エロくはないのですが女体化注意です
その日、俺が古泉のベッドで目を開けると、古泉は既に起き出しており、朝食の支度をする音と芳しい香りがしていた。 味噌汁の匂い、ということは今日は和食か。 まだどこか寝とぼけた頭でそんなことを思いながら体を起こした俺は、違和感を感じて動きを止めた。 言うまでもなく、古泉の部屋に泊まった時の常で、俺は素っ裸のまま眠っていたのだが、その裸の胸に見慣れないものがついていた。 ついていた、と言う表現は何か間違っているような気もするが、今はそうとしか思えない。 「……胸パッド……つけたままだったか…？」 と自分でも現実逃避と分かる呟きを漏らしておいて、おずおずとそこに手をやると、ふにゅりと柔らかな手応えがあった。 ふにゅふにゅふにゅ……って、 「……本物？」 「…何をやってるかと思えば……」 呆れた声がしたので顔を上げると、古泉が苦笑を浮かべて俺を見ていた。 「おはよう？」 とりあえず、とそう挨拶をしてみた俺に、 「おはようございます」 そう言ってベッド脇に膝をつき、俺の唇にちょっと口付ける。 「ん…」 くすぐったいそれに満足しながらも、俺は改めて自分の胸の異様な物体に目をやり、もう一度揉んでみた。 ふにふにしている。 古泉は苦笑したまま、 「楽しいですか？」 「…楽しいといえば楽しいが……。ああ、お前も揉んでみるか？」 「……朝食が冷えきってもよろしいのでしたら」 なんて悪そうな笑みと共に言われて、 「あほか」 と押し返した。 そうして、まじまじと胸の膨らみを見つめた。 ひとつでも片手で余るくらいの、なかなかなボリュームのあるふくらみが二つ。 その中心にはピンクというよりカフェオレ色に近いような突起がある。 これは間違いなく、女性特有のものだと思うのだが。 「……まだ寝ぼけてるようでしたら、シャワーを浴びてきた方がいいのでは？」 苦笑した古泉は、少しばかり悪戯な笑みを浮かべて、 「あなたの体が女性のものになってしまっていることについては、夢でも幻でもない、事実ですから」 と言ってのけた。 俺は思わず布団をかき寄せ、今更ながら胸を隠し、 「確かめたのか」 と古泉を見つめたのだが、古泉は苦笑して、 「同じ布団で目を覚ませば分かりますよ」 「本当にそれだけか？」 「ええ。……それとも、きちんと確かめましょうか？」 「すけべ。変態。エッチ」 早口にそう言うと、古泉は愉快そうにくすくす笑って、 「あまり言われると、リクエストにお応えしたくなるんですけど」 「やめろって」 「では、早く服を着てくださいね。朝ごはんが出来てますから」 余裕綽々な古泉を恨めしく見たところで仕方がない。 俺は古泉が丁寧にドアを閉めて出て行ってから、のそりとベッドから下りた。 床に放り捨ててあった服はきちんと畳んでおいてあるが、それは俺が着ていたものと同じで、何も変わってはいない。 しかしながら、それらは元々女物なので、なんの参考にもならんだろう。 果たして俺の体だけが女になっているのか、それとも俺は女だったということになってるのか、と考えながらパンツに脚を突っ込み、それからブラジャーも、と思ったのだが、そこで手が止まった。 「……きつい」 一番緩くしても、カップが合わない。 むりやり押し込めると苦しいながらも止まったが、アンダーは浮いてるし、ホックも弾け飛びそうだ。 深呼吸は出来んな、と思いながらスカートをはき、慎重にシャツに腕を通す。 こちらもやはり胸がきつくてボタンが止められない。 ……諦めよう。 胸の辺りだけ開いたままの状態で部屋を出て、あれこれ身支度を整える。 髪を整えるとかはともかく、顔を洗うために屈むのにも神経を使うってのもどうなんだろうな。 いきなりこんなにも胸に急成長されると本気で困るぞ。 この状態じゃ出かけることも出来やしない。 いざと言う時には古泉の服を借りなきゃならんだろうが、果たしてこの胸が収まるようなサイズの服はあるだろうか。 考え込むにしても腕を組むことすら困難な状態ではどうもしまらん。 くだらないことを考えながら、俺は朝食の席についたのだが、 「…これはまた……随分と色っぽい格好ですね…」 と古泉に呆れられて、流石に赤面した。 「しょうがないだろ。ボタンが止まらないんだ。…ブラのホックだって弾け飛びそうで…結構怖いんだぞ」 「ああ、随分と大きくなってましたからね」 「ん」 ゼロに何を掛けてもゼロのままのはずなんだが、ゼロだった胸がそれを遥かに越えて大きくなっている状態だからな。 「…まあ、出るところは出てて、くびれるところはくびれてる、なかなかのいい体つきで、それに関してはいいかと思うんだが、やっぱりハルヒなのか？」 「そうです。…あなたが眠っている間に、長門さんに聞いて確かめました。おそらく、今日中に戻るとのことです」 「んー…じゃあ、大人しくしてるか」 それとも、と考えた俺は、味噌汁を一口すすってから、 「…今日、お義姉さんは忙しいのか？」 と尋ねた。 「森さんですか？ ……どうでしょうか。どうかしましたか？」 「いや、お義姉さんが暇なら、服を調達してもらおうかと思ってな」 「ああ、なるほど」 「お前が行ってくれるならそれでもいいんだけ…」 「電話してみますね」 顔を赤くし、慌てて俺の言葉を遮る程度には、古泉も女物の服を用意するには抵抗があり、恥じらいがあるらしい。 可愛いなぁ、と思いながら俺は電話を掛ける古泉をよそに、朝食を平らげにかかった。 やはりと言うべきか迷うのだが、お義姉さんは実に迅速だった。 電話をしてから三十分も経たないうちにやってきたかと思うと、 「顔だちや体つきはあまり変わったように見えませんけど、本当に立派に育ちましたね」 とにこやかに、しかしながら古泉以上に一点集中な視線を向けながら言った。 俺は苦笑して、 「手とか指の感じも違いますよ、やっぱり」 「そうですか？ ……ああ、もともと華奢なのが更に細くなってて、折れそうですね」 「そこまでじゃありませんけど」 恐ろしく握力が落ちているのには呆れた。 なにしろ、ペットボトルの蓋すら開けられないのだ。 細腕の代償とはいえ、あまりの酷さに笑った。 「女の子には、握力なんて要らないんですよ」 そう諭すように言って、お義姉さんはメジャーを巻き取り、 「ふむ、Ｅ６５ですか。細くて形もよくて大きくて、素晴らしいですね」 「恥かしいんで、あまりまじまじと見ないでください…」 赤くなりながら、外していたブラを付け直す。 「それじゃあ、買い物に行ってきますから、大人しく待っててくださいね。気まずい思いをしたくないのでしたら、いちゃいちゃするのもほどほどに」 なんてことを言い残して、また飛び出して行く。 あのフットワークの軽さは本当に羨ましいし憧れる。 シャツのボタンは開いたままではあるものの、服をきちんと着直してリビングに戻ると、古泉は少しばかり苦い笑いを浮かべて、 「大丈夫でしたか？」 と聞いてきた。 「大丈夫ってのはなんだ？」 呆れる俺に、歯切れがいいとは言いかねる調子で、 「いえ、その……、森さんが暴走気味に見えたので、何か余計なことをされてないか、少し心配になっただけです」 「大丈夫だって」 笑いながら古泉の隣りに座ると、そのまま古泉の腕に軽く抱きついてみた。 「…どうしたんですか？」 「胸があったらやってみたいと思ってたことを試してる」 「え？」 どうやら分かってないらしい古泉に、もう少しきつく抱きつきながら、 「胸が当ってんの、分からんか？」 と言うと、流石に古泉も顔を赤らめて、 「わ、分かりますよ、もう…」 「いいだろ、これ。むにむに柔らかくって、パットの比じゃない」 「楽しいのは分かりますけど、ちょっ……、もろに触れてますから！」 照れ臭そうに逃れようとする古泉の脚に伸し掛かり、 「逃げるな」 と言いながら口付ける。 古泉は泣きそうな情けない顔をして、 「…なんでそんな生殺しみたいなことしてくるんですか……。残酷すぎます…」 「お前が可愛いからいけない」 くすくす笑いながら俺は古泉にもう一度キスをして、 「お義姉さんが戻ってくるまで……な？」 と囁いた。 三十分ほどして戻ってきたお義姉さんは、随分と衣装を買い込んできていた。 「こんなにどうするんですか？」 と呆れる俺に、 「元に戻ってからでも着れそうなものを中心に選びましたから」 と笑顔で押し切られ、俺はそれこそきせかえ人形のようにされた。 体にぴったりと沿うようなキャミソールやロングドレス、胸元の大きく開いたシャツにミニスカート、あれこれ着せられた。 普段なら胸元が開いた服なんて絶対に着れないから、はしゃぎまわるほど楽しんだ。 キャミソールを着て、ぎゅっと胸を寄せ、大げさに谷間を作り、古泉に見せ付けてやったりもした。 「凄くないかこれ」 「ええ、そうですね」 にこにこと同意する古泉は、反応が薄くてつまらん。 「お前、やっぱり男の方がいいとか？」 拗ねて唇をアヒルのようにしながら言うと、古泉は苦笑した。 「そういうわけでもないと思うんですけどね。…はしゃぐあなたは可愛らしいですし、そんな風にアピールされるとそのまま押し倒したくなるくらいですけど、それはいつものことですから」 「……さらりと問題発言すんな」 ぺち、と頭を叩いても、まるで堪える様子はない。 つまらないからと放っておいて、着替えと記念撮影を満喫した。 食事をしているところまでお義姉さんに写真を撮られたのは少しばかり恥かしかったが、あれこれ頼んだ手前逆らえず、夕方まで遊ばれたのだが、 「それじゃあ、最後はこれを着てください」 と言って渡されたのは、途中でも着せられた黒いロングドレスだった。 胸元が開いているばかりか、肩のストラップもなく、脚の付け根までスリットが入った随分とセクシーな代物である。 その上にレースのショールを重ねると、どこかのパーティーにだって行けそうだ。 「古泉も着替えなさい」 とお義姉さんは古泉に衣装がつまっているらしい箱を押し付ける。 「え？ なんなんですか？」 「いいから早くしなさい」 と急かされて、古泉がお義姉さんに勝てるはずがない。 別室で着替えて出てきたと思ったら、きりりとしたスーツ姿だった。 「…何を企んでるんです？」 不審を露わに尋ねた古泉に、お姉さんはにっこりと微笑み、 「下にタクシーを用意してあります。楽しんでいらっしゃい」 と言って俺たちを送り出した。 なんなんだ、と戸惑いながらもエントランスに下りると、見覚えのある黒塗りのタクシーが待ち構えていた。 「新川さん…あなたまでなんです？」 驚きながら問いかける古泉に、新川さんは孫を見つめる祖父のような微笑ましげな表情で、 「せっかくの機会ですからね。たまには私共の方から何かお礼をということです」 と言う。 「お礼なんてしてもらうようなことはしてないんですけどね」 と苦笑こそしたものの、もう断れないと分かっているのだろう。 古泉はゆったりと座席に体を預けた。 走り出した車の中で、俺は古泉に尋ねる。 「どこにつれて行かれるんだと思う？」 ミステリーツアー染みた楽しさを感じ、浮かれた声を出した俺に古泉は優しく微笑して、 「こんな服装をさせられたんです。ドレスコードがあるようなレストラン、というのが妥当では？」 「…なるほど。……しかし、そんなところに行っても、お前に恥をかかせるだけになりそうなんだが………」 「どうしてです？」 そんなもん、言わなくても分かるだろ。 「俺はテーブルマナーなんてさっぱりだぞ」 「いいんですよ。少しくらい変でも、僕は気にしませんし、それくらいのことは森さんのことですから、ちゃんと配慮してくださっていると思いますよ」 と古泉が言った通りだった。 到着したのは郊外のおしゃれなレストランで、奥まった所にひっそりと個室があり、そこに座ると庭の景色は見えても他の客は見えない。 「流石だな」 と呟くと、古泉はにこにこと、 「そうですね。…見習いたいと思います」 「お前も十分気が回ると思うけど」 苦笑しながら俺は古泉に囁く。 「それにしても、お前って本当に凄いな」 「え？」 「だって、」 話しつつもにやけてしまって、顔に締りがなくなるのを感じるがどうしようもない。 「…お前、俺が男でも女でも本当に態度が変わらないだろ」 「……そうですね」 「女装しててもしてなくても変わらないってのは知ってたけど、体まで変わったって、お前は変わらないのかって思ったら、少しつまらなくもあるけど、やっぱり、嬉しいな」 くすぐったくなりながらも最後まで言い通した俺に、古泉は愛惜しむような眼差しをくれる。 「あなたを愛してますから」 そう言われて、どうしようもなくなるくらい、 「俺もお前が好きだ」 と告げ、こっそりと触れるだけのキスをした。 |