小悪魔がお好き?
  お題:絶対領域 捕獲 野次馬



少し前の話だが、女装した俺と一緒に出かけたいと言って妹がせがむので、俺もつい楽しくなって悪乗りし、普段じゃやらないような服装をしちまったことがある。
ふんわりふくらんだブラウスの上に黒いゴスロリめいたビスチェを重ね、腕にはリボンで飾ったレースの手袋。
頭はセミロングのウィッグに、シルクハットをかたどった小さなヘッドドレスをのせた。
黒いふりふりのミニスカートに、白の二ーハイソックス、黒いエナメルも艶やかな可愛いリボン飾りつきのローヒールをはいて。
似たようないでたちに作った妹と二人、
絶対領域!」
などと言ってはしゃぎまくったのだ。
あれはもう、若気の至りというか、珍しいことだからとはしゃぎまくったせい、としか言いようがないくらいで、後になって恐ろしく恥かしくなったりもしたのだが、その時に撮影した写真を妹に握られているのが少しばかり困る。
それをどうやって取り上げたものか、などと考えていたのだが、そんなある日、俺がひとりで買い物に行って帰ると、客が来ていた。
それも、妹に。
本来俺の客であるはずのそいつは、妹を捕獲して、あろうことか交渉を試みていたようだ。
「…何やってんだお前ら」
びくっと竦みあがっておいて、振り返った古泉の顔は平常仕様だ。
全く、胡散臭いやつめ。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。で、何やってたんだ?」
「いえ、その……」
と目をさ迷わせる古泉と違って、うちの妹は実に素直である。
「あのねー、古泉くんがキョンくんの写真欲しいって!」
あわあわと泡を食う古泉のことなどお構いなしにそう報告してくれたのはいいが、
「俺の写真?」
写真なんて今更どうするんだ、と首を捻った俺は、この時点では先日の暴挙のことなどすっかり忘れていた。
それを古泉に話したことも。
「でね、あたしが持ってるの欲しいって言うんだけど、あたしもこれしか持ってないし、元のデータはキョンくんが消しちゃったんでしょ? だから、上げたくなくって困ってたのー。キョンくん、古泉くんに見せてあげてなかったの?」
「…待て、どの写真のことだ?」
ひやりとしたものを感じながら俺が聞くと、妹はきょとんとした顔で、
「前にキョンくんとお出かけした時の、だよ?」
「……それは、あれか。あの調子こいた奴か」
「えーっとね、絶対領域ーって言った時の」
瞬間、俺は思わず古泉を睨みつけた。
古泉も後ろめたいものでもあったんだろうな。
さっき以上に竦みあがり、目をそらす。
「…部屋、行くぞ」
「はい……」
情けない声で応じた古泉をドナドナするみたいな要領で部屋に連れて行くと、
「そこに座れ」
と言っただけで正座したのは、行儀がいいからじゃないんだろうな。
俺は軽くため息を吐き、
「妹相手に何やってんだ」
「すみません……」
「そんなもん、わざわざ交渉するようなもんでもないだろ」
「交渉して手に入るなら、ねばりますよ」
とため息めいた呟きを漏らした古泉に、俺は呆れて、
「そんなに欲しいもんか?」
「欲しいですよ。見せてもいただけなかったんですから」
…意外とケチだなうちの妹は。
それとも、交渉方法を心得ているということだろうか。
俺は古泉の前に胡坐をかくと、
「……そんなに見たかったか?」
「見たいです」
拗ねた子供みたいに言う古泉が可愛く思えて、
「直接俺に頼めばいいだろ」
と笑って古泉の頭を撫でてやったら、撫でたその手を握り締められた。
「それって、着てくださるってことですよね!」
滅多にないくらいのきらっきらした眩しい笑顔で言われ、とてもじゃないが、「実はデータを残してあるからそれを分けてやる」などとは言えなくなった……。
仕方なく、そう、仕方なくである。
俺は一度着たきり封印していた衣装を引っ張り出す破目になった。
そもそもなんでそんなコスプレ紛いの衣装があったかと言うと、妹と出かけることになったと話しておいたら長門が妹と揃いで作ってくれただけだ。
…だけ、で済ませるには色々と問題があるような気もするが、長門が俺のために服を作ってくれるのも、それをありがたく受け取るのも今更のことだ。
そうして、ようやく着替えた俺が、居間で待たせていた古泉のところへ行くと、古泉は涙を流さんばかりに大喜びして見せた。
「とても素敵です。お似合いですよ」
いつになく口数が少ないのは、逆に興奮しすぎてて言葉が出てこないからだと知っているので余計にむず痒い。
照れ臭くなりながら、俺は軽い照れ隠しのつもりで、
「お前、こういうの好きだったのか?」
と聞いたのだが、古泉は一瞬躊躇うような様子を見せて、
「いえ、」
そう軽く首を振った。
「ただ、ずっと話を聞いていたので、やっとお目にかかれて嬉しいんですよ。あなたなら、どんな服装もよくお似合いだとは思います」
「そりゃ、ありがとよ。…そう言われると、変な格好とかもしてみたくなるが」
と茶化すと、
「変な格好ですか?」
と首を捻る。
「どういう格好でしょうか?」
「そうだな…たとえば、きぐるみとか」
「それはそれでとても可愛らしいと思いますよ。実際、以前着ておられた時も可愛らしかったのを覚えてます」
あの時は別に恋愛感情なんて理解してなかったくせに、と笑いながら、
「じゃあ、全身タイツとか」
「なんでそんな色物なんですか」
と笑いながらも、古泉は少し考え、
「…そんな格好をされたら目のやりどころに困りそうですね。むしろ、すぐに脱がせてしまいそうといいますか…」
「あほか」
思わず真っ赤になって辺りを見回す。
妹はいなくなっていたらしいのが幸いだ。
「じゃあいっそ、ピンクでふりふりした時代錯誤のワンピースみたいなのとかはどうだ?」
「よく似合うでしょうね」
「…そんなのを着てても隣りを歩いてくれるか?」
「当たり前ですよ」
そう微笑む古泉は、悪戯っぽく、
「プレゼントしましょうか?」
などと言うので、
「俺が恥かしいから勘弁してくれ。ああいうのは、見た目も中身も可愛らしい女の子がやるべきであって、俺なんかが土足で踏み躙っていいもんじゃない」
「あなたが着るなら、デザイナーだって喜びそうに思いますけどね」
「アホか。…あとは……うーん…なんだ? 変な格好って」
「僕に聞かないでくださいよ」
軽やかな笑い声を立てた古泉は、
「やっぱり、あなたならなんだって似合うんじゃないかと思いますよ」
「そういうのを世間ではなんて言うか知ってるか?」
「なんでしょうか?」
「…あばたもえくぼ、って言うんだ」
「なるほど」
と笑っておいて、
「本当にそうであるならば、僕も安心出来るんですけどね」
「俺の魅力がどうのこうのって話なら要らんぞ。もう耳にタコだ」
「おや、残念です」
その笑顔がどうにも余裕綽々で、少しばかり面白くない。
そもそも、最近こいつがいろんなことに慣れ過ぎている気もしてきているんだ。
最初の頃はあんなにも、ちょっとしたことでうろたえたり慌てたりして、可愛かったのに。
だから、と言うんじゃないが、悪戯心が湧いた。
俺はソファに座ったままでいた古泉と目の高さを合わせるように屈んで、
「で、せっかく着替えたのに、これだけなのか?」
「え?」
「結構大変なんだぞ、この服。服に合わせてちゃんと化粧もしたし……」
「ええと……」
戸惑うように古泉は視線をさ迷わせる。
どんだけ鈍いのか、それともカマトトぶってんのか?
「デートでもしないか?」
なぁ、と軽く上目遣いでねだったら、
「…っ、ダメです!」
思いがけず強い口調で断られ、驚いた。
「なんでだよ」
ハルヒがするみたいに唇をアヒルみたいにして、じっと睨み上げたら、
「余計な虫がつきます」
と真剣に言われた。
…虫って……お前な…。
「それに、以前と違って自分の顔が売れてるってことも自覚してくれませんか? 野次馬でも集まってきたらどうするんです?」
「んなこと言ったって、そんなんじゃお前との普通のデートもままならんじゃないか」
「普通のデートなら大丈夫ですよ。そもそも、僕とのことは公式にも明らかになってるようなものなんですから。僕が問題だというのは、そういう目立って、しかもあなたによく似合う、モデルとしてもおかしくないような服装で出歩くのは心配だということなんです」
と、本気で心配してくれているのはありがたいのだが、
「…じゃあどうする? うちじゃやらしいことも出来んぞ?」
とからかい半分、しかし残り半分は割と本気で言ったら、一瞬唖然とした古泉が一気に赤くなる。
そうして、悔しげに俺を睨んで言った言葉は、
「……っ、この、小悪魔…!」
という一言で、俺はにまにま笑いながら、
「ああ、そういうのも楽しそうだな。今度この服に悪魔っぽい尻尾でも付けてもらうか?」
と笑ってやった。
「今のままで十分ですよ。……本当に、困った人なんですから」
そう言って古泉は俺を抱き寄せ、その膝に座らせる。
「そんなところも好きなんだろ?」
恥かしげもなく聞けば、古泉は当然のことながら、
「勿論ですよ」
と俺を更に強く抱きしめてくれる。
「愛してます」
「知ってる」
笑いながら身を捩って、俺は心配性の恋人の柔らかな前髪に、そっと口付けた。