参ったな、と俺は軽く頭を抱えた。 映画撮影だなんだと派手に動き回りすぎたのか、あるいはハルヒが何かしてるってのに、近くで俺がこき使われてなかったのがあまりにも違和感を抱かせたということなのか、とうとう俺がＫではないかと疑われ始めている気がする。 それはまだ、疑い始めているという程度のものでしかないのだが、これを放っておくと本当に不味いことになる気がしてならない。 Ｋが男だとばれる程度ならいい。 だが、俺がＫだとばれるのはいささか厄介なことになる気がしてならん。 しかし同時に、これまではハルヒの不思議パワーのおかげか何か知らんが、不思議とばれずにきたものの、そろそろばれても仕方ない時期なんじゃないかとも思う。 ばれたくないのならば、もっと対策を講じるべきだろう。 しかし、対策と言ってもなあ。 一番いいのは、俺とＫが一緒にいるところでも見せるべきなんだろうが、そんなことは物理的に不可能である。 似ている人間を連れてきて、うまく言い含めた上で、それっぽく見せかけることは出来ないでもないかも知れないが、そんな都合のいい人間に心当たりはないし、何より、Ｋに化けさせた相手と古泉がたとえ作り事の見せ掛けだけであろうともいちゃついてみせるようなのを目の前で大人しく見ていられる気はしない。 かといって、俺に化けさせるなどというのは至難の業に決まってる。 「…いっそ俺が二人いればな……」 長門に頼めば、それくらい出来ないでもないような気はするんだ。 しかし、俺の私事でそんなことを頼むのは悪い。 長門も最近はあまり宇宙人的能力を使いたがっていないように思うしな。 だから頼みたくない。 どうしたものかと頭を抱えていると、不意に何者かが目の前に現れた。 言い忘れていたが、ここは俺の部屋であり、時刻は夜の９時過ぎ。 そろそろ眠らないと肌に悪いとは思いつつ、つい考え事をしちまって眠れずにいたという状況である。 その状況で、どうして人が現れるのかと驚く以上に、俺は別のことに驚愕して目を見開いた。 そいつはどう見ても「俺」だった。 驚く俺をどこか人の悪い顔で見ながら唇を笑みの形に歪め、そいつは言い放った。 「呼んだだろ？」 とな。 「な……」 「自分がもう一人いればいい。…そう思ったんじゃないのか？」 「……お前は何者だ…？」 また何かしらの陰謀めいたものだったら即刻お引取り願うぞ。 「ああ、違う違う」 そいつは愉快そうに苦笑して、 「俺はお前だ。…ちょっとばかり違う世界の、な」 「……は？」 「長門や朝比奈さんの言い方を借りると、異次元同位体、とでもなるのかね。少しばかりのずれは、お前がそういう可愛い格好をしてるのに対して俺はそうじゃなく、かつ、俺には世界を移動するというちょっとした能力があるってところだな」 一体どういうことだ、と戸惑いながらも、乱れたままになっていたネグリジェの裾を慌てて直すと、そいつは小さく声を立てて笑った。 「本当に女の子みたいなんだな」 「う、うるさい…」 羞恥に赤くなりながら言えば、そいつはからかうという様子もなく、 「感心してるだけだ」 そう言ってそいつは床に腰を下ろした。 「俺のことはジョンとでも呼んでくれ」 それで、とそいつは俺に目を向ける。 「俺で力になれそうか？」 「…なんでそんなことを言い出すんだ？」 お前には関係ないはずだろう？ 「それがそうでもないんだな。呼ばれて来ちまった以上、俺はある程度の解決なりなんなりが図られないと、元の世界に帰れないんだ」 「…そう……なのか？」 「ああ。…まあ、今回くらいなら、多少無理をすれば帰れないこともないだろうが、そうなるとどれくらい体に負荷が来るか、考えたくもない」 とジョンは顔を歪めた。 「お前も、朝比奈さんと一緒に時間移動はしただろ？」 「したが…」 「あれを更に濃縮させたような酔いが来ると思ってくれ」 「…それは……」 吐くなんてもんじゃなさそうだな。 胃袋が裏表にひっくり返りそうだ。 「だろう。だから、無理して帰りたくはない。しかし、明日も学校だ。ということは、今夜のうちにある程度見通しを立てておきたいんだ。何より、」 とジョンは少し顔を背け、目をそらし、 「困ってる奴を放っておけない程度には、俺もお人よしなんだよ」 と照れ臭そうに言った。 それを見て、どうしてか、信用していいような気になったのは、本当にこいつが俺と同じだからなんだろうか。 「……本当に、頼っちまっていいのか？」 そう聞くと、 「ああ、俺でやれることがあるんだろ？」 「…そうだな」 「なら、やってやるさ」 「……じゃあ、頼みたいことがある」 「なんだ？」 「…俺の代役をやってもらえるか？」 「代役…つうと？」 「……見ての通り、俺の趣味はこういうの……なんだが…」 自分で言うというのもなにやら恥かしい、と思いながらそう言うと、 「ああ、それは知ってる」 と返された。 「知ってる？」 「おう、いくらか情報はもらってるんだ。お前が女装が好きだとか、古泉と付き合ってるとか、モデルをやってるとか、その程度だがな」 …どこからかは聞かない方がいいんだろうな。 「なら、まあ、話は早い。…その、モデルの正体が俺だと知られそうになってるから、」 「別人としてのアリバイが欲しいってところか」 にやりと笑ったジョンは、 「だったらやっぱり、お前が古泉とデートでもしてるのに同席させてもらったら早いか？」 「そう…なるかな」 「ついでにその状態で誰かに会えばいいんだろうが、そこまでは行かなくても、お前が女装してちょっと派手に振舞えば、多少は噂になるだろ。問題は、俺でお前の代役が務められるかってところか？」 「大丈夫だとは思うが……」 だって、別の世界のとはいえ俺なんだろ、と言った俺にそいつは少し首を傾げ、 「世界は違っても、やってることがあれこれ違うと体つきだって違ってくるぞ。よく見ると多少筋肉質だとか、その程度の違いだけどな」 そういうものなのか。 「じゃあ、」 と俺はベッドから下りて、ジョンに向き直ると、 「ちょっと見せてくれるか？」 とか言いながら、その服を剥ぐってみた。 「うお！？ いきなりか！？」 と声を上げながらもそいつも全く予想してなかったわけでもないらしく、多少手足をばたつかせる程度の抵抗しかない。 俺は調子に乗ってその腹を撫で回し、 「ああ、なるほど、ちょっと違うな」 「どう違うって？」 「俺はもっとくびれてる」 ほら、とジョンの手を取って、薄いネグリジェ越しにウエストを触らせると、 「……おお、本当……って、お前な…！」 慌てて手を離したそいつの顔が少し赤い。 「…お前、俺だって分かってるんだろう？」 「それでも焦るだろ！」 面白いな。 「面白がるな！」 やいのやいの言いながら、お互いの体をあれこれ見比べてみた。 俺よりはいくらかしっかりした手足。 骨太な印象のある指。 悪くはないが手触りの違う肌。 「俺も前はこんなだったんだよな」 しみじみと呟くと、ジョンは何を思ったか、 「…肉体改造ってのは恐ろしい……」 と言いやがる。 「そこまでしてないんだが…」 と言いつつ、少しばかり嬉しいのは自分の努力の差がこうも明確に比較出来るという機会は普通ないからだろう。 頑張った甲斐がある、なんて嬉しく思いながら、 「一応、古泉とも打ち合わせしておいた方がいいよな？」 と聞いた。 「そうだな。会って、話をつけておかなきゃ混乱させるだけだろ」 「だな」 もっと早く気付けばよかった、と思いながら電話を掛けると、数コールですぐに繋がった。 「すまん、起こしたか？」 『いえ、起きてましたよ。あなたこそ、こんな遅くに起きているなんて珍しいですね』 「ちょっとな。……なあ、今から来れるか？」 『…今から……ですか？』 「ああ、急用があるんだ」 『あなたがそう仰るのでしたら、すぐに伺いますよ。ご自宅に…で構わないんですよね？』 「ああ。…待ってるから」 『はい』 いくらか嬉しそうな声を聞きながら通話を終了し、携帯を閉じようとしたところで、 「メアド、もらえるか？」 といわれた。 「…って、同じじゃないのか？」 「番号は同じだけどな。ちょっとばかり仕掛けがあるんだ」 そう言いながらそいつは携帯を取り出し、 「ちゃんと交換したら、世界を超えて連絡出来るようにしてもらってある」 「…長門か？」 もちろん、と言うように、そいつは笑った。 そんな調子で、世界がどう違うのか、なんて話をしているうちに、俺の携帯が鳴った。 古泉だ。 「じゃあ、迎えに行って来る」 「おう」 寛いだ様子のジョンを部屋に残し、こっそりと階段を下りる。 音をあまり立てないよう、慎重に鍵を外せば、そっとドアが開き、古泉が顔を見せた。 「一体どうしたんです？」 「ん、まあ、話は部屋でするとしよう」 そう言って俺は古泉を連れて部屋に戻り、ぽかんとした間抜け面をさらす古泉に、 「これはジョンだ。他の世界から、俺の窮地をなんとかしてくれるために、わざわざ来てくれたんだとさ」 と紹介してやったのだった。 |