土日続けて鶴屋さんの家であれこれ撮影した後は、校内のシーンがいるとかで、平日の校内でまたしてもゲリラ撮影をやることになった。 当然制服だが、それこそ俺だとばれるだろうとひやひやさせられるが、「キョン」は学校を欠席させられ、 「Kを撮影のために呼んだわっ」 とハルヒがブログやら教室やらで散々喧伝しまくったおかげで、更に背筋が冷える。 「大丈夫ですよ」 と言ったのは付き人という設定――役者として出ないのに設定があるってどうなんだ――の森さんだ。 俺は、濃い目の化粧をした上、仕事の時のようなスカート姿で、彼女に付き添われて校内に入ることになった。 というか、あれこれうるさいこのご時世に部外者が堂々と入っていいってどうなんだ。 代価が俺のサインってのも笑わせてくれるが、先生方の脂下がり方というか、騒ぎ方もどうなんだろうか。 部室で男子の制服に着替えて、今日は森さんにメイクを直してもらったところで、外に出る。 最初に撮りたいシーンは初めて転校してきたシーンだそうだが、本来朝撮るべきものを昼休みに撮るってことにハルヒが違和感を覚えるはずもない。 イツキに付き添われての初登校というシーンなので、古泉と朝比奈さんとに挟まれて正門前に立つ。 顔を合わせた古泉は、にっこりと微笑んで、 「制服を着ているのにいつもと雰囲気が違うあなたというのも、悪くありませんね」 なんて耳打ちした。 「そんなに違うか?」 「ええ。…いつも可愛らしいですけど、より一層愛らしくて、なんだか心配になります」 「…ばか」 毒づいたところで、 「こーらっ! いちゃついてないでさっさとスタンバイしなさい!」 と叱り飛ばされたが。 「今日からここに通うんだな」 台詞を口にしながら、校舎を見上げる。 こっちを見物している生徒が窓に鈴なりになっているのはいただけないが、ハルヒの怒声が利いてか校庭に人がいないのはありがたいな。 ミクルは優しく笑って、 「ケイくん、あたしが校内を案内しましょうか?」 と言うのだが、ケイは迷うように、 「え、あ……あー…出来れば、イツキにお願いしたい…な」 と呟き、上目遣いにイツキを見る。 上目遣いってのはカメラに向かってもやらされた。 「僕でよろしければ」 とイツキはなんでもない顔で頷かねばならんはずなのだが、お前、顔が赤いぞ。 「すみません」 苦笑した古泉に、ハルヒはしょうがないわと笑った。 「古泉くんなんだもの。それに、Kも可愛いしね」 …好きに言ってろ。 それから使うのかどうかよく分からんが、校内を案内される様子までしっかり撮影させられる。 さながらデートだと思ったのは俺だけじゃなかったらしく、 「堂々とあなたとデートしてる気分になりますね」 なんて小声で囁いた。 「そうだな。変な気分だ」 くすくす笑いながら俺は古泉と軽く手を繋ぐ。 「え……」 驚いた顔をする古泉に、 「ダメか?」 と囁くと、顔を赤くしながら古泉は頭を振った。 「構いませんよ」 そんなやりとりがまさか超監督の暴走を招く結果になるとは、俺たちは迂闊にも考えなかったのだ。 ともあれ、一緒に昼飯を食うシーンだの、教科書を借りに行くシーンだのを撮影された挙句待っていたのは、仮入部シリーズとでも呼べばいいのか、色んな部活であれこれコスプレさせられるシーンだった。 ワンカットずつみたいなもんとはいえ、あれこれやらされたぞ。 剣道に茶道に野球、サッカー、書道、チアリーディング、軽音、吹奏楽、テニス、卓球その他色々だ。 ほぼワンカットずつだったがな。 そのどれもがゲリラ撮影みたいなもんだったってのに、どこの部も快諾してくれて、衣装だなんだを貸してくれたのはありがたいのかなんなのか。 後で何百枚とサインを書かされるなんてことがないといいんだがな。 ああそれから、コンピ研にもお邪魔した。 ようやく頭に「元」を付けれるようになった部長氏は、それでもまあ受験勉強の合間合間に顔を出しているようで、今日もいらっしゃった。 俺を見るとぎょっとしたようだが、話は聞いていたようで、 「うちみたいな地味なところにも来るとは思わなかったよ」 と呟いたから、俺は苦笑しながら、 「ご迷惑をお掛けしてすみません」 と一応作った声で返した。 「いいよ。うちでいいならいくらでもどうぞ」 「ありがとうございます」 和やかに会話をしてたってのに、古泉にぐいっと肩を引かれ、抱き寄せられる。 「お、おい…」 人前だぞ、と言おうにも気迫負けしちまうくらいのマジな顔で古泉は部長氏を睨んでいた。 部長氏が可哀相なくらいだ。 少しばかり顔を引きつらせた部長氏は、 「心配いらないよ。僕はもうちゃんと諦めたから」 と小声で返した。 こういう時、俺が部長氏を援護しても火に油を注ぐだけだよな、と俺は嘆息しながら、 「古泉」 と呼んで、その腕をぎゅっと抱き締める。 「あんまりくっついてると、キスとかしたくなるだろ。そろそろ離れないか?」 そう囁くと、古泉はびくりと体を震わせ、それからかすかに顔を赤らめながら、 「あ…なたって人は……ずるいです…」 「んん? 嘘じゃないぞ?」 そう言ってわざと顔を近づけてやると、古泉も流石に俺を解放した。 それからはまあつつがなく撮影をした。 つっても、なんだかよく分からんソフトを起動させた状態のパソコン画面を覗き込んでマウスを握らされたくらいのもんなんだがな。 最後に、と言って連れて行かれたのは図書室だった。 閲覧用のデスクの上にセッティングされたのは、人魚姫の本だ。 子供向けのものではなく、少しばかり苦い、詳しい話のやつだな。 それを俺は覗き込み、ざっと読み通す。 古泉…ではなくイツキは、そんな俺を見つめて、 「人魚姫がお好きですか?」 と尋ねる台詞を口にした。 「好きも何も、知らないな、こんな話」 「そうですか? 有名な話だと思うんですが……」 訝るイツキに俺は少し焦りながら、 「や、俺はあんまり本とか…読まなかったから……」 「そうなんですか」 いくらか同情的な瞳をした古泉に気付かない顔をして、俺は本を読み通し、軽く眉を寄せる。 「……悲しい話だな」 「…そうですね」 俺はぱたんと本を閉じ、 「他の所に行こ、イツキ」 と声を掛けてほいカットオッケイと。 「なあ、ハルヒ、お前本当にちゃんと見て、判断してるんだろうな?」 えらく簡単にOKを出しまくるハルヒに、薮蛇だろうかと思いながらもそう聞くと、ハルヒは胸を張って、 「当然でしょ。ちゃんとチェックしてるわよ。あんたが案外演技も上手いのと、有希が後でしっかり編集してくれるって請負ってくれたから、安心して次々撮れるんでしょ。それとも何? あんたにもっと完璧を求めていいっての?」 「いや、それは勘弁してくれ」 慌ててそう言うと、 「じゃあ、あんたは言われた通りにしてなさい。そうすりゃ間違いはないのよ!」 と不敵に笑ったハルヒは身を翻し、 「今度は体育館裏に行くわよ」 「はぁ……」 と言い出した。 この時点でもう随分時間も遅いのだが、下校時間すれすれだなどと野暮なことを言う人間はいなかった。 体育館裏でスタンバイしていたのは鶴屋さんだった。 「鶴屋さん?」 「やっ、Kちゃん!」 と笑った鶴屋さんは、 「今度はここんとこ撮るんだってさ」 と言って俺を適当な位置に立たせ、コピー用紙の束みたいなものを押し付ける。 「そんなシーンありましたっけ? …って、これ、まさか……」 「追加の台本っさ! あたしがぱぱっとコピーして、ホッチキスでぱっちんぱっちん止めたからあんまきれいじゃないけどそこんとこは勘弁ねっ!」 「いえ、きれいにとめてあると思いますけど…追加って……」 「まあまあいいから早く読んだ読んだ!」 せかされるまま薄っぺらなそれを読むが……なんだこりゃ。 台詞はアドリブでとか適当なことばかりじゃないか。 わざわざ台本にする意味はあったんだろうか。 戸惑っている間に、長門が俺の手から台本らしきものを回収し、カメラを構える。 って、おい、いきなりかよ!? 「問題ないでしょ? ほら早くスタンバイしなさい! 日が暮れるじゃないの!」 その通りだ。 もう日は暮れかかっている。 これ以上暗くなると撮影の続行は不可能だろう。 そもそも俺としては消失しちまった五時間目と六時間目がどこに行っちまったのかと聞きたいくらい長時間の撮影に疲れてもいる。 早いとこ解放してもらいたい。 ならばやるしかないかと俺は指示された位置に立つ。 「行くわよ? スタート!」 ハルヒの声の後は、呆れるほど大量の野次馬にも関わらず、辺りはしんと静まる。 ハルヒ効果に感心する余裕のない俺は、台本にあったように足を進め、 「俺を呼び出したのはあなたですか?」 「そ」 鶴屋さんはきれいな髪を翻して、ゆったりと振り返った。 そうすると本当にきれいな人だと思う。 「何の用ですか? あまり遅くなると心配されるんですけど…」 愛想笑いを作りながら言った俺に、 「うん……そのね…」 と恥かしそうに言葉を濁らせる鶴屋さんは大した役者だ。 本当に恥らっているようにしか見えない。 「…そのさ、こういうところに呼び出したんだからもう分かってるかも知れないけど……あたし、ケイくんのことが……好き…なんだ……」 段々声を小さくし、かすかに震える鶴屋さんに、 「……それで?」 可能な限り冷たい声でそう告げる。 そういう指示なんだから仕方ない。 鶴屋さんはびくりとひとつ震えて、それでも、 「…っ、ケイくんが嫌じゃなかったら、あたしと付き合ってもらえないかな…?」 と言い切った。 普通の男ならこれだけではいと答えたんじゃないかというくらいの健気さと愛らしさだ。 それに対する俺の反応はというと、それを立ち聞きしてしまったイツキがショックを受けて立ち去るのを待った上で、可能な限りこっ酷く振らねばならん。 しかし、具体的な台詞なんかはなく、俺に自分で考えろというのだ。 さてどうしたものかと考えに考えた挙句、俺の口に浮かんだのは、冷酷な笑みと、 「悪いけど、俺、女の子に興味ないんだ」 という台詞だった。 …なんでそれでOKになったのかということや観客の酷いざわめきの理由も気になるが、それを聞いた古泉が、血相変えて俺をひっ抱え、逃亡を図ったのかということが一番分からん。 つうかなんだ、 「あなたって人は一体どこまで小悪魔になれるんですか」 なんて恨めしげに言われるんだ、おい。 |