エロですよー
壮麗な教会の床を鮮烈だけれど決して不吉なものはない赤が染め抜いていた。 その上を歩む花嫁の、純白のドレスを引き立てるように。 結婚式と言うにはあまりに寂しい出席者だったがこれは仕方ない。 本当に心から祝福してくれる友人だけを選んだのだから。 人数は少なくても、温かな空気に満ちていた。 花嫁の手を取って、古泉が歩いてくる。 ゆったりした足取りが勿体振って見えるのは、事実そうだからなのかもしれない。 あいつのことだから顔には出てないが、誰にも渡したくないと内心では不満たらたらなんじゃないか? しょうがないやつだ、と笑いながら、もっとやっちまえと思う。 しかし、ヴァージンロードってやつは案外短い。 待ち受けていた新郎に花嫁を託し、古泉は早々に舞台から退散した。 花嫁は二人。 花婿も二人。 今日は、有希と九曜の結婚式なのだ。 全く、どうしてこんなことになったんだろうな。 永遠に少女であり続けるはずの二人がこんなに立派なレディーになって、しかも嫁に行っちまうなんて。 有希と九曜が少しでも悲しんだりしたら、式をぶち壊してでも破談にさせようと俺と古泉は誓い合っていたのだが、二人とも、こちらが悲しくなるほど幸せいっぱいだ。 柔らかく微笑むその顔を、何度見たいと切望したことか。 しかしそれは俺たちではなく、どこかの馬の骨に与えられている。 叫びたくなるくらいショックだ。 二組の新郎新婦は寄り添いあいながら進み、祭壇の前で愛を誓う。 その唇が近づいて、って、 「うわぁぁぁぁぁ…!」 思わず叫んで飛び起きた。 なんつう夢だ。 ぜぇぜぇ言いながら起き上がり、見回した部屋は見覚えのない部屋だった。 やけに豪華なのは古泉の部屋と変わらないかも知れないが、それにしたってやけに華美だ。 きらきらしている。 ベッドの大きさは古泉のと同じくらいだが、なんだここ。 戸惑っていると、俺の叫び声に驚いたらしい古泉が起き上がり、 「な、何事ですか!?」 「古泉……」 「…じゃなくて、名前で呼んでくださいよ。…もうあなたも『古泉』なんですから」 「ぁ……?」 ぽかんとする俺に、 「……もしかして、記憶が飛んでます?」 「…え、あ、いや、…ちょっと混乱してて……」 そうだ。 結婚したのは有希と九曜じゃない。 俺と古泉――じゃなくて、一樹――で、式を挙げたのは今日。 つまり今日は初夜で…って、 「有希と九曜は!?」 「隣りで寝てますよ」 隣り、と言って指差されたドアの向こうには、そうか、続き部屋があるような豪勢な部屋だったな、ここは。 「ええ。最上階のインペリアルスイートですから」 そう、俺がもうちょっと大人しい部屋でいいと言ったのに、 「せっかくの、一生に一度のことなんですから!」 と言って押し切られたのだ。 ちなみに明日から予定されている新婚旅行も同じクラスのホテル及び部屋が用意されてるらしく、こいつが一体結婚関係にどれだけ金を使うつもりなのか追及するのも諦めた。 金銭感覚の違いなんて今更だ。 それに、祝事なんだから、借金してまでやるって訳でもないことにケチをつけるのも気が引ける。 だから、この部屋に見覚えがないのも当然の話だ。 ようやっと俺が状況を整理したところで、一樹は小首を傾げながら、 「それで、どうなさったんです? 見たところ、何かあったというようには見えませんが……」 「……聞いてくれるか」 「ええ」 安心させるためにか、にこりと笑った一樹は、優しく俺の髪を撫で、 「横になりますか? それとも、起きてお茶でも?」 「…横になる」 ごろりと寝転べば、一樹もそれにあわせて横になった。 向かい合う形でひとつ布団に潜り込むってのはなんだか妙に気恥ずかしく思える。 二人して布団に潜り込むってことは何度も、それこそ数えるだけ無駄なほどしていることではあるが、その状態で大人しく会話をするってのが珍しいからなんだろうな、おそらく。 それに、一樹の顔が至近距離で見つめるには造作が整いすぎているのも悪い。 誰だ、美形は三日で見飽きるなんて言った奴。 らしくもなくどぎまぎしながら、俺は口を開き、 「……有希と九曜が、」 「あの子たちが?」 「結婚して他所に嫁ぐ夢を見たんだ」 と溜息と共に恐ろしく簡潔な要約を吐き出すと、一樹は微妙な顔をした。 どう微妙って……なんというか、何を寝ぼけたことを言っているんですかと言うような、呆れた感じと、どうしてよりによってそんな夢なんですかと残念がっているような、そういう微妙な顔だ。 「全くですね。…なんでそんな夢を見るんです? まずないと言っていいようなことじゃないですか」 「それが、有希も九曜もうまいこと育ってたんだよ。可愛い少女じゃなくて、ちゃんとした大人の女性になってて、凄く綺麗だった。…綺麗だったんだが、それにしたって、花嫁衣裳なんて見たくもなかった」 くっと唸った俺を、一樹はどこか凍りついたような顔で見つめ、 「……面白くありませんね」 と低く呟いた。 「だろ」 「いえ、」 ん? 「あの子たちが嫁ぐことよりも、そんなことを夢に見て、しかもたかだか夢だと分かっていながらも、あなたがそんなにも心を揺らすことが」 「へ!?」 んなこと言ったって、 「お前だって嫌じゃないか? 二人ともが一緒に嫁いじまうなんて」 「そうですね、確かにそれも面白くはないかもしれません。でも、今日やっと正式に一緒になれた新妻に、初夜の床に自分の腕枕でそんな夢を見られて面白くないという僕の気持ちも分かりませんか?」 そう言った一樹が軽く体を起こしたと思ったら、あっと言う間に組み伏せられる。 「ちょっ…! ……んぅっ…!」 慣れた動作で塞がれた唇は、なんの抵抗も出来ないままこじ開けられ、貪られる。 思いがけない熱さにぞくんと体を震わせながらも、あまり乗り気になれないのは訳がある。 「おま……っ、寝る前、あんだけしといて…!」 「関係ありませんね。それに、あれだけと言うほどじゃないでしょう? 明日があるからと、あなたがほどほどのところで止めたじゃないですか。せっかく出発を昼過ぎにしたのに、余計な心配をして」 「ッ、当たり前だ…! 新婚旅行を目前に、抱き壊されて堪るか…っ」 「そんなことしませんよ。…あなたの体の限界は、あなたよりも僕の方がよく分かってますからね」 低く熱っぽく囁かれる言葉にうろたえている間にも、寝る前になされた行為以来、服を身につける余裕もなく眠っていた俺の体は、素肌に直接与えられる慣れ親しんだ快感に融かされ、抵抗の術も失って行く。 いくら隣りに寝てるのが旦那だからって、どうしてこんな油断をしたんだ俺は。 無防備にもほどがあるだろ。 「どうします? …限界ぎりぎりの快感でも、味わってみますか?」 「やっ…!」 声が震えるのは、恐怖を感じているためだけでなく、むしろ、一樹の手がいやらしく俺の横腹を撫で回しているからであり、それすら体を震わせるほどの快感になっちまうからである。 恐ろしい話だが、そういう意味でなら、本当にこいつは俺の体のことを俺以上に熟知しているのかも知れない。 「…可愛い」 そんな囁きが鼓膜を震わせるだけでさえ、快楽になるなんて、以前の俺は思ってもみなかったってのに。 脚に押し当てられる一樹の熱や滑りさえ、嫌悪ではなく快感を呼び起こすなんて想像したためしもなかったってのに。 いつの間にやら俺の体は一樹の好きなように変えられちまっていて、優しく一撫でされるだけで、抗う気力すら失せる。 「あ…っ、ぁ、一樹……!」 体が浮き上がるような頼りない感覚に、助けを求めてすがり付けば、 「もっとですか?」 なんて意地の悪い言葉と共に、遠回しな快感で既につんと立ち上がっていた胸の突起を強く押し潰され、びくんと体が跳ねた。 「ひぁ…っ!」 「感じやすいですよね。…あなたに一番に触れられたのが僕でよかったと、本気で思いますよ」 訳の分からんことを言いながら、一樹は俺が嫌と言うほど突起を弄び、飽きる様子を見せもしない。 「も、やだぁ…!」 と泣きが入ったところで、ちゅ、と軽いキスを目元に落とされた。 「そんなに嫌ですか?」 「もどかし…っ、から…ぁ…!」 「もっとはっきりした刺激が欲しい、と?」 「ん…っ」 恥も外聞もありゃしねぇ。 いや、ある必要もないだろ。 歴とした夫婦なんだから。 加えて、あまりの快感に羞恥を感じる神経回路が焼き切れるかどうかしたらしい俺は、自ら脚を開いて一樹に腰を擦りつけ、 「こっち、やれよ…! こっち、…も、早く、いかせて欲しいから……っ…」 とねだりまでした。 ごくんと大袈裟に生唾を飲み込んだ一樹は、 「喜んで」 と俺と同じく剥き出しのままだった熱をぐいと押し付けてきた。 「まだ柔らかいままだから、このまま入れられそうですね。…少し、痛んでも平気ですか?」 いつもなら、どんな鬼畜だと罵ってやりたくなるくらい悠長に準備をするくせに、こいつもなんだかんだ言って興奮していると言うことなのかそんなことを言う。 んなもん、聞くだけ無駄だろ。 俺は疾うの昔に思考を放棄してるし、何より押し当てられた熱がおめおめと引き下がれるとも思えやしない。 だから、 「へー…き……っ、だ、から…!」 「…嬉しいです。愛してますよ」 囁きと共にキスをされたのは、俺の悲鳴を抑えるためだったんだろうか。 ぐいっと強引に押し開かれた体は、思った以上の衝撃を受けた。 熱い、痛い、苦しい、……のに、気持ちいい。 「あぁ…っ、ぁ、…っ、……、ひぁっ、いつ、きぃ…」 余人には聞かせられないほど甘ったれた声を上げ、一樹にすがって善がる。 おそらく痛みのせいでだろう、俺の目からぼろぼろと溢れた涙を見ても、一樹は慌てたりせず、 「喜びの涙、ですよね」 なんて呟く。 「…っ、ぬけぬけと…! ひぅっ…! ぃ、あぁ…っ…」 苛立ちも嬌声に掻き消される。 それに、そうだな、俺は、イラついたりムカついたりしても、こいつを嫌いになれやしないんだ。 むしろ、そうやってこいつが見せる、どこか得意そうな笑顔や意地の悪い物言いさえ嬉しくて、愛しくて、ちょっとやそっとのマイナス点などどうでもよくなっちまう。 そこへ、 「もう喋らないで。他のことなんて考えなくていいですから」 なんて殊更に優しい声で囁かれれば、抵抗など出来るはずもなく。 俺は翌日声が出なくて、薬代わりにはちみつレモンをすする破目になるほど、散々な目に遭わされたのだった。 |