オリキャラ盛り沢山ですので苦手な方はバックプリーズ
「ちょっとしたカタログのお仕事だから」 と声を掛けられ、俺は初仕事に向かっていた。 場所は県外のスタジオなので、電車に乗ってちょっとした遠出気分で出かけた。 当然のように、古泉が隣りにいるのは、それが俺がモデルなんて驚きの仕事を出来ることになった条件であり、ついでにうちの親が、 「古泉くんが付き添ってくれるなら、心配要らないわね」 と言ったからでもあった。 俺としては、仕事だってのに、なにやらデートのような気分になりそうで困るのだが。 「いいじゃないですか」 古泉は笑ってそう言った。 妙に楽しそうだな、お前。 「楽しいですよ。…あなたと二人きりで遠出するなんて、初めてじゃないですか」 「…そういやそうだったな」 特に不満もなかったから、気にしてなかったが。 「いつもデートといえば近場ですからねぇ。……今度、一泊か二泊くらいの小旅行にでも行きません?」 お前と泊まりで旅行なんて行ったら、どうなるか分かりきってるから嫌だ。 「本当に、嫌ですか?」 ニヤニヤと笑いながら聞いてくる古泉から顔を背け、 「いやだ」 「どうしてです? いいじゃありませんか、二人きりでお泊り旅行」 引き下がろうとしない古泉に、俺は恨みがましい視線を向けて、 「…どうせ、他のことなんてしなくなるに決まってるんだから、それくらいなら、最初からお前の部屋に上がりこんだ方がずっとマシだ」 と唸ると、いきなり抱き締められた。 「っ、古泉…っ!」 公衆の面前だぞ、と抗議の声を上げても、古泉は聞きやしねぇ。 「堂々といちゃつけるのが女装の利点だと仰ったのは誰でしたっけ?」 と俺をからかいながら、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるのだが、ちょ、待て、腰に回した手の手つきが、ちょっと、まずい。 「これから仕事なんだから、」 「残念ですね。このままサボりません?」 「アホか」 というか、まだ嫌なのか。 「嫌ですよ。あなたを不特定多数に見せるなんて。これ以上、ライバルを増やしたくないんです」 「これ以上も何も、お前以外には部長氏くらいしかいないだろ」 「……あなたのことですから、そんなことを本気で言ってるんでしょうね」 古泉は大袈裟にため息を吐いたかと思うと、 「部長氏のことがありましたし、せっかくですから言わせていただきますけど、あなたはもっとご自身の魅力をよく理解するべきですよ。あなたが男性であっても構わないという人間が僕以外にいることは流石にお分かりいただけたでしょうけど、それはあなたが思っているように、少数派ではないと思います」 「んなばかな」 「…とりあえず、生徒会長には気をつけてくださいね。それだけでもお願いします」 そう言った古泉の眉間にはしわが寄り、なんというか、本当に警戒しているらしいとよく分かった。 「……お前、俺のこと、好き過ぎるだろ」 呆れて呟けば、古泉はにやりともにこりともせず、真顔のままで、 「ええ、あなたのことが好きですよ。何よりも、愛してます。それが過剰だとは思いませんけど」 と言ってのけた。 「そうかい。…なあ、そろそろ放してくれないか?」 俺が言うと、古泉は少し考え込んだ後、やっと辺りの視線に注意が行ったらしく、 「仕方ありませんね」 と呟き、渋々といった様子を隠しもせずに俺を解放した。 それでいくらかほっとしたものの、周りの視線は相変わらず注がれており、居心地が悪い。 早く目的の駅に着いてくれと願った。 しかし、電車の中でさえそんなものだったのだから、下りて歩きだした時に古泉が大人しくなってくれるはずもなく、俺はデートの時とさして変わらないような形で、つまりは古泉と手を繋いでスタジオに入る破目になった。 「今日はよろしくお願いします」 スタジオの前で落ち合った社長にそう言うと、社長は笑顔で、 「こちらこそ、よろしく頼むよ。まあ、今日は本当にちょっとした小さな仕事だし、初めてなんだから気楽にね」 と言ってくれた。 それから古泉に目を向け、 「本当に付き添ってきたんだねぇ」 と呆れると言うよりむしろ感心したように言ったが、古泉は笑顔の仮面を被りつつ、 「ええ、彼女をひとりで行かせるわけにいきませんから」 「せっかくだから、君もモデルとしてうちに登録してくれたらいいのにな」 俺との契約の時に初めて古泉と顔を合わせた社長は、今日もまたそう繰り返したが、古泉はやはりポーカーフェイスを保ち、 「それは謹んでお断りさせていただきます」 と返した。 とことん、やりたくないらしい。 俺としても、これ以上古泉にファンが増えても嫌なので、それでいいのだが、そこまで固辞されると理由を聞きたくなるな。 今度聞いてみよう。 それから、天気の話だのなんだのしつつスタジオに入って、一通りスタッフの人たちと挨拶をした。 ちょっとした仕事と言う割に人間が多いようだが、こういうものなのかね。 首を傾げつつ見慣れないスタジオ内を見回したところで、メイク係兼コーディネーターだというスタッフのお姉さんにがしっと顔を掴まれた。 「かっわいい!」 というのがメイクさんの第一声だった。 「お肌もツルツルぴっかぴかだし、ちゃんとお手入れしてるみたいね。本当に男の子?」 ときゃいきゃい言いながら人の肌を確認するように撫でまくっている。 日頃努力しているだけに、肌を褒められると嬉しいが、あまり接触すると怖い犬が一匹ついてきてるんですが、大丈夫なのかね。 ちらりと横目で古泉の様子をうかがえば、見るからに機嫌が悪くなっていた。 分かりやすいのが嬉しくない。 「は、放してください…っ」 と一応お願いしたところで、案外あっさりと解放してもらえたのは、メイクさんの目にも古泉の不機嫌な面が見えていたからではないだろうか。 「ああ、ごめんね。でも、ほんと、お化粧のし甲斐があるわ」 嬉しそうに言われたので、 「よろしくお願いします」 と苦笑しながら返すと、 「可愛いーっ!」 とまたもや叫ばれ、抱きつかれた。 いや、マジで古泉が怖いんで勘弁してください!! 「ああ、そっか、彼氏同伴だったっけ? 凄いね」 にこにこしているメイクさんに連れられて、俺は別室に入る。 控え室と言うよりは、ほとんど、メイクと着替えのためだけの部屋のようだ。 きょろきょろしている間に、ぽんぽんと着替えを渡される。 「どうしようか? 着替えの間、私は外に出てた方がいい?」 「どちらでもいいですよ?」 「じゃあ、遠慮なく見させてもらおうっと」 悪びれもせずに笑顔でそんなことを言うメイクさんは、なんとなくハルヒと似ているように思った。 勿論、ハルヒの方がよっぽどタチが悪いし、扱い辛くて困るんだが、この無邪気さと天真爛漫な感じがよく似ていると思う。 だから俺も、古泉と離れても、思ったより緊張したりすることもないままでいられるのかも知れない。 「本当に男の子なんだね」 「…あんまりまじまじ見られると流石に恥かしいんですけど」 苦笑しながら言っても、メイクさんは笑みを崩さない。 「え? いいでしょ、別に。心配しなくても、普通の男性モデルでも割と気にしないよ? ショーモデルだと特に、舞台裏でどんどん着替えるから、男女なんて関係なくなっちゃうし」 「そういうもんですか?」 「あたしが知ってる範囲ではね」 そう笑ったかと思うと、 「あ、そのブラとショーツ可愛い。どこで買ったの?」 なんて聞いてくる。 完全に女の子扱いされてるわけでもないのだが、なんとなく、女同士のノリに近いものを感じて、くすぐったくなった。 下着までは変えなくていいとのことだったので、さっさと服を着てしまうと、今度はメイクの番だ。 「一度お化粧落とすよー?」 「好きにしてください」 と笑いながら言い、されるがままに任せる。 化粧を落とした俺の顔を見ての感想は、 「なるほど、これなら間違いなく男の子だって分かるね」 というものであり、 「お化粧、自分でしてるんだよね?」 「ええ、そうです。時々は友人に頼みますけど」 「上手なんだね。うん、あたしなんて呼ばなくてよかったんじゃないかってくらいうまいよ」 と褒めてくれた。 しかし、やはりプロは凄い。 話しながらちょいちょいとしただけだったってのに、いつもよりずっと見映えのする顔になっていた。 「まあ、撮影用だから派手にってこと」 と笑っているが、そんな程度の話じゃないと思う。 ちょっとした小物使いなんかの技が違う。 というか、 「正直、勉強になりました」 「あはは、ありがとね」 と笑った彼女は、 「それよりほら、もうそろそろあっちの準備も出来てると思うから、行っておいで」 と俺を送り出された。 スタジオは、さっきとはいくらか様子が変わっていた。 照明のせいだろうか、それとも撮影開始前の緊張感のせいだろうか。 どこか空気が痛いくらいに張り詰めているように思えた。 それでも、ちょっと歩み寄ってきた古泉に、柔らかな笑顔で、 「よく似合ってますね。いつもお綺麗ですが、そんな風にメイクされると一層美人ですよ」 と小声で褒められると、それだけで緊張が緩んだ。 「ありがとな」 二重の意味を込めて言えば、古泉は笑顔のまま小さくウィンクを寄越した。 別に褒めたいわけじゃないが、古泉はやっぱりそういうキザな仕草がよく似合う。 妙に妬いて、余裕がなくなってる顔も好きだが、こういう余裕綽々の態度の方が古泉らしいよな、うん。 それから、カメラマンといくらか話して、俺は大きなスクリーンの前に立った。 「とりあえずは試し撮りだから」 と言われ、少しばかり肩の力が抜けたが、それでも緊張感は変わりない。 視界の端に古泉がいてさえこれなんだから、もしひとりきりで来ていたらどうなっていたんだろうな。 そう思いながら、ポーズとも言い難いようなポーズを取り、ぎこちなくもカメラを見つめる。 立ったまま、何枚も写真を撮られる。 「背筋を伸ばして」 と何度も言われちまうのは、ついつい猫背になっちまってたからだろうか。 女装してる時は割と姿勢を気にしているはずなのに、やっぱりプロと比べると拙いものなんだろう。 この機会に正しい姿勢を覚えて帰れたら、それだけでも収穫かも知れん。 なお、今現在の俺の服装は、普段着のようなラフな格好である。 ラフなミニスカートにロングパーカーという姿は、ちょっとしたカタログどころか近所の廉価な服飾品を扱うショッピングセンターのチラシがいいところじゃないかと思うくらい、チープだ。 これくらいならまだ気が楽でありがたい。 実際、何度かシャッター音を聞くうちに、俺の緊張はかなり緩んできた。 それでも、やっぱりいくらか表情は硬いらしい。 「困ったな」 と呟いたカメラマンが視線を向けた先は、古泉だった。 古泉はその視線の意味を察したようで、 「僕が口出しして邪魔にならないのでしたら、彼女と話していてもいいでしょうか? その方が、彼女もやりやすいかもしれません」 と自分から申し出た。 ほっとしたように笑ったカメラマンが、 「頼むよ」 と言ったところで、古泉は頷き返し、俺に目を戻した。 そうして放った第一声は、 「やっぱり、あなたはミニスカートが似合いますね」 という言葉で、度肝を抜かれ、一瞬自分がカメラの前に立っていることを忘れて真っ赤になった。 「なっ…!」 一拍遅れて、スタジオ内も笑い声に包まれる。 おかげで俺の顔の赤味は増すばかりだ。 古泉はにまにまと笑いながら、 「事実を言ったまでですよ。普段は、他の人間に見られることを考えて、ロングスカートをおすすめしてしまいますけど、こういう機会にこうしてじっくり鑑賞するならやはり、あなたのきれいな脚がしっかり見れる分、ミニスカートに軍配を上げたくなりますね」 「アホかっ! も、もう、黙ってろ!」 そう俺は叫んだってのに、カメラマンはくっくっと笑いながら、 「いやいや、その調子で続けて欲しいな。凄くいい表情になってるよ、Kちゃん」 と言ってくる。 余計な話だが、Kというのがなんの捻りもない、俺のモデルとしての名前である。 本名は以ての外、キョンなんてあだ名も嫌だと俺が言った結果がそれであり、その捻りのなさから察せられるように、ハルヒの発案である。 なんであいつがそんなことに口出ししてきたかと言えば、すべてのきっかけはあいつであり、あいつがSOS団団長だからである。 「許可が出ましたね」 と笑顔を振りまいてくる古泉に俺は唇を尖らせたが、その瞬間フラッシュが光り、慌てて引っ込めた。 「せめてもう少し恥かしくない話題にしてくれ」 拗ねるように言えば、カメラマンが口を挟む。 「恥かしがってるから、余計に可愛い表情になってるんだけどなぁ。恋する女の子はやっぱりいいね。専業モデルじゃそれと分かりやすい子ってのもなかなかいないから、貴重かも知れない。そっちの方向で売り出したらどうです?」 と話を振った先は社長である。 社長は笑って、 「それもいいかもしれないね」 なんて言っている。 おいおい、それでいいのかよ。 「僕としても、賛成ですね」 くすりと笑った古泉が同意を示したが、こいつの賛成理由が他とは違うことは明白だ。 「そうしたら、あまりライバルも増えないでいてくれるでしょうから」 としれっとした顔で言った古泉に、他のスタッフさんたちが呆れることだろうと思った。 ところがだ。 「彼氏としては心配だろうね」 とカメラマンが笑いながら言った。 「ええ、本当に心配ですよ。何せ彼女は、自分の魅力をちゃんと把握しようともしてくださいませんからね」 慨嘆調で呟く古泉に、スタジオ内のあちこちから投げられる言葉は同情の言葉である。 なんだよそりゃ。 「それくらい、あなたは誰の目にも明らかなほど、魅力的だということですよ」 と古泉は言ってのけたが、んなわけあるか。 あからさまに肩を竦めるな。 気分が悪い。 「はい、それじゃちょっと着替えてきて」 しかめっ面を撮ってから、カメラマンが言い、俺は眉を寄せたまま着替えに向かった。 しかし、着替え終わって戻ってきたところで、古泉が話題転換を図ってくれることはなかった。 「さっきの続きですけど、」 とわざわざ前置きし、俺の不機嫌な面を写真に収めさせた上で、 「あなたは魅力的な人ですよ。僕は、あなたの内面に大きく惹かれましたけど、見た目だけでも十分、あなたは人を惹きつけます。特に、女装されてると。…それくらい、そろそろ分かってくださいませんか?」 「んなこと言われてもな……」 最初のうちこそ、慣れない女装であるがゆえに、うっかりそれに見惚れちまったり、ナルシスト染みたことをしちまってたが、慣れてくるとやっぱり俺は俺なんじゃないかと思えてくるようになった。 それに、どうしたって俺は男なんだから、それを知ってて迫ってくるような奇特な人間はそういないだろうとも思う。 だから、 「…女装してる時は極力一人歩きはしない、ってだけじゃ、だめ、か?」 別に俺が頼まなくていいと思うのだが、あまりにもくどくどと説教調で述べる古泉に根負けして、上目遣いに問えば、 「極力、ではなく、絶対に、と約束していただきたいですね」 と俺の申し出をあっさり却下し、 「それから、女装されていない時も、出来れば一人歩きはしないでもらいたいです」 「そんなんじゃ、コンビニにも行けないだろうが」 「いいですよ、コンビニに行く時にも、僕を呼び出してくださって。…ああ、そうですね、いっそのこと、月曜日から毎朝お迎えに上がりましょうか。勿論、帰りも送っていきますよ」 「マジで勘弁しろ」 「残念です」 一応自重してくれたらしい、と俺がほっとしたのも束の間、 「今度、涼宮さんに相談してみることにしますね」 などと言い出した。 「なんだって?」 「涼宮さんに相談して、あなたを守るためにどうするべきか、話し合おうかと。それに、涼宮さんが指示したなら、あなたも従ってくれるでしょう?」 その言い方に、棘のようなものを感じた俺は、 「……なあ、もしかしてハルヒに妬いてるのか?」 と聞いて見たのだが、古泉は一笑に付した。 「違いますよ。それは勿論、あなたが僕より彼女の提案の方に耳を貸すのは、面白いとは言いかねますけどね。でも、あなたの一番は僕、でしょう?」 自信満々に言い放った古泉に俺は思わず天を仰いだ。 だめだ、こいつ。 「…分かりきったこと、聞くな、ばか」 そして俺もだめだな。 ああ、分かってたとも。 そんな調子で、スタッフの笑いと同情と生温かい眼差しに包まれつつ、何度か着替えながら結構な時間を過ごした。 途中で休憩に入ったところで、古泉が甲斐甲斐しくもお茶のボトルを持ってきた。 「お疲れ様です。気分はどうです?」 「悪くないな」 と笑って返せるくらいの余裕はあるってことだ。 「お前も、妙な形でだが手伝ってくれてるし」 「妙な形とは酷いですね」 妙な形だろうが。 付き合ってることを知ってる人たちの前とはいえ、初対面の人の前で、べたべたした会話をさせやがって。 しかし、それ以上に驚かされたのは、 「お前が手伝うなんて、意外だったな」 「そうですか?」 「ああ、あれだけ反対してたから、てっきり邪魔するかと思ってた」 「心外ですね」 と言いながらも笑った古泉は、 「あなたが頑張っているなら、僕はサポートをするまでですよ。それとも、僕はそれほどまでに嫉妬深い男に見えますか?」 「どの口でそれを言うか」 「そうですね」 と声を立てて笑った古泉は、 「僕は、嫉妬深い男ですよ。それは認めましょう。でも、だからと言ってあなたを徹底して束縛したいとは思わないんです。そんなことをしなくても、あなたは僕の側にいてくれるでしょう?」 と恥かしかったのか照れ臭かったのか、軽く目をそらし、視線を伏せながら言うから、俺は笑って、小さく囁いた。 「離れられると思うか?」 ほっとしたように向けられる視線が嬉しい。 そのまま二人して唇に笑みを浮かべたまま見詰め合ってると、 「Kちゃんいちゃいちゃするのに忙しいのも分かるけど、そろそろ休憩終りにして着替えてー?」 とメイクさんに呼ばれ、顔から火が出るかと思った。 |