日曜の朝。 心地よく暖かなベッドをそろりと抜け出して、俺はすっかり慣れた他人の家を徘徊する。
着替えもせずにキッチンに行き、インスタントコーヒーを入れるカップも自分のだ。 物の少なさのあまりスカスカに穴があいたようだったこの部屋を満たしたくて、俺はなんだかんだと言って物を持ち込んで来ていた。 ここに泊まったのももう何度目かのことではあるが、決して二桁には達していないと思う。 なのに、だだっ広いマンションの一室はかなりの割合、俺の物で埋められていた。 古泉の物との比率も、そろそろ際どい。 あと一回泊まったら多分逆転するだろう。
そう考えると、なんだか楽しい。
あいつが俺の生活に入り込んできたように、あいつの家を侵食してやる楽しさがある。 俺は冷蔵庫を開け、中を確かめた。 入っている物も、ほとんど俺が買って来たものばかりだ。 金は古泉に出させたが。 濃い目に入れたコーヒーに牛乳を注ぎ込む。 かなりぬるくなったそれを飲み干して、俺は朝飯を作り始める。
卵の賞味期限がギリギリだ。
俺が先週買って来て、そのままだったらしい。
早く使い切らないとまずい。 野菜を炒めて卵でとじちまえ。 料理が和風だろうが洋風だろうが、主食がパンになるのが多少嫌なんだが、流石に炊飯器を買わせるわけにもいかないだろう。 仕方なく、野菜炒めをバターでやる。 家中に、バターの香りが広がる。 それを嗅ぎつけて来たのだろうか。 古泉が起き出して来た。 俺はこういう朝のこいつの顔を見るのが好きだ。
心細そうな顔をして部屋からふらふらと出て来て、俺をみるなりほっとしたように笑う。
…まあ、次の瞬間にはいつもの笑みになってるんだが。 「おはようございます」 「おはよう」 返事をしてやると、いそいそと近寄ってきた。 「今日の朝ご飯はなんですか?」 さあな。 見て分かれ。 「いい匂いですね。…野菜炒めですか」 死に掛けた野菜と卵を発見したんでな。 皮肉を込めて言ってやったのだが、古泉にはどうってこともなかったらしい。 「僕は、あなたと違って料理は得手じゃないんです。なのにあなたがこんなに買い込むから…」 独り暮らしで自炊しないってのは効率が悪過ぎるだろう。 俺のもっともな意見に対して、古泉はちょっと肩を竦めただけだった。 そうして、さもいいことを思いついたと言わんばかりに、 「それなら、あなたが料理をしに通ってきてくれませんか?」 ふざけるな。 こうして作ってやるだけでもありがたく思え。 「そうですね。十分、感謝していますよ。しかし――ずっと不思議に思っていたんですけど、どうして料理が得意なんです?」 得意ってわけじゃない。 簡単なものなら作れる程度だ。 「十分得意だと思いますけどね。で、どうしてなんです?」 お前も、年の離れた妹がいたら得意になってただろうよ。 あいつときたら、おふくろがいない時に限ってホットケーキが食べたいとかポップコーンが食べたいとか言い出すんだからな。 無理って言っても聞きやしねえ。 わんわん泣かれるのが嫌だったら作るしかなかったんだよ。 「ホットケーキですか」 ……食べたいのか? 「えっ?」 羨ましそうな顔してたから。 「…そうですね」 食べたいなら作ってやってもいいぞ。 卵が危ないし。 「え?」 小麦粉がないから買いに行かなきゃな。 「いえ、あの…そうじゃなくて」 「ん?」 「…その……あなたにそうやって甘えられる妹さんが羨ましいなと思って…」 俺は恥ずかしそうに言った古泉に笑った。 ぽんぽんと、俺より高い位置にある頭を撫でてやって、 「分かってるって」
「っ…愛してますっ!」 ぎゅうっと力を込めて抱きしめられた。 離れろ。 野菜が焦げる。
「焦げてもいいです。ちゃんと食べます。…だから……」
だからじゃねぇよ。
俺が嫌なんだよ。 …後で抱きしめてやるから。 「絶対ですよ?」 はいはい。 分かったからお前はパンを焼け。 「…はい」 やけに嬉しそうな声がした。 我知らず口元を緩めながら、俺は作業を再開した。
とりあえず、今日の昼はホットケーキか。
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