Jキョンの夏休み #12
  宿題



宿題の最後の仕上げを、ということで集まった場所は、俺の家だった。
ハルヒも古泉もうちに来るのなんてもはや日常茶飯事で、好きに座り、宿題を広げているが、朝比奈さんと長門は一応遠慮しているらしい。
そんな二人に席を勧め、飲物を持ってきた俺は、せっせと宿題に励みながら呟いた。
「今年は本当に楽に夏休みが終りそうだな」
みくるさんは嬉しそうに笑って、
「そうですねぇ」
と同意し、ハルヒは、
「あんたは古泉くんのおかげで楽させてもらってるもんね」
とからかって来た。
長門はかすかに頷き、そして長門と同様に俺の言葉の真意に気がついたらしい古泉は、安堵の滲む笑みと共に、
「ええ、そうですね。もうすぐこの夏休みも終わりかと思うと、少々寂しくもありますが、9月になればすぐに体育祭の準備が始まりますし、そうなれば文化祭まであっという間でしょう。それもまた楽しそうですね」
そう言ってから古泉はハルヒに目を向け、
「涼宮さん、今年の文化祭はどうなさるおつもりですか?」
「まだ決めてないのよねー…。映画の続編も作りたいし、みんなでバンド演奏ってのもしてみたい気はするんだけど、」
とハルヒは俺に目を向け、
「…せっかくキョンが可愛くなったんだから、それを活用したい気もするのよね」
「なるほど」
と悠長に頷いていていいのか、お前は。
「僕としては、ライバルが増えるのは望ましくありませんが、僕の大切な人だということをしらしめられるようであれば構いませんね」
さらりと言ってのけた古泉は、
「今年は生徒会の方でも何か企画しているそうですから、それを調べてからでもいいのではないでしょうか」
とハルヒに言った。
「あいつら、今度は何やってんの?」
ハルヒは面白がるような、しかし乗せられたくはないというような微妙な表情で古泉に聞いた。
どうせ何もかも分かっているんだろう古泉はとぼけた面をして、
「さて…。まだ詳しくは聞いてないんですよ」
「そう。……まあどうせ、大したことじゃないわね」
勝手にそう断言したハルヒは、
「もしあいつらが何かするつもりなんだったら、それをあたしたちで食ってやりましょう!」
と宣言しやがった。
俺はため息を吐き、頼むから下手なことはするなよ、とおそらく生徒会を裏で操っているのだろう古泉に目配せをしたが、返ってきたのは気の抜けるようなウィンクだった。
やれやれ、一体何を企んでるんだろうな、あいつは。
……まあ、悪いようにされることはないとは思うんだが。
結局宿題は夕方までに仕上がり、俺たちは安心して九月一日の始業を待つ身となった。
本当にありがたいことだ。
去年と比べると尚更な。
「こんなに早く終るんだったら、今日花火をやってもよかったわね」
不満げに言ったハルヒに、
「そうかもな」
と返しながらベッドに上体を預ける形で伸びをする。
去年よりは楽、とはいえ集中して勉強した後ってのはやっぱり疲れるな。
「お疲れ様でした」
そう言って、古泉が俺の髪を撫でる。
「お前もお疲れさん」
「いえ、僕としても楽しい時間でしたから」
ところで、と俺の耳に口を近づけた古泉は、
「どうして今日も女装しているんです?」
「あー……なんとなく、だな」
ここしばらくずっと女装していたから、そうする必要もないはずなのについつい女物の服を選んじまってた。
それを古泉に指摘されるまで気付かなかったとは……。
完璧に、抜け出せんな、これは。
だがまあ……。
「なんです?」
俺が黙ったままじっと見つめたからだろうか、古泉は不思議そうに首を傾げた。
「…なんでもない」
笑い返しながら、俺は胸の内で呟いた。
抜け出せなくてもいいか、と。
少しだけ、と古泉に身を寄せたところで、
「おやつ持ってきたよー!」
と妹の声がして、ドアが勢いよく開いた。
「おう、ご苦労さん」
まだ勉強道具を広げていた机の上を片付け、菓子の入った鉢を受け取ると、妹はたしなめるように、
「キョンくん、せっかく可愛い格好するんだったら可愛く喋ったらー?」
「面倒だろうが。それに、そこまでする必要もないんでな」
「勿体無いよ。見た目だけはかわいーのに!」
「はいはい」
等閑に返事をした俺に、妹は軽くぷうっと膨れ、しかしすぐに気を取り直して、
「ハルちゃん何のゲームやってるのー?」
とハルヒに突撃をかましに行った。
やれやれ、とため息を吐いたところで、古泉が小さく笑うのが聞こえた。
「…なんだよ?」
「いえ、兄妹仲がよくていいなと思ったまでですよ」
「そんなもん、今更だろ」
「そうでしたね。失礼しました。…しかし……」
と古泉は妹をじっと見ながら、
「この前お会いした時にも思ったのですが…、妹さん、服の趣味が変わったんですか?」
と聞いてきた。
なるほど、それが気になったのか。
古泉がそう疑問を抱いたのも不思議じゃないくらい、妹の服装は以前と違う。
はいているのは迷彩柄の短パンだし、その上は薄手のパーカーに大きく虎が描かれた男子向けのTシャツだ。
これに野球帽でも被れば男の子にだって見えちまうかも知れん。
それにしちゃ、可愛すぎるが。
「…それがな……」
俺が女装するようになって、しかもそれを隠さなくなって以来、当然妹にもこういう状態を見られることが多くなったのだが、妹は別にショックは受けなかったらしい。
そんなこともあるだろうとばかりに、受け入れちまったのだ。
今時の子供の柔軟性に驚かされこそするものの、それはある意味喜ばしいことだ。
これで、「キョンくんの変態! もう知らない!」なんて言われた日には、俺はそれこそ寝込むくらいのことにはなっただろうしな。
しかし、妹はどうやら俺の女装を受け入れた結果として、性別で服装を縛られなくてもいいと思っちまったようなのだ。
それからというもの、元からスカートとズボンが半々だった妹のワードローブにはズボンが増殖し続け、その他のものもボーイッシュなものが増えているという次第である。
頼むから、せっかく伸ばした髪を切ると言い出さないでいてはもらいたいのだが、それも時間の問題だろうか。
「女性の場合、ズボンをはいていてもよっぽどでなければ男装とは見なされませんからまだいいんじゃありませんか?」
「そうだな。……しかし、それって物凄い差別だよな」
女がズボンをはくのは良くて、男がスカートはくのは変態ってのは、何でなんだ。
「差別撤廃のため、戦ってみます?」
冗談めかして言った古泉に俺は笑って、
「そんなのは他の奴らに任せるさ」
何しろ俺の周囲には戦う相手も見当たらないくらい受け入れられちまってるからな。
だから俺は、
「戦ってる時間があったら、お前に捨てられないように励むかな」
「そんな心配要りませんよ」
分かってるけど、思うんだよ。
お前に置いてかれないようにしたいってな。
「……光栄ですね」
そう呟いた唇が俺のそれに近づく。
と、そこで、
「あー! キョンくんが古泉くんとちゅーしようとしてるー!」
と妹に叫ばれ、邪魔されたのだった。
……お前もそろそろ空気を読むことを覚えろ。