Jキョンの夏休み #4
  パジャマパーティー



ハルヒは有言不実行を嫌うタイプの人間である。
ゆえに、俺の家で、女ばかりが集まって、パジャマパーティーをするという計画は本当に決行されてしまった。
俺が混ざっている以上、正確に言うなら女ばかりではないのだが、ハルヒたちの感覚としてはすっかり女だけの気分らしい。
「みんなで一緒にお風呂に入りに行くわよ!」
と銭湯へ繰り出そうとした時には俺の女装解除を許そうとしなかったくらいだからな。
流石にそれは無理だと言って、なんとかハルヒたちだけを送り出し、俺は自分の家の風呂に入ったのだが、風呂上りに着るものを指定して行くことをハルヒは忘れなかった。
それはその日の買い物で買わされたネグリジェだった。
それを買いに行った時のやりとりを思い出し、ため息を吐きながらも指定通りそれを着る。
ここでちゃんと着なかったら、今度こそ全部剥かれて着替えさせられるに違いないからな。
それから台所に立ち寄って冷やしてあった麦茶を飲んでから自室ではなく客間を兼ねている和室に戻った。
というのは、流石に俺の部屋で4人も雑魚寝するのは難しいと判断されたからである。
「たっだいまー!」
上機嫌で戻ってきたハルヒの土産は、
「みくるちゃんったらまた胸が大きくなってたのよ!」
という話と、じんわりととけかかったアイスクリームだった。
「す、涼宮さぁん、」
と恥ずかしそうにする朝比奈さんに目を細めながら、
「それは羨ましいですね」
なんて言っちまった俺は本気で脳内まで女装に侵食されているに違いない。
しかし、ハルヒどころか朝比奈さんまでそれを気にする風もなく、むしろ本当に女友達にするように、
「…あんまり大きいと、肩が凝ったりして大変なんですよ?」
と拗ねた様子で言った。
「そうなんですか?」
「うん。勝手に揺れちゃうし、ブラを使って肩で支えてるでしょ? だから結構重さが辛いんです」
なるほど、そういうものなのか。
思わずバニラアイスを口に運んでいた手を止め、自分のまっ平らな胸を見つめると、
「あんたも古泉くんにあんまり触らせてたら、そのうち大きくなって困るかもよ?」
とハルヒにからかわれちまった。
「んなわけあるか」
俺はそう噛みつくように言い返してやったのだが、隣りにいた長門が、
「…ないとは言い切れない」
と発言し、絶句させられた。
あのー長門さん今何と仰いましたでしょうか。
「ないとは言い切れない、と言った」
どうやら、人間の体というものは意外に柔軟性に富んだものであるらしく、長いこと形を変えようと矯正したり、刺激を与えたりしていれば変形してくることが、胸に限らずあるのだそうだ。
そうでなくとも胸というものは勝手に腫れて来る病気があったりするので、全くないとは言い切れないと、そういうことであるらしいのだが、長門、それ、ハルヒの目の前でしていい話だったのか?
そういう疾患だのでなく、ハルヒの力で胸が腫れたらどうしてくれる。
「……露出度の高い服を用意する」
そういう問題じゃありません。
というか長門、お前、それを期待してないか?
がくりと脱力したところで、ハルヒが明るく笑い、
「よかったじゃない。あんた、みくるちゃんみたいな巨乳が好きなんでしょ? 古泉くんにしっかり揉み育ててもらったら?」
「要らん」
「で、最近はどうなの? 古泉くんとはうまく行ってるんだろうけど、何か進展とか、変わったこととかないの?」
興味津々で聞いてくるハルヒに、俺はため息を吐きつつ答える――のは俺が惚気たかったからではなく、話をそらすのが面倒だったからだ。
「なんというかだな…。思ったより、俺もあいつもお互いに離れ難いと思ってるんだなってことが、この前の帰省で身に染みた」
「そうなの?」
「んー……」
食い終わったアイスのカップを放り出し、俺は敷き詰められた布団のひとつの上にごろんと横になった。
天井を見つめ、ハルヒを見ないようにしてやったのに、ハルヒはわざわざ俺の顔を覗き込み、続きを促してくる。
「何でそんなこと思ったのよ」
「…なんていうか、寂しかったんだよ。あいつにすぐ会おうと思っても出来ないんだと思うだけで」
恥ずかしさにぼそぼそとした小さな声になったが咎められはしなかった。
代わりに、朝比奈さんと長門も興味津々で近寄ってくる。
「古泉くんもそうだったんですか?」
「そう、みたいです」
ははぁん、と笑ったのは言うまでもなくハルヒである。
「それであの日はあれだけ嫌そうに出てきたって訳ね。半日やそこら一緒にいただけじゃ足りなくって」
やかましい。
「お前にも惚れた相手が出来りゃ分かるだろうよ」
「あたしはそんなことになんかならないわよ!」
妙に自信たっぷりに言われると、そうかもなと返してやりたくなるが、本当のところはどうだろうな。
というか、
「ハルヒ、お前の好みってどんなタイプなんだ?」
「あたし?」
一瞬目を丸くしたハルヒは、丸くしたそれを今度は思いっきり細め、
「うーん…」
と唸りだした。
そこまで真剣に考える必要があるのか。
「そうね…。前は宇宙人とか未来人とか超能力者とか異世界人とか地底人とか、とにかくそういう普通じゃないものなら男でも女でもって思ってたんだけど、」
というハルヒの言葉に視界の端に映っていた朝比奈さんの表情がひきつった。
大丈夫ですよ。
未来人ってことがばれなきゃ取って食われたりしませんから、多分。
「…今は、別にただの人間でもいいから面白いのがいいわね。あたしを退屈させないでくれるようなの」
「……古泉はやらんぞ」
俺のものだからな。
「別にくれなんて言わないわよ。なんでそんなこと言い出すわけ?」
「いや、お前を退屈させないと言ったらあいつかと思っただけだ」
何しろあれこれ骨を折ってくれてるからな。
「確かに古泉くんは副団長なだけあって色々貢献してくれてるけど、あたしが求めてるのはそういうエンターティナー的なものじゃなくて、存在自体の面白さなのよ」
よく分からんが、頑張って理想の相手を探してくれ。
「みくるちゃんは?」
とハルヒがいきなり朝比奈さんに水を向けた。
「あたしですか?」
ビックリまなこで問い返す朝比奈さんに、
「みくるちゃんに見合うような男なんてそうそういないわよね。当然隣りに立って見劣りがしないくらいのいい男じゃなきゃいけないし、でも顔だけの優男とか白痴とか貧乏人とかは以ての外よね。となると、なかなか見つかりそうにないわねー」
「え、えっと、あたしは別にそんな…。優しい人だったら、あたしのことを大事に愛してくれる人なら、別に……」
「甘いわよみくるちゃん!」
ハルヒは布団をぼすんと叩いて怒鳴った。
……頼むから親父達の安眠妨害はしてくれるなよ。
「恋人くらいならそれでもいいかもしれないけど、結婚相手にしようと思ったらそんなことじゃだめなのよ。愛があればどんな苦労も乗り越えられるかもしれないけど、愛なんていつか冷めるかも知れないんだからね!」
おお、その発言は俺の耳に痛いぞ。
俺は苦笑しながらさっきから黙り込んでいるままの、しかし本を読んだりはしていない、長門に声を掛けた。
「長門は? 好きな相手とかいないのか?」
「……いない」
「そうか。長門のことを好きな奴は多そうだけどな。…あ、コンピ研部長氏とかもそうだよな」
「違う」
「ん? 違うって……」
「彼の想い人は私ではない」
そう言って長門は何故か、じっと俺を見つめた。
この視線の意味はうまく読み解けんぞ。
一体どういう意味だろうか。
俺が首を傾げたところで、朝比奈さんを解放したハルヒが、
「誰が有希のことを好きだろうが関係ないわ! 有希に限らず、うちの団員を好きになったり彼女にしたいと思うんだったらそれなりの覚悟をしてもらわなきゃね!」
とハルヒが宣言した。
お前、その団員しかいない場所で言ってもしょうがないだろう、それは。
「そうね……。じゃあ学校が始まったら大々的に宣言して回ろうかしら」
「やめてくれ」
「そうしたらあんたを筆頭に置いてあげるわ」
「要らん。というか、人の話を聞け」
それからも、まあ、なんだ。
時間帯とそういう話題から始まったせいで、夜通しそういう話になっちまった。
酒が入ってなくても、人間、テンションが上がると自重出来なくなるってことだな。
だからと言って俺たちが下の方の話だとかそういうことばかり話してたとは思うなよ。
服や化粧の流行だとか、UMAの話もしたからな。
そんな風にして日付が変わっても話し込んでいた俺たちは、気がつけば布団も何も関係ないような状態で寝入っており、目が覚めるとすでに時刻は昼をはるかに過ぎ去っていたのだった。
一度目を覚ましたハルヒも、
「天気もよくないし、今日はもういいわ。このまま寝てましょ…」
とハルヒらしからぬ言葉を、らしくないほど幸せそうな笑顔で言って寝直しちまったからな。
俺は、せめてこれくらいはと、眠い体を引き摺って古泉にメールをしてやった。
「今日の活動は特になし。おやすみ。」