あいす



少し汗ばむような陽気にどうしてさらされているかといえば、そこが待ち合わせ場所だからであり、そうであれば勝手に変更して行き違うようなマネはしたくなく、動けないというだけの単純な話でしかない。
そんな訳でじっと暑さに耐えていると、
「お前には日陰に入るとか涼しいところに逃げ込むなんて知恵はないのか」
と呆れた声がして慌てて振り向くことになった。
「よ」
と笑った彼は、今日もまた、カモフラージュのためとはいえ、可愛らしい姿だった。
短いデニムパンツに明るいチェックのシャツ、軽く被ったカンカン帽もよく似合っている。
「おはようございます」
「ん。…で、返事は?」
「え?」
「お前には日陰に入るとか涼しいところに逃げ込むなんて知恵はないのか」
先ほどの問いを繰り返してくれた彼に僕は苦笑を返す。
「…あなたと擦れ違ったら悲しいじゃないですか。だから、じっと待ってたんですよ」
「……お前には携帯電話という文明の利器はないのか?」
呆れきった声で言われて、
「あ」
と間抜けな声を上げた。
「…す、すみません。あなたに会うと思うとそれだけで頭がいっぱいになってしまうみたいです……」
「…あほか」
と言いながらも彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、とっとと行くぞ」
「あ、はい。…どこへ行きましょうか?」
「んー…そうだな……」
少し考え込んだ彼は、僕をそっと見上げて、
「朝比奈さんとはどういうところに行くんだ?」
と妬いている風でなく聞かれて、思わず笑みが零れる。
そんな風になってくれて嬉しい。
だから、僕も正直かつ素直に、
「そうですね…。ケーキを食べたり、雑貨を見たり、ボードゲームを見に行ったりという感じかと」
「じゃあ、同じところ回るぞ」
張り合うように、というよりはからかうように言って彼は僕に肩を寄せ、歩き始めた。
手を繋いでこそないものの、恋人としての距離にドキドキする。
触れようと思えばすぐに触れられるし、キスだって出来そうに近い。
彼の囁きは僕にしか届かず、彼の吐息すら聞き取れる。
近過ぎる、とどぎまぎしているのを見抜いたんだろう。
彼はにやりと意地悪く笑って、
「どうかしたか?」
「いえ…、ちょっと……この距離は緊張しますね」
「…もっと凄いことしてるくせに、何言ってるんだか」
なんて言われて余計に赤くなる僕に、彼は愉快そうに笑う。
「可愛い」
……この小悪魔め。
「踊らされて楽しいくせに」
にやにや笑う彼には本当に勝てやしない。
「楽しいですよ。…あなたにされるなら、なんだって」
「ん、素直でよろしい」
得意げに言った彼がふと足を止めたと思ったら、
「古泉、あの店、行ったことあるか?」
と言って指差されたのは、新装開店の花が飾ってあるような真新しいアイスクリームショップだった。
「え? いえ、ありません。出来るという話は聞いてましたけど……」
「じゃあ、行ってみないか?」
と彼から誘われて驚いた。
「いいんですか?」
「は?」
「いえ、だって…あなた、甘いものはあまり……」
「俺だってアイスくらい食べてるだろ。そりゃ、甘ったるいケーキなんかは多少苦手だけどな」
そう苦笑しておいて、彼は少しだけ悪っぽい笑みを作り、
「朝比奈さんともまだ行ってないんだろ? 朝比奈さんと行きそうな店に、俺が先にお前と行くってのは悪くない」
なんて言う。
でも、口で言うほど張り合ってはないみたいだ。
「あなたと一緒にアイスを食べられるなんて、嬉しいです」
と笑った僕の腕を軽くつねって、
「お前は一々大げさすぎる」
「そうですか?」
「ああ。…アイスくらい、よっぽど寒い時でもなきゃ、いつだって付き合ってやるし、他のことだって一緒にしてやりたいとは、思ってるんだからな」
そりゃあ、俺じゃ役者不足のこともあるだろうが、なんてぶつぶつ言っていても彼は可愛くて。
「…嬉しいです。……好きです…」
こっそり囁くと、彼は薄っすらと頬を赤く染め、嬉しそうに頷いてくれた。
ドキドキしながらショップに入ると、なかなか混雑していた。
開店したばかりなのに加え、今日は結構暑いからだろう。
まだどこかぎこちない手つきの店員を見つめていても悪いかと、店の中をぐるりと眺める。
白をベースにピンクやグリーンなどポップな彩りに丸みを帯びた椅子など、なかなか可愛い内装になっている。
イメージとしては、朝比奈さんよりも涼宮さんに似合いそうだな、なんて思っていると、ケースをのぞきこんでいた彼が、
「お前は何にするつもりなんだ?」
「僕はバニラにしておこうかと」
「んー…じゃあ俺はレモンシャーベットにしようかな。さっぱりしたのがいい」
そう決めて、少しすると順番が回ってきたので簡単に注文した。
出来上がるまで少し待たなければならないようだけれど、椅子は空いているから問題ないだろう。
隅の方の席に向かいあわせで座ると、彼がじっと僕を見つめて言った。
「バニラが好きなのか?」
「そうですね、結構好きですよ。…意外ですか?」
「いや? ただ、チョコレートとかもっとこてこてに甘いのが好きかと思ってただけだ」
なるほど。
確かに僕が普段好んで食べている洋菓子などからするとそう思われるかも知れない。
「実際、チョコレートも好きですよ。ストロベリーやミルクティーなんかも好きです」
「でも、バニラが一番ってことか?」
「いえ、」
と僕は苦笑して、
「ただ、初めてのお店ではバニラを食べてみることに決めてるだけなんです」
「…通っぽいこと言いやがって」
呆れたように笑った彼に軽く小突かれたところで呼ばれ、アイスを受け取りに行く。
「暑いところで食った方がうまいだろ?」
と言う彼の提案で、そのまま店を出て、歩きながら食べることにする。
「歩き食いって、クレープとアイスなんかの特権だよな」
「ほかにも、縁日の出店のものなんかもそうですね」
「ああ、りんご飴とか綿菓子とかな」
他愛もない話をしながら、アイスに口をつける。
バニラはなかなか香りがよく、後味も思ったよりさっぱりしている。
これはいいな、と思ったところで、
「うまそうな顔してるな」
と彼に言われた。
「おいしいですよ。バニラの香りがしっかりしているのに、甘さは少し控え目で、後味もさっぱりしてます」
そう報告した僕に、彼は呆れたような馬鹿にしたような不思議な顔をして、
「…お前な、こういうのはわざわざ語らなくていいって分からないのか?」
「はい?」
「……味見させればいいんだよ」
そう言って彼は僕の手首を掴んでアイスを引き寄せたかと思うと、ぺろりとそれを舐めた。
僕の気のせいかもしれないけれど、おそらく、その視覚効果を計算した上で、その舌を見せ付けて。
「っ……」
真っ赤になった僕に彼はなんでもないような顔で、
「ああ、本当に食べやすいな。バニラもよさそうだ」
覚えとこう、なんて呟く。
それから、僕に向かってレモンシャーベットを突き出し、
「ん」
「……え?」
「味見、するだろ?」
当然のような顔をして言うのを断るだけの理由もなければ理性もない。
僕は気温のせいでなく体温が上がってくるのを感じながら、
「…し、失礼します……」
と顔を近づけて、シャーベットを舐めた。
酸味がまず来て、それから香りと甘味が抜けて行く。
シャーベットと言っていても、アイスクリームと混ぜたようなものもあるけれど、これは本当にシンプルなシャーベットだ。
「うまいか?」
「はい、おいしいです」
「そりゃよかった」
そう言って彼はシャーベットを一舐めして、にやりと笑った。
また何をするつもりだろうと身構えたのだけれど、
「間接キスだな?」
なんて悪戯っぽい瞳で見つめながら言われて、真っ赤になった。
「今更だろ」
彼が言う通りなんだけれども、それでも、そんな風に言われたら意識してしまう。
彼が舐めたアイスをどうしたものかと見つめていると、
「とけるぞ」
と言われる。
全くその通りだと思う。
今日はこれだけ日差しが強いから、あっという間にとけてしまうに決まってる。
それはもったいないから、と僕は心臓が痛いほどドキドキしているのを感じながら、アイスを舐める。
「……なんだか、甘味が増した気がしますよ…」
そう呟いた僕に、彼はくすくすと愉快そうに笑う。
「よかったな?」
「……もう…」
アイスを舐めてるのにこんなに暑いなんて。
僕は少しだけれど意趣返しをしたいような気持ちになりながら、
「…今日は随分とご機嫌ですね」
と彼に言ってみたのだけれど、彼の方がやはり上手だった。
「アイスくらいに夢中になってるお前も、ちょっとしたことであれだけ照れたり慌てたりするお前も可愛くて、愛しいからな」
…なんでそんな台詞がさらりと言えるんですか。
「お前が恥かしがるからじゃないか?」
ニヤニヤしながらも彼の目は優しい。
「ほら、もっとデートらしいことするぞ」
なんて言いながら、さりげなく僕の手を引っ張った。
そんな風にちょっと手を繋ぐだけでもこんなにドキドキするなんて、
「……絶対僕の方があなたに惚れ込んでますよね」
「ばーか。俺の方が好きに決まってるだろ」
そう彼は笑う。
「そうなんですか?」
「お前ほど素直じゃないだけだ」
本当に素直じゃないなら言えないだろう台詞を言っている彼の顔が赤い。
「…これでも、頑張ってるんだからな」
不貞腐れたように言ってくれる彼が愛しい。
「……愛してます」
「…俺も、好きだ」
くすぐったそうに言った彼の手の平がしっとりと汗ばんでいる。
それに自分でも気付いているんだろう。
「…ほら、もう離せ」
と居心地悪そうに言われたけれど、
「嫌です」
「なんでだよ?」
「デート、なんでしょう?」
「……あほか」
照れ隠しにぷいと顔を背ける彼も可愛い。
僕はぎゅっと手を握りしめ、
「好きです」
ともう一押ししたのだけれど、
「い、いい加減にしろ!」
と振り解かれた手の勢いそのままに、頭を引っ叩かれてしまったのだった。