のっけからエロです
というか、最初だけエロです
ばっさり短いので期待はしないでください
今日も仕事で帰りが遅くて、人を散々っぱら待たせた挙句、最低値まで落ちに落ちた機嫌を、ほんのちょっとの土産のお菓子と幸せそうな笑顔で以って強引なまでに浮上させた男は、自分の欲のためにしている行為をさも俺への奉仕だとでも言うように、ねちっこくかつ馬鹿丁寧なものに変え、俺の疲労を確実に蓄積させながら、唐突に言った。 「ねぇ、二人目、欲しくありません?」 毎晩毎晩飽きもせずに人の体を貪る馬鹿は、結婚三年目の嫁さんに迫るような調子で言ったが、俺たちはまだ結婚もしてないばかりか、そもそも行為の真っ最中であり、そうやって行為に誘うような言葉を使うまでもないと思うのだが。 「聞こえてます?」 と聞くということは何か。 俺に答えろと言うことなのか。 「あ、ほか…っ! ぁ、ふあっ、ん…!」 一部音声が聞き苦しく乱れたのはあれだ。 俺のせいではない。 古泉の馬鹿が盛りの付いた犬の如く、腰を止められないせいだ。 話をしたいならせめて止めろ、抜けとまでは言わんから、と何度言っても聞かないあたり、本気で馬鹿だ。 「僕は欲しいです。…ちゃんと、あなたとの子供が」 「っ、ひ、ぁ…!」 「あなたはどうですか?」 んなもん、 「いま、き、くなぁ…!」 「明日、いえ、もう今日ですけど、朝になったら、有希も連れて、三人で出かけましょう」 「はっ…? ぁ、や、っ、そこ、やだぁ…!」 ねちねちと気が狂いそうなまでに執拗に同じところを責める古泉に、泣きが入る。 「ね?」 「わ、かった、から、…っ、も、やぁ…っ!」 腹いせに、思いっきり背中に爪を立て、肩にも噛み付いてやったが、古泉は少しも堪えたらしい顔をしやがらなかった。 「愛してます」 「んっ、お、れも……っ、好き、だから……っ、」 勘弁してくれと心底思った。 社長ってのはエネルギッシュじゃないとやってられないんだろうか。 疲れて帰ったならさっさと寝ちまえばいいのに、一日家で大人しく家事と有希の世話くらいしかしてなかった俺以上にタフで、毎度毎度俺が泣くほどに酷い目に遭わされるのは納得いかん。 「でも、あなたは許してくれるんですよね?」 にへらっと笑った古泉に、 「お前、外でその顔するなよ。敏腕で鳴らしてるのに、台無しになること間違いなしだ」 「しませんし、出来ませんよ。…あなたの前だから、こうなるんです」 そう言って、甘ったるいほど優しいキスをよこした古泉は、 「一眠りしたら、出かけましょう」 「どこへ?」 「二人目の娘を探しに、ですよ」 と笑った古泉が俺の瞼にキスを落とし、疲れていた俺はそのまま眠り込んだ。 有希は、俺たちの娘だ。 だが同時に、古泉を守るボディガードでもあるため、仕事とはいえ私的な色の濃いパーティーや出張の時は古泉が連れて行ってしまう。 その間俺は家で二人の帰りを待つか、長い時には実家に帰ることになっているのだが、古泉はそんなことにまで申し訳のなさを感じているらしい。 「ひとりでいるのは寂しいでしょう?」 長い間ひとりでいても平気な顔をしていただろう奴が言うと不思議な気がしたが、茶化すところでないことくらいは分かったので、 「…まあな」 と頷いた。 「それに、有希にも妹がいてもいいかと思ったんです」 「妹か」 そう言われると悪くない気がする。 古泉に対する普段の態度からして、有希が面倒見のいいタイプであることは明らかだしな。 「それで、」 と俺は古泉を軽く睨みつけながらも笑って尋ねた。 「俺と有希に新しい世話焼きの対象を与えて、お前はどうするんだ? まさか、どこか他所にでも行こうってんじゃないだろうな?」 そんなつもりじゃないと分かりきっていてそう聞けば、古泉は慌てた様子で、 「そんなことあるわけないでしょう!?」 「そうか?」 「そうですよ。…たとえ、一人くらい子供が増えても、あなたのことです。僕のことを邪険にしたりはしないでしょう?」 と自分の方がよっぽど小さな子供のような顔をして言う古泉に、俺は今度こそ声を立てて笑った。 「お前くらい手のかかる子供もいないだろうからな」 「なんだっていいです。あなたがいてくれるなら」 「そういう割に、全然例の話は進まんな」 うっかり拗ねたような調子になっちまったが、仕方ない。 実際俺は、少々拗ねているんだ。 「いつになったら俺は、お前を家族に紹介出来るんだ?」 「すみません…」 塩分濃度3%超のお湯を頭から掛けられた青菜みたいにしょげ返った古泉は、 「出来るだけ早くとは思ってるんですが……反対されてまして」 「まあ、そりゃそうなるだろうな。ずっと一族経営で来た会社だし、そうなると跡継ぎがどうとか前時代的な話だって出てくるだろ」 「それに、…もし、あなたを僕の生涯の伴侶として明らかにするような行動に出た場合、あなたまで標的にされる可能性がありますから。その意味でも、止められているんです」 「……お前の親戚ってのも往生際が悪いな」 「全くです。父も、酷なことをしてくれたものですよ」 そう言っても、社長の座を明け渡すつもりなどないのだろう。 俺だって、そんなもん望んじゃいない。 大体、私利私欲のために血縁の命を狙うような輩がトップに立って、経営がうまく行くなんて思えん。 「…負けるなよ、古泉」 俺が呟くように言うと、古泉は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。 「ええ、あなたと有希のためにも」 そんな話をしている間に、有希の支度も出来たらしい。 外出用のワンピースに丸い帽子を頭に乗せた有希が、ドアの隙間からひょこりと顔を出すと、可愛いなんてもんじゃなかった。 「有希、準備はいいか?」 こくんと頷く、その頷き方さえ、嬉しそうだ。 「古泉、今日はどこへ行くんだって?」 「チャイナタウンです」 「チャイナタウン?」 それは、ここから少しばかりいったところにある、港町の一画にある小さな町だ。 その名の通り、チャイニーズ系の住人が多いところで、一種の観光地化している。 俺も、学生時代にはそこそこお世話になったものだ。 しかし、いささか雑多な印象の強いその場所は、お世辞にも治安がいいとは言いかねる。 そんな場所に古泉が俺たちを連れて行くというのが意外だ。 「そこでしか買えないものが欲しいんです」 そう言って古泉は悪戯っぽく笑った。 こういう時は何を聞いても無駄だ。 はぐらかされて終るに決まってる。 それなら、余計なことに時間を取って、自ら機嫌を悪くしたりせず、古泉の企みに乗ってやった方がいいってもんだろう。 というわけで、俺は古泉と有希と三人でチャイナタウンに向かった。 何度乗っても乗りなれない高級車で、しかもそんなものが恐ろしく似合わない街に乗り付けるというのは、人目を浴びる面でも少々参った。 「どうにかならんか…?」 赤面しながら帽子を目深に被りなおした俺に、古泉は苦笑して答えた。 「すみません、流石にこれはどうにも…」 「ああもう、いいからさっさと目的の店に行くぞ。車から離れりゃまだなんとかなるだろ」 「はい。こっちです」 古泉案内されるまま、俺たちは入り組んだチャイナタウンの中を歩いた。 どこをどう歩いたんだか、似たような店の前を何度か行き過ぎたような気もする。 「古泉、お前、まさか迷っちゃいないだろうな?」 「大丈夫ですよ。ねぇ、有希」 有希も頷く。 …ということは、有希も目的地を知ってるってことか。 一体どこに行くんだ? と改めて疑問に思ったところで、有希が足を止めた。 釣られて目を向けた先には、大きなガラス張りのショーウィンドウ。 その中には、美しい少女が澄まして座っていた。 「これは……プランツ・ドール……?」 「ええ、その通りです」 そう言って古泉は小さくウィンクをして寄越した。 「言ったでしょう? 二人目が欲しくありませんかって」 あれはそういう意味だったのか。 「さ、店主にも連絡してあるんです。早く入りましょう」 促されるまま足を踏み入れた店内は、見事な中国様式の装飾で飾られていた。 そんな中に眠る、美しい少女達。 おとぎ話か何かの世界のようだな。 思わずしげしげと眺めていると、 「いらっしゃいませ」 と男の声がした。 「どうも」 と古泉が挨拶すると、彼は微笑を浮かべ、 「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」 勧められるまま、俺たちはテーブルについた。 有希だけは立っていて、店主に軽くチェックされている。 「肌や髪の色艶もよろしいですね。とても可愛がっていただけているようで。…ありがとうございます」 「いえ、前が酷かったですからね」 古泉が苦笑しながら言うと、店主もため息を漏らし、 「全くです。お客様が人形師と直接お知り合いでもなければ、メンテナンスの後、お返ししたくなくなるほどでしたからね」 「すみません」 「しかし…」 と店主は俺に目を向けた。 なんだろうか。 戸惑う俺ににっこりと微笑みかけ、 「なるほど、よい方を見つけられたようですね」 「ええ、これも有希のおかげですから、ひいてはあなた方のおかげですね」 にこやかに古泉は返したが、俺としては羞恥に赤くなる他ない。 なんだろうか、この照れ臭さは。 というか、これだけのことでこんなに恥かしいとしたら、家族に紹介なんて夢のまた夢なんじゃないのか? 俺が真剣に考え込んでいると、店主は古泉に尋ねた。 「本日は、もう一体プランツをお求めとか」 「ええ。…有希はどうしても僕と二人で出かけなくてはならないことがありますからね。その間、この人をひとりにしておくのが忍びなくて」 お前は俺の分の十分の一でもいいから羞恥を感じればいいと思うぞ、古泉。 「確か、もう一体ありましたよね? 有希と一緒に作られた特別な人形が」 古泉の言葉に、俺は一瞬息を呑み、それから古泉を見つめた。 今、お前はなんと言った? 古泉は困ったような顔をして答えた。 「もう一体、あったんですよ。有希と同じように作られた、…笑えないプランツが」 苦しげに声を潜めた古泉は、あえて俺から目をそらすようにして言った。 「どういうわけか、彼女は目を覚ましてくれなかったので、こちらに預けたままになっているんですが、おそらく、あなたが相手なら、彼女も目を覚ましてくれるのではないかと思うんです」 「目を覚まさなかったって……」 俺の疑問に答えてくれたのは、店主の方だった。 「プランツは波長の合う方や必要とされる方が来なければ目覚めません。今、店内にいる人形達もそうです。迎えが来る日を待っているんですよ。ただ一人きりの自分の王子を待つ眠り姫のように」 しかし、と店主は困ったように微笑の形をかすかに変えた。 「あなたはどうやら波長の合いやすい方のようですからね。おそらく彼女も目を覚ますでしょう。今運んで参りますから、そのまま座ってお待ちください。間違っても、展示してある他の人形に手を触れたり、顔を近づけたりはなさならいでください。目覚められては困りますから」 と言い置いて、店の奥に消えた。 古泉は、 「別に、目覚めさせてもいいですよ? もう一体や二体買ってもかまいませんから」 と言ったが、 「ばか。高いんだろうが」 「あなたが望むならいくらだって」 「もういいから黙ってろ」 有希はと言うと、椅子に座らず、ふらふらと店内を見て回っている。 飾られたプランツたちを仲間だと認識しているのか、それとも店を懐かしんでいるのかはよく分からない。 やがて、店主が店の奥から戻ってきた。 その腕に抱えられているのは、長い黒髪の美少女だった。 長門と一緒に作られたと言うから、長門に似ているのかと思ったのだが、特にそんなこともないらしい。 店主はその人形を膝に抱えたまま、 「こちらが『長門』と共に作られました、『周防』です」 その目が開かれたのだが、どこか眠そうだ。 髪よりも深い黒い瞳に、俺の姿が映りこむ。 なんだか吸い込まれそうな目をしている、と思った瞬間、店主の膝からすとんと下りた周防が俺に向かってとろとろと近づいてきたかと思うと、そのまま両手を広げた。 ええとこれは。 「…どうやら、抱っこしてもらいたいみたいですね」 「だよな」 古泉の意見に同意しながら、俺は周防を抱え上げた。 満足そうに俺に抱きついた周防は、そのまま寝息を立て始める。 「……ええと、これも目覚めたって言うんでしょうか」 戸惑いながら店主に聞くと、 「そうですね。どうやら、あなたのことをお気に召したようです」 そりゃよかった。 周防はすよすよと眠っている。 白い頬は柔らかそうで、つつきたくなるくらいだ。 長い黒髪に黒い瞳もあって、着物を着せてやりたくなるな。 「着物が似合いそうですね」 と古泉も同じことを思ったのか、そう呟いた。 「そうだな」 「買いに行きます?」 「その前に、することがあるだろ」 俺は膝に抱いた周防を軽く揺さぶって起こすと、その宇宙みたいな瞳を見つめた。 「名前、九曜、ってのはどうだ?」 星々の呼称だが、この瞳にはぴったり来るように思えた。 周防も気に入ったのか、眠たそうな瞳に幾許かの光を宿らせて頷く。 「九曜」 重たそうにまぶたを持ち上げるのが可愛い。 古泉もそう思ったのか、 「九曜」 と呼んだ。 ゆるゆると視線を向けた九曜と目が合うと、 「これから、この人のことをよろしくお願いしますね。…あなたが、守ってあげるべきは僕ではなく、この人です」 九曜は、深くゆっくりと頷いた。 「…説明してもらおうか」 九曜を抱えたまま店を出た俺がそう聞くと、古泉は苦笑して、 「あなたなら、もう分かっているはずでしょう?」 ああ、なんとなく分かってはいるとも。 「お前、最初からそのつもりだったのか?」 「九曜が目を覚ませば、そうしようと思っていました。……あなたを守るものが必要になるでしょう? 今は安全でも、これからはどうか分かりません。そうなるようなことを、したいと僕は望んでいます」 実は、と古泉は笑いを含んだ声で努めて明るく言った。 「森さんたちにも言われていたんです。本当に付き合いたいなら、結婚を前提にするというなら特に、あなたの身を守れるよう、出来るだけのことをしてからにしろと。それには、九曜が丁度よかったんです」 「……」 「…すみません、あなたは気に入らないかとは思ったんですけど…でも、あなたに何かあったら、僕は生きていけませんから」 「…そうじゃない」 俺は顔をしかめながら答えた。 「これで、俺のためにわざわざ、また有希みたいな不自由の多い人形を作らせたとかなら、それこそ一週間どころか一ヶ月はオアズケにしてやるところだが、そうじゃないんだろう? むしろ、ずっと眠らされてた九曜を起こしてやれたなら、これでよかったと思う」 ただ、俺は、 「お前がそうやってまた俺に内緒にするのが嫌で…っ……」 「すみません」 「それから、……お前が、本気で俺と結婚なんかするつもりでいるんだってことが、……嬉しく、て…」 じわりと涙が滲みそうになった顔を、九曜の髪に埋めて隠した。 「…本当に?」 嬉しそうな古泉の声には、頷くだけだ。 絶対に涙声になるのが分かりきってるのに、声なんか出せるか。 「愛してます」 抱き締める代わりだとでも言うように、古泉は俺の肩に手を触れた。 「あなたが好きです。あなたと早く、結婚したいんです」 分かった、よく分かったからそれ以上言うな。 涙が止まらなくなる。 「不安にさせてしまってました?」 当たり前だろう。 忙しいのは分かるが、こんな関係になってからもう何ヶ月も経つのに、全然挨拶に来る気配も何もないんだからな。 それで信じ続けていられるほど、俺は寛容じゃない。 そのはずだってのに、信じたいと思う、その気持ちだけでずっと黙ってたんだ。 「約束します。必ず、あなたのご家族に挨拶をして、あなたとちゃんと結婚します。式も挙げて、籍も入れます。だから…もう少しだけ、待っていてくださいませんか?」 「ん……」 鼻声になったが、古泉は気にならなかったようで、隠し切れずにいる俺の耳元に唇を寄せ、 「あなたが好きです」 という囁きと共に、耳にキスを落とした。 |