嫉妬と言うよりもむしろ



体の節々が痛い。
喉もガラガラで声だって出せやしねえ。
古泉のベッドを占領しているのは多少気が咎めないでもないが、そこから動くことも出来ないんだから仕方ないだろう。
げほげほと咳をすると、慌てふためいた足音と共に古泉が駆けつけてくる。
「本当に、大丈夫なんですか?」
心配そうな顔。
表情を作る余裕もないようだ。
俺は頷いたが、古泉は納得出来ないらしく、
「タクシーを呼びましょうか? それからご自宅にでも、病院にでも……」
俺は静かに首を振る。
家に帰ったら帰ったで妹がうるさい。
おそらく、大人しく寝ていることも出来ないだろう。
それなら、たとえ薬も熱冷ましのシートもなくても、更に言えば人を看病する技術すら持たない奴しかいなくても、ここで寝ている方がずっとマシだ。
古泉は眉を寄せながらため息をつき、
「分かりました。でもせめて、助っ人を呼ばせてもらえませんか?」
助っ人?
と問う代わりに首を傾げると、古泉が頷いた。
「正直なところ、僕はどうしたらいいのか分かりませんから」
仕方ない。
俺は小さく頷いた。
古泉があからさまなほどほっとした顔になった。
……一体誰を呼ぶつもりだ…?
俺の疑わしげな目にも気付かず、古泉は寝室を出て行った。
部屋のすぐ外で、携帯を使っているのだろう。
かすかに声がした。
「…さん? すいません」
少しずつ声が遠ざかっていく。
その声に滲んでいるのは信頼。
もしかすると、俺に対してのそれ以上の。
――正直に言おう。
俺は苛立ちと共によく分からない感情を抱いた。
苛立ちの方は簡単に分かる。
本気でムカついているのだ。
それも、電話の相手に対してではなく、古泉に対して。
まだ俺は信じられてなかったのかと思うと、悔しい。
そりゃあ、まだ知り合って精々一年。
付き合い始めてからなら、もっとずっと短いんだ。
俺以上に信頼している人間がいるのも当然のことだと、理性では思う。
俺にだって古泉以上に信頼している人間はいくらでもいるんだから、そう思うのは筋違いだと言うことも分かっている。
それなのに苛立ってばかりいるのは、熱で頭がどうかしているのも関係しているんじゃないだろうか。
少なくとも、無関係ではないはずだ。
だが、自分が嫉妬深くてどうしようもない人間になった気がして、嫌だ。
かといって、どうしようもない。
そして、理性と感情が戦った場合、負けるのは大抵理性の方なのだ。

「とりあえず、濡れタオルで頭を冷やすと楽になるそうなので」
そう言いながら古泉が戻ってきた。
手に持っているのがその濡れタオルなのだろう。
かなり、絞りすぎている気がするが。
「薬やなんかも持ってきてくれるとのことですから、あなたは寝てていいです…よっ!?」
古泉が慌てている。
当然だ。
いきなり胸元を掴まれた挙句、キスされて驚き、慌てなかったらよっぽど慣れてるってことだ。
高熱のせいか、古泉の唇がいつもよりひんやりとして感じられる。
それさえ気持ちよくて、夢中で貪った。
「っ!?」
逃げられた。
「ど、どうしたんですか!? あなたらしくないですよ!」
うるさい。
俺だって分かってるんだ。
こんなことをすることも考えることも、いつもの俺ならしない。
したいとも思わないはずだ。
だから、わざわざ指摘してないで熱のせいにしておけ。
嗄れた喉を使おうともせず、体を起こした俺は手を伸ばし、古泉の頬に両手を添えた。
古泉はびくっと身動ぎしただけで抵抗しなかった。
それをいいことに、静かに口付ける。
舌が入り込んでくる。
なんのかんの言って乗り気なんじゃないか。
薄目を開けて様子をうかがうと、熱を出している俺に負けないくらい赤い顔をして、余裕のない古泉がいた。
その余裕のなさが、ヤバいくらいキた。
俺の腕が勝手に動き、古泉の首に掛かる。
強く引き寄せると、ぎしりとベッドが軋んだ。
古泉の目が、どこか潤んだまま俺を見ている。
俺は視線をかわして、古泉の首筋へ噛みつくように口付けた。
生々しい音を立てて、痕を残すと、古泉が顔を顰めた。
これから来るであろう助っ人のことを考えたのかもしれない。
イライラする。
俺は我ながら性急だと思いながら、古泉のシャツのボタンを外しにかかった。
「ちょっ…やめてください! これから人が来るんですよ!?」
黙ってろ。
あと少しだ。
俺は自分の服も肌蹴てしまうと、古泉の手を掴み、自分のない胸に押し付けた。
と、その時である。
突然ドアが開いた。
古泉が硬直する。
鈍い動きで目を向けると、森さんが立っていた。
彼女にしては珍しいであろう、強張った笑顔である。
「……ごめんなさい」
先に回復したのは森さんだった。
古泉はまだ凍りついている。
「返事がなかったので、入ってきてしまいましたけど、お邪魔でしたね」
大きな音を立ててドアが閉まる。
……見た目以上に驚いていたらしい。
その音で、やっと古泉は回復した。
「っ、一体何を考えているんです!?」
何って、何だろうな。
「……まさか、狙ってやったんですか?」
さあ?
とぼけるように首を傾げてみせたが、古泉は厳しい目を俺に向けるばかりだ。
「そうでしょう。違うとは言わないでしょう。……どうしてなんです」
ただの悪戯だとでも思ったのだろうか。
古泉は怒っていた。
本気で。
俺は別にマゾではないはずなんだが、それが妙に嬉しかった。
俺が古泉の電話の相手――つまり森さん――に対して抱いた、得体の知れない感情はおそらく――
俺は薄く笑いながら古泉にキスした。
「筆談でも何でもいいですから、ちゃんと説明してください!」
古泉はまだ怒っている。
キスで誤魔化そうとしていることに怒っているのだろう。
実際、大分誤魔化されているくせに。

あれは、嫉妬と言うよりもむしろ、羨望なのだ。
古泉に信頼されていることが羨ましい。
俺も――いや、俺はそれ以上、信頼されたい。
熱が回った頭で考えてるにしちゃ、シンプルかつ純粋な思考回路だと思った。

なお、俺はこの後見事に風邪を悪化させた。
すっかり俺のやらかしたタチの悪い偽装にひっかかっている森さんは、古泉に冷めた目を向けつつ、おかゆやら薬やらで甲斐甲斐しく俺の面倒をみてくれた。
古泉は森さんの命令で俺との接触を禁止されたというおまけつきである。
俺は、未だうまく機能しない喉が回復したら、森さんの誤解を解くための努力をしてやろうと思っている。