キョン母について捏造してます
捏造がだめって人はバックプリーズ
あと、もし乙女なキョンがダメならその人も
……って、このシリーズ見てる人にそんな人いるとも思えませんが(笑)














女の子の休日



珍しく、ぽっかりと予定の空いた休日。
それでも俺は、前と違ってだらだら過ごしてなどいられない。
そんなことをしている暇なんかないからだ。
朝、平日と変わらない時間に目を覚ました俺は、真っ先に洗面所へ向かい、洗顔した。
それから、当然じっくりと化粧水をパッティングし、保湿液を塗る。
肌の状態を見ながら、乾燥しがちなところには多めに、逆に脂っぽくなりがちな辺りは少なめに伸ばす。
仕上がりを確かめるように顔を撫でて、俺は満足の笑みを浮かべた。
「よし、上出来」
女装を自発的に楽しむようになってから、こんなちょっとのことで笑えるようになった。
肌の状態がいいとそれだけで嬉しいし、気のせいでも手足が細くなると更に嬉しい。
今日も機嫌よく部屋に戻った俺は、ロングキャミソールみたいな形のネグリジェを脱いで着替えた。
と言っても、出かけるわけじゃないから簡単な格好だ。
キャミソールとレギンス、その上にボレロを羽織るだけ。
出かけるつもりじゃないのだが、それでもやっぱりないと落ち着かないので、ヌーブラで簡単に偽乳も作った。
そんな状態で朝飯を食っても、特に何も言われないのは不思議な気もした。
いや、全く何も言われないわけじゃない。
俺がそんな格好でのんびり朝飯を食っていたからか、
「今日はデートじゃないの」
とお袋に言われたからな。
「古泉は今日バイト」
「古泉くんも忙しくしてるわね。バイトにあんたのお守りに、それでいて勉強も頑張ってるんでしょ。偉いわぁ」
感心しているお袋に、余計なことを言われる前にと俺は先手を打つ。
「そんな男を捕まえられてよかっただろ」
お袋は思わず噴出して、
「そうかもね。精々、」
「見捨てられないように頑張ります。ごちそーさん」
そう言い置いてとっとと部屋に逃げ戻った。
これ以上は下手すりゃ薮蛇になるからな。
さて、それで一体何をするかと言えば、まずは宿題だった。
真面目にそんなことをするのも、まさか俺一人留年だの卒業出来ないだのといった状態になるのが嫌だからだし、出来れば古泉と一緒の大学に行きたいなんて戯けたことを思うくらいには古泉に惚れ込んでしまっているせいなのだから、色んな意味でしょうがない。
とはいえ、だからと言ってすぐさま俺が勉強好きなんぞという奇特な人種になれるはずもなく、勉強をするにはその後でのご褒美が必要なわけだ。
古泉と一緒に勉強する時は別にそんなもん、考えなくていい。
問題を解き終えたら、それだけ頭を撫でてくれたり、キスをくれたりするし、全部終わったら言うまでもなくお楽しみが待ってるんだからな。
思春期の青少年、しかも恋愛なんぞと言う恐ろしい病に罹患している人間を思う様操るのにこれ以上の餌があるだろうか。
だが今日はそうはいかん。
と言うわけで俺は自分で自分の目の前ににんじんをぶら下げる。
勉強机の側、化粧をするのに使ってる鏡の前に、昨日買ったばかりの新色のアイシャドーを置き、バイト料で経済的に余裕が出来たせいで最近特に増加傾向にあるメイク道具のバッグを置く。
宿題が終わったら、思う存分試すぞ、というわけだ。
そう言う風に餌をぶら下げておくと、俺も案外勉強がはかどるらしい。
早く終わらせようとするからか、集中出来る。
よく、勉強はだらだら長い時間するより、集中して短時間にした方がいいと聞くが、こういうことなのかね。
古泉も、勉強は短時間派だ。
「忙しいので必然的に、最小限度しかしないようになったんです」
というのがあいつの言だが、実際、勉強会とかでなく、一人黙々と勉強に集中している時のあいつは凄い。
それこそ、何を言っても聞こえないくらいだ。
唯一反応するのが携帯の音なので、もし、勉強の邪魔をしてでも話しかけたかったら、どんなに至近距離にいても携帯を鳴らさなければならない。
その理由を考えると悲しいのか切ないのかよく分からないような気持ちになりはするのだが、ぶっちゃけ、便利だ。
俺が構って欲しくて遊びに行ったのに、せっせと問題集――それも必須の宿題の類じゃない――をやられていると、どうにも邪魔してやりたい気持ちになって、携帯を鳴らしまくってやったこともあったな。
それこそ、邪魔をするなと怒られても当然だと思うのだが、古泉はそういう時、決まって自分が謝るのだ。
「すみません。寂しかったんですよね?」
とな。
そのまま抱きしめられて、キスをして、勉強はなし崩し的に終了となったことも何度かある。
……って、俺は何を思い出しているんだろうね。
勉強しろよ。
ともあれ、にたにたニヤケながらであっても、数学の問題を解くことに支障はないらしい。
特に今扱ってる範囲が、うだうだ頭を使うと言うより単純作業的な計算の連続だからだろうか。
予定通りに一時間ほどで勉強を切り上げて、俺は勉強道具の一切を仕舞った。
さて、これからがお楽しみの時間である。
鏡の前に座って、メイク道具を広げる。
思えば最初はハルヒに借りてたんだよな。
今じゃ全部自前だ。
バッグも含めて、一体どれだけ投資したのかは考えないで置こう。
一部は古泉に買ってもらったとはいえ、本格的に集め始めたのはバイト料が入るようになってからだから、よしとしたいし。
これだって、仕事で要るんだということにしよう。
バイトと言えば、俺は未だに自分の載っているカタログとやらを見ていない。
ああいうものの撮影は随分と早い段階でするものなのか、まだ現物が出来ていないらしいのだ。
そのくせ、仕事はちょこちょこ入っている。
それは、前のような撮影だったり、そうではなく、俺のレッスンのようなものだったりもするのだが、そのレッスンですら仕事扱いされて、バイト料が入ってくるのだ。
申し訳ない気がして要らないと申し出たのだが、社長は鶴屋さんの知り合いらしくも快活に笑って、
「いいんだよ。これも先行投資ってことで」
と言われた。
先行投資ということなら、俺も自分の体を磨くために使うべきだろうと、あれ以来メイク道具もスキンケア用品もごちゃごちゃと増えている。
それでも俺は、撮影現場などでどれほど褒められるよりも、古泉にただ少し触れられて、
「手触りがいいですね」
なんて言われればそれで十分なのだ。
ノロケばっかかよ、と思った人は正しい。
休日に限らず、古泉とこういう関係になって以来、俺はそんなことばっかりだ。
本当に、恋愛というのは精神病だと日々実感している。
今日のように、状態のいい肌は化粧のノリもよくて、少し下地を伸ばすだけでも楽しくなる。
これが逆に、調子が悪いとそれだけで気分が急降下するってなもんなのだが、幸いにしてそんなことは滅多にない。
これが恋愛の作用だとしたら、恋をして綺麗になるのは女だけではないということなんだろうか。
それともこれだけ女装が楽しくなって、夢中になっている俺はもはや、生理まで女性化していて、女性ホルモンの分泌が盛んにでもなっているというのだろうか。
まあ、どちらにせよ、綺麗になれるならそれでいいわけだが。
ファンデーションを薄く伸ばし、チークもほんの少し乗せるに留める。
最初の頃は、全く完全に野郎の、何の手入れもしていない肌だったから、厚塗りも必要だったわけだが、今となってはそんなに必要がなくなっている。
こんな風にして日々の努力がコンスタントに報われるのも、女装にはまる一因のような気がしてくるほどだ。
また古泉が、そんなちょっとした変化にも気がつくのが悪い。
嬉しそうな、幸せそうな笑顔で、言葉を惜しみもせずに褒めるのも。
うまくメイクが出来たら、写メでも送ってやろう、と決めながら、アイラインを引き、新しいアイシャドーを乗せる。
ラメの多いそれで、目元がきらきらして面白い。
服装に対してえらく派手目のメイクになったが、実験なんだからよしとしよう。
これに合う服はあったかね、と思いながらクローゼットを開ける。
いまやそこにあるのは9割方女物である。
男物は隅の方に追いやられ、小さくなっている。
あれほど気に入っていたスウェットすらそんな状態なのにはもう笑うしかない。
苦笑しながら、パンツスーツや少しフリルの華やかなシャツを引っ張り出して床に並べていると、
「キョンくん今日はお家にいるのー?」
と妹が顔を出したのだが、何をしに来たのか言わないまま、
「なにしてんの? デートに着てく服探し?」
と好奇心を露にした。
「まあ、そんなところだ」
そう返してから、俺はちょっと考え、
「お前もメイクしてやろうか?」
「ほんと?」
嬉しそうにするってことは興味はあったのか。
この頃男の子みたいな格好ばかりしているから断るかと思ったのだが、これはこれで安心だな。
当分髪を短くされることはないだろう。
服の物色を中断して、俺は妹を座らせ、その顔に触れる。
若いだけあって、何もしてないのにぴちぴちしている。
「羨ましいな」
呟きながら軽く頬をつねってみた。
「キョンくんだって綺麗なのにー」
「これは金も労力もかかってるんだ」
綺麗になれなきゃ困る。
「そんなに?」
「母さんに言えないくらいにはつぎ込んでるだろうな」
「わー」
「ほら、いいから黙って口を閉じてろ」
妹を黙らせて、そのつるつるした顔に化粧水を塗る。
「まだにきびとか出来てないんだな」
「うん」
「そのうち嫌でも出てくる可能性は十分あるんだから、気をつけてろよ」
「キョンくんも出た?」
「あー……中学の頃には」
「うーん、じゃああたしも気をつけなきゃだめかなぁ」
「おう、ちゃんとしろよ」
「うん」
妹とこんな話をするのも不思議な気がしたが、この年になって、しかもこれだけ年の差があるにも関わらず、共通の話題が持てるならいいんじゃないだろうか。
しかし、俺がした化粧は不評だった。
「あんまり変わってないよー」
というのが妹の感想だ。
「変わってない方がいいんだよ。お前は元がいいんだから」
「面白くないよ」
「面白いとかそういうもんじゃないだろ。十分美人なんだからそれでいいんだ」
「えー」
ぶつぶつ文句を言っていた妹だったが、それでも化粧をすること自体は嬉しかったのか、
「お母さんに見せてくるねー」
と出て行った。
やれやれだ。
嬉しいなら素直に喜べばいいのに、妙なところばっかり俺に似るなよ。
それから、古泉に写メを送ってやったのだが、返事は来なかった。
まだ会議とやらで拘束されているのだろう。
あいつも大変だよな。
それなのに、嫌そうな顔もしないし、俺のことも甘やかしてくれるし、本当に、どれだけ優しく出来ているんだろうか。
それが俺だけなら嬉しい、なんて酷い独占欲を自分で笑いながら、化粧を落とした。
改めて、化粧水や保湿液をつけ直して、後は普段と大して変わらずだらだらと過ごした。
それでも、食事をしていても、本を読んでいても、テレビを見ていても、気になるのは携帯なのだ。
いつ返事が来るだろうかと、気になって仕方ない。
ちょっと返事を出すことも出来ないくらい忙しいんだろうか、と思うと
機関が憎たらしくなるくらいだ。
昼飯の時間くらいあるだろうに、誰かと一緒なのかね。
大方、お義姉さんが一緒なんだろうが。
古泉が浮気をするなんて、そんな馬鹿なことを考えたりはしない。
そんなもん、ありえるはずがないんだからな。
だからひたすらに、古泉が忙しくしすぎてるんじゃないかと、それが心配になった。
終わったらメールをくれ、と改めてメールを送ってから、俺はまだ早いが風呂に入ることにした。
最近長風呂の傾向が更に強まっているから、時間に余裕のある時に入っておいた方がいいというわけだ。
半身浴をしながら顔や体のマッサージをして、パックもする。
持ち込んだアロマオイルの甘い香りもあって、ゆったりした気分になりながら、それでもボディケアには気が抜けない。
手足のムダ毛を処理して、つるつるに磨き上げる。
爪の甘皮を押し下げ、指先のマッサージもして、それこそバスタイムが一番忙しいんじゃないかと思えるくらい、一生懸命になる。
忙しいのだが、手間は惜しみたくない。
いくらか余裕が出来たものの、金が余るほどあるわけではない以上、金の代わりに手間を掛けるしかないんだからな。
それに、この時間すら幸せなんだ。
風呂から上がってからこそ忙しく、全身にローションを塗り伸ばしたり、爪を磨いたりと、やることはいくらでもある。
体が温まって柔らかいうちに、硬い体を少しでも伸ばし、細くするためのストレッチもしたい。
それなのに、そういう時に限って、他に優先したいことが出てくるものらしい。
あれほど待っている間には来なかった返事が、届いていた。
慌ててメールを開くと、
『華やかで綺麗ですね。今度、それにふさわしい場所にデートに行きましょう。少しばかり贅沢しても、いいですよね?』
と書かれていて、照れ臭いのか嬉しいのか分からないような気持ちになった。
どう返事をしようかと思っていると、メールに続きがあることに気がついた。
スクロールさせて続きを見ると、
『写真を森さんに見られてしまいました。データも強引に取られてしまいました。すみません』
とあった。
思わず噴出したのは、お義姉さんらしいと思ったからでもあるし、強引に取られてしまったというその場面が目に浮かぶようだったからでもある。
くすくす笑いながら、返事をする。
『あんまり堅苦しいところは選ぶなよ。お義姉さんのことは気にしなくていいから』
『心得ました。ありがとうございます』
『今日はまだ忙しいのか?』
聞きはしたものの、いつもより返事が来るまでの間隔が長いから、忙しいのだろうと思っていた。
そうでなければいいのに、と思いながら聞いただけだ。
だが、やはり忙しいらしい。
『ええ、処理しなくてはならない書類が多くて。 今日は何をして過ごしたんです?』
『色々だな。妹に化粧してやってみたりとか。勉強もちゃんとしたぞ』
『それは結構です。明日の放課後は、また勉強会でもしましょうか』
『そうだな。お前がいいなら』
『いくらでも、お手伝いしますよ』
『そろそろ夕食だから、これで。また後で、電話してもいいか?』
『お待ちしてます』
短い返事でも、そんな風に言われるとそれだけで浮き足立ちそうになる。
にやけを抑えられないまま、夕食を食べれば、妹に笑われた。
「キョンくん古泉くんと電話でもしてたの?」
「メールだ」
「やっぱりー」
くすくすと笑われていい気がするはずもないのだが、それでも寛容な気持ちで許せるのは、自分の恥ずかしい有様を自覚しているからであり、それでいいと開き直っているからだろう。
「ご飯食べたら古泉くんのとこにいくの?」
「今日は行かん。まだやることがあるらしいし、どうせ明日学校で会えるからな」
「ふーん」
と妹はそれでもう聞くことはなくなったらしいが、お袋が妙に心配そうな顔をして言った。
「あんた、大丈夫なんでしょうね」
何が。
「学校でいかがわしい真似とかしてないでしょうね?」
「ぶっ!」
いきなり何を言い出すんだ。
そんな爆弾発言はハルヒだけで十分だってのに。
「嫌よ、お母さん。そんなことで学校に呼び出されるのなんて」
「大丈夫だから、安心してくれ」
学校じゃないが公共の場であれこれやらかしちまったことがあることは黙っておこう。
「というか、担任とかから何か言われたりしてないのか?」
「あるわけないでしょ」
あっさりとお袋は言った。
「あんたと古泉くんが歩いてたって、どうやってもあんたには見えないんだから。あんたがうちから出てくのを見たお隣さんに、誰かって聞かれたことはあるけど、遊びに来てた姪っ子だって言ったらあっさり信じられたわ」
「堂々と言うかと思ってた」
「言ってもよかったわけ?」
「俺はどっちでも」
「そう。じゃあ、言ってやろうかしら。今度また聞かれたら、うちの息子です、美人でしょ、って。大体、あの人って詮索好き過ぎて好きじゃないのよね。たとえ言ったところで、それをあの人が言いふらしても、普段のあんたと女の子の格好してる時のあんたじゃ、あまりにも差が酷すぎて信じてもらえなさそうだし」
そこまで言うか。
「自分でも分かるでしょ」
「まあ、な」
それくらいの自覚はある。
「大体、」
とお袋は苦笑しながら妹を見た。
「この子も言いふらしてるみたいだし」
何だって?
妹は悪びれもせず、てへっと笑い、
「だってキョンくん可愛いんだもん。あのね、この前撮った写真、ミヨキチにも見せてあげたんだよー」
待てこら。
この前撮った写真ってのは、この間一緒に出かけた時に撮った奴か。
あの日は確かゴスロリ染みたファッションに加え、ミニスカートにニーソックスで絶対領域とかってはしゃいでた気がするんだが、気のせいだと思いたい。
「ミヨキチも、女の子のキョンくんと一緒にお出かけしたいって言ってたよー」
「そういう問題じゃないだろ。お前、それでいいのか?」
「何が?」
きょとんとした顔をしているが、本当に分かってないわけではないはずだ。
「兄ちゃんがオカマだなんて知られたら、いじめられたりするんじゃないのか?」
「平気だよー。だって、キョンくんは可愛いもん」
……なんだそれは。
「女装してても気持ち悪くないからいーんだよ。それに、」
にやりと笑わないのが不思議なくらい、妹はあくどいことを口にした。
「キョンくんだって言わないでクラスの男子に見せたら、完全に女の子だって思って、会ってみたいなんて言われたくらいだし」
…それ、ネタばらししたのか?
「うん、すっごいショック受けてた」
楽しそうだな妹よ。
兄ちゃんは、お前の腹黒い側面を発見して頭が痛くなりそうだが。
「男の子ってからかうと面白いよね」
そう言ってくれるな。
兄ちゃんも一応男の子なんだから。
楽しいのか悲しいのかよく分からん食事を終えて、俺は部屋に戻った。
妹に邪魔するなよと念を押したところ、
「古泉くんと電話でもするんでしょ?」
と言われた。
完全に見透かされている。
ため息を吐きながら、古泉に一応メールを送った。
『今から電話してもいいか?』
すると、携帯がメールではなく電話の着信を告げる。
「そう言うつもりでメールしたんじゃなかったんだが」
思わずそう言うと、古泉は笑った。
『僕が我慢出来なくなっただけですよ』
…この大嘘吐きめ。
まあいい。
「今日はお疲れさん」
『確かに疲れましたね。いえ、一日拘束されるくらいはどうってこともないんですが、あなたとメールも出来なかったのが堪えました』
「本当に?」
『本当ですよ』
くすりと笑った古泉が、そんな必要もないだろうに、声を潜めた。
『あなたの声が聞きたくて仕方なかったくらいです』
「…ん、俺も……」
『嬉しいです。…愛してます』
「俺も、愛してる」
甘ったるく言葉を交わしながら、今日一日の話をした。
特に、さっきのお袋と妹との会話について話すと、古泉は声を立てて笑い、
『それはそれは、受け入れていただけて嬉しいというべきか、それとも妹さんのクラスメイトとやらに嫉妬するべきなのか分かりませんね』
「別に、妬かなくてもいいだろ」
『妬きますよ。僕は嫉妬深いタチなんです』
冗談めかして言いながら、古泉は囁く。
『それに、この前出かけた時の写真とやらを、僕は見せていただけてないように思うんですが?』
「う」
『見せてくれないんですか?』
「いや…その、だから、あれは本当にふざけて凄い格好しちまってるから、恥ずかしくて……」
『今更何を言ってるんですか? あれだけ恥ずかしい格好も見せてくださるのに』
「っ、しゃ、写真はまた違うんだよ!」
『そんなことを言ってると、今度、絶対に人には見せられないような写真を撮ってしまいますよ?』
何を言い出すんだこいつは。
『勿論、見るのは僕とあなただけです。他の誰にも見せたくありませんから』
「だ、だったら撮らなきゃいいだろうが」
『嫌です。あなたの可愛らしい姿を記録して、じっくり二人で眺めてみたいんです』
「…変態……」
小さく唸るように呟けば、古泉は笑った。
『でも、嫌いじゃないでしょう? そんな僕も、そういうこと自体も』
「……うるさい」
『そんな風に照れ隠しをするあなたも好きですよ』
「…知ってる」
『あなたは?』
「……好きだよ』
お前が変態でもなんでもな。
あまり長話をして寝る時間が遅くなるのも悪いからと、話を打ち切った。
そうして、電話を切ろうとしたのに、し辛い。
「頼むから、お前から切ってくれ」
『切り難いんですよね?』
と古泉は笑って、
『僕も切り難いんですけど』
「だが、もう寝ないとまずいんだ」
『まだ九時にもなってませんよ?』
「…寝不足は肌に出るんだよ」
毒づくように文句を言えば、古泉が楽しそうに笑っているのが見えた気がした。
『本当に、あなたの美を追求する姿勢には頭が下がりますね』
「それもお前のせいなんだから、お前から電話を切れ」
『そう言われては仕方ありません。それでは…おやすみなさい。愛してます』
「ん、愛してる。…おやすみ」
そうして、はっきりと通話が切れるまで、俺は耳に携帯を押し当てていた。
なんだか寂しいような気持ちになりながらため息を吐き、服を着替える。
柔らかなネグリジェをすっぽりと被って、ベッドにもぐりこみ、電気を消した。
それから、携帯を引き寄せ、画像データを開く。
こっそりと保存してある古泉の寝顔の写真が最近のお気に入りだ。
この前、ソファで転寝しているのを発見して、起こしもせずに撮ってやった。
多分、古泉は俺がこんな写真を隠し持っていることを、気付いてさえいないはずだ。
その穏やかで、いっそ可愛くすらある寝顔を見つめて、
「おやすみ。……愛してる」
と小さくキスをした。
にまにましながら目を閉じれば、きっと甘ったるくてふわふわした夢を見るのだろう。
古泉に会えなくて寂しい。
でも、これだけ充実した一日なら、悪くもないと思えた。