宿題を完全に終らせた俺たちは、最後のお楽しみとばかりに取っておいた花火を手に、川原に向かっていた。 前に言っていたように、長門は今度こそひらひらふりふりの現代的な浴衣を俺に着せてくれたので、今日の俺の服装は前とは違う浴衣姿だ。 白地に淡い紫やピンクで花模様が散らされ、ぽつぽつとラインストーンが輝いている。 襟には白いレースが幾重にも付けられくすぐったいくらいだし、黒に近い紫色をした帯では、付けられた飾りの白くてふわふわした羽が存在を主張している。 髪につけられたヘアピースにもラメとラインストーンがキラキラ光って、ちょっと派手すぎるんじゃないかと思うくらいだ。 「…丁度いい」 というのは長門の言で、何に丁度いいんだと聞いたら、ハルヒが、 「あんたの顔によ」 と答えやがった。 どういう意味だ。 「今日のお化粧はちょっと派手にしたから、それくらいの方がいいのよ」 つまり全体としてけばけばしいという意味じゃないのか? 好き勝手に着飾られるのも嫌ではないが、こういう時は参るな、とため息を吐きながら古泉との待ち合わせ場所に向かうと、 「今日はまた、いつにも増して華やかですね」 と笑顔で言われた。 いくらかうんざりしながら、 「ケバイだけだろ」 と言えば、 「そんなことはありませんよ。とても、お綺麗です」 見惚れたように囁かれ、ちょっと気分がよくなった俺は現金なんだろうか。 「そうか?」 なんて弾んだ声で返事をして、古泉の腕に軽く抱きついてやった。 そんなことをしても、ハルヒたちは呆れも、酷くからかいもしない。 どうやら、邪魔するつもりなどないらしい。 楽しげに笑いながら、ちょっとしたからかいの言葉を投げ掛けてきたくらいで後は適当に歩いている。 「見せびらかす相手がいないのが勿体無いくらいですね」 と古泉は小声で言った。 「そうか?」 「ええ。前にお祭に行った時にはあなたを連れて歩いている僕を羨む視線を煩く思ったものですが、ないならないで、あなたが僕の大事な人だとひけらかすことも出来ませんからね。それが勿体無いです」 そうかい。 「まあ、俺も勿体無いとは思うけどな。…お前とは違う意味で」 「では、どういう意味でしょうか」 そう聞いてきた古泉に俺は小さく笑って、 「お前に彼女がいるって評判になると、お前にちょっかいかけようとする人間が減るからな」 「心配ありませんよ」 俺の耳をかすかな笑い声で震わせておいて、古泉は言った。 「僕はあなた一筋ですから」 「…そうだって、分かってても、お前のことそういう目で見る女の子がいるのが嫌なんだよ」 それに、本当は本物の女の子の方がいいんじゃないかとも思っちまうからな。 と、それを口に出さなかったのは、そんなことを言えばまた古泉に叱られると分かっていたからだ。 しかし、理性では理解していても感情がうまくついていかないということも理解してもらいたい。 そんなことを考えながら始めた花火は、俺の面倒な思考をすっきりさせてくれるくらいには綺麗で、楽しかった。 ハルヒ好みの派手な打ち上げ花火も、朝比奈さんが微笑ましげに見守る線香花火も。 長門はああしてじっとしているのがいいのか、線香花火を最後まで堪能するのが非常にうまかった。 古泉はただひとりの男手と見なされ、浴衣の女性陣のために打ち上げ花火をガンガン点火させられていたが、それさえも楽しんでいるように見えた。 俺はと言うと、油断するとすぐに手持ち花火を両手に持ち、ぶんぶん振り回そうとするハルヒをたしなめたり、うっかりとバケツの水に浴衣の袖をつけてしまいそうになる朝比奈さんを慌てて止めたりすることに忙しく、自分ではあまり花火をしなかったのだが、それでも十分楽しかった。 本当にこの夏休みは充実しきっていた。 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、 「あー楽しかった!」 浴衣にもかかわらず思いっきり伸びをして、ハルヒが言った。 片付けも終り、もう解散という時になってからだ。 「宿題も終っちゃってるんだから、明日もみんなで遊んだっていいんだけど、最初から予備日として空けておいた日だし、このまま休みにしましょ。…ふたりっきりで過ごしたい人たちもいるだろうしね」 当て擦りのようなことを言われた俺と古泉は顔を見合わせて苦笑した。 「ま、精々夏休み最終日を楽しみなさいよ」 というハルヒの言葉に、俺は曖昧な笑みだけを返した。 明日は、やらなければならないことがある。 あまりやりたくはないが、仕方のないことだ。 俺は誰にも気付かれないようにそっとため息を吐いたのだが、古泉には咎められちまった。 「どうかしましたか?」 「いや…大したことじゃない」 そう返しながら、もう一度だけため息を吐く。 「それならいいのですが……」 と言いながら古泉はまだ心配そうに俺の顔を伺っている。 俺は心配されるくすぐったさにも幸せを感じながら、 「もう、夏休みも終りだろ。それでちょっと憂鬱になってるだけだ」 「ああ、そうでしたか」 ほっとしたように表情を緩めた古泉は、 「本当に、あっという間でしたね」 「全くだ」 特に後半はな。 「それだけ楽しかったということなんでしょうが、勿体無くも思えますね」 「かといって、去年みたいなことはもう勘弁してもらいたいがな」 「全くです」 小さく笑った古泉は、それに、と囁く。 「忘れてしまうには勿体無い思い出ばかりですし」 「その間の抜けたニヤケ面は止めとけ」 ファンが減るぞ。 「いませんよ、そんなの。…あなたに嫌われなければいいですし。それとも、嫌いですか? こんな僕は」 「……答えの分かりきってる質問に答えてやるほど俺は親切じゃないんだが?」 「分かりきってますか」 そう呟いて、また楽しげに笑う古泉を軽く肘で小突いてやり、 「勿体無いくらい見っとも無いからやめろ」 「すみません」 それにしても、と古泉は複雑な表情を見せた。 「あなたって、本当に面食いですよね」 うるさい、ほっとけ。 自分でも分かってるんだ。 「ほっとけませんよ。…顔のいい人間をあなたに近づけないように気をつけなくてはいけませんからね」 それこそ、要らん心配だろう。 「お前の顔が一番好きなんだからな」 はっきりそう言って、にやりと笑ってやると、古泉は顔を赤くして、 「困った人ですね」 と俺を背後から抱きしめた。 「帯が潰れるから放せ」 「少々潰れてもいいじゃないですか。後はもう帰るだけでしょう?」 言葉が首筋にかかり、ぞくりとする。 赤くなった顔を見られたくないからとそんな風にしてくる古泉を可愛いとも思う。 浴衣の着付けなんて一人じゃ出来ないんだから、今日は本当に大人しく帰るんだぞ。 それなのに何しやがるんだこいつは。 「着付けなら僕が出来ますよ?」 「そういう、問題じゃなくてだな…」 「じゃあ、どういう問題です?」 「あ、明日は予定があるんだよ! それが…終ったら、お前のところに行くから……」 「…分かりました。一晩の辛抱ですね」 悪戯っぽく笑って、古泉は俺を解放した。 「楽しみにしてます」 とわざわざ言い添えて。 それから俺は古泉に家まで送られて帰り、またもや小さくため息を吐いた。 本当に……夏休みが終るのが惜しいな。 |