問いかけに答えるのは難しい



土曜日の午前中、人通りの多い通りからひとつ裏通りに入ると、そこは意外と人がいないものだと知った。
それはそこがいわゆる飲み屋街だから、そんな明るい時間に人がいないのかもしれないが。
とりあえず、今のところ問題なのは、俺の背中を雑居ビルの壁に押し付けて、怖い顔をしている恋人のことだろう。
「どういうことです?」
なんのことだ?
「言うまでもないことをわざわざ言わせないで頂きたいですね。どうして涼宮さんが僕たちのことを知っているんです?」
知られても、何の問題もなかっただろ。
「昨夜、閉鎖空間が発生しました」
淡々と告げられた言葉に、俺は目を見開いた。
あの様子だと大丈夫だと思ったのに、結局閉鎖空間が発生したのか。
「昨日、何をしたんです?」
俺は渋々、洗いざらい説明した。
古泉は青褪めたり驚いたりしながら話を聞いていたが、俺が話し終えた時にはかなり不機嫌になっていた。
「なんでそこまで不満そうなんだ? 世界が崩壊することもなく、俺たちのことが認められてよかったじゃないか」
「あなたの独断専行に呆れているんです」
その顔は呆れてるという顔じゃないだろう。
どちらかというと怒っている顔だ。
「……怒ってもいますよ。あなたがひとりで、そんな危険を冒したことに」
ひとりじゃなくて長門も一緒だ。
「ええ、そうでしたね。ふたりして僕を除け者にして」
古泉にしては珍しく苛立った口調だった。
「だが、お前に言ったところで反対しただろうし、実際反対していただろうが」
「当たり前です」
「それなのに、除け者にされたって怒るのか?」
「――」
都合が悪くなるとだんまりか。
俺は憤然として言った。
「分かったぞ、古泉。お前は怒ってるんじゃない。……妬いてるんだ」
「……妬いてる?」
首を傾げた古泉に、俺ははっきり頷いた。
「俺と長門がふたりでやったのが気に食わないんだろ。つまりは長門に妬いたんだ。違うか?」
「……違いますね」
なんだと?
「確かに、あなたと長門さんに除け者にされたのは悲しい事実ですが、女の子は女親に懐くものですから仕方ないでしょう。実際、これまでにも何度か、あなたは僕よりも長門さんを優先させている」
女親って言うな。
俺のささやかな抗議を無視して、古泉は続けた。
「僕が妬いたのは、涼宮さんにですよ」
……どういうことだ。
俺はハルヒにお前と付き合っていることを言っただけだぞ。
それなのになんでハルヒに妬くんだ。
「より正確に言うならば、涼宮さんとあなたの間にある強い絆に、とでも言うべきでしょうね」
古泉はそう苦い笑いを浮かべた。
「あなたは涼宮さんにカミングアウトしても、涼宮さんが世界を崩壊させることは絶対にないと言っていた。そう断言できるだけの証拠もないのにです。あったのは、情況証拠と、それからあなたの勘だけでした。それなのにあなたは涼宮さんへの信頼からそれを断行し、実際に涼宮さんも、あなたの信頼に応えるかのように、世界を崩壊させないばかりか、あなたのことを認めた。これもまた、信頼の為せる技でしょう」
なんだろうか、間違ったことを言われているわけではないのだが、妙なむず痒さがあるぞ。
思わず顔を赤らめた俺に、古泉は肩を竦めて自嘲した。
「あなたを不安にさせてばかりの僕とは大違いです」
「そう思うなら不安にさせるなよ」
呆れながらそう呟くと、古泉に言った。
「お前がもう少し、思わせぶりな発言をやめれば、それだけでも俺の感じる不安は減るはずなんだがな?」
「すみません」
そのすみませんという言葉も、出来なくてすみませんと言うことなんだろうな。
俺はため息を吐きながら、
「まあいい。不安にさせられるのも、なんだかんだ言って楽しんでるからな」
「僕を喜ばせるようなことを仰るのは、罪滅ぼしのつもりですか?」
さあな。

その二日後、月曜日の放課後に、退屈していたらしいハルヒは俺に近づいてきて何の前置きもなく言った。
「なんで古泉くんだったの?」
興味津々を絵にかいたような大きな目で問われ、俺は苦笑するしかない。
「それは本人を目の前にしてする質問じゃないだろう」
というか今はオセロの真っ最中だったんだが?
「僕のことでしたらお構いなく。あなたがどう答えるのか、気になりますしね」
裏切り者め。
睨みつけても古泉は動じず、軽く肩を竦めただけだった。
「さっさと答えなさいよ、キョン」
「それを聞いてお前はどうするんだ」
「別にどうもしないわよ。ただ知りたいだけだもん」
俺はまたどこかに誰かの体験談だのとして売り払うつもりかと思ったぞ。
「あ、それもいいかもね」
「おいっ!」
「冗談よ」
けろっとした顔でハルヒは言い、長机に腰を下ろした。
「それで、なんで古泉くんだったの?」
なんでと言われてもなぁ…。
と俺は考え込む。
はて、なんでだったかな。
古泉以外の奴に抱かれることなど想像するのも嫌だということはつまり古泉でなければならない理由があるはずなのだが、それが思いだせない。
そもそも、なんで俺は古泉と付き合ってるんだった?
……告白されて、キスされて、抱きしめられて、嫌じゃなかったから、好きだったのかと思ったんだったな。
古泉が告白して来たのは、俺がずっと古泉を見ていたからだと言っていたような記憶もある。
じゃあどうして俺は古泉を見ていた?
前に考えて、分かったはずのことが思い出せない。
「とりあえず、今古泉と付き合っている理由のひとつは」
と俺は古泉のさっきの態度に対する意趣返しを込めて言った。
「セックスが上手いから?」
古泉がガツンと机に頭をぶつけ、ハルヒは呆れたように、
「それがひとつめなの?」
「とりあえず思いついたのは」
後は何だ?
顔は…別に好みでも何でもない。
むしろ時々見てるだけでイラついて来る時もある。
多分、なんとなく気になってたんだろう。
古泉の腹が読めなくて。
本当のこいつが知りたくて。
――ああ、そうか。
「古泉のことが知りたかったんだ」
だから見ていた。
それが恋愛感情と結びつくのかは分からないが、とりあえず、それが始まりなのは間違いないだろう。
俺は小さく笑い、
「こいつ、何考えてるか分からないところあるだろ。だから、それが知りたかったんだと思う」
「ふぅん…」
ハルヒはまじまじと古泉を見ている。
それがなんとなく腹立たしく思える位には、俺は古泉が好きであるらしい。
嫉妬染みた感情も、恋愛感情も、古泉と付き合ううちに、少しずつ自分の中に現れたものだ。
それで苦しむことも多いが、これはこれで、悪くない。
ハルヒに見つめられて居心地悪そうにしている古泉へ、俺は笑いかける。
「結局、ほとんど全て、好きなんだろうな」
一部例外はあるが。
ハルヒは面白そうに目を細めて、
「あんたがそこまで言うなんて、恋愛ってのも面白いかもね」
そこそこ面白いし楽しいが、恐ろしく疲れるぞ。
するつもりなら頑張れよ。