがそんなにも僕を欲してくださることが」 お前の方こそ、と俺はキスと軽いじゃれ合いだけで硬くなっている古泉のモノに触れた。 ズボン越しにも分かるその熱の高さに、自分の熱まで煽られる。 「すまん」 俺が言うと、古泉は怪訝な表情で俺を見た。 「どうかしましたか?」 「ドンビキされる覚悟で言う。――正直、我慢出来ん」 言い捨てて、俺は着ていたTシャツを脱いだ。 お前もさっさと脱げ、と言いかけて、古泉が生唾を飲み込んだのに気がついた。 「えぇと……古泉?」 お前、そういうキャラだったか? 「そういうことは、自分の行動を反省してから言ってください。我慢出来ないのは僕の方ですよ」 言いながら、古泉が俺の胸にむしゃぶりついた。 正直、男の胸なんか触ったところで楽しくないと思うんだが、古泉は楽しいらしい。 されてる俺の方は気持ちいいのかと聞かれたら、頷くしかないんだが。 男でもこんなところで感じるものなんだな。 古泉の指が胸の突起に触れ、唇がそれを味わうように弄る。 そこから湧き上がって来る、直接的な快感とは違う、どこか遠くて物足りない感覚に、俺は爪先や指の先まで硬直させて耐えるしかない。 「っぁ…、っ」 声を上げてしまうほどじゃないと思うのに、勝手に声が上がる。 それもほとんど、力の入った吐息に過ぎない。 むず痒さに耐えるようにシーツを握り締めると、古泉の手が俺の胸から離れ、腹のラインをなぞって、下腹部に触れた。 「ぅ…」 より直接的な刺激に、声が漏れる。 自分でしたってこんなには感じないだろうに、おそらく古泉にこんなことをされているというだけで感じている。 そんな俺を、古泉はどう思って、どんな目で見ているんだろうか。 快感の波に耐えかねて閉じていた目を、うっすらと開くと、古泉がらしくもなく熱を持った目で俺を見ていた。 それでも、そこにあるのは欲情だけじゃない。 優しく、柔らかな、愛しさが見えた。 「こいず、み…」 ろれつの回らない舌で名前を呼ぶだけでも、古泉は俺の言いたいことを分かってくれたらしい。 笑みの形をした唇が、俺の唇に下りてくる。 キスを続けながら、俺は古泉のシャツに手を掛けた。 快感のために震える指で、小さなボタンを外していく。 軽く身体を曲げて、露わになったきれいな肌に口付けると、古泉が俺のはいていたズボンを脱がせようと手を掛ける。 腰を浮かせてそれに協力しながら、古泉を抱きしめた。 頭の中も胸の中も、古泉への想いだけで体中を満たしてしまっているような気持ちになる。 好きで、愛おしくて、たまらない。 心も身体も全て、欲しい。 自分の全てを投げ出したくなるほどに。 「くぅっ…」 硬く、熱くなった部分を直に撫でられて、俺の口から声が飛び出す。 いつの間にか取り出していたらしい、古泉のモノが、いくらか見劣りのする俺のそれへすり寄せられる。 抱きしめた背中とそれとの温度差に背筋まで震わせた俺に、古泉が囁いた。 「本当に、いいんですか?」 「な、にが…?」 「…本当に、僕を受け入れてくれるんですか?」 ここで、と古泉の指が、今まで触れられなかった部分に触れた。 今まで、というのは今日の話だけじゃない。 これまでずっと、古泉はそこへ触れなかった。 俺を怖がらせないようにか、あるいは、俺がそれを嫌がると思っていたのかもしれない。 確かに、そんなことに使うためにあるわけじゃない器官に古泉のモノを受け入れるのは怖いが、それ以上に古泉と繋がりたいという、恥ずかしいとしか言いようのない思いが強いんだ。 ひとつになりたい。 性行為の目的ってのは生殖だけじゃないんだろ。 もちろん、快感を得るためだけでもない。 好きな相手とひとつになりたいからこそするってのもあったはずだ。 詳しくは中学高校の保健体育の教科書でも読んでくれ。 「僕は、あなたを抱きたいと思います。でも、あなたが望むなら逆でも……」 そう言ってくれるのは嬉しいが、俺はお前を傷つけずにやれる自信がないから遠慮しておく。 「それで言ったら、僕も怖いんですよ。あなたを傷つけてしまわないか、あなたに不快な思いをさせてしまわないかと、不安でならないんです。何しろ、初めてですから」 「……なんだって?」 露骨に驚いた俺に古泉は苦笑して、 「男性女性限らず、こんなことをするのは初めてですよ。もちろん、他のことも、あなたとだけです」 マジか。 「そんなに意外でしたか?」 こう言ったら悪いが、女性経験くらいはあると思ってた。 「あなたが思っている以上に、僕は普通の高校生なんですよ。そうと知ったら、幻滅しましたか?」 まさか。 その程度で幻滅するなら、ここまでお前を欲しがっちゃいないだろうよ。 お前がこうして言葉にしないと不安だって言うなら、恥ずかしいが言ってやるよ。 「抱いてくれ」 返事は優しいキスだった。 俺のためにとローションまで用意してくれていたらしい。 おそらくネット通販で買ったんだろうが、どんな顔して探したんだろうな。 冷たく、どろりとした感触を感じ、 「ひぅっ」 と喉が引きつれた。 それだけで躊躇い、俺の様子をうかがう古泉に、大丈夫だと笑い掛けて、身体から力を抜く。 ローションの効果か、あらぬところへ入り込んできた指には痛みを感じなかった。 かといって快感があるわけでもない。 あるのは異物感と、本当にやるんだという不安交じりの興奮くらいのものだ。 くちゃ、と耳に優しくないほど艶かしい音がして、俺の中を古泉の指が動く。 探るように、確かめるように、何より俺を傷つけないように。 その優しさがもどかしい。 「大丈夫、だから」 顔どころか全身赤くなってるんじゃないだろうかと思いながら、俺は言った。 「少しくらい、痛くても平気だ。だから、もっと…」 「無理してないでしょうね?」 「してない。というか、その、」 俺はじっと見つめてくる古泉の目から必死に顔を背けながら、恥ずかしいことこの上ない言葉を口にした。 「…物足りない、から」 「……すみません、あなたを傷つけそうになったら、遠慮なく殴ってください」 やけに真剣な声で古泉は言い、 「もう、止まれませんから」 とそれまでよりも乱暴に指を動かした。 それが一瞬、脳天を直撃するような快感をもたらし、俺は身体を震わせた。 「んぁっ!…そこ、その…奥…っ」 「ここですか?」 それだけでもう、俺はこくこくと頷きながら、古泉に縋りつくことしか出来なくなった。 一度その場所を覚えてしまえば、その快感を覚えてしまえば、古泉も俺も、なんの支障もなくなったらしい。 理性をかなぐり捨てたように俺は喘ぎ、古泉は荒く短い呼吸を繰り返しながら、その先にある行為のために働いた。 止まれない、と言ったくせに、古泉は最後まで俺を労わることを忘れなかった。 「いいんですね?」 熱く昂ぶったモノを押し当てながら、最終確認を迫る古泉に、俺は頷いた。 口には出来なかったが、この段階で止めると言って止められるはずがないだろう。 俺も、古泉も。 引き裂かれるような痛みを覚悟したが、古泉が慎重だったせいなんだろう、それは思ったよりもスムーズに侵入してきた。 その方が困る、と思った俺は別に異常でも何でもないに違いない。 感じすぎて怖いということがあると、俺は生まれて初めて知った。 身体から意識が飛び出して消えそうで、必死で古泉の身体に縋りついた。 お互いに言葉を交わす余裕もなく、口から飛び出すのは意味をなさないア行音と荒い呼吸だけだ。 キスとキスの合間に嬌声が漏れ、部屋には腰を打ちつける音が響く。 ぐちゃぐちゃとやけに淫らがましい水音も。 五感の全てが、古泉を感じるためにあるとさえ思った。 身体がどろどろに融けて古泉の身体と混ざっていくような錯覚さえ覚えながら、白く明滅を繰り返していた俺の意識は遠のいた。 「もう、準備はいいですか?」 そう俺の顔をのぞきこんできた古泉に、思わず小さな笑いを漏らすと、古泉が訝しむ。 「何です?」 「いや、お前も変わらないと思ってな」 数え切れないほど身体を重ねてなお、古泉は自分だけが独りよがりに快感を得ることのないよう、気遣ってくれる。 時と場合によってはいくらか鬼畜臭い言葉攻めやなんかまで使って、俺の性感を煽るくらいに。 俺は別にマゾヒストではないのでそういうことは止めてもらいたいんだが、毒のある言葉を吐きながらも、その動きはあくまでも優しくて俺は何も言えなくなる。 「古泉」 俺はうっすらと笑みさえ浮かべながら囁いた。 「愛してる」 |