微エロです
期待してはいけません←
八月三十一日。 誰がなんと言おうと夏休み最終日だ。 ハルヒのあの様子なら去年のようにループすることもあるまい。 それにほっとしているのか、はたまた夏休みよもう一度! などと小学生のようなことを感じているのかは、俺自身にもよく分からん。 ただどこか侘しいような寂しいような、物足りない気持ちになりながら、軽くなってスースーする頭を掻いた。 春先からずっと放置し続け、夏休み突入前には国木田や谷口に、 「随分伸びたねぇ。そろそろ切らないの?」 「お前、そういうちゃらちゃらした髪型にする奴だったか?」 なんてことを言われ、教師にも切った方がいいと注意されていた髪は、夏休みも終りを迎える頃には肩に届き、カツラもなしで女装をしても不自然じゃないほどになっていた。 しかし、そのままではいけないことは言うまでもない。 国木田や谷口になら、ちょっとした心境の変化だとか、ハルヒの命令とでも言えば納得されただろう。 けど、教師にはそれじゃまずいだろう。 いくら家族にはオープンにしているとはいえ、俺も古泉もまだ学生の身で、つまりは内申書だの何だのでまだまだ教師の目を気にしなければならないんだ。 これ以上心証を悪くすることは避けた方がいい。 だから俺は、ばっさりと髪を切った。 それでも、以前より少し長目なのは容赦してもらいたい。 髪を切る時、深くにも泣きだしそうになっちまったことも。 床屋を出て、俺はどこかふらついた足取りのまま古泉の部屋に来た。 来ると約束していたからでもあるし、ただ古泉に会いたかったからでもある。 ドアを開けて俺を迎えてくれた古泉は、俺の髪が短くなっていることについても、俺が女装していないことについても何も言わず、極普通にしてくれた。 ソファに座って、軽くてなんか絡めながら、どうでもいいような話をした。 「宿題、ちゃんと全部終りました? 何か忘れてたりしませんよね?」 「終ったに決まってるだろ。あれだけ懇切丁寧に見てもらったんだ。お前だけじゃなく、ハルヒも長門も、よってたかってよくやってくれたもんだ」 「そうでしたね」 と小さく笑った古泉は、 「休み明けのテストも、頑張ってくださいね」 「何でだよ?」 お前、そんな風に成績についてとやかく言うタイプだったか? 「……出来れば、一緒の大学に通いたいと願ってはいけませんか?」 というのが、首を傾げた俺に対する古泉の答えで、俺は思わず古泉に抱きついた。 「…いけないわけないだろ、バカ」 そんな言い方するんじゃない。 「すみません。――別に、僕が志望校のレベルを下げてもいいんですが、それはあなたが許してくださらないでしょう? ですから、あなたに少しだけ、頑張っていただきたいんです。…お願い出来ますか?」 「まあいいだろう」 尊大に俺は言って、古泉の胸に顔をすり寄せた。 「ただし、ちゃんと面倒は見てくれよ」 「勿論です」 そう言った古泉が俺を優しく抱きしめ返す。 そうして、しばらくじっとそんな風にしていたのだが、やがて耐えかねたように、 「…ところで、どうしてあんなに悲しそうだったんです?」 と聞かれた。 悲しそうだった、というのは髪を切ったせいで少しばかり寂しい気持ちになっていたことをさしてのことだろう。 「……ちょっと、感傷に浸ってただけだ」 どこか鼻にかかった声でそう訴えれば、優しく髪を撫でられた。 具体的に聞かれないことに優しさを感じ、強張っていた心が解れるような心持ちがする。 「……切りたての髪って、気持ちいいですね」 「そうか?」 眠たくなってしまいそうなほどゆったりと髪を撫でていた手が、つっとうなじを掠める。 「ん…」 「ずっと隠れていたうなじが綺麗に見えてますよ」 悪戯っぽく笑って、古泉は俺の首筋に口付けると、 「髪が長くても短くても、僕は好きですよ。あなたは、長い方がお好きなのかもしれませんが」 「俺としても別に、長くても短くてもいいんだけどな」 どっちが好みということもない。 ただ、 「…長い方が、女らしく見えるだろ?」 「ボーイッシュな格好もよくお似合いですし、それでも十分女性らしく見えて僕は困るんですけどね」 何で困るんだよ。 「女装していない時のあなたのことも女性扱いしてしまいそうですからね。…それでは流石にまずいでしょう?」 そう苦笑した古泉は、 「あなたにも、男性として扱われたい気持ちはあると思いますし、それなのに今もこんな風にしてしまっていいのかと迷いもします。でも、今はあなたを抱きしめたかったんです。あなたが、酷く落ち込んでいるように思ったからでなく、僕がそうしたいと思ったんです」 古泉の手が俺の腰に回され、体が密着するほど強く抱きしめられる。 「久しぶり、ですよね。女装をしていない状態で会うのも」 「…ああ、二週間ぶり、くらいか?」 「だから、というわけでもないと思いたいのですが、とても新鮮に感じてしまいますね。やっぱり僕は、あなたがどんな姿であってもあなたが好きなんだと実感もしますし」 「お前が本当はただのガチホモってだけじゃないのか?」 冗談めかして言ってやると、古泉は笑って、 「そうだったらどうします?」 「別に、何も変わらんだろ」 ああ、俺が嫉妬する対象が増える可能性は大いにあるが。 「必要ありませんよ。僕はあなた一筋ですから」 ね、と昨日と同じ言葉を繰り返した古泉に、俺は抑えきれない幸福感と共に口付けた。 あれやそれやの運動が終った後、気だるい体をベッドに投げ出した俺とは対照的に、古泉はコマネズミみたくちょろちょろと動き回っていた。 ベッドから出て、洗面器にぬるま湯を入れてきたかと思うと、それでタオルを湿らせ、俺の体を拭き始める。 火照った体には冷たいが、びくりとすくみ上がるほどでないそれを、妙に嬉しく感じるのは、愛情とやらを感じてしまうせいだろうか。 俺の顔を優しく拭い、首筋へ、それから肩から腕、指先へと辿っていくのはタオルだけでなく、古泉の視線もだ。 ふわふわと浮ついたような気持ちのままされるがままになっていると、タオルがさっと胸の上を通り過ぎていった。 まだ敏感になったままの突起が体を震わせるが、そこまでだ。 流石に疲れた。 白く染まった腹をタオルが綺麗に拭い、清めていく。 「悪いな…」 掠れた喉で言うと、 「寝てていいんですよ?」 と返された。 「あなたの方が負担は大きいんですから、無理はしないでください」 「けど…シャワー、浴びた方が、早いだろ…?」 「それで倒れられたくありません。それに、」 古泉はからかうように笑い、 「こうしてあなたの体を拭いたりするのも、楽しいので気にしないでください」 楽しいって……意識がないかほとんど朦朧としてる人間の体を拭くのが、かよ。 変態。 「すみません」 否定もせずにそう言った古泉は、 「こういう時でもなければ、あなたの体をじっくり見るような余裕もありませんから、それで余計にそう思うんでしょうね」 じっくり見て楽しいような体でもないと思うが。 「楽しいですよ。とても綺麗だと思います。……これが生まれ持っての物だったなら、そこまで思わなかったかもしれません。でもこれはあなたが努力した結果で、それを知っているからこそ、余計に愛おしくなるんでしょうね。あなたが、僕のためにたゆまぬ努力を注いでくれていると知っているから…」 言いながら、古泉は俺の脚に口付ける。 「愛してます」 誓うように口にされる言葉がくすぐったい。 「知ってる」 と笑う俺をうつ伏せにして、今度は足の裏から上の方へとタオルが上っていく。 そのタオルも、さっき一度濯がれたからまた少し冷たくなったそれが、火照った体に気持ちがいい。 ふにゃふにゃと体から力が抜け、まどろみたくなるくらいだ。 それだけ古泉に気を許しているということなのかもしれないが。 背中まで一通り拭われ、うとうとしかけたところでタオルを絞る音が聞こえた。 「失礼します」 わざわざそんなことを言うと思ったら、タオルを脚の間に押し当てられ、まだ緩んだままの口に指を差し込まれた。 「んっ……」 「掻き出すだけですから」 「ん…分かってる、けど……な…」 「…だから、寝てくださいと言ったんですけどね」 苦笑され、俺は枕を頭に被った。 「怒りました?」 くぐもって聞こえる声にもごもごと、 「違…けど……」 「それは何よりです」 怒ってはないがさっさと寝ちまうべきだったと悔やんではいる。 実際、後始末だと分かっている動きに翻弄される自分が嫌になる。 ああくそ、寝ちまえ。 いや、俺は寝てる。 寝てるんだ。 無理矢理自分に言い聞かす言葉が口に出ていたわけでもないのだろうが、片付けを終えた古泉がベッドに潜り込み直しながら、 「……お疲れ様でした」 と笑って俺の肩に口付けるのがやたらとむず痒かった。 …分かっててやったんなら、殴ってやりたい。 |