この話は「おもい」の後の話にあたります。
「おもい」まで読んだ後、読んでくれますようお願いいたします。
「一樹くんたち、うまく行ったかな…」 あたしがそう呟くと、あたしの向かいの席に移動してきて黙々とケーキを食べ続けていた長門さんが頷いてくれた。 「大丈夫。……万が一これでもだめだったとしたら、これ以上の手出しのしようはない」 「ですよね」 とあたしも苦笑するしかないのは、一樹くんが余りにも奥手で、自分に自信がなくて、なかなか動こうとしてくれなかったから。 本当にもう、手が掛かるんだから。 でも、そんなところも可愛いなぁ、なんて思いながらケーキを食べていると、ぱたぱたと軽い足音がして、涼宮さんが来ました。 「ちゃんとうまく行ったみたいよ!」 満面の笑みを浮かべて、本当に嬉しそうです。 「わぁ、よかったです」 「…当然」 すとん、と長門さんの隣りに座った涼宮さんのためにケーキと紅茶を取ってきてあげると、 「ありがとっ、流石はみくるちゃん、気が利くわね」 「いいえ」 涼宮さんの機嫌がいいとあたしも気分がいい。 だって、閉鎖空間や余計な事件について、何も心配が要らないってことだもの。 何より、一緒にいる仲間なんですから、ご機嫌でいて欲しいと思うものでしょう? 「それにしても、涼宮さん、一体どこまで見届けてきたんですか?」 気になったあたしが聞いて見ると、涼宮さんは笑って、 「ちょっと後をつけてみて、公園に入ったからそれを物陰で伺ってたの。話し声までは聞こえなかったけど、そのうちキョンが古泉くんに抱きついて泣き出した時はちょっとハラハラしたわね。でも、ちゃんと泣き止んだし、キスまでしてたから大丈夫だと思って戻ってきたの。それ以上は流石に野暮だしね」 「キスしちゃったんですか」 あたしが驚いてそう言うと、涼宮さんは、 「何驚いてんのよ。当たり前でしょ?」 「でも、そんな人前で一樹くんとキョンくんが、って思うと凄く意外で……」 「そうねぇ…」 涼宮さんは肘を突いたままフォークをくるくるときれいに回して、 「確かに、キョンがあんなことしたのは意外だったわ。思ったより直情的な奴だったのね」 すると長門さんがぽつりと、 「それだけ思い詰めていた。それに……私が焚きつけた結果でもある」 「そうね。今回の功労賞は有希にあげるわ」 そう嬉しそうに笑った涼宮さんだったけど、すぐにそれを困ったようなものに変えて、 「それにしても、本当に面倒な奴等ね! あいつらがうじうじぐだぐだしてる間、鬱陶しくて大変だったわ」 お姉さんぶるように言った後、 「男同士ってだけでそんなに躊躇うものなの?」 そう言われても、あたしには苦笑するしかありません。 代わりに長門さんが、 「…彼らは至って常識的な人間。世間体を慮っても不思議ではない」 「それにしたって分かんないわね。随分思い詰めて切羽詰って、キョンも古泉くんも大変だったんでしょ?」 確認されて、あたしと長門さんが頷くと、涼宮さんは小さくため息をつきました。 「おかげでみくるちゃんも有希も大変だったのよね。そんな風に人に迷惑掛けるタイプじゃないはずなのにそうやってなっちゃうくらい好きなら、さっさとそう言えばよかったのに。あたしだったらそうするわ」 「涼宮さんは強いんですね…」 一樹くんが弱いとは言わないけれど、涼宮さんの方がずっと強いに違いないと思いながらあたしが言うと、涼宮さんは平気な顔をして、 「だって、それが当然じゃないの? 好きなら性別なんて関係ないでしょ?」 そういうものなんでしょうか? 一樹くんを見ていたら確かにそうかもしれないと思った。 あれだけ必死に、真っ直ぐに、キョンくんを好きだと言える一樹くんは、気持ち悪くなければおかしくもなかった。 だから、性別なんて関係ないのかもしれない。 でも、普通は恋愛なんて男女間にしかないものじゃないのかな。 「あたしにはよく分からないんですけど、そういうもの……なんですか?」 首を傾げながらあたしが聞くと、涼宮さんは軽く目を背けながら、 「…多分ね」 と答えた。 涼宮さんにしてははっきりしないのは、涼宮さんも恋をしたことがないからみたい。 長門さんもあたしも同様で、それなのにこうして三人集まって、人の恋路にお節介焼いて、恋の話をしてるなんて、なんだか不思議。 「あたしだって、キョンのこと好きかもって思ったことはあるけど……」 どこか不貞腐れたような表情でケーキをつつきながら、涼宮さんは言った。 眉を軽く寄せているけれど、見た目ほど不機嫌じゃないのはあたしにだって分かります。 多分、これは少し照れくさいだけ。 「…でも、古泉くんほどじゃなかったわ。ちょっとくらいは、独り占めしたいとか、他の誰かをキョンが見てるのが嫌だったりしたけど、でも、それもいつの間にかなくなっちゃって、それよりは今みたいに一緒に色んなことをする方が楽しくなってた。だから多分、あたしのは恋じゃなかったのよ。大体っ!」 といきなり乱暴にケーキを突き刺したかと思うとそれを一口で口の中に放り込んだ。 熱い紅茶でそれを流し込むと、 「あたしがキョンなんかを好きになるわけないでしょ。キョンなんて、普通すぎてつまんないわ!」 「じゃあ、どんな人ならいいんですか?」 好奇心から聞いたあたしに、涼宮さんはうーん、と考え込んだ後、 「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人またはそれに類する何かなら、男でも女でもいいわよ」 「あ、あはは…そう……ですか……」 そのうち二人がこの場にいるなんて思ってもみないんだろうなぁ…。 ぎこちない笑いを浮かべるしかないあたしのせいで話題が面倒な方向に流れるのを阻止するためか、黙っていた長門さんが口を開きました。 「…してみたい?」 「何のこと?」 きょとんとする涼宮さんをじっと見つめながら、 「……恋愛」 「…そうねぇ……」 真剣に考え込んだ涼宮さんは、長門さんがケーキのおかわりを取りに行って戻ってきてからもしばらく黙り込んでいたけれど、もう一回おかわりを取りに行く前に、 「今はまだいいわ」 と答えた。 長門さんじゃなかったら、多分何の話をしてたか忘れちゃってたんだろうなぁ。 あたしは、気になって待ってたから分かったけど、それでもいきなりそう言われたからビックリしちゃったもの。 「人間だって動物なんだから、時期が来れば本能的にするでしょ」 自信満々に言い放ったのはいいけど、本能って意味だったら、一樹くんたちとは矛盾しちゃうような気がします。 それでいいのかな、なんて些細なことを気にするのはあたしだけだったみたいです。 涼宮さんは軽く身を乗り出して、 「有希はどうなの?」 「……私もまだいい。今、十分楽しいから」 長門さんも楽しいなんて思うんですね、とほっとしちゃったあたしは失礼なのかもしれません。 でも、あたしはキョンくんほどうまく長門さんの表情を読み取ることも出来ないのでそうやってはっきり言ってもらえて、嬉しかったんです。 そうやって油断してるところに、 「……あなたは?」 と長門さんに聞かれて、 「え、あ、あたしですか?」 っていうか長門さんが聞くんですか。 「そう」 「…ええと……あたしも、まだいいです。今は、一樹くんたちを見守ってあげたいですから」 たとえお役目がなかったとしても、そう思ったと思います。 そう思ったのはちゃんと長門さんに伝わったみたいで、 「…そう」 と小さく頷かれた。 「でも、」 あたしはやっぱりまだ苦笑混じりに、 「一樹くんを見てると、恋愛って凄く辛そうですよね」 涼宮さんも同じように笑いながら、 「そうかもね」 と同意してくれたけれど、長門さんは、 「…辛いだけではないはず」 と言った。 長門さんがそうやってフォローするのがなんだかおかしくて、あたしはつい笑いながら、 「そうですね」 「そうじゃなかったら、もっと早く投げ出すわよ」 涼宮さんもそう笑いました。 それから、時間いっぱいケーキを食べて雑談して、そろそろ帰ろうという時になって、涼宮さんが言いました。 「いっぱい手間を掛けさせてくれた分、あいつらにお礼してあげてもいいわよね?」 「何するつもりですか?」 あんまり酷いことはしないと思っていても、何をするつもりか全然見当もつかなくて、あたしがびくつきながらそう聞くと、涼宮さんはニンマリ笑って、 「ちょっとからかってやるだけよ」 「あ、あんまりビックリさせないであげてくださいね」 涼宮さんに付き合ってることをからかわれたりしたら、二人とも心臓が止まっちゃいそうで怖いです。 そう思ってあたしはそう言ったのに、 「……反応が楽しみ」 と言ったのは長門さんで、あたしはかなり焦りました。 長門さんってそういう人じゃなかったんじゃ…!? って。 どうも、長門さんも実は今回のごたごたも結構楽しんだんじゃないかって思いました。 「あっ!」 と突然声を上げた涼宮さんは、 「あたしが黒幕ってことは絶対に内緒よ?」 とあたしたちに念を押しました。 長門さんはすぐに頷いたけれど、あたしにはどうしてかよく分かりません。 だから、 「どうしてですか?」 あたしが首を傾げながらそう聞くと、答えは、 「その方が面白そうじゃない!」 というものでした。 「男同士ってことであれだけ躊躇うなら、あたしにだって必死になって隠そうとするでしょ? でもみくるちゃんと有希は事情を知ってるって分かってる以上、部室では絶対気が緩むと思うのよね。そんな時にあたしが突然来たりしたらどうなるかとか、考えるだけで面白そうだわ。それに、あたしに隠そうとしたり、ちょっとからかってやるだけでばれたかもしれないって慌てるのを想像すると、うずうずしてくるわ」 そう言いながらも顔が赤くなっていったのは多分、興奮してるせいじゃなくて、改めて今回のお節介が気恥ずかしくなったせいだと思います。 だからあたしは、涼宮さんも素直じゃないなぁなんて微笑ましい気持ちになりながら、 「分かりました。内緒にしておきますね」 と約束しました。 約束したから、一樹くんにも当然言いません。 その方が面白そうって、あたしも思いますから。 ……あ、一樹くんと言えば、明日お出かけする約束をしてたけど、どうしよう。 随分前の約束だから、一樹くんも忘れちゃってるかな。 それに、せっかくキョンくんと付き合えることになったんだもの。 キョンくんを優先させますよね。 万が一にも、一樹くんが待ちぼうけなんてことにならないように、今晩ちゃんと電話して確認しておこうっと。 …なんて、思ったあたしは、まだまだ甘かったようでした。 |