Jキョンの夏休み #7
  コスプレ志願?



今日もまた買い物に引っ張り出されたが、今日は流石に古泉も一緒だった。
度々古泉抜きであれこれやらかしていることに、一応団員思いであることもないわけではないらしいハルヒとしては、なけなしの良心が疼いたというところだろうか。
しかし、連れて行かれた先は古泉がいようがいまいが関係のないような店だった。
所謂、ジョークグッズを中心に売っている店が夏休みセールの真っ最中だとかで、ハルヒはコスプレ衣装や部室の装飾品目当てに俺たちを連れてきたというわけだ。
「これはこれでなかなか興味深いですよ」
と言いながら古泉がしきりに眺めているのは、パーティーグッズとしてのコスプレ衣装だった。
お前最近コスプレにはまってないか?
大丈夫なんだろうな、おい。
などと呆れつつ、短く、
「……俺は着んぞ」
そう釘を刺してやると、
「ああいえ、あなたにお勧めしたかったわけではなくてですね、」
違うのか?
じゃあお前が着るとか。
「SOS団のコスプレ要員はあなたと朝比奈さんが基本でしょう? 僕は結構ですよ」
そう苦笑して、古泉は話を戻し、
「あなたに着ていただくならどんなデザインのものがいいかと思っただけです」
…それは、そこにあるのを着ろって言うのとは違うのか?
「全然違いますよ。それこそ、雲泥の差です」
大袈裟に古泉は言った。
「あなたにはこんなフリーサイズで縫製もよくないようなものを着てもらいたくありません。どうせならちゃんと着心地もいいようなものを差し上げたいですね」
「ふぅん」
そういうもんか。
俺は袋詰めされて壁に掛けられた色とりどりの衣装を眺めた。
ナース服にバニースーツ、メイド服、それからこれは本来パーティーグッズではなく普通に使用されるのだろう、白衣も並んでいる。
横に、子供のお医者さんごっこの道具みたいなちゃちいセットが並んでいるのもご愛嬌ってことか。
「…お前なら、白衣に眼鏡とか似合いそうだよな」
思わず呟くと、
「それ、褒めてくださってるんですか?」
と曖昧な笑みで問われた。
「貶してはないだろ?」
「決して褒めてもないですよね」
一応褒めてもいるつもりだ。
俺は少し考え込んだ後、
「……俺が風邪引いて寝込んだりしたら、お前、白衣でも着て看病してくれるか? お前が寝込んだら俺はナース服着てやるから」
と言ったのだが、古泉は盛大にむせ返った後、
「な、な、何を言い出すんですか、あなたは!」
顔を真っ赤にして言った。
「ダメか?」
「ダメとかそういう問題じゃなくてですね、」
「部室でナース服を着用するよりは自然だと思ったんだが」
「……あの、気を悪くしないでいただきたいんですが…」
もしかして着たいんですか、と小声で問われた俺は、素直に頷き、
「可愛くないか?」
ミニスカートに白いサンダル。
それから最近現実的には廃れつつあるナースキャップも、ちょこんと頭に乗っているのが非常に可愛いと思うんだが。
「それは、そうですけど……」
じわじわと顔に赤味を増しながら、しどろもどろに古泉は言った。
俺が着ているところでも想像してくれているんだろうか。
古泉が逃げたり引いたりしないんだったら、医者とナースプレイとかもいいな、なんて完璧にイカレタことを思っていた俺のカーディガンの裾を誰かがそっと引っ張った。
振り返るとそこには長門がおり、心なしか瞳を輝かせながら、
「……作らせて」
「…ナース服まで作れるのか?」
こくん、と頷いた動作がいつもより大きいのは長門のやる気が漲っているからだろうか。
「じゃあいっそゴスロリっぽいのとかどうだ?」
レースやフリルをいっぱい付けてさ。
なんて笑いながら提案すると、さらに長門の目が輝いた。
「決まりだな」
と言ったところで、
「それをどうするつもりなんですか…!」
と困惑しきった古泉の声がしたが、そんなもん、決まってるだろ。
看病用か団活用か夜用か、だ。






Jキョンの夏休み #8
  夫婦



小雨の降る中、俺はハルヒと長門と朝比奈さんと一緒に歩いていた。
だからと言ってまたもや古泉が仲間はずれにされているのかと言えば、そうではない。
単純に、今向かっている先が古泉の部屋だというだけである。
夏休みに入った頃から時々、各団員の家などで勉強会をして、少しずつ宿題を進め、今回は古泉の番となったのだ。
初めて訪問する古泉の部屋に、朝比奈さんは少々緊張を滲ませ、ハルヒは期待に胸を膨らませていた。
「ねえ、あんたはもう何度も古泉くんの部屋に行ってるのよね?」
そりゃあな。
そうじゃなかったらこうして案内も出来ないだろう。
「じゃあ、なんか不思議なものとかなかった? 宇宙や未来との交信用みたいなアイテムとか、オーパーツめいた謎の発掘物とか!」
「お前な…」
まだあいつに謎を求めていたのか?
…いや、違うな。
単純に何か面白いものがあったら楽しいと思っているだけだ、この感じは。
その証拠に、本気にしては目の輝きが足りない。
こいつが本気を出すとロクな目に遭うことがない俺としては、一応ほっとしながら、
「頼むから、朝比奈さんの部屋や俺の部屋でやったみたいに、あちこち引っ掻き回してくれるなよ。あいつも男なんだから、エロ本の一冊や二冊出てくるかもしれないんだし」
「何言ってんのよ。あんたみたいな可愛い彼女がいたらエロ本なんてあるわけないでしょ。もしあったら、あんたへの裏切り行為と見なして即審問を開始してやるわ!」
やれやれ、俺の女装を気に入ってくれているのはいいが、そこまで言うことはないだろう。
というか、それでいったら俺も実はこっそり隠し通した谷口から押し付けられたままのDVDなんかを始末しなけりゃならなくなるんだが。
どうしたもんかね、と思いながら歩いているうちに、古泉の部屋に到着した。
インターフォンのボタンを押すと、
『はい』
「俺だ。ハルヒたち、連れてきたぞ」
『ああ、分かりました。どうぞお入りください』
心なしか面白がっているような、楽しげな声で言われ、俺はドアノブに手を掛けた。
鍵は既に開けられており、素直にドアが開く。
勝手知ったる他人の家、とばかりに上がりこんだ俺は、
「傘立てもないから、その辺に倒れないように置いてくれ」
とハルヒに言いながら、家主の姿を探して居間に入ろうとしたところで、当の家主の胸にぶつかる破目になった。
「いらっしゃいませ」
柔らかく目を細めながら言った古泉は、それを作り笑いのそれにかすかに変化させながら、
「いらっしゃいませ。濡れませんでしたか?」
とハルヒたちに声を掛けた。
ちょっとした態度の違いにどきりとさせられながら、俺は古泉の横をすり抜け、キッチンに向かう。
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、グラスに注いでいると、
「僕がしますよ?」
と言われたが、これくらいさせてくれ。
俺はお前と違って料理なんかも大した物は作れないんだからな。
古泉が用意していた小さなせんべいをぽりぽり言わせながら、俺たちは居間のテーブルいっぱいに宿題を広げ、それぞれ励むことになった。
去年よりはるかにゆとりがあるのは、これまでの積み重ねのおかげだな。
特に俺は、夏休みに入ったばかりの頃からハルヒたちとは別に古泉と会い、宿題を一緒に進めてきた分、いまだかつてないほど余裕だ。
ハルヒだって、本当なら宿題を完璧に終らせていたとしても不思議じゃないのだが、そうでないのはおそらく、こうして勉強会をすることを楽しみにしていたからだろう。
残り少ない宿題を惜しむようにさえ見えた。
そんな訳で、俺たちの勉強会はほんの2時間弱で終了し、とりあえず水羊羹でお茶をすることになった。
「おいしいですね」
幸せそうに呟く朝比奈さんに古泉が、どこの店のものかなんて話をしている間に、ハルヒは二口で平らげた水羊羹の容器を捨てると言って立ち上がり、キッチンを物色し始めた。
「やめろって言っただろ」
呆れながら注意すると、
「キッチンくらいいいでしょ。まずいものがあるとも思えないし」
だからそういう問題じゃないと、どういえばこいつは分かってくれるんだろうな。
ため息を吐いたところで、
「あ」
とハルヒが声を上げた。
なんだ。
「これ、あんたの?」
と言ってハルヒが指差したのは、食器棚に仕舞ってあった一揃いの茶碗だった。
片方は水色で、もう片方は淡い桃色。
サイズは一回り違う。
……といえばそれが何かは一目瞭然だろう。
ハルヒはにやにや笑いながら、
「夫婦茶碗なんて、やるじゃない」
「うるさい」
噛み付くように言っても、照れ隠しだというのが見え見えだからだろう。
ハルヒは更に食器棚の引き出しを開け、茶碗とセットだった箸を引っ張り出した。
他にもペアのマグカップや、洗面所では俺の分の歯磨きセットだのを発見され、俺は羞恥で赤くなり、古泉も照れたように笑うしかなかった。
「こんなにペアグッズとかあるくせに、身につけるものは持ってないの?」
それが心底不思議だといわんばかりに首を傾げたハルヒに、古泉は笑みを湛えたまま、
「残念ながらまだないんです。彼が恥ずかしがるものですから」
「何が恥ずかしいのよ、キョン」
きょとんとした顔で問うハルヒに逆に問いたい。
お前は恥ずかしくないのか、と。
指輪にしろ何にしろ、同じものを持つというのはなかなか恥ずかしいものだろう。
ましてや、身につけるものってことは終始身につけていないと悪い気がするだろうが。
「そりゃそうでしょ。いつも持っていたいから選ぶんだろうし。…嫌なの?」
「……だって、」
拗ねるような小さな声が出て、しまったと思ったが、ここで止めておく方が厄介だろうと開き直り、
「…それで落としたり、なくしたりしたらどうするんだよ」
「……ああもう、」
とハルヒは感激したように言い、俺を抱きしめた。
何するんだよ!?
「古泉くんっ、キョンをあたしに頂戴っ! こんな可愛い子、今時そうそういないわよ!?」
「その意見には同意させていただきますし、涼宮さんの頼みでしたら聞いて差し上げたいのは山々ですが、」
にこやかな笑みを若干強張らせながら古泉は、
「却下です」
と断言した。
古泉がハルヒ相手にそんな風に強く言うのが驚きであるとともに嬉しくてならない。
お前等いい加減にしろよと文句を言うことも出来ず、真っ赤になった顔を隠したくてしょうがなくなった。

騒々しいお茶会の後、勉強道具を完全に片付けた居間のテーブルにホットプレートのたこ焼き機を広げると、ハルヒはキラキラと目を輝かせた。
「古泉くんもたこ焼き作ったりするの?」
「ええ、余り得意ではありませんが」
というのがただの謙遜だということを知っている。
「こいつのたこ焼きはうまいぞ」
むしろ、料理全般うまいと言うべきだろうか。
韓国料理なんかも平気でこなすし、レシピと材料さえあれば一応ちゃんと作れるというのはやっぱり器用なんだろうか。
「器用に決まってるでしょ。いいわね、キョンは。いい旦那さんがいて」
からかうように言ったハルヒには、あえてニヤリと笑い返し、
「羨ましかったらお前もそういういい男を見つけろ」
と言ってやった。
「言うわね」
同じくらい悪そうな笑みを返したハルヒは、
「そういう男ってすっごく貴重だと思うんだけど?」
「まあそうだろうな」
「だから、古泉くん、ちょうだい?」
「お前な」
「むしろ二人まとめてうちに来なさいよ。あたしがちゃあんと養ってあげるわ」
養うじゃなくて飼うの間違いじゃなかろうか。
長門と一緒にキャベツを刻んだりタコを切ったりしている古泉に向かって、
「ハルヒがこう言ってるが」
と声を掛けてやると、
「その場合僕はあなたのためにしか料理も何もしませんが、それで涼宮さんがよろしいのでしたら、別にいいですよ?」
と笑顔で返された。
「うーん、それじゃあ意味ないわね。むしろ、あんたたちに当てられそうだわ」
ハルヒはそう笑って、
「たまにこうやってみんなで集まって料理したりする機会を作った方が早そうね。鍋とか簡単なものだけじゃなくて、今日みたいにたこ焼きとかお好み焼きとか、他にも色々やってみたいわ」
それもいいかもな。
「そん時は俺にも料理を教えてやってくれ」
「あんた出来ないの?」
全然ってわけじゃない。
普通の男子高校生の平均値ってところだろう、多分。
「それじゃ、ちゃんと鍛えてあげなきゃね。キョン、目指せ良妻賢母よ!」
……良妻はともかくとして、賢母ってのは無理じゃないのか?
俺は男だぞ。
子供なんぞ産めん。
「分かんないじゃない。いつか男同士でも子供を作れるだけの技術と法律が出来るかもしれないでしょ。そうしたらその第一号になるくらいの心持ちでいなさいよ」
訳が分からん。
というかハルヒが言うと実現しそうで怖いんだが、荒唐無稽と言えるほどハチャメチャでもないので薮蛇にならないよう黙っておくか。
「僕は養子をもらえたらそれでもいいと思いますけどね」
キッチンから事も無げに言われ、俺は思わず吹き出しかけた。
お前はまたいきなり何を言い出すんだ。
「あなたと家族になりたいと思ってるということですよ。養子縁組という形であっても、ね。それから、本当に養子をもらったとして、あなたならきっと実の親以上の愛情を注いで育て上げてくれると思うものですから」
「そうですよねぇ」
と頷いたのはなんと朝比奈さんで、
「キョンくんってきっといいお母さんになれると思うんです」
とまで言ってくださったのはありがたい。
ありがたいが、無理です。
俺が固辞しようとしているというのに、ハルヒは脳天気に、
「キョンと古泉くんの子供ならなんて名前がいいかしら」
などと言い出す始末で、それは見事なたこ焼きが焼き上がるまで続いたのだった。
古泉の作ったたこ焼きもカステラも、長門の作った明石焼きも、皆美味しかったが、こんな話題にさらされるのはもう懲り懲りだ。