若干ハレンチですよ








かいもの



僕が満足するだけプレゼントさせてください、と言った古泉が俺の手を引いて向かったのは、俺がよくその大きなウィンドーを眺めていたセレクトショップだった。
足取りに迷うところがなかったことからして、ここでと決めていたんだろうか。
「いつも、羨ましそうに見てましたよね?」
そう言われ、
「ああ」
と頷きながら、古泉の手を握り締めた。
些細なことだと思うのに、覚えていてくれたことが嬉しい。
同時にくすぐったくて、
「ありがとな」
と照れくささを感じながら口にすると、
「まだお礼を言われるようなことをした覚えはありませんよ?」
と不思議そうな顔で返された。
「言いたかったんだから、言わせろよ」
そう笑いながら、俺は古泉と共に店の中に足を踏み入れた。
その店はモノトーンでまとめられた比較的すっきりしたデザインの服を中心に扱っている店で、その分店自体の敷居も高く感じていたのだが、にこやかに応対してくれる店員を見る限りではどうやら俺が女装した男だとは気付かれていないようだった。
俺は古泉と手を繋いだまま店内を見て回りながら、やっと間近で見ることができた服の数々に目を輝かせていた。
「これなんてどうです?」
と古泉が指差したのは白いキャミソールに黒いサテンリボンで縁取りがされたものだった。
よく見ると生地には白い糸で細かな小花模様の刺繍もされていて可愛い。
「これなら他の服とも合わせやすいでしょうし、そのショールにも合うと思いますよ」
「そうだな…」
「ボトムスはスカートの方がいいんですよね?」
そう言って歩きだしながら、古泉はさり気なくキャミソールを手に取った。
俺が気に入ったのが分かったらしい。
そうしてスカートを見ながら、
「ロングスカートの方がいいですか?」
「ん、そうだな。少し暑いかも知れんが、ミニスカートは結構持ってるし」
「涼宮さんたちはミニスカートがお好きなんでしたね」
と小さく笑いながら言った古泉に、
「お前はどっちが好きなんだ?」
「えっ」
古泉は驚きの声を上げながら俺を見た。
その頬が少し赤くなって、本気で慌てているらしいのが分かって面白い。
「ミニとロング、どっちがいい?」
「どっちと言われましても……」
「好みくらいあるだろ? 見苦しいから脚を出すなとかそういうのでも構わんが」
「見苦しいだなんて、そんなことはありませんよ。僕はあなたが楽しいのであればそれでいいと思ってます。ただ…そうですね、強いて申し上げるとしたら、ミニスカートは控えていただきたいですね」
「なんでだよ?」
古泉は困ったように笑いながら俺の耳元に唇を寄せると、
「僕以外の前であなたが綺麗な脚を披露して他人の目を惹きつけている状況というのは、僕としては喜ばしからざるものですから」
「…ヤキモチ焼き」
毒づくように言ったのは、古泉のそのちょっとした独占欲が嬉しく、くすぐったいからだ。
「まあ、お前がそう言うならロングスカートでもいいか。元々、ロングスカートが欲しかったことでもあるし」
「ありがとうございます」
「それに、ミニスカートは黙っててもハルヒや長門が選んでくるだろ」
「それを控えてもらうことは難しいでしょうね」
残念です、と冗談混じりに呟いた古泉は、黒地に白いラインが斜めに数本入ったロングスカートを手に取った。
「これはどうですか?」
「面白いな」
裾がギザギザというか、角がいくつも出来るように裁断されているらしい。
「回ったら広がるんじゃないか?」
「着てみたら分かると思いますよ」
と古泉はそれを手に取ると、
「キャミソールと合わせて試着させてもらったらいいと思います。買う買わないはそれから決めたらいいでしょう? その前に、是非見せてください。きっとあなたに似合いますから」
そんな風に笑顔で言われて、俺が断れるはずがない。
それに、着てみたかったのも事実だ。
俺は試着室に入り、慎重に着替えた。
慎重に、というのは胸パッドがずれると面倒だからだ。
しかし、見えても構わないようなデザインとはいえ、ブラの肩紐をさらすというのはどうなんだろうな。
見せてると分かるような、あからさまなデザインの肩紐のものを今度探しに行こうか。
これから夏になるんだし、そうなったら今より必要になるだろう。
着替えを終え、試着室を出ると、古泉が笑みを湛えて迎えてくれた。
「とてもよく似合ってますよ。ちょっと回ってみてください」
「ん」
頷きながら、くるりと回って見せるとスカートがふわりと広がった。
これは、かなり楽しいかも知れん。
「だがまだ少し肌寒いな…」
真夏ならこれでも十分暑いだろうが、まだ少し早過ぎる。
ショールも見た目以上に暖かくはあるのだが、それでもまだ寒い。
「上に何か着た方いいでしょうね」
と古泉はあたりに目を走らせ、店員を呼んだ。
話を聞いた店員の女性は、
「チュニックブラウスを重ねるのはどうですか? 胸元が開いたデザインでしたらキャミソールも見えて可愛いですよ」
と近くの棚から黒いそれを取り出した。
俺はショールを古泉に渡し、その場でそれを被る。
更にショールを羽織りなおすと、
「ああ、こちらの方がいいですね」
と古泉が微笑み、
「サイズは大丈夫ですか?」
「うん」
俺は少しだけ声を作りながら小さく答えた。
「あと必要なものはありますか?」
「……靴が欲しいかな。夏用の靴が全然ないんだ」
店員はにこやかに、
「でしたら、少々お待ちください」
と言うと俺の靴のサイズを聞いて姿を消した。
俺は古泉に少し近づくと、
「気付かれて…ない、よな?」
「ええ、多分大丈夫でしょう。もし気付かれたとしても堂々としていればいいんですよ。あちらも仕事ですからね」
「お前がそれでいいんなら、俺はいいが…」
女装した男を連れてる男として見られるのは嫌じゃないのか?
「嫌なはずないでしょう。全く…あんまりにもそんなことばかり繰り返すのでしたら、あなたがどんなに嫌がっても女装抜きでのデートに連れ出しますからね」
「それは、ちょっと嫌だな」
そう答えながらも俺は小さく声を立てて笑った。
戻ってきた店員は長いリボンのついたサンダルを持っていた。
「大きめのサイズなのでこれで大丈夫だと思うのですが」
と言って俺を備え付けの椅子に座らせ、それをはかせた。
長いリボンをくるくると足首に巻きつけ、蝶々結びにすると、明らかに男の脚でしかない俺の脚でも違和感がなかった。
立ち上がって何歩か歩いてみても楽で、なかなかいい。
「どうやらお気に召したようですね」
と古泉は言い、店員に目を向けると、
「他に何か彼女に似合いそうな小物でもあったらアドバイスしていただけませんか?」
「そうですね…」
店員は俺をじっくりと眺めると、
「イヤーフックはいかがでしょう。髪が短いのでよく映えると思いますよ」
「イヤーフック、ですか?」
初めて聞く単語に俺も一緒に首を傾げると、
「今お持ちします」
と彼女はフットワークも軽くまた店の中を歩いていった。
戻ってきた時には、木製の平たいボックスを手にしていた。
「こちらがイヤーフックです。耳に掛けて使うんですよ」
と言った彼女が見せてくれたものは、デフォルメされた耳の形をしたような、湾曲した太目の針金とそこからぶら下がる幾筋ものチェーン、それから物によって違いはするがいくつかのモチーフやラインストーンがついているというものだった。
「落ち着いた髪色をされてますから、シルバーのように明るい色の方が似合いそうですね。どれか付けてみませんか?」
と言われるまま、銀色のチェーンに透明のラインストーンがいくつか付いたものを選ぶと、眼鏡のつるを掛けるような感覚でそれを耳に掛けられた。
金属のひやりとした感触が耳から下、首筋をくすぐる。
「重くありませんか?」
「大丈夫です」
前につけたイヤリングの方がよっぽど重かった、と思いながらそう答えると、古泉が楽しげに笑いながら、
「よく似合ってますよ。とりあえず、これは決まりですね」
と勝手に決めると、
「他にも服が必要でしょう? もう何着か見てみましょう」
などと言って店内を連れまわし、更に数着を試着させ、かつ買い上げたのだった。
カードで一括とか、どれだけ金を持ってるんだろうな、こいつは。
いちゃいちゃとかなりに見苦しかったであろう俺と古泉について回ってくれたあのセンスのいい店員は俺に大きな紙袋を渡してくれながらこっそりと、
「素敵な彼氏ですね」
と微笑みながら囁いた。
俺は照れながらも頷き、紙袋を受け取った。
受け取ったそれを、古泉はすかさず俺の手から奪い、二人で店を出た。
ちなみに俺の格好は最初に試着させてもらったキャミソールとチュニックブラウス、その後に選んだ膝下の黒い薄手のフレアースカート、それからあのサンダルというものに変わっている。
勿論、朝比奈さんが作ってくださったショールは肩に掛けたままだが、ショールを留めるピンも買ってもらっちまった。
耳元ではイヤーフックと小さなイヤリングが揺れている。
全部でどれだけ掛かったのかなんてことを考えるのも恐ろしい。
だが、その恐ろしいほどの出費をしたはずの古泉は嬉しそうに笑っていた。
それどころか、
「次はどこへ行きましょうか?」
とさえ言っているのだ。
「まずは腹ごしらえだろ」
すでに昼を大分過ぎている。
店員の女性にも悪いことをしちまったな、と思いながらそう呟くと、
「ああ、もうそんな時間でしたね。楽しくて気付いてませんでした」
「楽しいって…お前な……」
普通男ってのは女の買い物に辟易するもんじゃないのか?
「僕は十分楽しいですよ。あなたのために服を選ぶことも、あなたがどれにしようかと迷っている可愛い姿を見ることも」
「か、可愛いとか言うな…!」
恥ずかしい。
「いいじゃありませんか。ね?」
「……ありがとな」
ため息を吐きながらそう言い、
「俺からも何かお返しがしたいんだが」
「いいですよ、気にしなくて。あなたが嬉しそうに笑ってくださるだけで、十分です」
こういうこっ恥ずかしい台詞を素面で臆面もなく吐けるのが古泉なんだよな。
俺は顔を赤らめながら、勝手に緩むままに唇をほころばせ、
「ありがとう」
ともう一度、ただし今度はさっきよりはっきりと言った。
それに対する古泉の返事は、にこやかな笑みだった。

カジュアルな雰囲気のイタリアンレストランでランチなんてくすぐったい、と抵抗した俺だったが、美味しい料理と思ったよりもラフな空気にほっとしながら昼食を取った。
しかし、古泉は一体どこでこんな店のことを調べてくるんだろうな。
店を出て歩きだしながら俺が聞くと、
「インターネットも使いますし、森さんに教えられたりもしますね。デートに行くんだったら、とあれこれ入れ知恵してくれるものですから」
苦笑混じりに答えた古泉の、至って穏やかな表情に、少しばかり面白くないものを感じながら、
「…ふーん」
と呟くと、
「……あの、もしかして、機嫌を損ねてしまいましたか?」
「別に」
答えながら、古泉と腕を組む。
「少し、面白くないだけだ」
「そうでしたか」
そこで嬉しそうに笑うな。
腹立たしい。
「すいません。でも、あなたがそんな風にストレートに妬いてくださるのが嬉しくて」
と笑った古泉は、
「心配しなくても、森さんは僕のことを親戚の子供程度にしか思ってませんし、僕としても彼女に対して恋愛感情を抱くなんてことはあり得ないとしか言いようがありませんね。むしろ、恐怖の対象ですから」
「恐怖?」
「ああ見えて、結構怖い人なんですよ」
悪戯っぽく笑って言った古泉に、俺は数ヶ月前に会った時の森さんの勇姿を思い返した。
「そんなわけですから、心配しないでください。それに……警戒するべきはむしろ、あなたですよ」
「俺?」
なんでだよ。
「森さんがあなたの女装に興味を抱いているとお話したでしょう? いずれうちに押しかけてきてあなたにきわどい衣装を着せそうで怖いくらいなんですよ」
「きわどいって、どんなのだよ」
「さて、僕には少々想像がつきませんね。何しろ森さんのすることですから」
と古泉はため息を吐くと、
「それより、これからどちらへ向かいます?」
「ドラッグストアに行きたい、かな」
「薬か何か必要なんですか?」
「いや、新色の口紅が出てるから欲しくて」
「それなら、化粧品店でもいいですよ?」
「ドラッグストアで十分だ」
これ以上散財させるのは悪いだろう、と俺は古泉と共にドラッグストアに入った。
「お前は好きに見て回ってていいぞ」
と古泉に言い、化粧品コーナーに陣取る。
口紅だけでも何色あるんだ、と本来なら呆れるところなのだろうが、今の俺はむしろどの色がいいかと吟味するのが楽しい。
前々から目星をつけていた数本をためつすがめつ見て、明るい色合いの一本を選ぶと、ついでにとアイシャドーにも目を走らせる。
そんな風にしてたっぷり悩んだ後、小さめのカゴに口紅とアイシャドーを放り込み、古泉を探しに行った。
「……お前はそこで何をしているんだ」
呆れきった声が出たことについては咎めないでもらいたい。
何しろ古泉と来たら、店の隅、なかなか人が立ち止まっているところを見ないようなコーナーに立ち、とくとくと避妊具の箱を眺めていたんだからな。
古泉は見咎められても悪びれる様子を見せず、
「どれがいいかと検討してたんです」
「……要るのか?」
「あなたのことを考えたら必要でしょう。ほら、後始末も大変そうですし」
それはそうなんだが、
「…生の方が気持ちいいんじゃねぇのか?」
「どうでしょう? 試してみます?」
むやみやたらと爽やかなにっこり笑顔で、「うすうす」とか何とか書かれた箱を持ち上げて見せる古泉は、いっそのこと、そういう商品のCMにでも出ればいいと思う。
「試してどうするって言うんだ」
「あなた次第ですね。あなたがよければ使った方がいいことには間違いないですし」
言いながら古泉は俺の手からカゴを奪い取り、検討の結果選んだらしいひとつを放り込んだ。
ついでにとローションも放り込む。
「他にいるものはありますか?」
「ないだろう」
少なくともこのコーナーには。
というか、居た堪れないから移動させろ。
「そんなに恥ずかしいですか?」
「俺はお前と違って面の皮が厚くないもんでな」
そう言って歩きだしながら、俺はカゴの中を見た。
「……化粧品とゴムの取り合わせって、なんかシュールだな」
むしろ生々しいとでも言うべきかも知れんが。
「そうですね」
笑いながら同意を示した古泉だったが、
「あるいは、完全に出来上がってるカップルらしくていいのかも知れませんよ?」
なにがどういいって言うんだ、と呆れながらも、俺はカゴを分けることもせず、そのまま一緒に会計を済ませた。
「もう買い物はいいんですか?」
と聞いてくる古泉に頷き、
「それよりお前の部屋に行きたい」
「それは…」
古泉のことだ、どういう意味かなんてことは分かっているんだろう。
だが、古泉としては俺からそんな風に言いだすことが意外でならないらしい。
俺は悪人みたいな笑みをにやりと浮かべて返事にかえ、古泉の手を引いて歩き続けた。