今日も今日とて、ハルヒの「この世の不思議を探し出すのよ!」という命令の下、俺たちはいつもの待ち合わせ場所に集合させられた。 要するに、またもやあの無駄なことこの上ない市内探索ツアーが開催されたということだ。 いや、無駄なことこの上ない、というのは言い過ぎかも知れない。 朝比奈さんとふたりで探索した時には役得を味わえたりもするわけだしな。 が、今回は残念ながら朝比奈さんとは別に分けられた。 かわりに、古泉と長門が一緒だ。 俺が喫茶店の支払いを済ませれば、探索開始だ。 「どうしましょうか」 ざくざくと朝比奈さんと共に歩いていくハルヒの背を見送りながら、古泉が言った。 「僕としては、あなたと一緒ならどこに行くのも楽しいのですが」 お前な…長門が何もかも承知しているとはいえ少しははばかったらどうだ。 「それこそ無駄というものでしょう。ねえ、長門さん」 長門は古泉を黙殺した。 よし、それでいい。 ――それにしても、長門、お前はまた制服か。 たまには私服を着てきたらどうだ? 「持っていない」 普通なら、ありえないと言って終るのかもしれないが、長門に限ってそれはありえないことではなかった。 「だが、前に合宿に行った時なんかは私服を着てただろ?」 「あの時だけ、制服の構成情報を書き換えて用意した」 ……効率的でいいと羨むべきところじゃないよな、ここは。 幸い今日は時間が有り余るほどにあるんだ。 「長門、服でも見に行くか」 長門は頷きもしなかったが、首を振りもしなかった。 それなら問題ないってことだろう。 「古泉、お前もそれでいいよな」 「あなたの仰せのままに」 呆れたようにながらも頷いた古泉と長門を連れて、長門の服を見に行った。 長門は俺がそこまでしたからか、私服の必要性を認めてくれたようで、少しだが、新しい服を買った。 ついでに本屋にも寄り、ファッション雑誌を見せてやったりもした。 …長門が興味を示したようには見えなかったが、俺はとりあえず満足していた。 大体、長門はもったいないと思う。 可愛い顔をしているのに服装に頓着せず、指示がなかったらひたすら制服で過ごすのも、ハルヒの理不尽な命令に従い続けるのも。 義憤にも似た感情は、俺が長門を自分の妹か娘のように思っているからかもしれない。 もっと色々な物を長門に見せてやりたい。 色々なことをさせてやりたい。 少しでも長門が自立出来るように。 長門が、統合なんたらとかいうやつに操られるままじゃなくなっていることを、俺は知っている。 それが俺にとってどうなのかは分からないが、ただ、長門のことを思うと長門に自由になってほしいと思わずにはいられない。 もっと豊かな表情を手に入れて欲しい。 もっとたくさんの意思を手に入れて欲しい。 兄、あるいは父のような気持ちで、俺は長門の成長を見守りたいと思っているのだ。 ――だから俺は、まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだ。 集合して、ハルヒに報告して、長門の持っていた袋でサボっていたとばれ、何故か俺だけが怒られた。 しかし、そのついでに、 「今度買い物に行く時はあたしも誘いなさい! 有希に似合う服を選んであげるわ!」 とハルヒが言ってくれたのはよかったんじゃないだろうか。 さて、問題はそれからである。 ようやく帰るかと思ったところで、突然、古泉が言ったのだ。 「僕と長門さん……どちらの方が好きなんですか?」 ハルヒは既にいなくなっている。 朝比奈さんもいない。 長門はどういうわけかじっと俺を見ていた。 近くには人がいるが、俺たちに注意を払っている様子はない。 俺は長門が俺の答えに興味を示しているらしいことを感じながら答えた。 「そんなもん……比べようがないだろ」 「それは、どういう意味ですか?」 心なしか古泉の表情が真剣になっていた。 こんな顔をする古泉も珍しい気がする。 「お前と長門じゃ、ラブとライク以上に好きの方向性が違うってことだ。俺はお前のことが好きだ。もちろん、長門のことも好きだが、長門のことは見守りたいと思ってるのであって、邪な思いはない」 どうでもいいが、長門の目の前どころか、駅前という公共の場所でこんなことも言えるようになっちまって……大分免疫が出来たな、俺も。 しかし、気がついてみると恥ずかしい。 俺は思わず古泉から目を逸らした。 視線の先には長門がいる。 大人しくじっと俺を見つめているその瞳を見ていると、胸の中が暖かくなるような気がしてくる。 だから俺は、 「長門みたいな娘が欲しいな」 思わずそう呟いた。 そこでいきなり横から抱きしめられた。 もちろん、古泉に。 「じゃあ僕のことは恋愛対象として好きなんですね」 浮かれた声で言うな! 流石に人目が痛い!! というかそれも今更だろ!? そう叫んだ瞬間、反対側から長門がぺたりとくっついてきた。 「な、長門?」 「カモフラージュ」 ……俺と古泉のことを誤魔化そうとしてくれたらしいが、本当に効果はあるのか? 「効果はない。今のは嘘」 嘘かよ!! いやしかし長門が嘘をつくというのも珍しい。 それに、カモフラージュと言うのが嘘だとしたらなんで俺に抱きついてきたんだ? そう尋ねた俺を、長門はじっと見つめて言った。 「私も大好きだから」 平坦な声ではあったが、俺には十分長門の気持ちが伝わってきた。 ガラス玉のように澄んだ長門の目に、真っ赤になった俺の顔が映っている。 嬉しい。 正直言って、自分の気持ちも分からない状態のまま、古泉に告白された時よりも嬉しい気がする。 「あ、ああ、あ、ありがとう」 どもりながらそう言うと、古泉が拘束する手を強めて文句を言った。 「僕が好きですと言った時はぼうっとしていただけだったのに、長門さんだとこうですか。…全く、酷い人ですね」 うるさい、お前は黙ってろ。 俺は手を伸ばして長門を抱きしめ返した。 「俺も好きだ」 「ありがとう」 機械のように淡々とした声に、幾許かの柔らかさが感じられた。 自然と口元が緩む。 しかし、次の瞬間に放たれた古泉の言葉によって、俺は凍りついた。 「長門さん、キョン君のことが好きなんでしたらお母さんと呼んでさしあげるといいと思いますよ。きっと喜びます」 誰が喜ぶか!! と叫ぶ間もなく、長門が小首を傾げた。 「お母さん?」 どうせならお兄ちゃんと呼んでもらいたい。 実の妹さえ呼んでくれないのだが。 「いいじゃないですか」 古泉は面白がるようにウィンクして言った。 「僕とあなたと長門さんの家族なんて、それこそ、向かうところ敵なしだと思いませんか?」 そんなことを俺が知るか!! ――と叫んでやりたかったのだが、 「…家族」 気のせいか、嬉しそうに呟いた長門に、俺はそれ以上何も言えなくなったのだった。 俺は仕方なく、ハルヒや朝比奈さんなど俺たちのことを知っている人間の前や、他の人間に声が聞こえるような場所では絶対にそう呼ばないことを条件に、「お母さん」と呼ぶことを許可したのだった。 長門に甘いってことは分かってる。 分かってるが…放っといてくれ。 |