姫始め?



「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
きちんと正座して、深々と頭を下げて挨拶をした。
年の初めくらいはこうじゃないとな。
しかし生憎、俺の衣装は振袖じゃない。
本当は振袖を着たかったのだが、着物は買うと目玉が飛び出すほど高いし、レンタルだってそこそこする。
だったら、と諦めて、持っている中で一番上等な服を着た。
前に仕事で着て、格安で譲ってもらえたシルクのドレスだ。
淡い紅色がそこはかとなくめでたい。
俺に相対する古泉も、今日はいつも以上にきちんとした格好をしていた。
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互いそう改まった挨拶をする機会も滅多にないので、顔を上げ、お互いの目を見合わせたらつい笑っていた。
なんだかな。
「ふふ、でも、新鮮でいいですよ」
「そうかい。…今日は初詣でだっけ?」
「ええ。…毎年のこととはいえ、今年も冷え込みましたからね。気をつけて行くとしましょう。準備は……」
「出来てる」
俺はそう答えて、ドレスにフェイクファーの白くてふわふわもこもこした上着を重ねる。
紅白揃ってなんとなくめでたさも増す。
「寒くありませんか?」
「オシャレは気合だ」
「…そうでしたね」
くすくすと面白がるように笑った古泉は、その手で俺に手袋をはめてくれた。
「それでは、参りましょうか?」
「ああ。ハルヒたちが待ちくたびれてると大変だからな」
「僕が奢りますよ?」
「そうなるんだろうな。…新年早々、女の子に払わすのは流石に気が引ける」
「全くですね」
そんなことを言いながら、俺の家を出て、初詣でに出かけた。
出かけたならその出発点に帰るものなんだろうが、どういうわけか、その日の夕方、俺は古泉の部屋にいた。
それも、強かに酔って。
「んん……ぅ…?」
「気がつきましたか? よかった…」
ほっとしたように言った古泉が、まだ仰向けになってひっくり返っている俺に、口移しで水を飲ませてくれた。
それで少しスッキリしたが、
「…なんで……?」
「酔っ払ったあなたをご自宅にお連れして、怒られるのは僕でしょう?」
と古泉は苦笑した。
「一応、はしゃぎ疲れて眠ってしまったのでお泊めしますと連絡はしておきましたから」
それはそれで色々と俺が怒られそうだな…。
新年早々迷惑掛けて、とかなんとか。
「迷惑じゃないですから」
そう笑っている古泉は、本当にちゃんと俺を介抱してくれたらしい。
俺はTシャツに着替えさせられていた。
着ていたドレスなんかはきちんとハンガーにかけてあるのが見える。
気の利くやつだ。
「あなたのお役に立ててなによりですよ」
そう微笑んだ古泉を見ていたら、なんか、きた。
「は?」
「古泉、」
俺は手を伸ばして古泉の体を抱き締める。
あ…温かい……。
しかし、そのくらいの熱では足りないとも思った。
「…姫始め…しないか?」
ゴクリと古泉の喉が鳴った。
だから、
「冗談はやめて、ちゃんと寝てください」
なんて口先だけで言っても無駄なのだよ古泉くん。
俺はまだかっちりとシャツを着込んでいた古泉の襟に指を触れさせ、そのままボタンまで滑らせる。
酔いのせいか眠気のせいか、かすかにとはいえ震える指は不自由だ。
それでもなんとかボタンを外すことに成功した俺は、調子に乗ってその作業を続ける。
古泉は呆れと戸惑いと期待の入り混じった顔で俺を見つめていたが、
「本気ですか?」
「ん…、だって、したくなったんだから、しょうがないだろ…?」
「まだ酔っ払ってるのに…危ないですよ」
「平気だって…。だから…」
しよう、と酒臭い口唇を古泉のそれに押し当てたら、古泉の呼気もどこか酒臭かった。
ああ、一緒に飲んだんだったか?
「覚えてないんですか?」
「さっぱりだ」
「…あなた、甘酒と濁り酒を間違えて飲んでしまったんですよ」
「あー……?」
「それが案外きつかったので、そのまま倒れてしまって……」
大変だったんですよ、と古泉は苦笑した。
「ちなみに僕は甘酒しかいただいてませんからね」
「…迷惑掛けて悪かったな」
「いいえ。あなたを介抱するのも特権のひとつと思えば嬉しいばかりですよ」
「特権って…」
「そうでしょう?」
くすりと笑うように囁いた声が、ぞくんと俺の体を震わせた。
気持ちいい。
「もっといい、特権があるんだか、ら…そっち、使えよ……」
言いながら、俺は古泉に見せつけるようにTシャツをめくりあげる。
薄く浮いた肋骨も、古泉が好きでむしゃぶりついてくる胸の突起も、鎖骨さえ見せつけるように大きく、恥じらいもなく。
そんな大胆なことが出来るのも酔いのせいにしておこう。
そうでなくても出来るかも知れない。
それくらい、古泉は俺を愛してくれてるし、俺も古泉が好きだからな。
というか、
「なあ…ブラとかパットとかも、外してくれたのか…?」
「ええ、苦しそうでしたから。……いけませんでしたか?」
「……いけなく、は、ないが…」
俺は頬を赤く染め、小さな声で答えた。
「…恥かしい」
それは言ってみれば、手品の種を見られたようなものだ。
俺が女の子のふりをするための仕掛けの中でも重要なものだからな。
それを自分の意識のない間に見られるってのは、なんだか無性に恥かしい。
「…何度も見てるじゃないですか」
意地悪く笑って、古泉は俺の胸をさっと撫で上げる。
「や…っ」
「あなたが着替えるところも見てますし、僕に外させたことだって何度もあるのに」
「そ、それとはまた違うんだよ…!」
「…可愛いです」
そう微笑んで、古泉は俺の胸にちゅっと音を立てて口付ける。
「ひゃ…」
「そんなことを恥かしく思うのに、こうして大胆に誘うことも出来るなんて……」
古泉はちゅ、ちゅっと音を立てながら、
「本当にあなたは、女性よりも女性らしい人ですよ」
「ん……ほんと、に…?」
聞き返してしまうのは、それが俺にとって不快な言葉だからではない。
むしろ、それが嬉しいからだ。
「ええ。…あなたは、僕にとって、最高に素敵な女性ですよ」
「…嬉しい……」
ぎゅっと力を込めて古泉を抱き締める。
「…女の子に、なりたい。お前にとって、お前にだけで、いい。お前の隣りを堂々と歩ける、女の子になりたい」
ぽつぽつと呟くように囁けば、古泉は優しく俺の髪を撫でて、
「もうなってますよ」
と答えてくれる。
それが嬉しくてもっととねだっても、古泉は怒らない。
「もうなってます。あなた以上の女性なんて、いませんよ。あなたが好きです。…愛してます」
繰り返し繰り返し囁いて、俺を撫でてくれる手はあまりに優しくて。
「…ん、やめろ。寝ちまうだろうが…」
「眠ってしまっていいですよ? お疲れでしょうし…」
「嫌だって。…したいんだから」
「困りましたね」
そう優しく呟いて、古泉は俺と自分とに布団をかける。
「やだ…」
「やだじゃないでしょう。ほら、温かくしてください」
言いながら、温かく俺を抱き込む。
「や…」
「わがまま言わないで、今は寝てください。…目が覚めたら嫌というほど……ね?」
ぞくりとくるような声に、俺はつい頷いて、目を閉じた。