エロですよ
念願の←
デパートの催し物会場を出て、デパートも出る。 一体どこに向かうんだろうと首を捻り続ける僕の手を引っ張って、彼は迷いなくずんずんと進んでいく。 何の説明もない。 前を歩く彼の顔も見えなくて、ただ、ほんのりとその耳が赤く染まっているような気がした。 「あの、一体どこに…?」 「黙ってついて来いって言っただろ。黙ってろ」 そう言われてしまえば僕には頷くしか出来なくて、 「はい…」 と答えてそのまま大人しく連れて行かれることになった。 そうして歩き続けること十分ほど。 僕たちは日曜日の真昼間に高校生が歩くには相応しくないような界隈に入り込んでいた。 辺りにひしめくのはビジネスホテルなんかとは全然違う、あからさまにそれと分かるラブホテル群で、早く通りぬけてくれないかなと思ったら、そのうちのひとつに彼が躊躇もなく向かったので僕は思わず足を止めて、 「ちょ、ちょっと待ってください!」 「待てない」 簡潔に答えた彼が強引に僕の手を引っ張る。 「だ、だって、あの、なんで…」 「お前が悪いんだろ」 やっと振り向いてくれた彼はむくれた顔をして、 「これくらいしか残ってないんだから」 「いえ、それにしたって……」 「いいから、早く」 どうやって彼を止めたらいいんだろうなんて混乱した頭で考えている間に、彼は僕をホテルの中に連れ込んだ。 手際よくパネルを操作して部屋を選び、僕を引き摺るようにして部屋に入れた彼は、 「俺はシャワー浴びてくるから。……逃げるなよ」 とドスのきいた声で僕を脅して、さっさとシャワールームに消えてしまった。 何でこんなことになってるんだ。 というか、なんで彼はあんなに手慣れてるんですか。 こんな場所に来ることに慣れてなんていないはずなのに。 わざわざ調べでもしたんだろうか。 それとも誰かと来たことが……って、それは彼に対して余りにも失礼だろう。 それより、僕は一体どうしたらいいんだろう。 このまま彼と……と考えるだけで体が熱くなってしまいそうになるのは事実だ。 だけど、こんな勢い任せみたいな形で彼と体を繋げてしまっていいんだろうか。 それで彼は後悔しないんだろうか。 もし彼が悔いるのであれば、してはならないと思う。 僕も、後悔はしたくない。 それにしても、ああ、 「何でこうなるんですか…!?」 思わず頭を抱えたところで、 「お前が悪いんだろ」 ともう一度言われた。 顔を上げると、腰に一枚タオルを巻いたっきりの彼がむっつりと立っていた。 ほんのり上気した体としっとりと濡れた髪が酷く艶かしく見えたのは、こんな場所だからだろうか。 「…ったく、」 呆れだか苛立ちだか分からないものを声に滲ませながら、彼はどかりとベッドに腰を下ろした。 そのまま手招きをして、 「お前も座れ」 と言われるまま、僕は彼の隣りに腰を下ろす。 ぎしりと軋むベッドに胸がざわついた。 「……全部、お前のせいだからな」 恨めしげな目つきで僕を睨んだ彼は、 「お前のことが好きなのかもしれないと思った時から、俺は本当に散々な目に遭って来たんだぞ」 「それは…どういう……」 「黙って聞け」 顔を赤くしながら、彼は僕の言葉を封じて続けた。 「お前のことが好きなんて言うのはただの勘違いに過ぎないんだと思いたくて、色々調べて見たんだ。……その、なんだ。男同士ってどうするのかとか、出来るだけグロそうなのを探して動画を見てみたりとか、したわけだ」 そんなことしたんですか。 豪胆と言うか何と言うか……もはや適切な形容すら見つからない。 「その時は、やっぱり気持ち悪いと思ったから、俺は正常なんだ、ノーマルなんだと思い込めたんだが、その後が最悪だった」 ほぅっと悩ましげなため息を吐いた彼は、そのため息に似合わない告白をしてくれた。 「……その晩以来、お前に押し倒されるような夢を何度も見てな」 「なっ…!?」 「それにきっちり反応する自分に、一時は首をくくってやろうかと思ったくらいだったんだが、そうするわけにも行かんだろ。結局俺は認めざるを得なかったわけだ」 加えて、と彼は話を続けた。 っていうかまだ続きがあるんですか。 僕の心臓が持ちそうにないんですけれども。 「下手に知識をつけちまったせいで、お前のこと見てるだけで妙にドキドキしちまうから直視出来なくなるし、それでお前には誤解されたみたいだって分かって余計に落ち込むしで、本当に最悪だった」 だから、と彼は酷く艶かしい表情で僕を見つめた。 赤く染まった頬も、熱を持った瞳も、全てが危険物そのものだ。 「お前が責任取れ…」 「そ、そう、言われましても…一体どうしろって言うんですか…」 じりじりと後ずさろうとしたところで、ベッドの上で逃げ場などない。 そもそも僕が本気で彼から逃れられるわけがない。 彼は僕の膝に乗り、そのまま僕をベッドに押し倒した。 「本当に、嫌か?」 だったら止める、と言いながらも不安げな彼に、僕はそっとため息を吐いた。 そんな風に言われて僕が嫌と言えるはずなんてないでしょう。 「あなたは、本当にいいんですか? こんな形で…その、して、しまって」 「いい。…というか、したいんだ」 羞恥にだろう、顔を赤らめて、彼は言った。 「お前が本当に俺を好きでいてくれるんだと、感じたいから……」 「……分かりました」 僕がそう観念すると彼は嬉しそうに顔を輝かせた。 「ありがとな」 お礼を言われるようなことじゃないと思うんだけれど、と苦笑する僕にキスをして、彼は小さく声を上げて笑った。 「凄い、ドキドキするな」 「落ち着いてるように見えますよ?」 「んなことあるか。…俺だって、初めてなんだぞ」 「僕もですよ」 果たして初心者同士でうまく行くんだろうか、なんて思った僕の手を彼が取り、 「ほら、ドキドキしてるだろうが」 と自分の胸に押し当てた。 伝わる体温が、脈拍が、興奮を煽る。 ああもう、本当にこの人は心配すぎる。 ほかの誰かにもこんなことしてないだろうな、なんて疑いたくなるくらいだ。 今だって、僕がまだ消極的なのを見て取ってか、僕にキスをしてくる。 それも、触れるだけじゃない、濃厚なキスを。 「んっ……は…ふ……ぅ…」 とろんとした目で僕を見つめて、触れているだけで興奮するとでも言うような彼の姿を見て、大人しくしていられるほど僕は枯れてもいなければ落ち着いてもいなかったらしい。 彼の胸に押し当てられたままの手を動かし、赤く色付く突起に触れると、彼がびくりと体を震わせた。 「あ…っ……古泉…?」 「触って欲しいんでしょう?」 彼は迷うように少し視線をさ迷わせた後、小さく頷いた。 そんな仕草も可愛くて、愛おしくて、止まらなくなりそうになる。 柔らかだったそれは、指で押し潰し、軽く抓る度に硬さを増していく。 彼の唇から零れる声も艶っぽさを増す。 されるばかりでは嫌だとでも思ったんだろうか。 彼の手が僕の服を脱がして行き、あからさまに欲望を露わにしたものへと触れた。 「お前も…興奮してんだな…」 嬉しそうに言った彼がそれを撫で上げ、僕は込み上げてくる射精感を堪える破目になった。 早過ぎると笑うことなかれ。 好きな人にこんなことをされて平気でいられる方がどうかしているに違いないんだから。 「当然でしょう…? あなたとこんなことをしてるんですから。あなただって、こんなに硬くしてるじゃないですか」 そう言って彼のものに触れると、 「うぁ…っ!」 と彼が悲鳴染みた声を上げた。 「や、さ、わんな…っ、イキそうになる…!」 「イッていいですよ?」 「やな、こった…。お前こそ、イッちまえ…」 「……じゃあいっそ、一緒にイキますか?」 このままお互いに触れ合って。 「ん……」 そう答えながら彼は僕に口付け、更に愛撫の手を強めた。 ぐちゅぐちゅと漏れ出た先走りが水音を立てる。 猥らがましい二重奏に目眩すら感じた。 「古泉…っ、ひ、ぅ、…あぁ…!」 手だけじゃ堪えられなくなったんだろうか。 彼は僕のそれへ自分のものを擦りつけ始めた。 想像だにしなかった彼の艶かしい姿に何よりも興奮する。 「も、イキます…!」 「お、れも…っ、ぁ、ん――…っ!」 ほとんど同時に白濁を吐き出して、僕たちはぐったりとベッドに身を投げ出した。 満ち足りたような気持ちと、まだ物足りなく感じる部分とが反発しあっている気がする。 この後どうしよう、なんて思っているのを見抜いたわけでもないのだろうけれど、彼はまだ僕へと指を絡ませながら、 「これで止めようなんて言うなよ…」 と脅しをくれた。 そうして、のそのそとベッドから下りると、部屋の隅にあった自動販売機になにやら硬貨を入れた。 「何を買うつもりですか…?」 ややびくつきながら問うと、 「別に、変なもんじゃないから安心しろ」 と返された。 硬貨の落ちる音に続いて、二回ほど物が落ちる音が聞こえたかと思うと、小さな箱を二つばかり投げ寄越された。 「えぇと…これは……」 「ゴムとローション。……使用目的まで聞くなよ」 ええ、聞くまでもないとは思いますけど、けど…っ! あなた本当にどこまで何を調べたんですか!? 「……一通り…まあ、色々と…」 顔を赤くして気まずそうに答える彼も可愛い。 可愛いとは思うけれども、その可愛さと小悪魔みたいな大胆さが同居してるってのは一体どういうことなんですかと聞きたいくらいだ。 「そんなの、いいから……っ、続き、しないのかよ…」 だめだ。 この人には絶対に勝てないに違いないと確信した。 僕はベッドの上に上がって来た彼をそっと押し倒した。 「最終確認させてください。…本当に、いいんですね?」 「しつこいぞ、ばか」 というのが彼の返事だった。 呆れるように弧を描く唇に口付けて、彼の脚に触れると、彼が小さく震えるのが分かった。 それは恐怖のためなどではなく、興奮によるものだと言うことは明らかで、僕はもう止まれないと思いながら彼の膝へキスを落とした。 「ぁ…っ、ん…」 ちょっとした刺激だけでも蕩けるような反応をくれる彼に気をよくしながら、膝から爪先へとわざと焦らすように辿っていく。 「…焦らすな、ばかぁ…!」 駄々っ子のような、彼らしからぬ言葉に笑いながら、今度こそ脚の付け根の方へと進めると、彼の体が痙攣した。 「気持ちいいですか?」 「…悪けりゃ、こんな、なるか…っぁ、ん、は…っ…!」 言葉を紡ぐことさえ苦しいかのように、彼は言った。 ローションの個包装を破り、とろりとしたそれを指に纏わせ、彼の望む通りの場所へと触れると、彼の爪先がダンスを踊る。 想像以上に簡単に指先を飲み込んだ彼は、 「や…っ、ぁ、うそ、だろ…」 と戸惑いの声を上げた。 「何がです?」 「なんで…はっ、ん、こんな…!」 「気持ちいいんですか?」 「おかし…だろ…」 確かにおかしいのかもしれない。 初めてにしては感じすぎる彼が、心配にもなる。 けど、 「僕は、嬉しいですよ」 とキスすれば、彼の喘ぎも飲み込める気がした。 くちゅくちゅとわざとらしく音を立てて彼の準備を整えさせる。 油断するとすぐに性急に振舞ってしまいそうになる自分を必死に抑えながら。 彼は彼で、声を抑えるのに必死に見えた。 声を上げていいのに。 むしろ、聞かせて欲しい。 そう思いながら意地悪く、彼の感じる場所を擦りあげると、 「…く、あっ、……やぁ…!」 喘ぎと共に彼の目元から涙が零れた。 「も…っ、早く、欲しい、こんな、俺だけなんて、やだ…」 可愛すぎる言葉に、僕は笑って頷いた。 「入れますよ」 そう知らせれば、彼は呼吸を整えて僕を待つ。 「はや…く、ん、ぁ、ぁあ…っ!」 準備の整った彼の中へ、僕もちゃんと準備をして押し入れば、これまでに感じたことのないような悦びを感じた。 それは性的なものだけじゃないに違いない。 彼とひとつになれたということや、彼に求められるということが大きいのだから。 「…あつ……ぃ…」 震える声で彼が呟く。 「こんな、なんだな…お前って……」 「そうですよ」 「……嬉しい」 花が綻ぶような笑みだった。 込み上げてくる愛しさのまま腰を使えば、彼が歌う。 歌う声の合間に、 「好き…だ…」 なんて甘い言葉を混ぜながら。 「僕も、好きです。あなたを愛してます…」 そう答えるほどに彼が嬉しそうに微笑むのが嬉しくてならない。 どうしてだろう。 昨日だってあんなに幸せだと思ったのに、今の幸福感に勝るものはないようにさえ思えた。 くたりとベッドに横たわった彼は、僕を睨んだ。 どうして睨むんですか。 「…お前、初めてなんだよな?」 「ええ、そうですよ?」 「……うますぎだろ」 「それを言うなら、あなたは感じやすすぎます」 「ほっとけバカ!」 と赤くなった彼は僕に枕を投げつけた上で、 「お前のせいだから、俺は悪くない」 と強硬に言い張った。 そのくせ、急に弱気に取り付かれたようで、 「……俺だけ、なんだよな?」 「ええ」 「…嬉しい」 そう微笑む彼は可愛いのだけれど、それでもひとつ言いたかった。 「…あなたって、意外と独占欲強いんですね」 「普通だろ。…むしろ寛大な方だと思うぞ」 どこがですか。 「うるさい。……文句を言うくらいなら、お前も好きにしたらいいだろ。したいようにしろよ。浮気なんかは絶対に許さんが」 言われるまでもなく浮気なんてしませんよ。 でも、したいように……ですか。 「……とりあえず今は、ケーキが食べたいです」 「…お前な」 脱力し、かつ呆れ果てた様子で彼が言ったけれど、仕方がないじゃないか。 「もうずっと楽しみにしてたんですよ…。この機会を逃したらもう当分食べられないのに……」 「あーそうかい。そりゃ、悪かったな」 投槍に言った後、彼も流石に悪いと思ってくれたんだろうか。 「…ちゃんと俺が付き合ってやるよ」 と言ってくれた。 なのにどうしてそうあっさりげんなりしてるんですか。 「当たり前だ! お前、どんだけ食うつもりだ!」 と言ったってまだシュークリームしか買ってないんですけど。 リーフレットに赤ペンと青ペンでチェックを入れたのがまずかったかな。 でも、計画的に回りたいし。 「こんな甘いもんばっかよく食べる気になるよな」 そう言う彼はどうやら甘党ではないらしい。 匂いにすらうんざりすると言わんばかりだ。 「僕は好きなんですよ…」 そう呟くと、彼の眉がぴくりと跳ね上がった。 「あ、イラッと来た」 「……はい?」 いきなり何ですか? 「俺にもなかなか言わなかったくせに、菓子には簡単に言うのか」 「え、それは何か違いませんか?」 ベクトルとか軽重とか、全然違う気がするんですが。 「うるさいっ」 と言いながら彼は僕が今まさに食べようとしていたシュークリームに噛み付いた。 ……酷い。 どの口が寛大で独占欲が強くないなんて嘘を言ったんだろう。 |