微エロです
寸止めです←
それでよければどうぞー













































笑顔



古泉の手が、俺の体に触れる。
触れられたところから、どんどん熱くなっていくような気がした。
息が苦しくなっていく。
頭もぼんやりしていく。
そうして絡めとられるように捕まるんだと思った。
「な、んで……」
俺が問えば、古泉は困ったように薄く笑った。
そのくせ、返ってくる言葉は呆れるほどに単純だ。
「あなたが好きだからです」
「だか、ら、…なんで、俺…なんだよ……」
素肌を直接撫で回される、慣れない割に妙なざわつきを伴う奇妙な感覚に眉を寄せながらなんとかそう聞くと、古泉は更に困ったような顔をした。
「あなただから、というのでは答えになりませんか?」
ならんな。
なるわけないだろ。
「あなただけ、なんです。僕のことを本当に心配してくれるのも、長門さんのことを心配してくれるのも、長門さんが懐いたのも。そんなあなただから、僕はあなたを好きになったんだと思うんです。いえ、そうに違いありません」
愛情というものさえどんなものか分からないと言っていた頃から半年も経ってないってのに、古泉はやけに自信たっぷりにそう言った。
「襲撃された時、いつもなら僕は、とにかくすぐに安全なところに逃げるんです。近くにいるのが誰であれ、ね。でも、今日はあなたを守らなければならないと思いました。あなたを守りたいと。それは、義務感によるものではなくて、あなたへの愛情のためだと思うんです」
「んな…っ…、ぁ、ひぅ…っ!」
くそ、触られるせいで変な声が出てイラつく。
それなのに古泉は、
「あなたが、好きなんです」
と馬鹿みたいに幸せそうな声と顔で、そう何度も飽きもせずに繰り返す。
「あなたが愛しい。他の何よりも、愛しいんです。だから、触れたいと思いました。あなたが抵抗せずに、受け入れてくれると言うだけでも、嬉しくてならないんです」
そう言って、口付けを繰り返す。
それだけのことで、俺の体からは力が抜ける。
とろりと蕩かされたかのように弛緩する体を古泉は愛しげに撫で擦り、時に唇を触れさせ、舌を這わせる。
男の、面白味も何もないだろう体を、酷く、楽しそうに。
熱があるのは、俺の体の方だけじゃなく、こいつの頭もそうに違いない。
それも、俺以上の重症に決まってる。
「好きです」
俺の返事を要求するでなく、古泉は幸せそうに呟き続ける。
「生まれて初めてなんです、こんな気持ちになるのは。…あなたのおかげですね」
「っ、ほん、と、馬鹿だろ…お前…」
「そうですね、あなたと知り合ってから、そこそこ長い時が過ぎたのに、これまで全く気がついていなかったんですから、罵られても仕方がないかと」
そこじゃねえ。
「なんで、俺なんだよ…。もっと綺麗な女の子だって、お前の近くにはいくらでもいるだろ…」
「そうかもしれません。でも、彼女らが興味を示すのは、『社長』の僕でしょう? 普段の僕を見たら幻滅するに違いないと、あなただって思ったのでは?」
……自覚はあったのか。
「ありますよ、自分のことはよく分かってます」
と言って古泉は苦笑し、俺の首筋にキスを落とした。
「あなたには、最初からどうしようもないところばかり見せてきましたし、見られてしまってきました。第一印象だって、悪かったでしょう?」
「…まあ、な……」
「でも、あなたは僕のことを心配してくださった。見捨てもせず、僕のことを考えて、僕のワガママも聞いてくれて。……そんなあなただから、好きになったんです。きっと」
「……きっと、かよ」
思いがけず拗ねたような言葉が出て、瞬時に取り消したくなったのだが、古泉がそれを許さなかった。
柔らかく笑って、俺の唇を塞いで、それから、唇を軽く触れ合わせたまま、その息と共に想いでも吹き込もうとするように囁く。
「きっかけなんて、どうでもいいんです。あなたのどこを好きになったのか、具体的に挙げ連ねる必要性も感じません。重要なのは、今、僕があなたを好きでならない、愛しくてならないということ、ただそれだけですから」
そうしてまた何度も、甘ったるい囁きを繰り返す。
こっちはそれだけで煮えちまいそうだ。
だから、これは、煮えきった頭が勝手な判断を下した結果に違いない。
「……返事、は…?」
「……はい?」
「要らない、のかよ。さっきから、…一方的に言ってばっか、じゃ、ないか……」
声が上擦るのは羞恥と、それから延々話し続けながらも、やめられない止まらないとばかりに俺の体を遠慮なく触り続けてるムッツリ助平のせいである。
俺のせいじゃない。
「…十分、いただいているようなものですから」
そう言って、古泉は柔らかく微笑む。
「あなたが、今時貴重なほどに身持ちの堅いあなたが、こんなことを許してくださると言うことは、つまり、そういうことでしょう?」
「っ、この、アホ…!」
「すみません、調子に乗りすぎましたか?」
くすくすと笑う古泉の頬を引っ張って、俺は言っちまった。
「そういう、問題じゃ、ねぇ、だろ…! お前、が、欲しいって言ったら、言ってやろうかと、…っぁ、おも、った、のに…」
というか、人が喋ってる時は手を止めろ。
むず痒いし喋り辛い。
「……言って、くださるん、ですか」
ぽかんとした顔で、古泉が呟いた。
…なんだその反応は。
「いえ、まさかそんなことを言ってくださるとは思っても見なかったものですから……」
戸惑うように言いながらも、古泉の顔は喜色に染まっていく。
「そんなワガママ、言っていいんですか? 聞いて…くださるん、ですか…?」
「……お前な、」
お前のワガママなんて今更だろうとか、強引にこんな行為に及んでおいてそんなところで遠慮するのかとか、色々言ってやりたいところだったのだが、俺は諦めをため息と共に吐き出す。
それから、そろそろと手を伸ばして古泉の背に腕を回し、
「……好き、だ」
と小さな、それこそ小虫の羽ばたきのように小さな声で言ってやった。
なんでとかいつからとか、聞きたいのはこっちだ。
さっき古泉が言った台詞じゃないが、きっかけなんてどうでもいいし、どこが好きなのか挙げ連ねる必要などもない。
ただ、今、俺がこいつを好きだと、何をとち狂ったのか間違いなく愛情に類される感情を抱き、このようなとんでもない行為を許容しちまっていることは事実であり、それこそ誤認のしようもない。
「……嬉しいです」
これまでで最高潮に幸せな顔をした古泉は俺を優しく抱きしめて、それこそ雨の如くキスを降らせた。

「一緒に暮らしませんか」
なんの前置きもなくそう言われ、俺はもはや可哀想な子を見るような目で古泉を見るしかなかったのだが、古泉がその程度のことで怯むはずもなく、
「あなたが好きなんです。あなたと一緒に暮らしたいと思うほど、好きなんです。今までさえ、ほとんど一緒に暮らしているようなものだったんです。これを機に、一緒に暮らしませんか」
と言葉数を増やしながらも言っていることはさして変えないで繰り返した。
「…お前、馬鹿だろ」
「……だめですか?」
「社長のくせに、そんなこと言っていいのかよ」
「関係ありませんね。父は僕に社長職を譲りましたが、僕まで同じようにしろと言われた覚えはありません。それに、問題があるようでしたら、僕はいつだって社長なんて辞めていいんです。それよりも、あなたが一緒にいてくださることの方が重要です」
恥ずかしげもなくそう言いきった古泉を諌めるより先に胸がざわついたのは、もはや末期症状だと言うしかない。
こいつがストレートすぎるのが悪い。
だから俺はほだされて、自分が何言ってんのかさえ分からなくなってるに違いない。
「辞めるなよ。お前、社長なんてめんどくさいもんが性に合ってるんだろ?」
そうでなきゃ、あんなにバリバリ業績を伸ばせたりするはずがない。
大体、普段あれだけだらしない生活をしているから、下手に辞めたりしたら新しい働き口もろくに見つけられない気がする。
それに、
「…社長やってるお前は、胡散臭いけど、でも、まあ、……かっこよくないこともないではないからな」
ぼそぼそと小さな声で呻くように言ってやったってのに、古泉はしっかり聞き取ったらしい。
ふにゃりと情けないくらい蕩けた笑顔で、
「ありがとうございます」
と言って、俺にキスを寄越した。
「…俺と一緒に暮らして、どうするんだ?」
「一昔前と違って、せっかく同姓婚も認められているんですから、いずれは結婚したいですね。すぐに、というのは流石に性急過ぎて反対されそうですし、そうされるだけの隙を作ってしまいそうですから、とりあえずは根回しの期間をいただきたいです。何より、恋人として過ごすことも満喫したいですし。それから、婚約期間、なんてのも楽しそうな響きだと思いません?」
「別に。というか、既に恋人だの婚約者だの甘ったるいものが俺たちの間には欠片もないような気がするんだが?」
「そうですか?」
「ここしばらくお前の世話を焼いてたせいでこっちはすっかりお前の母親みたいな気分だ」
と睥睨してやる。
これくらい、別にいいだろ。
「母親、ですか」
小さく笑った古泉だったが、甘ったれるように俺を抱き締め、頬をすり寄せてきたかと思うと、
「母親じゃ、困ります。僕と…そうですね、結婚を前提にお付き合いしてください」
「…どこで覚えてくるんだそんな台詞」
言いながら笑ってしまう。
それはつまり、俺の中に拒絶しようとするものが欠片もないということになっちまうんだろうな。
「……俺と結婚したって、子供なんて出来んぞ」
「子供なら、長門さんが既にいますよ。僕とあなたの娘…でしょう?」
「娘…ね。その割に、さん付けして呼ぶんだな、お前は」
「ああ、そうでしたね。これも改めましょう。それに……実は、『長門』というのは名前ではないんです」
……なんだと?
知り合ってから既に半年ほどが経過した今になってそんなことを言い出すのか、お前は。
「すみません。いつ言おうかと思っていたんですが……」
「それで、それなら長門ってのは何なんだ?」
「『銘』です。彼女を作った名人が付けた」
「『銘』……」
作品名みたいなものか。
「この機会に、よければあなたが名前をつけてはくださいませんか」
「俺が?」
「ええ、あなたが。その方がきっと彼女も喜びます」
「……阿呆」
と俺は古泉の額を指先で弾いてやった。
「娘の名前ってのは、両親が一緒になって頭を捻って考えるもんだろ。俺ひとりに丸投げするな」
唇を尖らせながらそう言ってやれば、古泉は一瞬驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。では、一緒に考えましょう」
そんなことを言い合って、まだしばらく、ふわふわと柔らかすぎる布団の中でじゃれあった後、俺たちは空腹に白旗を上げるような形で寝室を出た。
俺が寝ている間に古泉は綺麗に後片付けをしてくれたらしい。
そうでなければバスルームに直行しなければならず、そうしていたらまず間違いなく空腹でぶっ倒れてただろう。
でかい図体をして、べたべたと鬱陶しくまとわりついてくる古泉を適当にあしらいつつ階段を下りきったところで、長門が窓辺に立っているのが見えた。
窓の外には雪がちらついている。
少々季節外れのそれはおそらく、この大きなガラス室の中だけに、人工的に降らせているのだろう。
ちらちらと舞うそれを、長門はじっと見つめていた。
「………ユキ、って名前はどうだ?」
俺が呟くと、長門が驚いた様子でこちらを振り返った。
古泉はにこやかに頷き、
「いいですね。字は……有希、なんてどうです?」
と言いながら、窓ガラスを白く曇らせ、汚い字を書いて見せた。
うん、書く字は汚いが、センスはいいな。
「長門 有希。銘もあわせてもいい響きだ。…どうだ? 気に入ったか?」
俺が聞くと、長門は俺と古泉を交互に何度も見つめた。
「有希」
そう呼んでみる。
気に入らなければ首を振るだろうと思った。
気に入れば頷くはずだと。
しかし、反応は予想外のものだった。
嬉しそうに、本当に幸せそうに、

有希が、笑った。